小さな決意
遅くなり申した。近々PS4で発売するRPGツクールMVTrinity で凛花の救世主のRPGゲームの作成を予定しております!小説とゲームの両立という新たな試み。応援してください。
列車が止まる。ついに目的地であるノースセルシオンに到着したのだ。
ここまでかかった期間は一ヶ月。一秒でも早く始まり地に足を踏み入れたくて、すぐに立ち上がったが、ユーリにそれを阻まれてしまった。
「早く世界を知りたいの。手短にね!」
私は軽く足踏みをしていた。早く行きたい。しかし、ユーリが見せた初めての真面目な表情を見て私の足踏みが止まる。
「世界ってのは、ミアが思ってるほど甘くねぇ。お前みたいなやつは特に。田舎者は都の人間のように簡単には受け入れられない。これから厳しいことが待ち受けているかもしれない。引き返すなら今のうちだ」
やっぱりそうだ。私みたいな田舎者は、そう簡単に受け入れられるわけないだろう。しかし、引き下がるわけにはいかない。私は世界を知り、世界を廻るためにここに来た。
「引き返さない。私は、どんな世界だって知りたいの。狭い世界で生きたくないの。世界を知ることが、私の生きる意味。」
私はそういうと、ユーリは鼻下を人差し指で擦り、微笑んだ。
「好きだぜ。そーいうの。その心、しかと受け止めた! ほら、これ着ろ。少しでも田舎者だということを隠しておくんだ。」
ユーリは、バッグから如何にもアーバンなローブを取り出して、私に託した。こんな服を着るのも初めてだ。こんな所で脱ぐわけにもいかないので、今着ている服の上から羽織ることにした。
「ついに、ついに!」
私は新たな世界への第一歩を踏み出そうとしている。地に足をつければ、そこは、私の夢見ていた世界なのだ。ここまで来て、期待と不安の心が浮き彫りになり、私の身体の中を循環している。肺が締め付けられるような感覚と、胸の高まりが同時に作用していた。列車から出る、たった一歩で世界への第一歩を踏み出せる。しかし、不安の種が心の中にバラまかれているのは事実。思いとどまってしまい、中々踏み出すことは出来ない。そんな時、背後からユーリの声が聞こえてきた。
「おい! 聞こえてる?早く、出ろって、言ってんの!」
ユーリはそう言って私の背中を強めに押し出す。
「うわぁ!」
私は転びそうになったが、なんとか体勢を立て直した。
「あんまり大きな声出すな! 見られてるだろ!」
ユーリの声は、大気中にすぐに消えてしまいそうな程の、か細い声で訴えた。
「ごめん! つい。」
私もまた、大気中に消えてしまいそうな声で囁いた。
暫くノースセルシオンの街を歩いていたが、感動するものだらけだった。
箒に跨って飛んでいる人がいれば、馬がいない馬車に乗ってるような人もいた。それだけじゃない。私のいた故郷では、考えられるようなものでは到底なかった。私が、一々色んなものに興味を示すので、その度にユーリに注意された。
「もっと隠せ」
と散々言われた。当然だが無理な話だ。感動せずにはいられないし、見たこともないものを見て見ぬ振りが出来るはずなどない。しかし、ユーリの言うことは全て理にかなっているので、反論の余地はなかった。
「ていうかさ。」
暫く沈黙の状態が続いていたが、人の少ない広場で、ついにユーリの口が開いた。
「何しにここに来たの?世界を知りたいって言ってたのはわかるけど、そのための計画は立ててきたの?どこに宿泊するとか、稼ぐ手段とかさ。」
「決めてないよ。」
そう、何も決めてない。どこに泊まればいいのかも、何をしてお金を稼げばいいのかも。全てがノープランだった。
列車で考える予定にしていたのだが、ユーリと出会ったことで、完全に記憶の底に沈んでしまったのだ。
「何もないって、随分と楽観的じゃん。」
「ユーリ君のせいだよ。」
「人のせいにするなんて、ひどいな。俺は何も悪くないぞ。」
「意味の無い意地悪な質問を何度もしてきたクセに・・・。」
「あ、あれは、悪かったって。」
ユーリは視線を下に落とした。
私はそう言ったものの、とても不愉快な思いをしたと言ったら嘘になる。あの時は、嬉しい気持ちの方が強かったのかもしれない。都とは遠く離れてきた田舎者は、異星人のような存在かもしれないが、そんな異星人にも声をかけ、興味を持って話しかけてくれた。
ユーリがいなかったら、不安はもっと大きかったことだろう。
「その、ありがとね。」
「えっ、き、急にどうした?」
ユーリは平静を保とうとしていた様だったが、少し声が上ずっており、すぐに動揺していることがわかった。動揺を隠しつつユーリはさらに続けた。
「な、何も決めてないんだろ?だったらさ、ウチ来いよ。寝るとこないと、しんどいだろ?ここ、夜は寒いし。」
「えっ」
いきなりそう言われたので、私は反射的な反応しか出来なかった。
「べ、別に、ミアを家に誘い込んで、ちょっといい雰囲気になろうとか、襲おうだなんて微塵も思ってないから!。」
清々しい程の早口だった。動揺を隠すのが下手だな人だ。今まで話していて、ユーリは悪い人ではないとわかっていたので、そんなことをする人ではないと最初から理解していた。最初からそのつもりで声をかけたのなら、わざわざこんな田舎者を選ばないだろう。
「本当にいいの?」
「ああ、いいよ。家には誰もいないけど。」
「やった!ありがとう!」
本当に助かる。今のユーリは神様に見えるほどに、私にとって救世主のような存在だった。
「とりあえず、俺ん家に向かうよ。」
ユーリはそう言うと、方角を変えて足早に進み始める。私は見たこともない風景に度々感動しながらも、足早にユーリについていった。
グダグダと二人で雑談を交わしながら歩いていると、ユーリが足を止めて方向を変えた。他の建物よりこじんまりとしたものだったが、恐らくここがユーリの家だろう。玄関へと続く階段を踏みしめる。
「小さな家だけど、最低限は揃ってるから。」
ユーリはそう言うと扉を開き、私を招き入れるように手を出して曲げて見せた。
「お、お邪魔します。」
中には寂しげに置いてあるテーブル。下手に作られたボロボロな椅子が四つほど無造作に立っている。そして、何かのコレクションなのか、剣や槍、弓の武器が壁に飾られてある。小さなキッチンと、恐らくトイレと風呂に続くであろうドアがある。気になったのは物騒な物が壁を張り付いていることくらいだった。このとこについて、触れるか触れまいか迷っている内に、ユーリが口を開いた。
「ようこそ。いきなりだけどさ、長旅で疲れてるだろうし、風呂入る?ここに来るまでの間、入れてないだろうし。」
「ほんと!? じゃあ、お言葉に甘えて。」
「寝間着は使ってない新品のやつ準備するから、 ゆっくり旅の疲れを癒しておけよ。その後は、もう夜だし今後の話を少ししたら寝よう。泊まっていいよ。宿屋泊まる金もねぇだろ。」
私は、わかったと頷き、風呂場へと向かう。
「そっち外だって! こっちだよ。」
こんなに頼りっぱなしで、大丈夫なのだろうか。そんなことを考えながら、私は浴槽に浮いていた。少し深くて、口がお湯についてしまう。今、冷静に考えれば、本来ここに着いてどうするつもりだったのだろう。ほとんどお金もないのに、ユーリと出会わなかったら今何をしているのか、全く想像もつかなかった。世界に飛び出すと決めた十八の冬、あの時の決断は愚かだったのか。それが今になってわからなくなって、お湯の中に潜って浮上するのを何度も繰り返した。
しかし、ユーリがいるおかげでノースセルシオンでの今がある。過去のことは気にしないようにしよう。過去なんて、ただ施設で過ごした空白の思い出だけ。
「あれ?施設に入る前って、何してたっけ。」
過去のことを考えていたら、施設に入る前の記憶が全く無かったことに気づいた。施設に入ったのは八歳くらいの頃だった。まぁ、幼少期の頃なんてそうそう記憶できてるものでもないのだが。
思い出そうとして、ずっと頭を動かしていたらドアの向こうからユーリの声が聞こえてきた。
「もう三時間くらい入ってるけど、大丈夫? 生きてるー?」
風呂に入ってもう三時間になるのか。過去の記憶を取り戻そうとしていたら、完全に時間の感覚が死んでいた。
「生きてるよ! 久々だから長く入ってるだけだよ!」
「のぼせないくらいにしとけよ。」
もう、いいや。思い出すことはもう辞めることにした。そろそろ戻ろう。私は風呂から上がり、ユーリが準備ししていた寝間着を身にまとった。少し大きかったけど、開放感があって心地よかった。
「ふわぁ〜、気持ちよかった。ありがとうね。」
私はドアを開けながら言った。ユーリは、椅子に座って考え事をしているようだった。
「おう。ここ、座って。」
椅子に座るように促されて、私はユーリと向かい合っている椅子に腰を下ろした。少し不安定でカタカタと揺れている。
「今後のことなんだけどさ、どうするつもりなの?」
「うーん。どうしよう。もちろん甘くないってことは、わかってるけど。」
私は銀色の髪を流すように触れ、視線を下に落とす。
「だったらさ、ギルドに入ってみないか?ミアに合いそうな仕事なんだけど。」
ユーリは身を乗り出しながら言う。
「ぎ、ギルド?」
ギルドとは、都の近隣にある村や街などからの依頼をこなしていく組織だという。その依頼の中には簡単なものから危険なものまで、幅広い依頼が毎日届き、それらをこなすことによって、依頼主やギルドからお金や返礼品などが貰えるという。もっと世界を知り、廻りたいならもってこいの仕事。私に断る理由は無かった。
「それ、やってみる!」
「おっ! そうか! これで、俺たちのギルドの仲間入りだ!」
「ユーリ君も、ギルドの人なの?」
「言い忘れてたけど、そうだよ。」
ユーリもギルドの一員らしい。
「一つの依頼をこなすのに、人数は不問だから、二人でやっていこう。報酬は山分けという形で。」
心強かった。おかげで、やるべき事が明確に見えてきた。ギルドを介して世界を旅する。そして、故郷の人達にもこの感動と世界の広大さを知ってもらう。そして、依頼をこなすことで、人々の役に立つ。救世主のような存在に、私はなりたい。
この小さな決意は私にとっては大きな決意として今後固まっていくのだった。