覚醒
「しっかし、暗いなー。階段も急だしめちゃくちゃ脆そうだし」
ユーリは足元を見ながら、慎重に地下に続く階段を降りていく。私達もそれに続いていた。
「なんかユーリが先頭って珍しいね」
「なんかこういうのって、心の中の何かがくすぶられるような気がしてさ」
私たちがそう話していると、ヴァルフリートがユーリの肩を掴み顔を近づけた。
「男のロマンってやつ?」
「まぁ、そんな感じ?」
2人は意気投合した様子で話し合っている。そんな雰囲気の中、アリシアは咳払いでその空気を一蹴した。
「怪物がいつ目を覚まし、暴れ出すかわからない。緊張感を持って行動しろ。喰らうものの対抗組織の最期としては、極めて遺憾なものだな」
「あ、アリシアさん・・・冗談でもそういうのは・・・」
私はこんなところで死ぬわけにはいかない。死にたくない。まだこの世界のことを知りたいし、訳の分からないままで死ぬのだけはごめんだ。
「まぁ、本気で思ってるわけないって。少しイラついてるかもしれないけど、ほら、アリシアさんに喝を入れられるとなんか引き締まるものがあるよね。ここが勝負所だっていう・・・」
「お前は黙れ。」
ヴァルフリートは早口で弁明をするも一瞬で黙らされてしまった。その時、最後尾を歩くザルベスが口を開いた。
「今の君たちを見て、死を恐れていないように見える。強いんだな。我々と違って、君たちは」
その表情は悲壮感に溢れていた。
「恐れるものが人にブレーキをかけるなら、俺は常にアクセルを踏み続けていたいかな」
ヴァルフリートはそう言うと、大きく息を吐き出し、さらに続けた。
「失礼かもしれないが、あんた達は弱かったんだ。力がなかった。それ故に生物兵器とやらに頼ったんだろ?そんなもので国の地位を上げたって、それはあんたらの功績じゃない。挙句の果てには、他国から忌み嫌われ敵視されることになっただろう。危険なものを所有してるんだ。どこからも警戒されるに決まってる。あんたのやり方は最初から間違っていたんだ」
「そうだな・・・。私は自らの欲に溺れ、自分自身というものを見失ってたのかもしれないな。今の君たちを見てそう思う。君たちは、どんな脅威に晒されても、いつものままの君たちなのだろう?私が今目の前で見ているように」
ザルベスは自分の行いを後悔したかのように、重く、切ない表情を変えることはなかった。
「やるべきことをやる。それが私たちに課せられた使命ですから!」
私のこの言葉は咄嗟に出たものだった。自分の役割とか、使命とか、考えたことはなかった。しかしこの時、理解することが出来た。どんな状況であっても自分を曲げない。今が、私たちの「いつも」なんだということを。私は田舎者出身のメーセリアではない。ノースセルシオンのメーセリアなんだ━━。
「ゴオオォォォォォォォォ!!!!」
「な、何!?」
長い階段を降りていくと、とても不気味で金切り音が混じったような轟音が通路に響いた。最悪な事態が起きたとでもいうのか。まさに、地下で眠る生物兵器の咆哮とも思える規模だった。
「奴が目覚めた・・・。この世界は、もう・・・」
ザルベスは、地に膝まづいて顔をあげようとはしなかった。何かブツブツと唱えているようだが、轟音にかき消され、私たちには全く聞こえない。
「あとは戻って待っていろ。案内はいい。ここからはもう、音を頼りに進んでいけるはずだ。後で、きっちりと尻拭いをしてもらう。今死なれたら困るからな。」
アリシアは前を向いたままそう言うと、さらに奥へと進み出した。
「でも、世界を破滅させる程の怪物って俺たちに勝てるんスカね?」
ヴァルフリートはそう言うと、ユーリがうんざりした様子でこう言った。
「いきなり大仕事って感じだ。きっと長い戦いになる」
「お前たちは極力サポートに徹しろ。まだ戦闘経験が浅いんだ。勝手に出しゃばって死ぬのだけは勘弁してくれ」
アリシアはユーリと私にそう忠告した。私たちはわかったと頷いたが、ユーリは不満げな心境が顔にモロ出ていた。
階段を抜け大きな広間に出ると、鎖が大量に飛散している。これが怪物を縛っていたものだとするなら、既に怪物は水を得た魚のように自由に動き回ることができるはずだ。
「ほんとに、目覚めたのか・・・」
ユーリは一歩下がって信じられない様子で辺りを見回す。
「警戒しろ!暗くて奴がどこにいるのか分からない。常に360度どこから怪物が現れるか、目を凝らせ!」
アリシアは剣を構え、ありとあらゆる方向に視線を向けた。
「ゴオオォォォォォォォォ!!!」
再び轟音が鳴り響く。音の出処は・・・上だ。
「来るぞ!全員散開!常にカバー出来る距離を保て!」
アリシアはそう私たちに指示を出し、フォーメーションを展開する。ここまでは作戦通り。しかし、怪物がどのくらい凶暴な存在か、未知数だ。全て思った通りにはいかないことは重々承知している。化け物は四肢を持ち合わせており、四足歩行、獅子のような見た目から翼が発達しており、手足のように自由自在に動かしている。禍々しい体色に、アメジスト色輝く鋭利な尻尾、さらに鋭い牙を持ち合わせていた。
「さぁ、ここが正念場だ!行くぞ!」
アリシアの開戦の合図とともに、私たちはそれぞれ武器を構えた。みんなならきっと倒せる。絶対に生きて帰ると、燃えたぎる闘志を胸に深く握りしめ、私は1歩を踏み出した━━。