許されざる秘密
緑で埋め尽くされた平原を、音を立てて馬車が進む。被害を受けたベスリザードの国の状況確認の任務のため、私達はそこに赴こうとしている。
部隊への復帰を認められたユーリは、私達と共に馬車に乗り込み、満足そうに剣をいじっている。アリシアは窓の外を見つめたまま微動だにせず、ヴァルフリートはダンベルというものを用いて身体を鍛えていた。私はと言うと、いつものように考え事をしている。
ヤハウェの存在、私との関係、喰らうものの目的。常に考えていることであって、部隊としては当然の意識だ。しかしどうも釈然としない。私が世界に出たのは、知らないことを知りたかったからだし、見たこともない風景を見たいということだった。唯一心を楽にして楽しめたのは、リザの森での休暇くらいだろうか。
毎日のように部隊としての責務を果たす。喰らうものから人々を守るためには当然のことだが、私がそれに加担するというのはどうも力不足な気がしてならないのだ。こんな大きな問題に私が介入していいのか、疑問で仕方がなかった。
「どうしたのミアちゃん、なんか悩み事?・・・悩み事だね」
筋トレ中のヴァルフリートが私の浮かない顔に気づいて声をかけてきた。あの人の事だ、私の頭の中は全てお見通しらしい。いや、女の子の頭の中といった方が正しいか。
「まぁ悩み事なんて今は忘れなよ。あっ、そうだ。悩み事が消えるような話を聞かせてあげようか?」
「え?何かあるんですか?」
ヴァルフリートは指を振り、チッチッチッと舌で音をならしながら続けた。
「今から行くベスリザードに眠る伝説・・・。それは国家が誇る最高の戦力であると共に、それは人間すらも制御できない怪物だそうだ。その怪物は今でも地下に眠ってて、腹が減ったら暴れ回り世界を破滅に導くんだってさ」
「そ・・・そんなこと・・・ちょっとやめてくださいよ」
そんな子供騙しは流石に通用しない。私は微笑しながら窓の外を眺めた。
「もうすぐつきますよ。まるで・・・本当に国があったのかと疑ってしまうくらい・・・」
目の前に広がるのは国とは言えず、荒野と言った方が正しいと言っても過言ではない有様だった。
ただでさえ大きくない国だっただけに、被害の状況は深刻なようだった──。
「また会ったな。ノースセルシオンの若き戦士達よ。我が地、ベスリザードへ参られたこと、心より光栄に思う。」
「それにしても酷い有様だな。戦争を仕掛けたせいで、自らの国が壊滅しようとは、皮肉なものだ。」
「あ、アリシアさん・・・少し言い過ぎでは」
隠さずに本音を言うアリシアに小声で抑止しようとするも、そんなことで止まるはずはない。
「喰らうものという脅威が目の前に迫っている今、悠長に戦争という下等な行為をやる。自業自得なものだ。私たちに余計な労力を使わせた分の報酬はたんまり頂くぞ。」
「そうだな。しかしそれはできない問題だ。喰らうものよりも危惧すべき問題に我々は直面しているからだ。」
ベスリザードの王、ザルベスは絶望的な表情からさらにそれよりも深刻な表情に変えた。そしてさらに重く低い声で続ける。
「喰らうものの襲撃により、我ら国家が保有している兵器の歯止めが効かなくなったことだ。」
「兵器?それはどういうものだ」
「今まで全ての国に対しては口を慎んでおったが、こうなってしまっては我国の保身など関係はあるまい。全て話そう。我々は最強の軍事力を目指していた。ベスリザードの国力では人による軍拡は不可能。私達は生物を使うことで大きな軍事力を手にすることを目標にしていたのだ。」
「生物兵器か?生物兵器の保持、または研究。それは条約で禁止されていたはずだが?これが知れ渡ればお前達の国は襲撃される前に終わってたんだぞ?それほどリスクがあるのにも何故だ?」
「本来は戦争のための使用目的であったが、喰らうものの出現から、私達は使用の目的を一から考え直すことにしたのだ。喰らうものに対抗する兵器として、世界を守るためへとな。その生物が活躍し、世界を救うことが出来たのなら、ベスリザードは世界から賞賛され、大きな国力をつけることすらも夢じゃなかった」
ザルベスは握りしめた拳を震わせながらゆっくりとした口調で話している。
「その生物兵器の歯止めが効かなくなったといったな?どういうことだ?」
「今回の襲撃で、ヤツを抑えるための睡眠薬を失ったのだ。ヤツを管理する職を与えていたものは全て死んだのだ。いつ暴れだし、世界を破壊するのかもわからない。そんな状況なのだ」
ザルベスがそう言うと、アリシアの表情が豹変し、今までに見た事のない顔を見せ、ザルベスの胸ぐらを掴んだ。
「そんな重大なことを隠して、制御すら不能にして、お前達は何がしたい!その兵器が暴れたりしてみろ!何人死ぬ!?喰らうものよりも脅威となりうる存在を、お前達は他の国に黙ってつくっていた!。大きな罪を負うことになるぞ・・・ザルベス・・・」
アリシアはそう言うと、冷静さを取り戻したのか、直ぐに持ち直した。
「とにかく私たちの任務は一度先送りにすることになるな。まずは脅威の排除、生物兵器とやらの殺害だ。目を覚ます前に蹴りをつけなければ大変なことになる。喰らうものに滅ぼされる前に、人類が滅びかねん事態になるとは・・・」
「地下だ。地下に生物兵器を囲んだ牢がある。ヤツが目を覚ますうちに必ず殺してくれ・・・ヤツが目覚めれば、もう、全てが終わる」
どうやらヴァルフリートが言っていたことは正しかったらしい。二人の会話に入れずにひたすら聞き入っていた私だったが、かなり深刻な問題だということは理解した。私達四人は、王城の地下室へと足を運ぶのだった。