守りたいもの
静寂が辺りを包む。一秒も息つく隙間もないほどの緊張が谺響する。この異様な雰囲気は民がついぞ見入り、野次が飛ぶ程だ。アリシアは場所が悪いと言い、戦う場所を街の広場へと移したのだ。城で戦えば王が黙ってはいないだろう。
「貴様は一つ勘違いしているようだが、私に勝ったとしても部隊に戻ることは出来ん」
アリシアは剣を構えながら厳しい口調で言った。
「必ず戻るんだ!力を・・・俺の力を・・・」
そう言うとユーリは一気に距離を詰めアリシアに飛びかかる。アリシアは冷静に間合いを見て緩やかに避けていく。アリシアの動きは目で追えないほどの速い動きでユーリを翻弄する。何故かアリシアは攻撃を避けるだけで自ら剣を振るうことはなかった。
「なんだよ! 避けてばっかりで! 舐めてると痛い目見るぞ!」
ユーリは大きくタメを作り一気に剣を振り下ろす。
「貴様がへばるまで何度だって避け続けてるさ」
全てが避けられる。ユーリはまるで遊ばれてるかのように一つ一つの攻撃はアリシアの身体をかすりともしなかった。
「なぁミアちゃん、ユーリを部隊から外した王様の意図、わかるかい?」
「あっ、ヴァルフリートさん。私にはわからないです・・・」
決闘を遠くから眺めていた私に、ヴァルフリートが声をかけてきた。
「ユーリくんがこの部隊に留まることになれば、大変なことになるのかもしれないね」
ヴァルフリートは珍しく真面目な表情をしている。
「それはどういう・・・」
「見てたらわかるさ」
決闘の開始から既に三十分が経過しようとしている。しかし、未だに決着することなく膠着状態にもつれ込んでいた。この三十分の間にもアリシアは攻撃することはなかった。流石にユーリに疲弊の色が見え始める。
「まだやるのか?諦めの悪さだけは認めるが・・・。それと一つ、聞かせてもらおう」
アリシアは呆れた表情でユーリに問う。もはや右手に剣は持ってすらいなかった。
「貴様、何故私に決闘をしようと?」
「力を認めさせるんだ!」
ユーリはそう言うと、アリシアはニヤリと笑った。
「やはりそうか・・・」
「何がおかしい!」
ユーリは剣先をアリシアに向けて怒りをあらわにする。
「貴様の本来の目的は、部隊に戻ること・・・じゃなかったのか?」
「あっ・・・」
ユーリは核心を突かれたように身体が固まった。
「な?見ればわかるって言ったろ?」
ヴァルフリートは私を肘でつついてそう言った。
「ユーリくんは、本来の目的を忘れていた。ただただ力を誇示したい。その思いが強すぎるせいか自身の目的を見失っている。現実、部隊はユーリがついていけない程に強いメンツが揃ってる。俺とアリシアさん。そして、ミアちゃんもエルフの力ですごく強くなったよね。まだまだ若くて、まだエルフの力なんて手に入れたばかりだし、さらに強くなれると思う。それも破竹の勢いでね。そんな中、ユーリくんが一人この部隊に残っていれば、どうなると思う?ミアちゃんと同じスタートラインに立ち、ユーリくんは圧倒的に力の差を徐々につけられていく。そして理想と現実のギャップに永遠と苦しむことになる。そして一番最悪な事態が、力に飢えたユーリくんの心が闇に染まることなんだ。力を求めた者が道を踏み外し闇に堕ちてしまうケースも少なくない。悲しいけどこれが人間の性。王様はそれを踏まえた上での判断だったんだと思うよ」
「でも、ユーリは部隊にいてほしいです。彼には恩がありますし。だけど、部隊に入れなかったことでユーリの心が闇に染まるなんてこともあるかもしれませんよ?」
「うん、それもあるね。だけど部隊での任務中にトラブルを起こしてチームを乱すようなことがあるよりかは全然マシだと思うけどね」
そして決闘から二時間。日が暮れ始め、目が痛くなるほどの赤い夕日が二人を照らしていた。周りを取り囲んでいた野次馬はいなくなっていた。恐らくひたすらに攻撃を避け続けているだけの戦いはすぐに飽きてしまうのだろう。ただ私たちには重要な一戦。一分一秒も油断することなく眺めている。ユーリは過呼吸気味になり、流石にアリシアも疲弊している。
「まだやる気か?ここまでして戦う理由は何だ?部隊に戻るとかいうくだらない理由でここまで戦うか?」
「俺は、強くなりたい・・・強くならなきゃいけないんだ!そして、強くなって、誰かを守れるような人間になりたいんだ!部隊にいなきゃ意味が無い!・・・その誰かが・・・そこにいるんだ」
「ふーん、そういうことね」
ヴァルフリートはそう言ったあと、何かが吹っ切れたかのように笑いだした。
「ど、どうしたんですか・・・?」
「守りたい何か・・・か。なるほど、ユーリくんが何故そこまで部隊に執着するのかわかったよ」
「風の音にかき消されてユーリの声がよく聞こえなかったんですけど、何て言ってたんですか?」
風の音にかき消されてユーリの声は私には聞こえなかった。それを聞くなりヴァルフリートはゆっくりと首を振り、それは本人に聞いてくれと軽く流されてしまった。するとヴァルフリートは二人の元に歩み寄った。手を出すなとアリシアから言われていたので私は止めようとしたが聞く耳を持たず、ヴァルフリートはゆっくり、ゆっくりと一歩一歩踏みしめて歩いていった。
「アリシアさん」
「ヴァルフリート?手を出すなと言ったはずだ」
「あっ、いやその・・・ユーリくんを部隊に戻すことって認められないんすかね?えっと、別に王様の判断がおかしいとかそういうんじゃなくて、彼がさっき言った言葉、その言葉を聞いて部隊に戻してあげてもいいのかなって」
ヴァルフリートは頭を搔きながら少し言いづらそうな口調でそう言った。
「守りたいものが何とかってやつか?それがどうしたというのだ」
「まだ彼は弱いかもしれません。この部隊には力不足かもしれません。ですが、この決闘でユーリくんの本心を聞くことが出来ました。守りたいものの為、そう言いましたよね?きっと彼は強くなる。部隊にも適した人間に成長するはずです」
「何故そんなことが言えるのだ?」
「守りたいものがある男って強いんですよ。キレイゴトとかそんなんじゃなくて、ホントなんです。実際、二時間も剣を振り続けるなんて余程の精神力がないと不可能です。それも、守りたいものがあるからこそ出来たことなのかもしれませんよ」
「まぁお前の言うことも一理あるかもしれんが、決めるのは私ではない。陛下がお決めせねばならぬ事項だ」
アリシアはそう言った後、物陰から一つの人影が近づいてくる。その人影は王様そのものだった。
「うむ、ヴァルフリートが言っておった言葉、全ては真実なのだ。守るべきものの為に戦う者は誰しも強い。人一倍強い目的意識、精神力。ユリアンくんに勝るものはいない。よし、部隊に戻すことを正式に決定するとしよう。これからも、部隊の元、尽力してほしい」
それを聞いたユーリは唖然とし、剣を地に落とした。喜びからか何も言えずただ立ち尽くしているように見えた。王様は決闘での騒動の噂を聞き、直接駆けつけたそうだった。ユーリが部隊に戻ると聞いたとき、私は両手を上に広げ何度も飛び跳ねた。頑張ったねとそう労わってあげたかった。
そして、喜んでいる私の方向を振り返ったヴァルフリートは歯を見せて笑顔をつくって見せたのだった━━。