亀裂
「森の異変の件、感謝しておる。お前達、よくやってくれた」
私たちはノースセルシオンに到着し、謁見の間で王への報告を行っていた。
「ふむ、原因は森に住んでおったゼルという男にあったのか。して、ヤハウェが現れたと」
「はい。しかし喰らうものの撃退には成功しました。複数の敵をミアロンドが全て」
「ほぉ、そうか。大儀であるぞ」
王はそう言うと私に近づき、肩をポンと叩いて笑みを浮かべている。私はあまりにも嬉しくて頭の中が真っ白になった。直接的に役に立てたことは本当に嬉しかった。早く役に立ちたいと思っていたことがすぐにも実現したのだ。喜ばずにはいられなかった。
そんな時だった。謁見の間に慌ただしい足音が聞こえてくる。その足音は徐々に近づいている。ただ事では無いと感じた私たちが一斉に振り向くと、そこにはノースセルシオンのギルドの紋章を焼印した者が立っていた。
「陛下! ベスリザードがライアに宣戦布告したようです!」
「そうか。他国の情勢を知っておいて損はない。しかしどうしたのだ?その服の汚れよう。そして息がかなり荒いぞ」
王はそう言うとすぐにその男は答えた。
「ベスリザードとライアの交戦中、喰らうものの襲撃がありました! 私も巻き込まれてしまい、命からがら逃げてきたのです。私はギルドの任務でライア付近まで足を運んでいた次第でございます!」
その男はそう言うと、疲れ果てたのか膝をついて下を向いてしまう。
「なんと・・・して、どうなった?」
「両国とも騎士は全滅。その後、喰らうものは両国の方角に散開し姿を消していきました」
「そうか、命をかけてまでの報告、大義じゃ。その身体では動けまい。この城の者を使い、寝室へと運ばせるとしよう」
王はそう言うと側近達が即座に男の元へ駆け寄り、寝室へと運んで行った━━。
「喰らうものは大国でないとはいえ、国を一個滅ぼす程の力があるということか」
アリシアは顎に手を当てながら考察している。
「それに、私たちが城に戻る短い間での出来事です。一夜も経ってないのに・・・」
そうだ。私たちはベスリザードに少しの間拘束された。そしてそこからノースセルシオンに帰還したのは一夜も開けてはいなかった。その短い間で、ライアとベスリザード、二つの国を壊滅させた。なんて恐ろしい組織なんだと改めて実感し、私の足は棒になっていた時、王は口を開いた。
「喰らうものの力は我々が考えていたほど弱くはなかったということか。事を急ぐ必要がある。突然な話だが、喰らうものに対抗する部隊の四名をメンバーを変更することになった。ところでミアロンドよ、新しい生活にはそろそろ慣れたであろうか?」
「はい、慣れました。しかし、どうして突然?」
私がそう言うと、王は少し悲しそうな顔になった。
「心して聞いてほしいのだ」
私たちは息を飲んだ。
「ユリアン・シャークロンくん、君にはこの部隊を抜けてもらうことになってしまった」
「なっ?!」
「えっ!?」
私とユーリは同じタイミングで同じ反応だった。その後すぐにユーリは不満を口にして怒りをあらわにする。そして王に訴えかけた。
「な、なんでだよ・・・!で、ですか!」
「素直に認めろ。陛下の判断だ」
アリシアはユーリに視線を向けながら強めの口調で言い放った。アリシアとヴァルフリートはユーリの離脱を聞いても冷静だった。
「な!お前らも知ってたのか?!俺が抜けることを!なぁ?教えてくれよ!何で!なんで俺が!」
ユーリは喚き散らし、それを見兼ねた王側近の騎士に拘束される。王は悲しそうな目を変えることなく話し出した。
「仕方ないのだ。先程の報告を聞き、悠長にしている暇はないと感じたからだ。少しでも多くの精鋭を集め、部隊を強化する必要があるのだ。すまない・・・私の判断を許してくれ」
「力不足だって言いたいのかよ!」
羽交い締めにされながらも訴え、もがくユーリを見て私は泣きそうになった。その時、ユーリは拘束している騎士を振り切り城の外へと走っていった。
「ちょっ、ちょっと待ってユーリ!」
私はユーリを追いかけようとするもアリシアに止められてしまった。
「後にしろ、今はまだ聞かねばならぬことがある」
私はすぐにでもユーリを追いかけたかったが、仕方なく留まることになってしまった。
「これが現実なのだ。喰らうものを倒し、我が国を守るためじゃ」
王はそう言い後ろを向きしばらく謁見の間に重たい空気が流れた。
それから王からの話を聞き終え後味の悪い報告になってしまった。そしてすぐ私はユーリを探しに城を出た。
私は精一杯走った。だがユーリの家にはいなかった。心当たりがあるところを片っ端から捜索した。夜が開けそうになる前にようやく見つけることが出来た。川を跨ぐ小さな橋にユーリはいた。
声をかけづらかった。なんと言っていいかわからなかった。
「俺だって戦えるのに・・・」
私より先にユーリは口を開いた。その声は震えていて私とは決して顔を合わせようとはしなかった。
「ユーリ・・・」
「しばらく、一人にさせてくれ・・・。俺の家に先に戻ってていいからさ」
私は何も言えなかった。何か言いたかったが、とても言えるような雰囲気ではなく私はユーリの家へと戻った。一度も眠れぬ夜は初めてだ。何かから外されることの辛さは私がよく知っている。マサ村にいた時は友達はほとんどいなかったから。
子供も少なかったし、ずっと施設で空白の毎日を過ごしていた。私が部隊から外されてしまったわけではないが、私は滝のような涙を流し、嗚咽してしまった。あの時何も言ってあげられなかった無力さを痛いほど実感させられた━━。
その日の朝、ユーリの姿はどこにも見当たらなかったが一つの手紙がユーリの家の前に重りと共に置かれていた。ユーリからの手紙だ。
俺はもう現実から逃げない。力を認めさせるんだ。とだけ記されてあった。それを見た私は急いで裸足のまま王城へと走っていった。
私が城に着くと、そこにはアリシアとユーリの姿があった。
「な、何してるの?」
私はそう言うとアリシアがユーリよりも先に口を開いた。
「なんとしても諦めるわけにはいかないと、私との決闘をこいつが所望してきた。勝てば部隊から外すのを取り消せ・・・と」
「そ、そんな!」
「ミア、止めないでくれ。俺は何としても、力を認めさせなくちゃならないんだ。だから、見せつけてやる。この戦いに勝って・・・!」
ユーリはそう言うとアリシアの元へと走っていく。武器はレプリカだった。しかし相手は伝説の英雄、アリシア・アレクサンドラ。勝敗は素人目に見ても明らかだった。でも、私には信じることしか出来なかった━━。