滅亡の序章
私たちは一通りリザの森を堪能し、神殿へと帰ってきた。ヴァルフリートは既に完治しており、従来と変わらない状態となっていた。
「いやぁ、ほんと死ぬかと思いましたよ」
ヴァルフリートは笑いながら頭を搔いている。
「救うことが出来て本当に嬉しいです。ところで、そろそろこの森から出られるのでしょう?」
ユシエルは安堵の表情を浮かべ、私たちに尋ねた。
「あぁ、私たちは次の仕事が待っている。王様の元へ戻り指示を受けなければならん」
アリシアは帰る支度をしながら背を向けてそう言うと、ユシエルは暖かな微笑みを浮かべた。
私たち四人は一通り帰り支度を終え、神殿の外の方へ身体を向けた。
「それでは皆さん、この森を救ってくださったこと、心の底から感謝しています。特に私からは何もしてあげられませんでしたが、心からあなた達のご健勝を祈っています。これからたくさんの苦難や試練が待ち受けているかもしれません。でも、負けないで。あなた達は強いのです。各々の使命を強く掲げ、闇に飲まれぬよう、強い存在であってください。強さとは力と情、兼ね備えてこそ真の強さとなるのです。力だけではただ人を傷つけてしまうだけ。情だけでは自らを滅ぼしてしまう。何かのために剣を振るう。力と情と。両方を兼ね備えた真の強者。あなた達はさらに強くなり高みを目指せるでしょう。信じていますよ」
「おう!任せとけ!」
ユーリは腕を曲げて拳を強く握りしめた。それから私たちは森の主ユシエルと別れを告げノースセルシオンへと戻るのであった━━。
「森にまで喰らうものが襲撃してくるとは、奴らの狙いは何なんだ」
私たちはノースセルシオンへの帰路の途中、喰らうものについて会議のようなものをしながら歩いていた。
「ヤハウェというやつは、お前のことを知っていたと言ったな?ミアロンド」
「はい。私の名前を知っていました。世界を知る者が私のことを知っているので、不思議ではないかとも感じるのですが・・・」
「世界を知る者がお前を知っていて、初の依頼をこなしていた時にわざわざお前とコンタクトを取ってきた。奴らにとってお前は特別な存在なのかもしれん。全てはわからんが・・・」
考えてみればそうだ。ヤハウェが私を知っていたことと、世界を知る者が喰らうものの組織の人間であること。私は普通の田舎者ではないのかもしれない。何か関係があるかもしれない。だけど、そのようなことは一切記憶にない。接点が一つだけあるとすれば世界を知る者と出会った時の幼少期だけだ。しかし私は特別なものは何も持っていない。ただの人間であり田舎者である。この段階ではまだ喰らうものについての理解はほとんど出来ていないと言っても過言ではないはずだ。
そんなことを考えている時、東の方角から何やら大きな音が小刻みに聞こえてきた。
「なんだ?足音?」
ユーリは音の聞こえる方向を向き、耳をすました。
「あ、あれは・・・」
そこに見えてきたのは人間の群れだった。騎士のような軍勢が東から進んできている。
「あの国旗・・・ベスリザードか」
アリシアは目を凝らし見えるか見えないかの距離で特定することが出来た。
その軍勢は私たちの近くに来るとすぐに軍勢は立ち止まった。
「えっ・・・えっ?」
気がつけば私たちは即座に騎士に取り囲まれ、槍を向けられている。
「貴様ら、これはどういうことだ?」
アリシアは冷静な面持ちで騎士に問う。
「お前達、ライアの国の兵士か?答えろ!答えなければ斬る」
威圧的な声で騎士は私たちに怒鳴りつけた。一体どういうことなのか、唐突なことで理解ができず、ただただ恐怖を感じた。
「ライアではない。なんだ?戦争でもするつもりか?もしも戦争というのなら、そんな呑気なことをしている暇はないぞ。私たちは人間同士で争っている暇ではない。新たな脅威がこの世界に迫っている」
アリシアはそう言うとすぐ、騎士は槍をより一層私たちに近づけてきた。
「貴様らに我がベスリザードの王、ザルベス様の野望が分かるものか!」
「アリシアさん・・・挑発はやめましょうよ」
私は小声で恐る恐るアリシアに声をかける。
そんな時、私たちを囲う騎士達の後方から声が聞こえてきた。
「よせ。ライアの兵でないならここで手を下す必要も無い」
私たちを囲う騎士達をかき分け、あたかも軍の長であるような服装をした騎士が出てきた。
「君たちはどこの所属だ?良ければ我が国に助力してもらえぬだろうか?私はザルベス、ベスリザードの国王だ」
黒鎧を身に纏い琥珀色の髪をしていた若年の王は私たちに交渉を持ちかけてきたが、アリシアは即答でそれを拒否した。
「ノースセルシオンのギルドの者だ。私たちは忙しい。助けがほしいなら他を当たるんだな」
「ザルベス様の要望を拒否したな!無礼者!」
一人の騎士は怒り、槍を握る拳に力が籠る。
「よせ、今ここでノースセルシオンを敵対勢力に回すのは愚策。それに、相手はあの有名なアリシア・アレクサンドラ。倒せたとしてもこちらの被害の方が甚大なものとなる。戦う理由は一ミリとないのだ。ライアの国との決戦には、この戦力は維持せねばならん」
騎士の槍を下ろさせ、宥めるようにベスリザードの国王ザルベスは説得した。
「でも、どうしてこのご時世に戦争なんか?」
ヴァルフリートは割って入りザルベスに質問を飛ばした。
「喰らうものは知っているな?我が国の国力では喰らうものを退けることは出来ず滅びの道を辿るだけだ。そのため、他国に攻め入り我が領地とすることで国力、戦力の増大を測り、喰らうものへの対抗手段にする」
「でも、ライアと協力して喰らうものやっつけちゃえばいいと思うんすけど?」
「それは難しいのだ。過去に我が国は先祖代々から戦争を幾度となく繰り返してきた。停戦協定を結んだものの、その時の余韻が残り関係は悪化したまま。このままだと協力を拒否される。合意したとしても多大な報酬と礼を払わなくてはならない。攻め滅ぼさねば、我らベスリザードの国は滅んでしまう。この戦いには一族の将来がかかっているのだ」
「なるほどな。お前達ベスリザードの言い分は理解出来た。そろそろ解放してはくれないか?お前達と同じで私たちにもやることがある」
アリシアはそうザルベスに要求するとすぐにザルベスは右手を下げる。それを見た騎士達は定位置へと戻り、私たちは解放された。
ひとまず無事に済んで私は安心した。しかし、国同士の戦争が存在することを初めて知った。喰らうものという大きな脅威があるのにも関わらず、人間同士で争う。なんて残酷なのだろうか。世界は綺麗なものばかりではなく、醜いものでもあるのだ。それを改めて知らされることになった━━。