休暇
「ミアロンド!」
私が喰らうものとの戦闘を終え、ヴァルフリートの手当をしている最中、ようやくアリシアが私達の元にたどり着く。するとすぐにアリシアはヴァルフリートに声をかけた。
「こんくらい、大丈夫っす・・・」
ヴァルフリートは微かに目を開けてアリシアの問いかけに答えたが、すぐに血を吐き出し苦しんでいる。
「アリシアさん!」
私は咄嗟に声を上げた。早くなんとかしないと危ない。ヴァルフリートの状態はもはや風前の灯のようなものだと感じた。
「わかっている。ヴァルフリートを神殿まで運ぶ。急がなければ命が持たん。走るぞ!」
アリシアもヴァルフリートが危険な状況に置かれていることは理解していた。アリシアはすぐにヴァルフリートの身体を担ぎ走り出した。私もそれに続くような形で共に走ったのだった──。
私達は必死に走った。こんなに走ったのは、絶体絶命のユーリの状態をアリシアに伝えに走った時以来だ。肺が弾けて消えてしまいそうなくらい懸命に走る。エルフの力は喰らうものを倒した時に使い果たしてしまい、従来の体に戻ってしまっていた。その消耗もあってか、かなり息が荒く今にも倒れてしまいそうな程に。
「ユシエル、治せるか?」
アリシアはユシエルの元に辿り着くとすぐにヴァルフリートを仰向けに寝かせた。
「はい、恐らく。彼女の方は?」
ユシエルは私を見つめる。
「私は大丈夫ですよ!」
倒れてしまいそうなくらい体力は消耗していたが、一人の命の危機が迫っているような状況で心配をかけるわけにはいかなった。
「そうですか。良かったです。では、始めましょう」
ユシエルはそう言うとヴァルフリートの腹部に手を当てた。その手は緑色に輝き無数の小さな光玉が戯れる。その光玉がヴァルフリートの傷口へと入っていくと、傷口はあっという間に塞がっていきすぐに元の身体へと戻った。
「すっげぇ・・・」
ユーリは感動したのかユシエルのもとに近づきヴァルフリートの腹部を覗き込んでいる。
「流石だな。昔お前に助けられた借りを返したと思えば、また借りをつくってしまったな」
アリシアはそう微笑むとユシエルもそれに微笑みで返した。
「いえいえ、いいのですよ。命の重さの前に報いなど考えてはいませんから。ヴァルフリートさんはこのまましばらく安静に寝かしておいてあげてください。完治したとはいえ、まだ動けるようにはなりません。しばらくはこの森を巡り観光でもしてみてはいかがでしょう?」
「え!いいんですか!?」
私はすぐに聞き返した。この森に入った時からここをもっと知りたい、楽しみたいと思っていたからだ。都会であるノースセルシオンの街並みに慣れてきた頃、大自然に触れたいという思いが芽生え始めていたこともあり、大いに賛成した。田舎者であったことで、こういった大自然に対する愛着というものがあったのかもしれない。
「私、すぐに行きたいです!」
「どうぞ、結界は張り終えました。存分に楽しんでくださいね!」
「ふっ、戦の終わりにはこういった休息も必要だな」
アリシアはそう言って笑ってみせるとユーリもそれに同意し、賛成した。
「ユシエルさんは一緒にこないんですか?」
神殿に出る直前、動き出さないユシエルに声をかけた。人が多いとより楽しくなるし、何より苦労してきているはずだから労わってあげたかった。
「私ですか?私は大丈夫です。それに、ヴァルフリートさんは私の膝上で心地よさそうにしていますから」
「え・・・」
ユシエルの膝上に視線を向けると、そこにはユシエルの膝枕で心地よさそうに眠っているヴァルフリートがいた。
「まぁ、ヴァルフリートさんらしいですね!」
私は苦笑しながらそう言うと、アリシアは一言。
「こんなやつ捨ておけばいいものを」
そんな時、ユーリは少し恨めしそうな目でヴァルフリートを見つめていた。少し膝枕にでも興味があったりでもするのだろうか。少しからかってみることにした。
「羨ましいの?」
私はユーリの顔を覗い込みながらそう言うと、ユーリは赤面しつつ慌てふためく様子でこう言った。
「ち、ちがう! 別にそういうわけじゃねぇって!」
動揺しあたふたするユーリを見て私は思わず爆笑した。男の子ってやっぱりこういうの憧れたりするんだなと思ったりもした。
「でも、こうやって賑やかに話せるって久しぶりだね!」
「ま、まぁ、喰らうものとかの件もあって緊迫してたのかこういった会話もなかったしね・・・」
ユーリは恥ずかしさをまだ引きずっているようで視線を中々合わせようとしてくれなかった。
「ま、とりあえず早く行こ!」
私はユーリの腕を掴み神殿の外に出た。アリシアはゆっくりと私たちに続くようにして歩いていったのだった。
しばらく森を探索していると、そびえ立ち並んでいた高い木が無数にあるところを抜けた。そこには眩しいくらい鮮やかな草花とかなり広い湖があった。太陽の光が湖に反射し、無数の草花の鮮やかさをより一層引き立てている。
さらに、ここは森にある大規模なオアシスなのか、鹿や鳥などの様々な動物達がくつろいでいる。そんな幻想的な風景が目の前に広がっていた。
「うわぁ、綺麗・・・」
そんな言葉が知らず知らずのうちに出てしまう。
「懐かしいな」
アリシアはそう言って湖に向かってゆっくり歩き始めた。
「来たことあるの?」
ユーリはかがみ込んで、花に止まった蝶々を見つめながらアリシアに問いかける。
「あぁ。昔にな。ここの湖の原水は強力な疲労回復の効果がある。美肌効果のおまけ付きだ」
「おっ?観光客ぅさん?」
アリシアがユーリの質問に答えた後、聞き覚えのない声が空から聞こえてきた。その正体は妖精だった。
「そうですよ!初めてここに来たんですけどすごく綺麗で、私のいた場所にはこんなとこ無かったです!」
「それはそれはぁ〜、せっかく来てくだっさったしぃ〜ここの癒しの泉、堪能してはいかがかにゃぁ?」
妖精は嬉しそうに八の字を描いて私の周りを飛び回る。
「入るってどうやって?私たち着替えもないよ・・・? えっ?!・・・まさか・・・」
裸?いやいやそんなはずはない。入るとするならば混浴状態だ。泉は透明ではないアメジスト色をしているので、見られる心配というものはない。私は別に構わないと思った。しかし、膝枕の件であれほど動揺を見せたユーリだ。何があるかわからない。パニックによる溺死だってありえる。そう考えたら、入らない選択肢の方が濃厚である。
「心配ご無用ぉ〜、魔法でちょちょいのちょいですよ!」
妖精の説明曰く、魔法で服装を一時的に変えてくれるのだという。裸にならなくて済むのなら願ったり叶ったりだ。
「じゃあそれ、お願いします!」
「い、いや、やめといた方がいいぞ・・・」
アリシアは急に割り込んでくる。少し焦っている。戦闘では決して見せない表情を見せた。
「どうしてですか?」
「いや、なんというか、私はそれでひどい目を合わされた過去があるからな・・・」
「い、いやぁ!あの時はまだ下手くそだったけど、練習して上手になったしぃ!超極薄マイクロビキニにはなるようなことはありませんからぁ!」
過去にマイクロビキニにされていたのか。いつも冷静沈着でクールなアリシアにマイクロビキニ。想像すらできなかったが、少し見てみたいと思った自分がいた。
「おいユーリ、実験台になれ」
「は?・・・はぁ?!」
アリシアは、延々と蝶々を眺めていたユーリを呼んだが、私たちの会話は普通に聞こえていたようでかなりの拒絶反応を示した。
「なんで俺だよ!」
「まぁそれは、あれだ。私達にも羞恥心というものがあってだな」
「いや俺もあるよ!」
「やれ、妖精」
アリシアは少し咳き払いをした後、妖精に指令を出した。妖精は笑顔で頷き、ユーリの元へと飛んでいく。
「ちょ、おい!」
ユーリの周りをぐるぐると輪を描くように飛び回る妖精。飛んだ軌跡を描くようにユーリの周りには無数の光玉が渦巻いている。その瞬間ユーリの身体が光輝き、一瞬で服装が変貌した。
「えっ、なんだ、普通じゃねーかぁ」
普通の男性用の水着といった感じだ。どうやら妖精は練習を重ねてマスターしていたらしい。
その後、私とアリシアも納得して服装を変えてもらった。ごく普通の水着という感じだ。アリシアは胸部のきつさに不満があった様子だったが、仕方ないといった表情をしていた。
「気持ちいいですね!」
私達三人は癒しの泉に入り、くつろいでいた。ユーリは私達からは視線を逸らし、少し距離を取っている。
「まぁ温泉というわけではないし、少し冷たいのだがな」
冷たいという感じはあるものの、何故かリラックスできる。身体の疲れが抜けていくというものを感覚として実感出来た。
「それにしても、結構大きいんですね」
「デリカシーのないやつめ・・・。こんなもの戦闘では邪魔にしかならん。斬り落としたい」
「でも、憧れますよ。私は小さい頃貧しくて、まともに栄養も取れなかったから、無いに等しいです」
そのような会話をしていると、妖精が私達の近くに飛んできた。
「男の人が見当たりませんけどぉ・・・おかしいなさっきまでいたのに・・・」
「嘘?!」
私は泉一帯を見渡した。そこにユーリの姿はない。懸命に探してみると、泉の水面上に泡が吹き出しブクブクと音を立てている。嫌な予感がした。私が想定していたパニックによる溺死・・・いや、そんなはずは。私たちにパニックにさせられるような要素はなかった。と思う。
私はすぐにユーリを引き上げた。ユーリの顔は真っ赤だ。そんな時、ブツブツとユーリが何かを口にしているのが聞こえてきた。
「何も聞こえない。いや、聞きたくない・・・」
「し、しっかりして!」
「これが若さっていうやつか・・・ミアロンド、こいつもユシエルのところに連れていくか」