白と黒
「んおっ?お前はあの時の!」
ヴァルフリートは驚いた面持ちで指をさして声を上げた。
「普段平和な森が何やら騒がしいかと思えば、内紛が起きていたのか。実に滑稽だ。」
ヴァルフリートが指さした先にいたのは、喰らうものを引き連れる女戦士、ヤハウェだった。
「女の子に口出しすんのは趣味じゃないけど、ここから立ち去って貰おうか」
ヴァルフリートは大剣を構えてヤハウェを睨みつけた。
「森に入る途中、雑魚の邪魔が入ったが、お前もまた邪魔をするのか。」
ヤハウェは構えるヴァルフリートを見て嘲笑してみせた。ヤハウェの周りを漂う邪悪なオーラがより一層濃くなった。それを見たヴァルフリートはフンっと鼻で笑い開戦の口火を切った。
「悪いが、仕事なんでな──。」
「くっ、こんな力技あっていいのかよっ・・・」
ヴァルフリートの攻撃はあっさりと槍で弾き返されてしまう。ヤハウェに遊ばれてると言っても過言ではなかった。
「女の子に殺されるなら、本望なんですけど・・・ねっ!」
全ての力を込めたヴァルフリートの一撃はヤハウェを仰け反らせる。
「おっと。中々やるではないか。しかし、あの女のつま先にも届かない。もっと楽しませろ」
「ぐおっ!?」
ヤハウェの一撃は軽いように見えてかなり重いものだった。ヴァルフリートの全力の動作さえも、ヤハウェの行う軽々しい動作の方が速さも強さも上回っていた。ヤハウェの一撃を受けて吹き飛ばされたヴァルフリートは大きくそびえ立った木に叩きつけられた。
「ふっ、話にならん──。」
「ヴァルフリートさんが命の危機に直面しているようです・・・。」
「えっ!な、何が!?」
「私の千里眼の力で突如現れた邪悪な存在の状況を確認しました。その邪悪な存在はヴァルフリートさんと交戦しています。力の優劣は、あまりにも・・・」
ユシエルは言葉を失ったようで、絶望的な表情へと変わる。
「そんなっ!わ、私行きます!」
私は即座にそう言うと、神殿の出口へと向かおうとする。しかし、飛び出そうとする私はユーリに止められてしまった。
「お前が行ってどうなるってもんじゃないだろ!? 実際、お前も危険な目にあっちまうんだぞ!」
確かにそうだ。私はまだ弱い。役に立たないかもしれない。でも、何か、あるはず──。
「どうしても、貴方は行きたいのですか?」
ユシエルはそう言うと、大きな棚の中にあった薬のようなものを取り出した。
「これはエルフの妖力を最大限にまで増幅させるための薬です。これを使えば、もしかしたら邪悪な存在とヴァルフリートさんの力の差を埋めることができるかもしれません。ただ、」
「ただ、なんだよ。」
「人間に使っていいものなのか、わかりません。全ては未知です。強大な妖力に人間の耐性があるのかどうか」
賭けだった。でも、ここで決めないとヴァルフリートさんが死んでしまうかもしれない。どの道リスクは同じだった。私は薬を受け取り、神殿の外へと向かった。
「ミア、気をつけて。俺は命令通り神殿の護衛にあたってる。絶対ヴァルフリートさんを助けて、絶対生きて帰ってこいよな」
「うん。誰も死なせない」
私は覚悟と決意を持ってユシエルが指した方向へと全力で走った──。
「く、くそっ・・・」
ヴァルフリートは木に腰掛けるような形で項垂れている。そこにヤハウェの突進、膝蹴りの追い打ちがかかる。
ヴァルフリートは唸りをあげ、血を吐いてその場に倒れ込んだ。
「しょうもない雑魚が。私に勝とうなど百年。いや、一兆年早い。さぁ、茶番はここまでだ。死んでもらおう」
意識が朦朧としている。ヴァルフリートにはもう避ける動きすらもままならないまでに衰弱していた。眼も浮ついていて焦点を捉えられない。
高々とそびえ立つ木々をかき分け走りようやく見えてきた。
「あ、あれは!?」
ヴァルフリートは倒れていた。もう手遅れなのか。とにかく走った。肺が爆発しそうな程に走った。
「ヴァルフリートさん!」
木を背にして倒れていたヴァルフリートに声をかけた。
「あっ?・・・アリシア・・・さん・・・?」
ヴァルフリートの声は聞き取れるかどうか怪しいほど衰弱しきった声をしている。
「わ、私ですよ!しっかりしてください!これ飲んで!」
私はその薬をすぐにヴァルフリートに飲ませようとした。
「友情ごっこもいい加減にしろ。見てるこっちが退屈だ。ミアロンド・メーセリア、お前は戦わないのか?」
ヤハウェはニヤリと笑みを浮かべながら槍を私に向けてくる。
「な、何故私の名前を!?」
そのようなやり取りをしてる中、後ろからヴァルフリートの声が微かに聞こえてきた。
「それ、お前が・・・飲め。俺は・・・飲んだって・・動けねぇよ。残された体力で伝達魔法を詠唱してる。アリシアさんも・・・これに気づいて恐らく・・・向かってる。・・・女の子に助けてもらうなんて・・・趣味じゃないけど・・・ミア・・・頼んだ。時間稼ぎを・・。」
喋れば喋るほど呼吸が浅くなり、声が枯れていく彼を見て、私は涙目になりながら覚悟を伝えた。
「絶対に助けます!。アリシアさんの美しい顔、死んだらもう見れませんよ!」
「そいつはァ・・・ヤダなぁ・・」
きっと大丈夫です。と私は頷き、ユグドラシルから受け取った薬を一口に飲んだ。その時、身体は熱くなり羽が生え耳も尖っていく。
「こ、これが、エルフの力──。」
「ふっ、雑魚に毛が生えても所詮雑魚のままだ。私が手を下すまでもなかろう。」
ヤハウェはそう言うと共に、喰らうものが現れ即座に私の周囲を取り囲んだ。私は覚悟を決め護身用の剣を構え、威嚇した。そして足を一歩、強く踏み込んだ。
「たぁぁぁぁぁぁあ!」
私は生えた羽を使い、喰らうものに詰め寄り、相手の身体を次々に切り払っていく。
「身体が、軽い?」
異常なほどに身体が軽く感じ、敵の動きも恐ろしい程に鈍く見えた。無敵なのではないか、そう思わせるほど、今までの無力な私とはかけ離れた運動能力だった。気がつけば私を囲っていた喰らうものは黒い塵となって消え去っていた。
「こんなに凄い力だなんて・・・」
その力に驚きが隠せなかった。そんな時ヤハウェは両手を叩くなり、満足そうな表情で笑っている。
「これがエルフの力か。小さな森に引きこもる下賎な種族かと思えば、中々興味深いものがあるものだな」
「あなたは、一体何が目的でこんなこと!」
私は叫んだ。意味がわからない。こうやって人を傷つけ、世界を狂わす。いや、これが世界なのか。私が世間知らずで、小さな世界に生きていただけでこれが普通のことなのか、全てが分からなかった。
「なぁに、いずれわかる。いや、知ることになる。お前は特に大事な存在だ。」
ヤハウェはそう言うと身体が透明になり始め、邪悪なオーラに飲み込まれていくように消えてしまった。私は止めたが、ヤハウェは聞く耳を持つことはなかった──。