崩された平定
私がここに来て色々なことが起きた。新しい素敵な出会い、喰らうものの襲撃、そして再開。
あれから一ヶ月がたった、新しい生活にも慣れてきた。そんなある日のこと王からギルドを経由してとある依頼が私たちと元へと届いた。
「森の・・・調査?」
私たちはナーミア区のギルドのメンバーである。しかし喰らう者の活動が活発化してきた今、喰らう者に対抗する独立した小隊が結成された。それも王直属の小隊だ。
メンバーはメーセリア、ユーリ、ヴァルフリート、アリシアの四人だ。本来ヴァルフリートはギルドに属さない騎士団の一員だが、散々駄々をこねて入隊を許可された。もちろんアリシアは断固として拒否していた様子だったが。ユーリは新しい環境に適応できるまでの私の世話役をしてくれるそうだ。
今回入ってきた依頼は森の調査。ここより北東の遥か先にある。ユシエルの収める聖なる森・リザの調査依頼だった。そこは聖なる加護の力によって喰らう者の襲撃や魔物の襲撃はほとんどなかった場所だった。しかしそんな場所に異変が起きたらしい。他のギルドの人間がその森の異変に気づき、王に報告をしたということだ。喰らう者が関係しているのかもしれないということで、王がこの依頼を私たち小隊へと回してくれた。
「今までティターニアの近辺に魔物や喰らう者の存在は無かった。つまり、これまでリザの森を護っていた加護の力が弱まっているというわけか。喰らう者が関係しているかもしれん。行ってみる価値は充分にあるな」
アリシアは丁寧な手さばきで依頼書を開きながらそう言うと私たちに背を向け歩き出した。
「さぁ旅の支度だ。一秒でも早くリザの森に向かう。迅速に森の異変の実態を探るぞ。そして我らの一番の目的である喰らう者の正体を暴き出す。そして奴らの暴走を止める。悠長にはしていられない」
アリシアは小隊全員に喝を入れるとそれに乗じて皆も声を上げた。ついに始まるのだ。私たちと喰らう者との長き戦いが、幕を開ける──。
「これがリザの森・・・」
「でけぇ・・・」
目の前には視界をすべて埋め尽くさんばかりの大量の木々と無数のエメラルド色の輝きが無数に散らばっていた。こんなにも綺麗な森で、邪なる存在を一切感じさせない程だった。
しかしそんな森で何が起きているのだろう。その輝きが失われつつあるのだろうか。
「前に来た時と目に見えて変わったところは一切ないな。ここで一体何が起きている」
森を歩きながらアリシアは口を開く。一度ここに足を踏み入れたことがあるようだ。
「でも、我々がここに足を踏み入れたことができた時点で異変があるのは確かですよね?」
歩き疲れた様子でヴァルフリートがそう言うとアリシアは同調しそれに続けた。
「そうだな。リザの森には加護の力、すなわちバリアがあるわけだ。強力すぎる故、外部から一切干渉が出来なくなったんだ。私達がここに入れている時点で加護の力が弱まっていることは揺るがない真実だ。この森で何かが起きている。」
「でも正直、おかしくね? そんな強い加護をどうやって弱めたってのさ」
二人の会話にユーリが割って入った。
「それがわからないから調査に向かうのだ。内部からの影響か、もしくは喰らう者の活動が活発化してきたことが影響しているのか。ユシエルの聖なる加護の力をも歪ませる力が働いているとすれば、それは放置できない甚大な問題だ」
三人が色々と話している。内容は微かに伝わるが、正直私はついていけていない。私はどこからか感じる視線を探していたからだ。
高い木の上から感じる。私たちについてきている。とにかく集中しその視線の正体を探ったが、見つかることはなく埒が明かないので声をかけることにした。きっと何かがいるはずだ。
「あ、あなたは?」
私は木の上に向かって問いかけた。
「ミア?お前、誰に話してんだ?」
私は木の上に指を指すと、木がガサガサと揺れ何かが落ちてきた。
「よく気づいたねぇ嬢ちゃん」
木の上から降りてきた顎に少し無精ヒゲを生やした赤髪の男だった。
「お前ら、人間か?」
耳が尖っている。これが前に聞いたことのあるエルフという生物なのだろうか。どんな種族なのだろうと、好奇心が燻られる。
「まぁ、そうだが」
アリシアがそう返答すると赤髪の男は背中につけた羽をはためかせ空を飛び宙返りする。
「すごい!飛んでる!」
「おや、嬢ちゃん。エルフを見るのは初めてかぃ?じゃあ、歓迎してやらんとな!」
赤髪の男はそう言うと宙で身体をひねり身体から無数の輝きが舞い散っている。そして周りには小さな人のような光が飛び回っている。
「妖精だっ!」
ユーリは赤髪の男の周りを指さす。
そして最後には今までの倍以上の輝きで最高のフィナーレを演出してみせた。
「凄かったです!妖精さんと見事なコンビネーション!きっとたくさん練習しましたよね!感動しました!」
こんな無数の輝きを見たのは初めてな私はかなり昂っていた。
「いやぁ、練習なんかしてねえ。じゃ、やらなきゃいけねぇことがあるからまた今度な!あっ、名乗り忘れてたな、俺はゼル。じゃ!」
ゼルはそう言うと優雅に舞い去っていった。
「なんか凄いフレンドリーな人だったな」
ユーリは少し引いたように笑いながら言った。
「でも、凄かったよね!」
私の興奮はまだ冷めていなかった。
「こんなところで興奮している暇はないぞ。とりあえずユシエルの元へ向かう。この森の主なら何か知っているかもしれない。彼女は神殿にいるはずだ」
アリシアは振り向きそう言うとすぐに歩き出した。
「そのユシエルちゃんって可愛いですか?」
歩き出したアリシアに向かって何やら浮ついた表情を浮かべているヴァルフリートはすぐに問うが、やはり無視されたようだ──。
「ここが、神殿?」
私たちはようやく神殿へと到着した。青白い柱がそびえ立つ。中は神秘的な空間だった。氷の結晶のようなものがいくつも輝いて見えている。ここにずっといたい、そんな気持ちにさせる場所だ。そこへある声が響いた。
「お久しぶりですね。」
「ん?誰だ?」
ユーリは辺りを見渡してそう答えるが、周りには誰もいない。その時、結晶で出来たような階段の上から何者かが降りてくる。
「ユシエル・・・」
アリシアは彼女の方向を見つめながら呟く。
「あの人が、ユシエルさん?」
「無論、彼女がこの神殿、そしてこの森の主だ」
薄緑色の綺麗な髪で蒼色の綺麗な瞳。華やかで自然を感じさせる羽衣。とても美しい風貌をしている。
「ユシエル、この森の異変について、何か気づいているか?知っていることがあれば教えて欲しい」
アリシアはすぐに本題に入る。
「あなた達も知っているのですね。そう、リザの森の聖なる加護が弱まりつつあること。森の近辺に魔物が出現し始めたこと。何かしら原因があることでしょう。私もその原因を探るため、日々努力はしていますが依然としてわからないまま・・・」
「聖なる加護ってさぁ、ユシエルの妖力が作り出してるって聞いたんだけどさ、頑張りすぎで疲れたとかそういうのじゃないの?」
ユーリがそう口を挟むと、ユシエルはさらに続けた。
「それは間違いではありません。しかし、聖なる加護とは私だけが作り出すものでは無いのです。ここの森にいる幾千の妖精達が一人一人妖力を使い、この森の平和を守り続けているのです。この加護の力が弱まるということは、内部から何らかの存在が干渉しているのか、あるいは──。」
「ふむ、原因究明にはまだ時間がかかりそうだ。・・・!?」
アリシアがそう言った瞬間に神殿が微かに揺れ始めた。
「な、何!?」
私はユーリの背後に隠れた時、あの時感じた恐怖と気配を一気に感じ取った。
「喰らう・・・もの・・・?」
私の予感は的中した。喰らうものを見たアリシアは剣を抜き構える。ヴァルフリートも同様だ。
「ミアちゃんとユシエルちゃんは下がってな!あとはこのヴァルフリートさんにお任せってな」
「俺も戦う!」
二人に続いてユーリも剣を構える。
「聖なる加護があるのに何故!?」
この森には加護の力があるはず。しかしこの神殿まで外敵の存在がある。喰らうものには加護を突破する能力があるとでもいうのだろうか。
「なんてこと・・・」
ユグドラシルは聞こえるか聞こえないかの微かな声で呟いた。
「完全に加護の力が失われてしまいました。何故こんなことが・・・」
その時、喰らうものは大きな腕を持ち上げてヴァルフリートに向けて叩きつけた。喰らうものは今までとは違うタイプでかなり大型だった。
「あっぶね!なんだよ俺の顔に嫉妬でも?」
そう言いながらヴァルフリートは飛んで軽々と避けていく。そんな時だった。
喰らうものの周りには数々の妖精が舞っている。それは輝いていて美しい。その瞬間、無数の妖精が喰らうものに突っ込んでいく。喰らうものは呻き声をあげ地面へと溶けていった。
「何が起きた」
アリシアはユシエルの方を振り返った。
「妖精が倒したんじゃないんスか?いやぁ、妖精めちゃくちゃ強いスね!」
私はアリシアが質問をしたユシエル方に目を向けた。ユシエルは絶句していた。絶望に満ちた表情だ。
「いやぁご苦労ご苦労ぉー」
神殿の中に入ってくるひとつの影。
「誰だ!」
「俺だよ俺。よぉ、また会ったなっ」
その影の正体は、さっき出会った男、ゼルだった。ゼルは歓喜に満ちた表情でこう口を開いた。
「今の見たか?妖精の散り際。美しいだろォ?妖精の輝きは死んだ時が一番輝きが強いんだぜ?まさに芸術だ。」
「あなたは・・・また繰り返すのですか!」
ユグドラシルは哀しみに満ちた表情で小さな声で呟いた。
「何が何だか、どういうことなの!?」
私は訳が分からなくなった。この世界は分からないことだらけなのは勿論承知している。しかしあまりにも流れが早すぎる。
「真実を話すとな、この森の加護の力を弱らせた原因は俺にある。しかし、このようなことが起きた根本的な原因。それはユシエル、お前にある」
ゼルは少しほくそ笑むような目付きでユシエルを睨む。
「それはどういうことだ?」
アリシアはゼルを警戒するように剣を突きつける。
「加護の力ってモンはなァ。永劫の安息の地と引き換えに、大きなものを失ったんだ。それは、自由だ。この森の加護は強力だ。外部からの干渉を受けることがない程の。しかしそれ故に、内部から外部へ干渉することが出来ない。それは自由を失うと同義だ。こんな狭っちぃ森で息してるだけの人生なんて、俺はゴメンだね。俺は酸素だけを吸い続ける人生より、夢を吸い続けることを選ぶね。他人が危険にさらされようが関係ない。自らの意思が、俺に寄生して離れないんだ」
「綺麗事を。貴様がやったことが、どれだけこの森に影響を与えるかわかっているのか。」
さらにアリシアは今にもゼルに斬りかかろうとするような気概を見せている。堪忍袋の緒が切れている様子だ。
そんな時だった。ヴァルフリートがゼルとアリシアの間に入り口を開いた。
「加護の力がないってことは、今も喰らう者の襲撃はあるってことだよな?あのデカいの一体というわけではないはず。アリシアさん、森の護衛を頼みます。こいつは俺に任せてくださいよ。レディをいじめるやつは許さないっすから。死んでしまった妖精達のためにも。仇、とってきます」
「おっと、戦う理由は俺にはない。俺はこの森を出る。結界なんざまた張ればいいってもんよ。じゃ、またいつか会うかもな」
ゼルはそう言うと羽を広げ神殿の外に飛び立った。
「おい!この落とし前どうつけてくれんだ!」
ユーリは飛んでいったゼルを追いかけようと躍起になり追いかける。
「やめときな。お前の足じゃ無理だろ。それに、喰らうものがいつ現れてもおかしくない。今はこの森の安全の確保が第一優先だ。それに、あんなやつは世界に出ていっても生きていけるような人物じゃない。きっと苦労するはずさ」
ヴァルフリートは宥めるようにそう言うと、ユシエルの元へと歩いた。
「お嬢さん、結界ってまた張ることって出来ないの?」
「出来ます。ただ、時間がかかります。結界を張った後、内部に侵入した敵を殲滅する必要があります。それと、極力外部からの侵入を防いで被害を抑えなければなりません。」
それを聞いたヴァルフリートは自信げに拳を強く握りしめる。
「やりましょうアリシアさん。俺は外部からの侵入は防ぎます。アリシアさんは森内部に侵入した敵を」
「わ、私は!?」
私は即座に指示を仰いだ。
「ミアちゃんとユーリくんは神殿に残って。ユシエルちゃんのサポートよろしく。それに神殿の護衛だ。俺達の取りこぼしが来るかもしれないが、みんなに危険を与えさせたくないから極力頑張るよ」
ヴァルフリートはそう言うとすぐに神殿の外に飛び出して行った。アリシアも無言で頷きそれに続いた──。
「なんかさぁ、俺たち必要なくね?」
ユーリは胡座をかいて座り込んで上を見上げる。
「え?どうして?」
「だってよ、アリシアさんとヴァルフリートさんは戦ってんだぜ?俺たちついてきてるだけで何もしてないじゃんか」
「言われてみれば...。だけどまだ未熟な私たちを一人残して戦わせるなんて出来ないんじゃない?」
ユーリは不満げな顔をして俯いた。
「あなた達はまだ若いのです。いずれアリシア、ヴァルフリート、彼らのような立派な戦士になることが出来るでしょう。そのためには強い意志を持つことが大事ですよ」
ユシエルは笑ってそう言うと、魔力のようなものを蓄積し始めた。結界を張るための準備のようだ。魔力のエネルギーのようなものがユシエルの周りを舞っている。流星群のように取り囲み上昇気流に乗った光の粒達は、風船のごとく神殿内を浮かび、外へと出ていった。しかしその一連の動作が途絶えてしまった。
「どうしたんですか?」
「この森の中に、とても、とても大きく邪悪な者の侵入があります──。戦いに行った二人の命を脅かすほどの凄まじい力が──」