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××  作者: 3000_in_Negi
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後編:解答編





 今朝、心当たりのないアドレスでメールを受け取った。



 私は、まだそれを確認してはいない。






『月・窓・消えた小学校


 ミステリージャンル(仮題)


 ……(訂正)







『――駄作:解答編』





 今朝といえばそう、この茹だるような熱気の予感は、今朝にはもうあったように思う。



 北の方では、むしろ日照不足が深刻だなどと小耳に挟んだが、いやしかし、夏の不便の王道といえばこれだろう。まったくもって、



 ――嫌になるほどに暑い日であった。




 ……眼前、デスクの上のアイスコーヒーのグラスが、からりと音を立てる。


 見れば、碌に手も付けてはいないまま、もうそれは半ばまでが透明色に変遷していた。グラスは汗を零し、或いは近いうちに、その辺の資料にまで水害を及ぼしかねない状況である。



 私はその辺りを適当に手の甲で払う。



 薄手のシャツに、その残滓が飛び散る。



 私は、妙にそれに嫌気を誘われる。



 全ては、我が居城たる探偵事務所の八畳一間での出来事であった。



「……、……」



 日差しは天頂に届いたころだろうか、室内のいたるところがやたらと陰影が強い。

 クリア素材のファイルやロッカーの表面などは解けそうなほどに輝いている癖に、資料束が作る影や机の向こうの暗がりは異様に濃密である。ビル群の照り返しが部屋の至る処を焼く中で、幸運にも私のデスクは日陰の位置を享受できていた。



 ……とはいえ、それで避けられるのは日焼けの面倒だけである。ヒグラシか何かの鳴き声も、照り返しが連れてきた外気の熱も、うごめくような調子で吹く生ぬるい風も、俺の汗腺には全くのクリーンヒット。


 朝のころには嫌気であった感情は、昼を過ぎるまでに諦観を経て、ついに無感情までに大成した。



 ……そういえば暑い。……そういえば汗がうっとおしい。……そういえば喉が干からび始めている。なんて風に緩慢な思考。


 灰色の脳細胞といえば私のような職種における一つの到達点だが、仮に私の脳が灰褐色の干物になってくれたとしても、ことここにおいては探偵の境地よりも前に仏道の境地に至るのが先であろう。涼の一つでも取らなければ、……そういえば即身仏になってはいまいか、なんて顛末を迎えかねない。



 冷蔵庫には、何かその手の氷菓でも詰めていただろうか。――推察するに答えは否。



 なにせ、甘味の類を最後に買ったのは二十代の半ばであっただろうか。酒類にプロポーズして以来こっち、私は妙に甘味類への興味に希薄であった。



 二十歳を契機に人は、酒党と甘党に二分する。なんて話もあったのだったか。それならば私は後者に違いない。

 しかし、私事のボーダーというのは曖昧であればあるほどいいというのが、個人技能職における鉄則でもある。



「……、……」



 さてと、それではパトロールと洒落こもうか。思えば確かに、ボーダーの希薄さがミソというだけあってだろう、私の生活リズムにおいて振り返ってみたら、仕事とオフのケジメというものはあったためしがなかった。



 休む時は休む、なんていうのはサラリーマンの業態である。総合職に近づけば近づくほど、恐らくは、散歩の道すがらやトイレでの暇こそが会議室なのであった。



 と、そういえば、そもそも私は何のタスクをしていたのであったか。……はてさて、自分でも痴呆を疑うような思考を以て、机上、水害を免れた資料の束に視線を移す。



 これではなく、これでもなく、と。不毛な手順をあと数手。


 それでようやく取り合げた資料を、再度読み直す。

 と、暑気にやられ散れ散れであった思索が、線で繋がり文脈を得る。



 さて、まずその表紙には、――××小学校消失事件、とあった。





 ――八月某日。××小学校が一夜にして消失した。



 定礎さえもない、まったくの更地。被害者はいなかったらしいが、他方目撃者についてもゼロ。それどころか全くもって奇怪なことに、監視カメラ等記録情報に関してのお上の結論は「齟齬がない」という妙な言い回しであった。



 問題は無い、ではなく。ログが失い、でもなく。



 齟齬がない。つまりは――辻褄があっている。

 それが、正しい帰結として消失したという言い回しに聞こえるのは、私の勘違いではないはずだ。



 はてさて、どのような起承転結を以て、このような事象が成立しうるのか。どうすればこんな珍事が齟齬無くして成るのか。それは今を以て謎のままである。



 他方、私の集めた情報で言うならば、某小学校の近辺は、この頃――具体的には某小学校が消失した、その後三日にかけて、やたらと動きが多かった。



 まずは、直近の通り……某小学校の目の前で起きた通り魔事件。



 死傷者は九名、犯人はその場で取り押さえられた。警察曰く動機について「むしゃくしゃしてやった」だそうだ。まったく、迷惑と陳腐の取り合わせとはこうも失笑を催すだろうか。以来、そこの人通りの無さは事件の解決を得てなお回復の兆しが全くない。



 次に、某小学校向かいのアパートの住民が、一斉に部屋を引き払ったという件。



 引き渡しは都合四件。通り魔が出たというなら引越しの動機はわかりやすいと放置していたが、しかし、どうやらその引き渡し日が、四口とも全くの同日であったらしいということに違和感を覚え調べてみると、薄気味悪いことに、そのアポイントは通り魔事件よりも数刻前であったらしい。



 ……当然それについてはお上も調べがついていることだろう。私は私自身の、うすら寒い違和感の置き所を探すつもりで、……つまりは通り魔事件との関連があるはずだと考えて、警察関係のツテを頼った。



 結果、アパートの住人、そのすべてが全くの潔白な経歴であったということらしい。



「……、……」



 消失事件以来の動きというのはもう二つあった。一つは、件のアパートの管理人の死亡である。



 彼の死自体については、診断書付きで「事件性ナシ」のものであったらしいが、しかし、先述のアパート引き渡しの出来事に気持ち悪さを感じていた私は、その違和感にすぐに気が付いた。つまり、――管理人がいないにもかかわらず、入居者引き払い四件分の手続きが円滑に過ぎるのである。



 無論、通り魔事件のあおりで不動産屋がホスピタリティに本腰を入れたということもあるだろう。しかし単純に、俺にはもう、それだけだと思うことが出来なかった。



 そして、消失事件以後での明確な変化の最後の一つ。()()()()()()()について。


 満月にはなり得ないタイミングで、某日、実に美しい満月がみられたという内容のモノであるが。どうやらあれは、――紛れもない真実であったらしいということである。



「……、……。」



 考えれば考えるほどに薄気味悪い事件であった。ネットの「有志」による酔狂の類の依頼であったこの仕事だが、しかし、その核心は下手をすれば、酔狂程度の浮世離れでは済まないのではなかろうか、……などと言っては探偵失格かもしれないけれど。


 いや、しかし「どんなにあり得なくとも、それ以外にあり得なければそれが真実である」などという先人の教えにしたって、流石にSFを範疇に入れた発言ではなかったはずだ。


 ――魔法でやりました! だなんて、本当に言ってのけたらそれはもはや、ルール違反の駄作に尽きる。



 などと考えながら、ふと思考が明後日の方に向かった途端に、――私は夏に舞い戻る。


 ああ、そういえば暑い、なんて風に。



 とはいえ、冷房縛りの屋内にいるよりかは幾分かマシに思う。てっきり今日は凪とばかり思っていたが、流石に広い路地に出れば風は通る。ぬるいばかりの風にしたって、暑いだけの湿気と比べれば天使の息吹だ。安い造りのシャツと、部屋着用のしつらえのステテコで行く街路炎天下は、適切量の水分さえ確保していれば案外「夏」として楽しめるシチュエーションであったのかもしれない。


 気付けば、ヒグラシか何かの騒々しさも、もうすっかり耳になじんでいるようであった。



 ……それであれば、さて。ならばそのように。



 俺は、向こうに見えたコンビニの青看板に居を正す。久しぶりに、今日はアイスでも買ってみようか。あのガリガリと歯切れ良いソーダ味が、十数年来のブランクを経て舌の根に蘇る。



 さてと、ならばここは一つ、夏を楽しむための「不貞」にいそしむとしよう。


 そして改めて。或いはこの暑さにも一つ、どうにもならぬと腹をくくってしまって。



「……、……」



 そうして、仕事を再開するとしよう。


 コンビニを抜けて少し歩けば、件の閑散を得た通りに出る。

 某小学校消失の調査は手詰まりだが、しかし、その近辺については掘れば掘るだけ違和感が噴出するというのが、私の今日までの調査であった。それを辿ってみれば、いずれは解決か手詰まりか、なんにせよ結論は出るだろう。



 それにあたり今日は、実のところ目当ても一つある。というのも例のアパート同時引き渡し、それはちょうど、十字を切るような形で、とあるの一室の上下左右の四部屋に起きたことであった。

 この引き渡しについてを白と下し、「書類上の手続きの異様な円滑さ」の違和感について、少なくともお上は重視していないというのであれば、つまり必然、その十字の空白の中心に未だ鎮座する神秘についてだって手付かずであるはずだ。



 どうせ、薄気味悪いのは現時点でだって暑さを忘れるほどに重篤なのである。ここは一つ、見知らぬ素人に体当たりでもぶちかましに行こうじゃないか。



「……、……」



 さてと、

 それにあたり私は記憶の中から資料を引っ張り出す。

 ……×××号室にお住いのN氏、二十七歳男性で、たしかアジアの修学ビザ持ちであったはずだ。上辺だけの調査だが、確か学びなおしの体で彼はこの国にきて、某工場に籍を置いていたのだったか。酒浸り気味で、好みの酒は彼の出身国の主酒である。平日の帰りは遅く、喫煙者であり銘柄はちゃんぽん気味。あとは、事件以前からあったという騒音騒ぎの申し立てが管理人の間で拗れて、亡くなった大家とは良い関係ではなかったと聞く。



 これだけ分かれば十分だ、あとは直接聞くとしよう。

 少なくともアパートの件に関しては、なにせ彼の部屋のみが、ぽっかりと日常のままなのである。直接的なかかわりが仮になくとも、原因の心当たりの一つくらいならあるはずだ。



 ――以上、


 これを以て事前準備は完了のはずだ。はたして他に思い出すことはあっただろうか、などと考えて、


 ……私は一つ思い至る。



 そういえば今朝のメール、まだ確認していなかったような。



 アドレスの心当たりがない事は確かに不信であるが、しかし、どうにも単純なスパムの類にも見えず、まさかとは思うが仕事の依頼だろうかと、あのメールには妙な心残りがあった。



 というのも、タイトルが妙に的を射ないものであったために。

 ええと、確か、



 ――ヒント:ノックスの五番。……などと書いてあっただろうか。

 ヒント2:この作品はメタミステリーです。

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