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知識への欲求




・・・翌日





「おい聞いたか?王都で開催されたオークションに参加してた奴らの話・・・」



「・・・聞いた聞いた。何人かまだ戻って来てないらしいな・・・」



「・・・噂じゃ、その日の深夜に鎧の化物が現れたらしいぞ。とんでもなくでけえ奴らだったようだぜ」



「王宮も建て替えとかで閉鎖になっているし、絶対何か起こっているよな・・・」



「ああ・・・・だけど王国の上層部はみんなだんまりだ・・・」



「まったく隠し通せると思っているのかねぇ・・・」





周囲のひそひそ話が嫌でも私達の耳に入ってくる。


エノクに連れられクレスの町の中心街にぶらりと出たらこのありさまだ。


これじゃ気分転換にもなりはしないわ・・・


そんな折、エノクが人気のいない図書館方面へと指をさした。





「レイナ・・・ちょっとあっち行こうか」





・・・トン





彼に承諾の返事を合図する。


エノクも周りの噂話に嫌気がさしたと見える。


あえて人がいないであろう図書館にでも行った方がまだいいだろう。


どこもかしこも先日のオークションに関する噂話で持ちきりだった。


これは想像以上に噂話が広がっているわね・・・


防護カバンから辺りを見渡すと、物々しく武装している兵士の姿が目に入ってくる。


さっきからやたらと兵士達に遭遇する。


オークション前より明らかに巡回する人数が多かった。


彼らの表情からは余裕が感じられず、人々を見張るその視線は常に殺気立っていた。


ほぼ間違いなく先日のオークションの影響だろう。


これじゃおちおち街の中を出歩くことも出来ないわね・・・


そんな喧騒渦巻く住人たちを尻目に、私達は図書館へと入っていった。





「ふぅ・・・・」





エノクは人気のいない図書室の一角に陣取ると、防護カバンを下ろして一息付いた。





「レイナ・・・とりあえずここでいいかな?」



「ここだったら人も少ないし、ゆっくりできるよ」





そう言って彼は防護カバンの中にいる私に声を掛けてきた。


私はもぞもぞとカバンの中から這い出し外に出る。


息苦しさから解放されたこともあり、まずは深く深呼吸をしてみる。





「・・・すぅ・・」



「はあ・・・本のいい匂いね」



「・・・でしょ?」





エノクが私の感想に微笑みを返す。


前々から彼のお気に入りの空間だとは聞いていたが、これは確かに悪くない。


私もアウトドア派とは言え別に本を読むのが嫌いというわけではないから、たまにはこういう所で気分転換も良いだろう。


それに丁度探したい本もあったのだ。





「エノクはいつも何読んでいるの?」





なんとなくエノクに本の話題を振ったのだが、


彼は驚くべき速度でその話題に食いついてきた!





「魔法書だね!後はアイテム図鑑だったり、魔法技師の製法に関する書だったり、いろいろな英雄の伝記なんかも読んでたりするよ」



「せっかくだから僕のおすすめの書なんかもレイナに教えちゃうね」



「魔法書でまずオススメなのは能力系統別魔法大辞典でこれは能力毎に系統の大枠を記した書で、各系統の魔法がずらりとならんでいるんだ」



「魔法や能力についてまだ良くわかっていない初心者にはオススメの書だね。これを知っているだけでも日々の能力開発のモチベーションにつながるし」



「未知の能力に対する期待と、発見にわくわくする事間違いなしなんだよ!」



「そして、もう一つ是非オススメしたいのがシグルーン王立アカデミーが毎年発行している、“解析魔学による自然能力の諸原理と考察“なんだ」



「これはさすが世界最大の魔法アカデミーが発行しているだけあって、傑作中の傑作の出版物だと言える物だね」



「レイナも是非読むべきだと思うし、いや全ての人が読むべきものだと僕は思っているよ」



「というか僕が思うにもうこれ魔法技師の聖典でいいと思うんだ。毎週教会でミサを受けるように全員が購読すべきだと思うんだよね。ははっ、ちょっと冗談!」



「ごめん!話がそれちゃったね。・・・で、中身の話に移るけど、僕が最近ハマっているのは創作能力向上に関する研究結果でね!」



「ここ最近出た研究結果では“アリマー・クレイトス“の論文でなんと創作難度5の魔法アイテムを安定的に創作する方法が記されており、」



「これは我々が創作難度10以上の領域とされる神話の魔法アイテムにまた一歩と迫る驚くべき業績であり、今後の研究結果が待ち遠しくてたまらなくなるんだ」



「他にも能力を複合的にかけ合わせたときの効果に関して興味深い知見がしるされ――――」



「――――オーケー!分かった!ストォップ!!」



「・・・えっ・・・」





私が静止を掛けてようやくエノクの話が止まる。



ニヤケ顔をしたままそのまま固まっているエノクが印象的だ。



話の続きをしたくてウズウズしている様子が手に取るように分かる。





「エノク、ごめん!」



「魔法書に興味が無いわけじゃないんだけど、今は他に聞きたい事があるのよ」



「あ、そうだったんだ。ごめんごめん!」





エノクがてへっと照れ笑いを浮かべながら謝罪をしてくる。



流石に彼も話しすぎたことに気づいたようだ。



最近のエノクは人の感情の機微も分かるようになり、心配りが出来るようになっている。



うんうん。エノクも成長しているってことかな。



お姉さんは嬉しいわよ。





「魔法書の話はもういいって事かな」



「じゃあ次はアイテム図鑑の話をしないといけないね!アイテム図鑑のおすすめは―――」



「・・・いや、そうじゃない!」





呆れながら彼に突っ込みを入れてしまう。


好きなことを話始めると本当止まらないわね、この子!


下手すりゃ無限に話しそうだわ・・・・





「聞きたいことっていうのは、私が見たい書物があるかどうかなのよ」



「今は、ちょっとタイミングが悪いけど、エノクのおすすめ本の話は今度空いている時間に聞かせて!」



「能力を複合的に掛け合わせた時にどうなるかとか、私も知りたいと思っていたしね!」



「・・・あ、そうなんだ。うん、分かったよ!」





私のフォローが効いたのか、エノクが微笑みながら頷く。





「それで、レイナの見てみたい書物ってなんだい?」



「良ければ僕がオススメの本を探すし、いろんなジャンルを一応見てきたから、何でも言ってみて!!」





エノクが今度は逆に質問をしてきた。


さっきからエノクのテンションがえらく高いままだ。


どうやら本の話であるのなら彼は何でも御座れの様だ。





「そう?じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」



「どうぞどうぞ!」





彼は楽しそうに私に話の続きを促してきた。


自分が興味があることを活かせるのが嬉しいのだろう。





「まずは、世界地図ね」



「各国の地理・民俗が詳細に載っているものがあればそれが好ましい」



「次に、冒険者が旅に出るときのガイドラインみたいな本があればそれも見てみたいわね」



「例えば、冒険者に必須なアイテムだったりとか、能力だったりとかそういうものが紹介されている本とかね」



「あとは、以前エノクも見たと言っていた魔物図鑑。とりあえず、この3つかな」





私が指を3本立ててエノクに本の要望を出す。





「・・・なるほど、地図に、冒険者のガイドラインに、魔物図鑑か・・・・」





エノクが私の言葉を反芻しながら眼鏡をかけ直す。


彼は少し考えた後、私に返答してきた。





「・・・うーん。レイナが今言ったものは図書館より冒険者ギルドで手に入れたほうがいいかもしれない」



「そうなんだ?」



「うん。未開の地の探索と地図の作成はまさに冒険者の仕事だからね」



「だけど、レイナの言う物を全部揃えるのはちょっと厳しいかもしれない・・・」



「まず、世界地図だけど、各国の情勢を詳細に記した地図はとても貴重なものなんだ」



「本当に詳細なものは機密情報になってしまうし、もしそういう物を買えたとしても50万クレジットは下らないと思う」



「うげっ・・・本当それ?」





思わず低い声が出てしまう。





「まあ、粗々な世界地図でよければここの図書館にもあるけど、正直質は保証できないね・・・」



「国周辺の地理とかかなり適当だよ」



「大まかな国の位置関係くらいは分かるかな~って感じ」



「うーん。そうなんだ・・・・・」





だけど、ないよりはマシという感じか・・・





「次に冒険者のガイドラインだけど、これは冒険者が残した日記や吟遊詩人が著した伝記であれば図書館にもあるよ」



「だけど、本当に冒険者のスキルや所持アイテムの情報を知りたいのなら、これもやはり冒険者ギルドで情報を購入しないといけないんだ」



「高ランクの冒険者の情報は当然のように高くなる」



「ふむふむ・・・・」





彼の言葉に頷きながら、頭の中に情報をインプットしていく。





「その中でも魔物図鑑だけはわざわざ冒険者ギルドに行く必要はないかな」



「一般的な既知の魔物の知識を得たいだけならここの図書館の物でも十分だと思う」



「未知の領域だったり、新種の魔物の情報に関しては冒険者ギルドで情報を仕入れたほうが良いけどね」



「ふーん。なるほどねぇ」





よく知っているわね・・・この子。


冒険者でもないのにどこでそういう豆知識知ったのかしら・・・


まあ、いいわ・・・今はそんなことより書物のほうね。





「ありがとう。大方分かったわ」



「冒険者ギルドの方は一旦置いておくとして、図書館にあるものについては家で見たいと思うんだけど、これって借りることは出来るの?」



「借りる・・・?家に持って帰るってこと?」



「・・・いや、それは出来ないな。館内の中であれば無料で閲覧できるけど、外に持ち出すことは禁止だよ」



「もし、自宅に持って帰りたいというのであれば、代金を支払って写本を依頼する形になる」



「ここの図書館にあるものはそれほど高くないと思うから、手に入れることは出来ると思うけどね」



「・・・写本依頼してみるかい?」





彼の確認の言葉に私は相槌を返した。





「うん。出来れば見たいからそうしてくれると助かる」



「了解!世界地図に、冒険者の伝記に、魔物図鑑だね・・・」



「じゃあ、依頼してくるよ。ちょっとここで待っててね」



「はいはーい。お願いしまーす!」





そう言って私はひらひらと手を振ってエノクを見送る。


彼が司書のところに写本の依頼に行っている間、私は人気のいない図書館の中をグルリと見渡してみた。





「・・・へえ、これがこの世界の図書館の中かぁ」





なんというか現代日本の図書館とは随分と趣が違っている。


ここの図書館はとても天井が高く、3階建ての吹き抜けの大広間がで~ん!と広がっていた。


そして、図書館といえばドミノ倒しのように本棚が無数に陳列されているイメージがあるが、


ここでは大広間の外周に沿って本棚が配置されていた。


各棚の前には読書のための簡易的な個室スペースが無数に設置されており、


来訪者がくつろげるようにテーブルと椅子が用意されている。


ただし、本棚に陳列されている本は全て盗難防止用の鎖付図書であり、持ち出しすることが不可能になっていた。





「なるほど・・・こりゃ持ち出せないわけね・・・」





こういうところはやはり現代日本とは異なる部分だ。


しかし、これは考えてみれば当たり前かもしれない。


地球の例で言えば、活版印刷が発明されて量産可能になるまで本は非常に貴重で高価なものだったはずだ。


無料で閲覧可能ということはある程度の量産体制は整えられていると見ていいが、


写本を依頼する形態を取っているところからして、この世界での本は依然として貴重なものであり続けているのだろう。


この世界に転生されて今更ではあるのだが、もう少し本を読んでおくべきだったとちょっと後悔している。


今の私は想像以上に活字に飢えているようだった。


前世での私はスポーツ少女だったし、普段そこまで本に接している訳ではなかったのだが、


なんだかんだ言って知識のインプットは毎日行えていたという事に今更ながらに気づく。


しかし、情報が遮断される今の状況に至ってそれは簡単なことではないのだ。


この世界では知識の獲得は受動的では難しく、能動的に自分から取りに行かなければ得ることは出来ない。


価値ある情報にアクセスできる場所も限定的であり、情報それ自体の価値も高く見積もられる傾向にある。


エノクが活字中毒になるのも分かる気がするわ・・・


最近の私は家で時間を潰すのも辛くなってきた。


家に本がないわけではないのだけど、エノクが持っている本は全部難解な専門書で見る気がおきない。


何か自分用に暇を潰すための知識の獲得手段を持っておきたいというのが本音だった。


今後私達は冒険の旅に出ようとしているわけだし、


冒険者に必要な知識をこの機会に是非インプットしておくのがいいだろうと思ったわけだ。


冒険者の伝記はそういう意味で趣味と実益を兼ねているから丁度いいかもしれないわね・・・


私が今後の暇の潰し方について思い悩んでいると、エノクが戻ってきた。





「お待たせ!依頼してきたよ」



「写本が出来上がるまで2週間だって」



「ありがとう!助かるわ~」





彼にひらひらと手を振って感謝の意を示す。





「エノクの方はどうするの?」



「せっかく図書館に来たんだから、本見ていったらどう?」



「・・・えっ?いいのかい?僕は全然それでも構わないけど・・・レイナが暇にならないかい?」



「私も本見させてもらうから大丈夫よ。気にしないで」



「本当!!ありがとう!じゃあ、ちょっと取ってくるね!」





エノクは小躍りでもしそうな感じで、意気揚々と目の前の本棚から本を選び始めた。


今日の気分転換の目的はエノクの気を晴らす為でもあったしね・・・


たまにはこういう場所で時間潰すのも悪くないでしょ。





そんな感じで私達が読書に勤しもうとした時だった。


外から騒ぎ声が聞こえてきた。




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