英雄級冒険者
シュン!!
白い光のトンネルを抜けると、そこも軍の建物の中だった。
来た時と同じ様に転送陣の近くには魔術師が控えている。
周囲の建物の内装は先程とは異なっており、傍に控えている魔術師達も別人だった。
「どうやら着いたようだな・・・」
後に続いて他の団員も転送されて来ている。
全員が着いたことを確認した私は、傍に控えていた中年の魔術師に尋ねた。
「・・・失礼」
「私はカーラ王国第9近衛騎士団団長のクラウディアと申します」
「貴殿達は、ミンツ駐屯の魔術部隊とお見受けしますが・・・?」
「はい。左様にございます」
「お待ちしておりましたクラウディア団長」
「ミンツの町で転送魔法陣を管理しております、第1魔術師団旗下のミンツ駐屯軍です」
「私は大隊長の“ドミニク・モリエール“と申します」
「以後、お見知りおきを・・・」
そう言うと、ドミニク殿は恭しく一礼をした。
「つい先刻マルバスギルドの傭兵集団が到着し、既に迎撃体制で町の外に展開しております」
「我が魔術大隊も防衛態勢で南部城壁に配置済みです」
「ご用命ございましたら、何なりとお申し付け下さい」
「カーラ王国の為、そして王妹殿下の為・・・このドミニク、犬馬の労も厭いませぬ」
ドミニク殿は恭順の意を示しながら、私に協力を申し出てきた。
こういう時、王妹殿下の威光が国中に浸透していると改めて感じることが出来る。
彼の様な忠義の士の申し出はとてもありがたい。
今は一人でも多くの戦力が欲しい時だ。
「・・・ドミニク殿。協力の申し出感謝致します」
「ミンツから王都までの距離を考えると間もなく巨人どもが襲来するでしょう」
「奴らの対処は我が騎士団と傭兵部隊が引き受けます」
「ただし、奴らの仲間がいるやもしませんので、ドミニク殿にはそやつらの対応をお願いしたい」
「事が済むまで港の封鎖をお願い致します」
「怪しい動きをする商船がありましたらすぐに捕らえて下さい」
「はっ!承りました」
ドミニク殿の承諾の言葉を聞き、私は少し肩の荷が下りた。
・・・良かった。
これで港に戦力を回す必要がなくなる。
「では・・・私は傭兵部隊とすぐに合流しなければなりませんのでこれで・・・」
ドミニク殿に敬礼をして、私は外へと歩き出した。
他の団員も魔術師達に敬礼をしながら通り過ぎていく。
ギィィ・・・
転送棟の門を開き、私達はミンツの町中へと出た。
傭兵部隊の下へ小走りで向かう間に巨人どもの動向について考える。
・・・王都からミンツの町までは、およそ100km。
1回の転送魔法陣でギリギリ入るくらいの遠距離だが、
巨人どもの足の速さを考えれば、数時間もあれば十分だ。
奴らが王都の北門を蹴破ってミンツ方面に逃走したのが、夜明けの少し前。
そして、夜が明けて既に2時間程経過している。
タイミング的にはもういつ襲来していてもおかしくない。
急いで迎撃準備を整えねばなるまい。
「全員駆け足だ!!」
「直ちに傭兵部隊と合流する!遅れるな!!」
「はっ!!」
ザッザッザッ・・・・・
私の号令に後ろの団員たちが応答する。
甲冑を鳴り響かせながらミンツの町の大通りを下っていき、町の南門へと急行する。
私達の姿を見て住人たちは何事かと驚いていた。
箝口令が敷かれていることもあって、軍の関係者とギルドの一部の者にしか、オークション襲撃事件の報は伝わっていないはずだ。
急ぎでないのであれば、優雅に行進をして我が騎士団の威風を示すのだが、さすがに今はそんな外聞に構っていられない。
朝の市場で活気溢れるミンツの大通りの人波を掻き分けていく。
周囲の風説が既にさざなみの様な波紋を起こしている中、先へ先へと私達は急ぐ。
例え箝口令を敷いていようが、これでは噂が広がるのに数日と掛かるまい。
人の口に戸は立てられない。
しかもミンツの町はカーラ最大の貿易港があり、各地の商人や旅人が集う国際多文化都市だ。
王都でも異種族の姿は見られるが、この町はその比ではない。
ミンツの町周辺数100km四方には町らしい港がない。
その為、北は魔族、西は亜人・獣人、東はイドゥン連盟の船が補給のために寄港せざるを得ない。
港周辺の区画には異種族の居住地が点在し、区画ごとに風土が全く異なる人種の坩堝と化した町だ。
従って、この町で異変が起こればすぐさまそれが全世界に広まると言っても過言ではない。
守備隊の厳戒体制や、先に到着した傭兵部隊の展開から異常事態が発生しているというのは町の人間も既に認識している事だろう。
そこに王都から到着した我が騎士団の姿と港の封鎖が重なれば、もう確信に至るには十分だ。
暴動が起きぬといいがな・・・・
港を封鎖したら、いざという時に船で逃げられなくなるという事を意味する。
守備隊が町の人間と衝突する可能性すらあるのだ。
焦りは禁物だが、出来るだけ早く片付けねばなるまい・・・
「団長!あれを・・・!」
後ろの団員の一人が声を上げる。
団員の指差す方向に目を向けると、南門の上に誰かが立っていた。
こちらに向かって手を上げて衆目を集めているその姿はあまりにも目立っていた。
「あれは・・・!」
あの姿は見覚えがある。
見間違いようがない。
他を威圧する鋭い眼光に、顔に付いた無数の切り傷。
筋骨隆々な巨躯から放たれる圧倒的な威風と覇気。
ドラゴンすらも両断しそうな程の背中の大剣。
彼が戦えば天地が鳴動すると称えられる、王国でも数少ない英雄級の冒険者。
「ジェラルド殿・・・!!」
まさか彼が来てくれるとは・・・!
彼は私の姿を認めると城門の上から高々と飛び上がり、こちらにダイブしてきた!!
ズガァーーーーーン!!!
「きゃああ!」
「うわああ!!」
彼はそのまま私の前に大音量を響かせながら着地してきた!!
あまりの衝撃音の凄さに何も知らない周囲の人間が狼狽の声を上げる。
「・・・・ふぅ」
着地の衝撃で小さなクレータが出来上がる。
彼はその中心でのっそりと立ち上がった。
そのまま私の方にゆっくりと歩いてくる。
私は彼に視線を合わせて穏やかな笑みを浮かべた後、彼の前で跪いた。
「ジェラルド殿お久しぶりです!」
「此度は王妹殿下の呼びかけに応えて頂き感謝の極み」
「まさか貴方が直接来てくれるとは思いませんでした・・・!」
私の挨拶に彼は渋い表情を僅かに破顔させた。
「・・・うむ。クラウディア公女、久しいな」
「卿はしばらく合わないうちにまた美しさに磨きがかかったようだ」
「・・・依頼の件は礼にはおよばん」
「久しぶりに血が騒ぐような相手だと聞いたものでな」
「戦士として戦ってみたいと思ったまでのことよ」
その言葉の頼もしさに私は心底救われたと思った。
・・・助かった。
これで余計な小細工をしないで済む・・・・・
先程までどうやって巨人共の足止めをするかという事ばかり考えていたのだが、
ジェラルド殿が来てくれたのならばもはやそんな事を考える必要すらない。
彼が一人いれば奴らを殲滅する事が出来るだろう。
それくらい英雄級冒険者は別次元の存在なのだ。
私は立ち上がると、改めて彼に頭を下げて感謝を述べた。
「ジェラルド殿改めてお礼申し上げます」
「どうか巨人殲滅に御身のお力をお貸し下さい」
「御身がいれば必ずや神遺物の奪還は叶えられるでしょう」
「・・・うむ」
ジェラルド殿が私の嘆願に頷く。
私は周囲を伺いながら、彼にさらに質問をした。
「ところで巨人達の動向についてご存知のことをお教え下さい」
「傭兵たちは既に奴らと接敵したのでしょうか?」
「うむ、それなんだがな・・・」
ジェラルド殿は顎に手を当てさすりながら答えて来た。
「卿の言う通り、奴らはミンツの町が狙いだとワシも判断した」
「故に、傭兵部隊をミンツの南門前に展開させ、配置が完了したのがおよそ1時間前」
「それから周囲の警戒を続けさせているが、奴らの姿はまだ確認しておらん」
「もちろん我々が展開する前に巨人共が現れたという報もないから、既に来たというわけでもなかろう」
「・・・・・」
彼の返事にしばし私は考えを巡らす。
「・・・分かりました」
「時間を考えるとこれから来てもおかしくありません」
「王都からの巨人の追撃部隊も間もなくここに到着する予定です」
「そうすれば今より状況がはっきりするでしょう」
「巨人どもの捕捉は我々が引き受けます」
「ジェラルド殿は傭兵たちに引き続き警戒を呼びかけて下さい」
「いつでも迎撃出来る体勢で待ち構えておくようにと・・・」
「うむ・・・承知した」
「こたびの依頼主は卿達だ。我々を好きに使うが良い」
「後の判断は任せたぞ」
「はい。お任せを」
私の言葉にジェラルド殿は頷くと、傭兵たちがいる町の外へと目を向ける。
ダーン!!
そして、再び轟音を響かせながら大跳躍を決めて、そのまま町の外へと飛び出していった。




