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ヴァルハラへの道




・・・バタン





「ふぅ・・・」





王妹殿下への報告が終わり私は一息つく。


本当は紅茶でも飲んでゆっくり休憩したいところだが、もちろんそんな余裕はない。





「隊長お疲れ様です!」



「お疲れ様です!」





殿下の部屋を出た私にグレースとアイナが敬礼をしてくる。


2人の労いの言葉に僅かに微笑むと、私は敬礼を返した。





「うむ。2人とも待たせたな。殿下への報告は今終わった」



「すぐにここを出る。私に続け」



「はっ!」





私は離宮の外へと向かいながら、次の行動について思案を巡らせた。


・・・まずは、国内の冒険者ギルドに追跡部隊の再依頼をかける。


それと並行して、我が騎士団はマルバスギルドの傭兵達と合流し、迎撃部隊として参加する。


殿下は「傭兵部隊による奪還が失敗した場合」と枕詞を付けていたが、もちろんそんな悠長に事を構えることは出来ない。


あれは殿下が私に対して最後の時間的猶予を与えたことを意味している。


すぐに死地に赴くか、後で死地に赴くか・・・その違いだ。


私を死地に赴かせない為の殿下の配慮もあったかもしれない。


首尾良く傭兵たちによって神遺物の奪還が成功すれば私は死地に赴かなくて済む。


・・・だが、今回ばかりは殿下のその好意に甘えることは出来ない。


巨人達への初期対応をマルバスギルドに任せはしたものの、このまま指を咥えて見ている事など出来るはずもない。


もし傭兵部隊を見殺しにでもしてしまえば、ジェラルド殿は二度と我々の依頼を受けてくれないだろう。


彼が仁義を通して傭兵部隊を派遣してくれた以上、こちらも誠意を見せねばなるまい。





・・・従って、死地に赴くのは“直ちに“である。





離宮の外へ出ると私は立ち止まり、2人の方に振り返った。





「・・・お前たち、急ぎで悪いが伝令を頼みたい」



「はっ!お任せを!」



「なんなりとお命じ下さい!」





威勢の良い返答に私は頷くと、指令を出した。





「よし!まずアイナ。お前はエミリアの第2小隊への伝令を頼む」



「第2小隊は、直ちに王都と王都近隣の冒険者ギルドへ急行し、神遺物の奪還の再依頼を掛けろ」



「なお依頼の際、報酬は先の3倍出すものとし、依頼の取扱は“S級機密案件“として処理するように伝えろ」



「その他、依頼の細かな段取りはアイナに一任するものとする」



「はっ!承知致しました!」





アイナは私の指令を受け取ると、すぐにその場を駆け出していった。





「・・・グレース。お前は第1小隊および第3、第4小隊の団員を戦闘態勢で“転送棟“に招集しろ」



「招集時間は20分後の0830だ。私は一足先に待っている」



「はっ!お任せ下さい!」





グレースは敬礼をすると、アイナと同様駆け出していった。





さて、私も行かなければな・・・





転送魔法陣が設置されている“転送棟“へと向かう。


身体に否が応でも起こってくる戦慄を必死に抑えながら、私は前を向いて歩いて行く。


・・・巨人達はオークション会場の兵士を皆殺しにした・・・


能力を増幅すれば熟練の冒険者にも太刀打ち出来た精兵達だったはずだ・・・


・・・あの巨人どもは紛れもない化け物だ。


いくら大冒険者を擁する傭兵集団といえども奴らの撃破は容易ではないだろう。


だが、最優先事項は神遺物の奪還のみ。


それさえ達成出来れば、最悪襲撃犯を取り逃がすことになっても構わない。


相手の人数だけを見れば巨人どもは5人だけだ。


奪還のみに焦点を当てればそれほど分が悪い掛けではないと私は思っている。


例えマルバスギルドの傭兵と我が騎士団があの巨人達を倒しきれなかっとしても足止めくらいは十分出来る。


そして、こちらは時間を稼ぐことさえできれば、各地の冒険者ギルドからの援軍が見込める。


・・・そう、今私達がやらなければならないのは奴らの仲間との合流を阻止し、援軍が来るまで時間を稼ぐこと。


これが我々騎士団に課せられた責務だ。


巨人との直接戦闘はマルバスギルドの傭兵にお願いすることになるだろう。


正直、我が騎士団が真正面から奴らに立ち向かっても無駄死にするだけだ。


我が騎士団の戦力で言えば私は“Lv32“。我が騎士団で最高レベルのエミリアでも“Lv45“。


我々が直接戦っても勝ち目はない・・・


だが、足止めするだけならば危険だがやりようはある!





「・・・よしっ!」





自分を奮い立たせる為に喝を入れる。


・・・作戦の方針は決まった。


あとは、商人ギルド連盟の魔術師がいつ来てくれるかだな・・・


あの宝箱は神遺物を入れておくだけあって、その堅固さはまさに鉄壁であり、盗難防止用の術法が何重にも施されている。


宝箱の解錠には、施術を掛けた魔術師のパスコードが要求され、


持ち逃げをされないように宝箱の現在位置が特定できるようになっているのだ。


先の刻、ディーナに巨人達を補足する手を別に考えてあると言ったが、それがまさにこれだ。


ミンツの町で待っているだけでは敵に対して能動的なアクションを起こせない。


宝箱が巨人達の現在位置を知らせる発信源になり、あわよくば奴らを奇襲する手段にもなる以上、連盟の魔術師の協力は我らの大きな助けになる。


商人ギルド連盟には既に魔術師の派遣を依頼しているが、改めて根回しをしておくべきだろう。


私は一通り頭の中で作戦の整理をし終えると、ふと天を仰ぎ見た。





「・・・いい天気だ」



「昨日のことが嘘のような快晴だな・・・」





ポツリとそんな感想が出てしまう。


地上の惨状などまるでなかったかのように空は晴ればれと澄み渡っている。


天の向こうを覗いてみても、ただ青々とした空が広がっていて雲が一筋流れているだけである。


・・・神話ではこの空の遥か彼方に“神の国(アースガルズ)“があると言われている。


大いなる大樹(ユグドラシル)の根元には運命の女神の泉があり、そこから神の国へと続く虹の橋が掛かっていると伝説では語られている。


しかし、残念ながらここから見渡しても、神の国はおろか、世界を覆うような大樹や虹の橋を見ることはできない。


私は何を感傷に浸っているのだろうか・・・?


戦いに臨む前にこんな景色を眺めている自分に戸惑いを禁じえなかった。


・・・たぶん、これは“恐れ“だ。


私は宗教の熱心な信者ではないが、強大な敵を前にして神の加護を求めようとしているのかもしれない。





「・・・ふっ、なんて都合の良い奴だ」





思わず自嘲してしまう。


普段は信じてもいないのに、こんな時だけ神頼みをするとは自分の節操の無さに笑ってしまう。


だが、厚顔無恥でもこの際構わなかった。


私は神々に対して祈った。





神々よ・・・・・


どうか・・・私に・・・そして我が騎士団に加護をお与え下さい。


首尾よく叶えてくださった暁には私はヴァルハラでそのご恩に報いる所存です。


だから、どうか・・・神遺物を取り戻す力を私に・・・!





僅かな時間黙祷を捧げ、私は目を開く。


前を見据えた瞳にもう迷いはなかった。







「・・・団長!第1、第3、第4小隊隊員、整列完了致しました!」





グレースの掛け声と共に集まった騎士団員達が私に敬礼をする。


総勢30名の団員たちの視線の先には私と、数人の宮廷魔術師。


そして、白く浮かび上がる巨大な魔法陣の姿があった。


これが転送魔法陣(テレポーテーション)だ。


転送魔法陣は軍の重要戦略魔法に指定されており、


各地の町や都市に兵や物資を一瞬で転送させることができる。


転送先は同じ転送魔法陣が描かれた場所のみで、扱う魔術師にもよるが1回の転送の有効距離は最大で100km程。


その利便性の良さはあらゆる魔法の中でもトップクラスに秀でている。


もし、プライマリースキルとして会得しているものがいるのなら、


魔術師ギルドがその人物を必ずスカウトに行くほど重宝される代物だ。


ただし、同時に外敵からの侵入という危険性もある代物な為、軍の管理区画の一部のみでしか扱うことが許されていない。


管理区域以外で転送魔法陣が見つかった場合は速やかに掻き消され、往来も宮廷魔術師によって厳格に管理されている。


私は転送魔法陣を背後にし、団員たちに敬礼を返した。





「直れ!!」





ダン!!





私の言葉に戦乙女達が直立不動の姿勢に直る。


命令を発する前に団員達一人ひとりに目を通した。


全員この場に呼び出された意味はもちろん知っている。


だが、誰一人として恐れている者はいない。


皆、精悍な顔つきで私の発する命令を待っていた。


毅然とした態度で団員たちを見据えた私は、厳かに言葉を発する。





「全員昨夜の救助任務ご苦労だった!」



「お前たちに本来は休暇をやりたいところだが、情勢がそれを許してくれそうもない」



「先程新しい任務が王妹殿下より正式に下った」



「内容は奪われた神遺物の奪還」



「・・・今回の任務はカーラの存亡が掛かっていると言ってよい程重大なものだ」



「・・・お前たちも聞いての通り、今回の敵はオークション会場を襲撃した鉄の巨人達だ」



「私にはこの危険な任務に対して、お前たちの命を保証してやることは出来ない」



「金品や爵位といった報酬を与えて、お前たちの労に報いてやることも出来ない」



「だが、喜べ。それ以上にお前たちには素晴らしい贈り物を私は進呈する予定だ」



「それは“ヴァルハラ“への切符だ!!」



「今回の任務ではお前たちの忠節と勇気を神々に対して示すことができるだろう!」



「死を恐れず任務に励め!!」



「もし、私より先に天命が下ったのなら、先に行って待っていろ。後から私も追う!!」



「ヴァルハラでは先着の英雄(エインヘリャル)が後から来た者を好きに使えるそうだぞ?」



「私をこき使う権利をお前たちに進呈してやろう。感謝しろ!」





私の本気とも冗談ともつかない言葉に、団員の何人かが顔をほころばせる。


士気は旺盛。これ以上の訓示はもう必要ない。


私は隊の先頭に立っていたグレースに顔を向けた。





「・・・グレース。お前にはさらに役目を与える」



「連盟会館に赴き、神遺物捕捉のための魔術師をミンツまで護送せよ」



「商人ギルド連盟には既に話を通してある」



「今回ばかりはタダで協力してくれると思うが・・・」



「もし金品を求められても、相手の言い値でも良いので必ず連れてこい!」



「今回の任務の成否には連盟魔術師の協力が大きな鍵になる」



「はっ!承知致しました!」





私の指令を受け取ると、グレースは再び駆け出していった。


その姿を見送った後、私は改めて団員達全員を見渡す。





「よしっ!では作戦開始!!」



「総員出撃せよ!!!!」



「はっ!」





私の出撃の合図に、全員覇気を伴った声で応える。





「我に続け!!!」





一際大きな声で私は号令を発した!


私を先頭にヘルヴォルの団旗を掲げた騎士達が転送陣へ向かって行進を開始する。


・・・目指すは無論ミンツの町。


魔法陣の上に立った私達の身体は淡い光を放ち、


目の前の景色は白い光で満たされていく!





シュン!!







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