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エレオノーラの祈り




・・・ガタッ!!





私が声を掛けた瞬間、部屋の中から椅子を引く音が響いた。





「・・・フィリア!!?」



「無事だったのね!?すぐに中へ!」



「はっ!」





・・・ガチャ





「殿下。失礼いたします」





私は扉を開けて中を覗いた瞬間、赤く目を腫らしたエレオノーラ様の姿が映った。


殿下はこちらに小走りに走ってくると、そのまま私に抱きついてきた!





・・・ガバッ!





「・・・で・・・殿下・・・!?」





殿下の思わぬ行動に、私は不覚にも上ずった声を出してしまった。


人目があるのにこの様な行動を殿下が取るとは・・・


リーファ殿やエミリアも目を丸くして驚いている。





「良かった・・・フィリア、無事で・・・」





エレオノーラ様は私の胸の中で、静かに嗚咽をあげた。


目の前のアッシュブロンドの髪から漂うスズランの香りが私を包み込んでくる。


殿下とは幼少からの付き合いだが、この様に泣いている御姿を見るのは初めてだ。


昨夜は満足に眠ることが出来なかったのは容易に想像がつく。


私はエレオノーラ様を安心させるべく、そっと肩を抱いた。





「・・・っ・・・・う・・・」



「・・・・・殿下。ご心配をお掛けして申し訳ありません」



「私はご覧の通り無事です。どこも怪我はしておりません」



「我が騎士団も犠牲者は出ておりませぬ。どうか・・・ご安心を」





殿下の背中を優しくさすった。


私達はしばらくその状態で立ち尽くす。





「・・・フィリアありがとう、もう十分よ」





・・・やがて気分が落ち着いたのか、殿下は私からゆっくりと離れた。


いつもの透き通るような格調高い声が発せられる。





「情けない姿を見せました。3人ともこの事は他言無用に願います」



「“クラウディア“、昨夜は災害救助の任務ご苦労でした」



「報告があるのでしょう?応接間で聞きましょう」



「はっ!」





理知的な表情の中に気高い意思を宿した瞳が私を捉えた。


か弱く映った少女の姿はもはやどこにもない。


カーラの危機を幾度も救ってきた“英雄“の姿がそこにあった。


応接間に移動した後、私は胸に片手を当て殿下の前に跪いた。





「王妹殿下・・・昨夜の襲撃犯について、続報をご報告いたします」





殿下は私の言葉に黙って頷いた。


エレオノーラ様から了承を貰った私は立ち上がり、報告を始める。





「例の巨人共はゴールド通りから王都北門を破り、ミンツ方面へ逃走」



「カーラ王国軍の斥候と商人ギルド連盟の傭兵が奴らを追跡いたしましたが、残念ながら途中でロスト致しました」



「しかし、周辺の地理状況から奴らはそのままミンツの町へ到達する可能性が高く、」



「マルバスギルドにはミンツの町防衛の任務と、オークション品の奪還を依頼」



「既にジェラルド殿によって、大冒険者を含めた傭兵集団が転送魔法陣を使用して派遣されております」



「巨人共の進むスピードを考えると、間もなくミンツの町で傭兵集団と交戦が開始されるでしょう」



「・・・そう、さすがジェラルド殿ね」



「この僅かな時間で傭兵集団を派遣するとは。彼に感謝しましょう」





殿下がギルドマスターのジェラルド殿を称賛する。


マルバスギルドはLv100以上の大冒険者を多数擁している。


3人しかいないが、Lv200を超える“英雄級冒険者“の登録もある国内最大の冒険者ギルドだ。


国内貴族の反乱があった際も殿下の依頼に迅速に応え、鎮圧に加勢してくれた経緯がある。


王家、特にエレオノーラ殿下との繋がりはとても深く、我が騎士団もジェラルド殿と誼を結んでいる。





「・・・ふむ・・聞いてもいいか?」





なにか含むことがあるかのようにエミリアが私に呟いた。


彼女の方にちらりと視線を向ける。





「エミリアどうした?何か気になることがあるのか?」



「・・・ああ、ミンツの町だけに網を張っている理由を知りたくてな」



「ミンツの町以外にも、傭兵を派遣した方が良かったんじゃないか?」



「王都・ミンツ間の街道の四方を取り囲むように配置すれば、奴らを捕捉する可能性はより高くなると思うが」





エミリアの意見に同意するように殿下も頷く。





「エミリアの意見も分かります」



「何か理由があるんでしょう?クラウディア」



「はっ!申し上げます」





王妹殿下へ向き直ると、私は理由を述べ始めた。





「理由は3つございます」



「第1に、今回は時間の制約がございました」



「傭兵の数が十分揃う時間があるのならエミリアの意見は最もですが、」



「数が少ない傭兵をさらに分散させてしまっては、戦力の薄い場所を狙って巨人達に抜かれてしまうでしょう」



「現状の最善の手は奴らが通過する可能性が高い場所で、戦力を集中して待ち受けることだと判断致しました」





私の説明に殿下が静かに頷く。





「第2に、奴らがミンツの町へ行く理由です」



「ご存知の通りミンツの町はカーラ王国最大の貿易港がある北の玄関口です」



「奴らがもし財宝を他国に運び出すとしたらそこからの可能性が高いでしょう」



「神遺物が収められた宝箱は転送魔法陣を通ることが出来ぬ術法が掛けられており、魔法で飛ばすことは不可能です」



「あの巨人達はミンツまで宝箱を運び、そこから船で搬送させようとしていると私は見ました」



「奴らの仲間がいることもこの場合は考慮しなければなりません」



「・・・なるほどね」





殿下が再び賛意を示される。


リーファ殿やエミリアは無言のままだ。


とりあえず私の理由を最後まで聞こうとしているのだろう。





「そして、第3に地理的にミンツの町以外を通る可能性が低いからです」



「王都からミンツの町までは一本道の街道と荒野が広がるのみです」



「東は最大水深数百メートルの大河があり、西は標高5000メートルを超える“トール山脈“が気候すらも分断しております」



「いくら奴らが巨人だからといって、大河を越える事は出来ないでしょうし、」



「トール山脈はその斜面の険しさに加えて、山頂は雷神(トール)の名を冠する由来にもなった“サンダードラゴン“達の縄張りです」



「ここを超えることは、物理的にほぼ不可能と言っていいでしょう」



「以上の理由からミンツの町で奴らを待ち構えることが得策と判断致しました」





私の説明を聞き終えると、殿下は満足気に上品に笑みを浮かべた。





「・・・さすがね。戦力分散は強敵相手には愚策」



「各個撃破される恐れもある以上、確率が高い場所で待ち構え、敵を確実に狩るという方策を採用したわけね・・・」



「・・・良い判断ですクラウディア。あの状況では最善と言える判断でしょう」



「はっ!ありがとうございます」





お褒めの言葉を貰った私は王妹殿下に敬礼をした。


さらに殿下は言葉を続ける。





「私から付け加える事があるとしたら、追跡部隊を今よりもさらに手厚くする事です」



「マルバスギルド以外の冒険者ギルドの反応はどうなの?」



「・・・はい。既に依頼を掛けております。しかし、反応が鈍いと言わざるを得ませぬ・・・」





マルバスギルドは王国直営の冒険者ギルドであり、


ギルドマスターのジェラルド殿も我々の知己であるから素早く対応して頂けた。


だが、他の冒険者ギルドは我関せずと言っていい程反応が鈍い。


奴らには王国に対する忠誠心など期待してはいけない。


奴らが求めているのは自らを儲けさせてくれる“強者“か“富“だけなのだ。





「そう・・・金庫が空になっても構いません。依頼の報酬額を3倍にしなさい」



「神遺物の奪還はカーラ王国の最重要案件です。それは他の何よりも優先されます」



「・・・私や貴方の命よりもです。クラウディア」



「傭兵部隊による奪還が失敗した場合、貴方の部隊に動いてもらうことになります・・・そのつもりでおりなさい」



「はっ!承知致しております!」





私は特に躊躇う事もなく承諾の言葉を口にする。


エレオノーラ様の為に使うと決めたこの命。


今更臆する物など何もない。





「リーファやエミリアはどう?」



「他に何か講じておくべき策や意見があるのなら遠慮なく申し出なさい」





殿下は私に下知を下されると、


後ろに控えていたリーファ殿とエミリアの方へ視線を移す。


すると、リーファ殿が前に進み出て意見を述べ始めた。





「・・・殿下。申し上げます」



「今回の件はカーラの存亡に繋がる重大事件です」



「万一、神遺物を速やかに取り戻す事が叶わぬ場合、イドゥン連盟の諸国はもとより、」



「亜人・獣人・魔族などの異種族が奪還に介入してくる可能性があります」



「陛下に力添えをお頼みなさいませ」



「面子を潰された商人ギルド連盟も今回ばかりは全力で殿下をサポートするでしょう」



「彼らに頭を下げ、惜しみない協力を求めるのです」



「これまでのように、決して殿下一人で背負い込もうとなさいますな・・・よろしいですね?」



「・・・そうね」





リーファ殿の諫言を受けて、殿下は目線を下げる。


しばらくそのまま思案をされた後、静かに一度頷いた。





「・・・リーファの言うことはもっともです」



「事件は既に私の手に余ると見て間違いない・・・」



「兄上の手を煩わせるのは気が引けるけど、そんなこと言っている場合じゃないわね・・・」



「・・・あなたの言う通りにします、リーファ。ありがとう」



「・・・ご賢察痛み入ります、殿下」





リーファ殿は一礼すると、さらに話を続けてきた。





「・・・では、方針が固まったということで、本日の予定をお知らせいたします」



「まずは、この後すぐに国王陛下へ事件のご報告。その後は顧問大臣との今後の対策についての協議」



「午後にはマイアー殿との緊急会合の予定が入っております」



「・・・本日から絶え間なく忙しい日々が続くでしょうが、どうかご辛抱下さいませ」



「・・・分かってますよ。もう、とっくに覚悟はしております」



「今回の事件で散った数多の兵士の犠牲を思えば、この様なこと苦難の内に入りませぬ・・・」





そう言うと、エレオノーラ様は目をつぶって一息ついた。





「・・・ふぅ、でも流石に兄上への報告は気が重くなるわね・・・」





・・・珍しく殿下が弱音を吐いていた。


いくら殿下を高く評価している陛下と言えども、


今回ばかりはエレオノーラ様の責を問わざるを得ない。


しかし、今殿下が気になされているのは兄君である国王陛下に負担を強いる事の方だろう。


国王陛下は生まれつき身体があまり丈夫な方ではない。


最近も病を得ては療養を繰り返すという日々を過ごされている。


殿下が自分一人で物事を解決しようとする行動の背景には、


陛下の負担を出来るだけ減らそうという心情があるからに他ならない。





「・・・殿下」



「・・・分かってます」



「泣き言を言うつもりはもうありません。参りましょう」





リーファ殿の呼びかけに、殿下は静かに相槌を打った。


そして、私の方へ振り返ると厳粛な声で話しかけてきた。





「・・・クラウディア。エミリアだけは護衛として連れて行きます」



「私はこれからしばらく身動きが取れませぬ」



「危急の用でなければ以後の報告は不要です」



「必要とあらば金庫の財宝やクレジットは好きに使って構いません」



「あなたと騎士団は引き続き神遺物の奪還を最優先に動きなさい」



「はっ!承知致しました。お任せを!」





私は殿下に敬礼をして命令を拝受した。





「・・・それでは急ぎますので、私はこれにて失礼いたします」





そして、すぐに行動を開始すべくその場を後にする。





ガチャ・・・





「・・・頼むわね、フィリア・・・」



「どうか貴方に楯の乙女(ヘルヴォル)の加護があらんことを・・・」





・・・殿下の祈りの声を背にしながら、私は自分の戦地へと赴いた。




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