クラウディアの決意
「・・・・・・」
「・・・お・様」
「・・・お嬢様」
・・・ユサユサユサ
・・・ん・・・だれだ・・・?
私を揺さぶって、起こすのは・・・?
「・・・・お嬢様起きてください」
呼び覚ます声に導かれるように私は眼をゆっくりと開いた・・・
「お目覚めになられましたか、お嬢様?」
「んっ・・・ああ、おはよう」
目を開ければ凛とした佇まいで立っているメイド服姿の妙齢の女性が立っていた。
「おはようございます。クラウディアお嬢様」
「昨日は大変な目に合われたとお聞きして正直心臓が止まると思いましたわ・・・」
「こうしてお嬢様の無事な姿を見れてほっと致しました・・・・」
そう言って胸を撫で下ろしたのは“リディア“だった。
彼女の名前は“リディア・バシェ“。我がマリュス公爵家の侍女だ。
長年我が家に仕えてきたメイドであり、若い頃に母が早逝した私にとって乳母のような存在だ。
騎士団長という身分になって私が家を離れる事にあっても、こうして律儀に身の回りの世話をしに来てくれている。
「・・・ああ、すまない。リディア」
「幸いなことに私は特に怪我をするようなことはなかったよ」
目が覚醒した私は寝ていたソファからもそりと起き上がった。
・・・ソファに寝て軽く休憩を取ろうとしたら、いつの間にか寝てしまったらしい。
「だが、昨夜は流石に疲れたよ・・・」
「殿下自から逃げ遅れている者や負傷者の救助に行くと言い始めた時は、私と“リーファ“殿でお止めするのに必死だった・・・」
「私が足手まといになるとはっきり申し上げて、しぶしぶ了承して頂いたが、あのままだったら爆発で燃え盛る兵舎の中に突っ込みそうな勢いだったよ」
「まぁ・・・!王妹殿下がその様な事を・・・」
リディアは驚きの表情をして、口元に手を当てた。
彼女の驚きも理解できる。
殿下はどちらかと言えば寡黙な方で、人とも積極的に関わろうとなされない方だ。
その物静かな普段の振る舞いからは中々想像が付かない言動だろう。
「ああ、それで代わりと言ってはなんだが、殿下の護衛を割いてでも騎士団が救助に回ることになってしまってね」
「殿下の護衛は“エミリア“に任せて、それ以外の人員はすべて負傷者の救助と消火活動に回ったというわけだ」
「私は回復魔法が使えないから、一晩中負傷者の搬送に手を貸すことになってしまったんだ」
「良い鍛錬にはなったが、流石に疲れたよ・・・」
「まあ、そうだったのですね・・・それは、お疲れ様でございました」
リディアの労いの言葉に私の疲れも癒される。
彼女はその顔に上品な笑みを湛えながら、ホットタオルを私に手渡してきた。
蒸されて熱々のタオルの中に私は顔をうずめる。
「うぅ・・・気持ちいぃ・・・」
「疲れたぁ・・・もっと寝てたぃ・・・」
寝起きの頭に暖かな温もりと刺激が伝わってくる。
そのあまりの気持ちよさに心の声が漏れ出してしまう。
こんな愚痴のような事を言えるのは彼女の前くらいだ。
騎士団員の前ではこんなことは口が裂けても言えない。
そういう意味では、リディアは唯一私の素の姿を打ち明けることが出来る人間と言っていいだろう。
・・・コンコン
ホットタオルに埋もれて癒やされていると、執務室の扉にノック音が聞こえてきた。
「・・・団長、いらっしゃいますか?ディーナです」
「至急のご報告がございます」
「・・・少し待て!」
私は扉の外にいる団員にそう告げると、リディアにタオルを返却して立ち上がった。
そして、急いで身だしなみを整え始める。
リディアもこの光景に慣れているのか、私が何も言わずともスッと手鏡や櫛を手渡してくれる。
幼少の頃より付き合ってきた仲だからこそできる阿吽の呼吸だった。
簡単に身なりを整えると、私は外にいる団員を招き入れた。
「よし、いいぞ。入れ」
「はっ!失礼いたします!」
夜も明けて間もないというのに、気力十分な返事とともにディーナが入ってきた。
「団長。おはようございます!ご命令された件で至急のご報告があります」
「・・・うむ。聞こう」
団員を応接間に通した私は彼女の報告を聞く。
「・・・はい。まずはマルバスギルドへの依頼の件ですが、ギルドマスターの“ジェラルド“殿に直接お会いすることが出来ました」
「至急、Lv100以上の大冒険者を含めた傭兵集団を編成し、“ミンツの町“へ派遣するとの返事を頂きました」
「また派遣の際、王妹殿下からの緊急の勅令と言う事で、緊急条項の第5項を適用」
「転送魔法陣を使わせて頂くのでご承知願いたいとのことです」
「・・・分かった。それで問題ない。それで肝心の襲撃犯の方はどうだ?」
ディーナからの報告を聞くと、今度はもう一つの重要案件についても私は尋ねた。
「はい。オークション品を奪った“あの巨人達“の動向ですが・・・・」
そこで彼女の顔は曇る。
「ゴールド通りから王都の北門を破った後、そのままミンツ方面に逃走した所までは確認できております」
「しかし、その後の行方は分からないそうです。追跡部隊も振り切られる程奴らは速かったとのことなので・・・」
「ふむ・・・そうか。ご苦労だった」
「案ずるな。奴らを捕捉する手は他にも考えてある」
「巨人達の対処については一旦マルバスギルドに任せるとしよう」
「はっ!承知致しました!」
そう言って、ディーナは私に敬礼をした。
「ディーナ。最後に悪いがグレースとアイナを私の部屋に呼んできてくれ」
「30分後、私の部屋に来るようにと」
「お前は夜通し駆けずり回って大変だっただろう。それが終わったらゆっくり休んでくれ」
しかし、私の労いの言葉を受けた彼女は再度顔を曇らせてしまった。
「団長!?まだ、私は大丈夫です!」
「今は王国の一大事です!こんな時に休んでなんかいられません!」
「どうかさらなるご命令を!」
意気盛んにまだまだやれるとディーナは私に嘆願してきた。
そんな彼女を宥めるように私は言った。
「ディーナ。これから我が騎士団はますます忙しくなる」
「それこそ今後いつ休めるか分からなくなる程にだ」
「休める時に休んでおくのも仕事のうちだ」
「そんなに意気込まなくとも、明日からまた死ぬほど働いてもらうことになる」
「今日は帰ってすぐ休め。これが命令だ」
「・・・団長。そこまで仰るのなら・・・」
ディーナは渋々と言った感じで私の言葉を受け入れた。
我が騎士団の団結心と忠誠心はカーラの王国軍の中でも指折りに高いと私的に思っている。
職務怠慢な者はもちろんいないし、任務とあらば自分の身を呈して火の中、水の中に飛び込んでいく勇者ばかりだ。
近衛騎士という名誉ある職に就いている自尊心もあるだろうし、
その警護対象がカーラの英雄として名高いエレオノーラ殿下だというのも、彼女らの意気込みに拍車を掛けているだろう。
だからこそ時に心配になることもあるのだがな・・・・
「・・・団長。それでは失礼いたします」
「うむ。ご苦労だった」
お互い敬礼をしてその場を分かれる。
さてと・・・殿下に会わなければならないな・・・
私はこれからの行動に思案を巡らすと、行動を開始した。
まず、別室に備え付けてあるシャワー室に向かう。
そこには既にバスタオルと洗面用具を持ったリディアがいた。
「お嬢様・・・こちらを」
「ああ、すまない・・・」
「もし、私が浴びている間にグレースとアイナが来訪したら外で待つように言っておいてくれ」
「畏まりました」
リディアが頭を下げると、私は洗面用具を受け取ってシャワー室に入った。
シャアアア・・・・・
「・・・・・んっ」
全身に降り注ぐ温水が私に覚醒を促してくる。
ふぅ・・・気持ちいい。
やはり寝起きの後はこれがないと頭が冴えない。
・・・だが、今日はこれからの事を考えると気が重くなってしまうな・・・
エレオノーラ様への報告。
その後は事件の調査に、襲撃犯の排除。
そして、奪われた神遺物の探索・・・
やることが山ほど出来てしまった・・・
我が騎士団の主要任務はエレオノーラ様の警護であり、
通常だったら他の任務など受けることはないのだが・・・
・・・今回ばかりは無関心でいるわけにもいくまい。
殿下が主催するオークションであのような事件が起こったのだ。当然、引責問題になる。
幸いなことに殿下を始めとした要人たちに被害はほとんどなかった。
オークションが襲撃されたのは殿下達が退席した後に起こったからだ。
襲撃が起こったタイミングが気になる・・・・・
自分に被害を受けぬタイミングで襲撃を計画していたとしか思えない。
・・・ほぼ、間違いなく要人の中に内部犯がいる。
王宮や会館に事前に潜り込むことが出来て、この惨たらしい事件を引き起こすことが出来た黒幕。
まず、思いつくのはエレオノーラ様に敵対する王族による犯行という可能性だ。
殿下の名声に嫉妬し、よく思わない王族ももちろんいる。
王太子の“アーダルベルト“殿下とかな。
さすがに自分が将来治めるであろう国を危機に陥れるような事はしないと思いたいが・・・
他にも王家に反逆を企てようとする貴族の線もあるし、オークションを共同主催した商人ギルドの連中も容疑者候補だ。
いや、他国から招かれた使節という可能性も全くないわけではないか・・・
・・・正直、こればかりは今後の調査次第だな・・・
・・・だが、どこの誰が企てたのか知らないが、絶対に許さぬ・・・!!
今回の件でエレオノーラ様はカーラの英雄という立場から一転して窮地に追い込まれるだろう。
これまで以上に身命を賭してお支えしなければなるまい。
殿下に頂いた接辞名“友情“の名に誓って・・・!
必ずやカーラの秘宝を・・・そして殿下の名誉を取り戻す!!!
キュ・・・
お湯を止めて私はシャワー室を出た。
バスタオルで身体を拭きながら、別室にある化粧台の前に座る。
その横にはやはりリディアが控えていた。
彼女は何も言わずとも椅子に座った私の髪を櫛で梳いでくれる。
私は私で身支度を整えていく。
我が第九近衛騎士団は神話の戦乙女をモチーフとした部隊だ。
一部の書記官を除き、50余名いる団員は全員女性。
儀礼的な場でも我が騎士団は催事を司る事が多々あるため、容姿の面でも手抜かりすることは許されない。
気高く、美しく振る舞うことが我が近衛騎士団の至上命題だ。
「お嬢様。グレース様とアイナ様が既に執務室の外でお待ちです」
「・・・ああ、分かった」
準備を整えた私は、執務室の扉の前まで来ると「・・・ふぅ」と一息ついた。
心を落ち着かせ、今日から起こるであろう嵐のような毎日に備える。
「・・・よし、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませお嬢様」
ガチャ・・・
執務室から出て行く私をリディアは穏やかな笑みとともに見送った。
外に出ると既にグレースとアイナが直立不動で私を待っていた。
「隊長、おはようございます」
「ああ、おはよう」
敬礼をする彼女たちに、私も敬礼を返して朝の挨拶を済ませる。
グレース・ホーカンソン。
アイナ・テグネール。
彼女たちは我が近衛騎士団の第1小隊所属。
そして私は第9近衛騎士団長の他に、第1小隊の隊長という肩書も持つ。
つまり、彼女たちは私の直属中の直属の部下ということになる。
「待たせたな。今日からさらに忙しくなる。二人とも覚悟しておくように」
「畏まりました」
「お任せを。望むところです」
頼もしい二人の言葉を受けた私は、二人を連れ立ってそのまま歩き始める。
・・・今日も長い一日になる。
新たな決意を胸に秘め、私は王妹殿下の元へと向かった。
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