悪夢の跡で
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ゆっくりと世界は浮かび上がっていく・・・・
「・・・NaGraphGon!」
・・・正体不明の言霊が世界全体に囁いている・・・・
「・・・GonMedVan MedVehUnGon!?」
・・・言葉の意味は不明だが、
それがなにか切迫した様相を呈しているのはわかる・・・
「VehUnDrux GonMedVan NaGraphUnDon TalGraph!?」
ガクガクガク・・・・
世界が揺さぶられている・・・
バチーーーン!!
痛い・・・
世界・・・いや・・・僕の頬に痛みが走った・・・・
混沌の中で朦朧としていた意識が徐々に明瞭になっていく。
「・・・・・・・・おい!」
「・・・・お前、聞こているか!?」
・・・そこでようやく声の主が僕を呼びかけていると認識した。
顔を上げて、閉じていた目をゆっくりと開いていく。
「・・・気づいたか?」
・・・目を開けると、黒い天幕が僕の目に飛び込んできた。
横では白い法衣を着た男性が僕の顔を覗き込んでいる。
「・・・ふ、ふぇ!?・・・って・・・えっ」
要領を得ない腑抜けた返事をしてしまう。
僕はマットレスのような簡易ベッドの上に寝かされていた。
「・・・僕は・・・・いったい・・・」
法衣姿の男性は僕の意識が戻ったことを確認すると、ぶっきらぼうに答えてきた。
「ここは王宮前に特設で作られた野外病院の中だ」
「・・・お前どこか痛いところは?動けそうか?」
そう言いながら彼は、僕の頭を左右に傾けて傷の有無を確認した後、身体をまさぐるように触診してきた。
・・・ちょっとくすぐったい。
彼はカーラ王国軍の回復術師だろう。
首を動かして周囲を見回してみると、僕と同じ様にベッドの上で寝かされている人が大勢いた。
彼以外の術師も何人もおり、患者の怪我の治療にあたっているようだった。
「・・・あ、はい。大丈夫です・・」
「あの、僕はなぜここに・・・」
目の前にいる術師にそう尋ねると、彼は眉をひそめる。
「さあな。ここには怪我人が大量に運び込まれてきてるからあんたの事情なんて一々知らんよ」
「だが、あんたはほとんど無傷に近かったから、大方気を失っただけなんじゃないか?」
「・・・・・」
彼の言葉を受けて、僕は直前の記憶を辿る。
・・・そう、僕はあの「地獄」からエレベータで地上に脱出した。
そして、エレベータの外に出るとふっと糸が切れたかのように意識が飛んだんだ。
オークション会場で経験した恐怖は凄まじいものだった・・・
あの時の僕は、極度の緊張で過呼吸状態になっていた。
一刻も早い休息を身体が求めていたし、失神したのは当然の流れだっただろう。
「一応、軽い擦り傷や打撲はあったから、そこだけは治してやっといたよ」
「あんたはもう大丈夫だろ。すまないが、もう出てってくれないか?」
「自分の足で動けるやつを見てやれるほど今の俺達に余裕はないんだ」
「周りを見てわかる通り、瀕死の重症者が山程いる。五体満足のあんたと違ってな」
術師はしかめっ面をしながら、そう皮肉をきかせてきた。
「・・・はい」
・・・彼の言葉に僕は素直に頷く他なかった。
周りの患者に注意を向けると、全身大火傷で意識不明の患者や、
肢体を失って痛みで呻き続けている重症者で溢れていた。
確かに彼らからしたら僕は無傷にも等しい。
事件のことを聞きたいと思ったが、どうやらそれどころじゃなさそうだ。
回復術師にとってはこれからがまさに地獄の始まり。
健常者は邪魔にならないように退出すべきだろう。
僕はもぞもぞとベッドから起き出す。
その際、周囲を探してみたが、僕が被っていたシルクハットは見つからなかった・・・
どうやらオークション会場を脱出した時にどこかに落としてきてしまったらしい。
親方に貰った大切なものなのに・・・
僕は肩を落としながらそのまま外へと移動する。
「・・・・うっ」
天幕を捲った瞬間、暁の光が僕の網膜を照らしてきた。
薄暗い闇の中に差す光明に僕は目を眩ます。
・・・いつの間にか外はもう朝になっていた。
恐怖と絶望で覆われていた夜の帳を、安らぎと希望の光が穏やかに満たしていく。
その一方で、地上を見渡せば昨夜の事件の凄惨さを否が応でも感じてしまう。
王宮を囲む様に配置されている何棟もの兵舎からは未だ噴煙が上がり続け、建物の一部が倒壊していた。
カーラの騎士や兵士達が負傷者の搬送と救助、周辺の治安維持のために奔走していた。
・・・ギルド会館に目を向けてもその状況は同じだった。
会館の周辺には兵士達が厳戒態勢を敷いており、会館の中から運び出されてくる負傷者の搬送と手当に救護班が追われていた。
しかし、あの様な事件があったにも関わらず、会館の建物自体に損傷は全くと言っていいほど見られなかった。
自らの威風と栄華を誇示するかのように、欲望の塔は今日も堂々とカーラの空に聳え立っている。
「・・・おい、そこのお前。お前は救助者だな?」
「確認がある。こっちへこい」
野外病院の天幕を出て辺りを見回していたら、書類を広げて何かの事務作業をしていた兵士に声を掛けられた。
僕は言われるまま彼のもとまで向かう。
「・・・・はい。なんでしょうか?」
「身元確認だ。身分証を持っているか?あるなら提示しろ」
「ないなら解析魔法を受けてもらうことになるが・・・」
「・・・あ、はい。ちょっと待って下さい」
そう言うと僕は懐からゴソゴソと身分証カードを取り出した。
内ポケットに入っていたことが幸いして、身分証は落とすこともなかったようだ。
もし無くしていたら、再発行しないといけないから助かった。
「・・・これです」
「うむ、確認する。そのまま待ってろ」
兵士は僕から身分証を受け取ると、机の上に広げられた名簿リストをめくり始める。
彼が身元の照合を行っている間、僕はなんとなく周囲に視線を這わせた。
・・・・・頭に思い浮かんでくるのはやはりあの巨人達のことだった。
奴らはいったいどうしたんだろうか・・・
オークション会場にいた全ての者達に恐怖と絶望を植え付けたあの5人の巨人達。
僕がエレベータで地上に上がって失神した後、奴らも間違いなくオークション会場から外に出たはずだ。
こんな呑気に救護活動をしているという事は、奴らの襲撃はもう終わったと見て良いのだろうか・・・?
さもなければ今頃この周辺は地獄と化しているはずだもんな・・・
頭の中で地獄絵図を想像してしまい僕はぶるりと震えてしまう。
それから程なくして、名簿の確認が終わった兵士がまた声を掛けてきた。
「・・・把握した」
「エノク・フランベルジュ・・・アザゼルギルド推薦のオークション参加者だな」
「確認する」
「お前はオークション会場で起こった事件の一部始終を目撃したか・・・?」
「・・・・はい。見ました・・・・・」
僕は言葉少なげに頷いた。
目撃も目撃。恐らく僕は五体満足で動けて、かつ、襲撃犯を間近で見て生き残れている貴重な証言者だろう。
事件のことを聞かれたせいか、フラッシュバックのように悪夢が脳裏に蘇る。
そうなったらもう居ても立っても居られなくなった・・・
「あ・・・あの!すみません!!」
「・・・あの巨人達はどうなったんですか!!?」
「奴らはもう倒したんですか?それとも逃げたのでしょうか!!?」
「知ってたら教えてください!!お願いします!!!!」
身を乗り出しながら兵士に懇願するように問いかける。
彼は僕の顔をじっと見つめると、そのまま顔色を変えず無機質な声で返事をしてきた。
「・・・今回の事件に関しては箝口令が既に敷かれている」
「お前も私も事件で知っている事は別命あるまで口外してはならないし、国外に出ることも禁止される」
「もし、この命令を破った場合には追跡部隊が差し向けられ処分されるだろう」
「・・・・・」
にべもない彼の返答に僕は愕然とした。
「・・・名簿によるとお前はクレスの町在住だな」
「帰宅は許されるが、後日お前には出頭命令が下されるだろう」
「通達が来たら、速やかに王都に出頭し事件解決に貢献するように」
「今後はしばらく王都に何回も呼び出される事になるだろうから、その心づもりでいろ」
「以上だ。行ってよし」
「・・・・・」
目の前の兵士は事務的な事だけ伝えて、そのまま作業に戻っていった。
僕にはもう目も合わせていなかった。
これは取り付く島もないな・・・
「・・・分かりました。失礼します」
僕はペコリと兵士に頭を下げると、その場を後にした。
胸に渦巻いていたモヤモヤはいつまでも消えそうになかった。
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