暁のオークション㉘
「あ・・・・」
・・・心臓を鷲掴みされたような感覚に見舞われる。
巨人たちの下では今なお生き残っている兵士達による苛烈な攻撃が繰り広げられている。
一番大型の鉄巨人はそれまで足元にいた兵士に注意を向けていたが、首をこちらに向けて僕を凝視してきた。
蛇に睨まれたカエル状態に僕はなる。
その鉄仮面の奥にある素顔は分からないが、悪魔のような顔をしていても全く驚かない。
・・・ズシャーン!!
大巨人が踏み出した一歩が会場全体へと響き渡る。
重々しい金属の衝撃が会場を揺らす反面、その動きはとても超重量の鎧を着ているとは思えない程軽やかだった。
総重量で言えば何十トンもあるであろう金属の塊が風見鶏が動くかのように「クルッ」と方向転換をしたのだ。
そう・・・僕がいる方向にだ。
そしてそのまま奴はゆっくりと歩きだしてきた!
「あっ・・・あっ・・あ・・・」
・・・戦慄で身がすくむ。
声にならない嗚咽が僕の口から止め処もなく漏れる。
死にたくない・・・!死にたくない・・・!!
「だ・・・だれか・・・」
「たすけて・・・」
僕は恐怖で声すら満足に出せなかった・・・・
大巨人が一歩また一歩と足を踏み出すに連れ、小さな悲鳴と肉が圧潰する不協和音が奏でられる。
奴の通り道で、地面に貼りついていた者はその小さな命を散らしていく。
・・・不協和音が徐々に強く、大きくなっていく。
やけに目の前で流れる光景が遅く感じられる・・・
死を告げる妖精の叫び声が幻聴となって聴こえてくる・・・・
く・・・くるな!!来るな!!
・・・い・・・いやだ!!!!いやだ!!!
僕は震える手に渾身の力を込める!
ただ、死にたくないという本能が少しの自由を身体に取り戻させた。
ゆっくり・・・ゆっくりと這いながら後退りをしていく。
少しでも遠くへ・・・もっと遠くへと!
・・・だが、巨人の歩みに比べて、それはあまりにも遅かった・・・
「なんて・・・大きいんだ・・・・」
ぽかーんと奴の鉄仮面を眺めながらそんな感想が漏れてしまう。
巨人は僕に近づいていくに連れどんどんと巨大になっていった・・・
奴の鉄仮面を注視していたら首の角度がどんどんと急勾配になっていく。
最初、45°だったものが、50°、60°、70°となっていき、目の前の光景がその巨人で埋められていく。
・・・実際にはただの遠近感による錯覚だろうが、それくらい非現実的な光景だった。
巨人の”本当の大きさ”を今まさに僕は体験しようとしている。
会場の灯が巨人の影を作り出し、僕にもう覆い被さろうとしていた。
超重量のフルプレートの鎧を軽々と着こなし、人を虫のように踏み潰せる巨人・・・
着用しているグリーブだけを見ても兵士達より遥かに高く聳え立っている。
下から奴を見上げたことを想像し、自分の存在のちっぽけさに身が震えてしまう。
・・・首が90°に傾いた時が僕の最期の瞬間。
黒い巨大なグリーブの靴底を見上げ、悲鳴を上げながら僕は虫のように踏み潰される・・・
そんなのって・・・・そんな惨めな最期なんてあんまりだ・・・・・
人がしていい死に方じゃないよ・・・・
「う・・うわああ・・・・」
「あああああああああ・・・・」
今から起こる自分の運命を考えると、自然と嗚咽が溢れ出てしまう。
逃げ切れないともう悟ってしまったのか。
情けないことに、僕は恐怖で幼い子供の様に泣きじゃくってしまった。
・・・だが、捨てる神あれば拾う神ありだ。
結果的にこの泣き喚いたことが、この後の僕の運命を変えることになる・・・
「・・・!!?」
「そんなところで何をしているんだお前!!?」
僕の今の泣き声に反応した人がいた。
赤い目を凝らしながら声のする方に顔を向ける。
「・・・オロフさん・・!?」
声を掛けてきたのはオロフさんだった!
彼は巨人達の周囲を滑走している最中だったが、奇声を上げて泣き散らしている僕に気づいたのだろう。
巨人達から一気に距離を取ると、高速で僕のもとまで駆け寄ってきた。
「お前はなぜそんなところに座り込んでいるんだ!?」
「さっさと逃げないか、バカモノ!!」
あの大型巨人がすぐそこに来ていることもあって激昂するように彼はまくし立ててきた。
絶望の淵で彼の顔を見たら安堵感で僕はまた泣きそうになってしまう。
涙が再び溢れそうになるのをこらえて、震える声で懸命に言葉を出した。
「・・・・ご・・ごめんなさい。・・・こ・・・腰が抜けて・・・立てなくて」
「ちっ!・・・くそっ、つかまれ!!!」
僕の返事を満足に聞くこともなくオロフさんは僕を抱えあげると、猛ダッシュでその場を離脱する!
ズシャーーーン!!
・・・直後、僕がいた場所に巨人の足音が響き渡った。
間一髪だった・・・・
オロフさんがあと10秒気づくのが遅れていたら、僕は踏み潰されていただろう・・・
彼は僕を抱えたまま常人の数倍の速度で走ると、壇上脇にある2階席の階段へと向かう。
「口を閉じていろ!!舌を噛むぞ!」
担がれてなすがままになっていた僕にそう注意すると、オロフさんは一気に階段を駆け上がった!
ダンダンダンダンダン!!!
オロフさんの化け物じみた脚力は、石で出来た階段すら容易に粉砕し、僕の鼓膜を破砕音で激しく揺らした。
振り落とされまいと、歯を食いしばり必死に彼に掴まる。
ダン!!
彼の最後の着地とともに一際大きな衝撃が僕の頭蓋骨を揺らす。
頭を振りかぶって意識を戻した僕は周囲を見回した。
既にそこは2階席であり、辺りに人の姿は見えない。
突然の襲撃に驚いて要人たちも急いで逃げたのだろう。
やはり様々な荷物や飲食物が散らかっているが、1階のように”人の成れ果て”がいなかった分いくらかマシだった。
巨人達もまだここまでは来ていないとみえる。
「・・・あそこか!」
オロフさんが視線を向けている先に僕も注意を向けると、エレベータが見えた。
VIP専用入口に通じているあの魔力浮動式エレベーターだ。
一度に数十人が乗れる大型のもののようで、それが大広間の両脇に2基設置されている。
オロフさんは場所を確認すると、すぐにエレベータホール前まで疾走した。
「下ろすぞ」
ドサッ!
うう・・・いたい・・・
エレベータホールまで来た僕はそのまま乱暴に肩から落とされてしまう。
ポチポチポチ!!
「・・・くそっ!すぐに来やがらないか・・・」
オロフさんはホールに設置されている呼び出しボタンを連打するが、エレベータはすぐに来そうもなかった。
無限とも思えるしばしの待ち時間が僕達に訪れる。
「・・・オ・・オ・オロフさん・・・あ、ありがとう・・ござざいます・・・」
「・・・もう・し、死ぬかと・・おもいました・・・」
先程の恐怖で僕は未だに身体が震えていた。
ガチガチと歯を鳴らしながらオロフさんにお礼を言う。
「・・・・気にするな。俺だって死にたくないからな」
「お前は一番深い階層の場所から事件を目撃した貴重な証言者だ」
「お前を護送する名目で俺も脱出させてもらう」
彼の返事はそっけなかった。
「・・・あ、あの・・・一緒にいた他の人は・・・もう逃げたんですか?」
「・・・・・」
貴重な証言者なら他にも結構いたはずだ。
僕が問いかけると、彼はしばし目を閉じて沈黙する。
そして、ため息まじりに言葉を返してきた。
「・・・ふぅ。お前達を護送すると息巻いておいて、あれなんだが・・・」
「・・・たぶん、もう奴らにやられちまったよ・・・」
「・・・・・」
僕は絶句した。
30人くらいいた他の脱出者全員、もう生きていないと彼は言うのか!?
僕がショックを受けていることを悟ると、彼は静かに語り始めた。
「・・・お前もあの巨人達を見ただろう?」
「・・・・はい」
「あいつらは間違いなく悪魔だ。・・・人を殺すのを楽しんでいるかのようだった」
「脱出しようとしている奴らをわざわざ追いかけて踏み潰していくんだ」
「正直、俺も戦慄を覚えたよ。くそがっ!」
「・・・・・」
オロフさんは怒りの表情をたたえながら舌打ちをした。
そこには巨人達に対する怒りや、自分たちが何も出来なかった不甲斐なさを感じ取ることが出来る。
「・・・俺と一緒に脱出した何人かは会場の出入口までたどり着けた」
「他の避難客も交じって、俺達は螺旋通路を上がって地上から外へ脱出しようとしたんだ」
「・・・・だけどな、会場の出入口のすぐ先は巨大な”ストーンウォール”で封鎖されてたんだ」
「・・・・封鎖されてた!?」
信じられない言葉を聞いて僕は思わず彼に聞き返してしまう。
・・・通路が封鎖されていた!?避難客がまだいるのに!!?
いったいどうして・・・?
オロフさんはさらに言葉を荒らげながら話を続けてくる。
「恐らく・・・いや、十中八九商人ギルド連盟の連中の仕業だろうな」
「・・・あの人でなしどもめ!ここから出たらあいつらもただじゃおかん!!」
「あいつらのせいで大勢の兵士や避難客が脱出できずに死んじまったようなもんだ!」
「・・・えっ!?ちょ、ちょっと待って下さい!」
「なぜ、商人ギルド連盟が通路を封鎖なんてしないといけないんですか!?」
激昂しているオロフさんの言葉を遮るように僕は聞き返した。
突然、商人ギルド連盟の名前が出てきて、話がよく見えない。
「・・・お前はあの巨人達の握られた手を見たか?」
「・・・握られた手ですか?・・・見たかもしれませんが、正直うろ覚えです・・・」
視界に映ったかもしれないけど、
巨人の手になんて注視している状況じゃなかった。
「・・・それが、なんだというのです?」
「・・・会場中央に巨大な穴が空いていただろ?あの下は丁度オークション品の宝物庫があった場所なんだ」
「そして、他の兵士に聞けば、巨人達はどうやらそこから出てきたらしい」
「・・・お前もここまで聞けばもう分かるだろう?」
「・・・・!!・・ま、まさか!!?」
「あの巨人達がオークション品を奪った!!?」
コクッ
僕の驚きの結論にオロフさんはあっさりと頷いた。
「そういうことだ。当然連盟の奴らはすぐ気づいただろう」
「奴らの立場としては、自分たちの威信に掛けて強奪犯を逃がすわけにいかない」
「会場を封鎖して、熟練の傭兵たちを呼び寄せるまでの時間稼ぎが必要・・・」
「つまり俺達は体の良い生贄にされたんだ。そう考えると、この状況の辻褄が合う」
「そんな・・・」
僕は二の句がすぐに継げなかった。
巨人達がオークション品を奪っているという事実でも十分衝撃的なのに、
会場の人間を平然と生贄にするような行為も信じがたかった。
正直・・・すぐにオロフさんの言葉を受け入れることは出来そうもない。
そして、今は他にも気になることがある・・・
「・・・あの・・・下で戦っている兵士や、他のお客さんはどうなるんです?」
「ここまで連れてこられないんでしょうか・・・?」
「無理だな」
僕の問いかけに彼はにべもなく否定の言葉を返してきた。
「あの巨人共がいる中を護衛しながら突っ切ってここまでくるなんて不可能だ」
「・・・お前を助けたのは、ただ単に逃げ道にお前がいたからついでに拾ったに過ぎない」
「能力を底上げした兵士単独ならここまで来ることも可能だろうが・・・奴らは義務感で避難客を最後まで守るだろう」
「俺は生贄の事に気づいたし、奴らの為なんかに無駄死するのはごめんだから、逃げさせてもらうがな」
「・・・・・」
・・・僕は何も言えなかった。
職務放棄とか、兵士としてその考え方はどうなんだとか思わない訳ではないけど・・・
ついでとは言え、僕は彼に命を救われた。
あの時僕は他の誰を差し置いてでも、助かりたいと思ってしまった・・・
彼を批判する気なんて起きようはずもない。
「・・・・・」
「・・・・・」
それから、しばしの間僕とオロフさんの間に無言の間が続く。
エレベータはまだ来ない・・・
実際にはあれから3分も経ってなかっただろうが、無限の時間が経過していたかのような錯覚を覚えてしまう。
気づけば、オークション会場一階から聞こえてきていた避難客の悲鳴や、兵士の怒号がいつの間にか消えていた・・・
・・・それから程なくして異変が起こる。
ドーーーーーン!!ドーーーーーーン!!!ドーーーーーン!!!!
「・・・・!」
「・・・なんだ!?」
オークション会場一階から何かを蹴破るような音が連続的に鳴り響いてきた!
その音の強さは衝撃として建物を小さく揺らすほど強い。
「・・・・この音!奴らめ”ストーンウォール”を蹴破ろうとしているな」
「まさか!ストーンウォールを物理的に破る事なんて・・・」
「・・・いや、奴らなら出来るさ。対峙した俺ならよく分かる」
「奴らの力はまさに怪物なんだからな」
オロフさんは確信を持って言っているが、僕はまたしても信じられなかった。
ストーンウォールは時に即席の要塞や堅固な城壁として機能するほど防御性能が高い。
一個人が破れるような代物じゃないんだ。それこそ、大砲とか魔法兵器を使ってようやくぶち破るくらいの代物のはずなんだ・・・
巨人の力ってそれほどまでなのか!!?
ズシーン.....ズシーーン!....ズシーーン!!
僕が唖然としている中で、奴が近づいてくる音が聴こえてきた・・・
「くそっ!わざわざここまで追ってきやがったのか!奇特な奴め!」
「あっ・・・・・」
あの30メートルの大型巨人が再び僕らの前にゆっくりと現れる。
威容を僕達に見せつけるかのように、鉄仮面が2階の水平線上から現れ、そのまま暁の太陽の如く天空へと舞い上がっていく・・・
「・・・おいっ!俺が時間を稼ぐ!」
「お前はエレベーターが来たらすぐに逃げる用意をして待っていろ!!勝手に行くなよ!!?」
「・・・はっ・・はい!」
タタタタタタタ!!!
オロフさんは僕にそう言うと巨人に向かって猛然と疾走を始めた!!
彼は巨人に向かってその強靭な脚力を使って高い跳躍を決めると、
渾身の魔力を込めて能力を発動した!!!
「身体硬化!!!」
彼が能力を発動した瞬間、先程の牢の時と違って彼の全身が光り輝いた!
す・・・凄い!これが彼の全力の身体硬化!
間違いなく彼のプライマリースキルだろう。
「はあああぁぁああ!!」
ガキィーーン!!!
全力を込めた身体硬化の能力に加え、彼の会心の膂力が宿ったケリが炸裂した!!
いくらあの巨人でもこれなら・・・・・!
ダン!
オロフさんが地面に着地を決める。
彼は今決めた攻撃箇所を確認するが・・・・
「・・・くっ・・これでもだめか」
嘘だろ・・・あれでもだめなのかよ・・・
・・・確かにオロフさんの一撃はあの巨人にダメージを与えた。
熟練の冒険者にも匹敵するような、剛の者の一撃だった。
・・・だがそれは、巨人の鎧にわずかな傷跡を残したに過ぎなかった・・・
ビュン!!
落ち込んでいるのも一瞬の間の事だった・・・
次の瞬間、オロフさんの全身を暗い影が覆った!!
ズシャーーーーーーン!!!!
オロフさんが着地するタイミングを見計らったのだろう。
巨人が彼の頭上に超速度で足を踏み降ろしてきた。
「・・・お・・・・オロフ・・・さん」
頭が真っ白になり、コマ切れな言葉が僕の口から漏れ出す。
・・・グリグリグリ
・・・巨人はその足を左右に念入りに踏み鳴らす。
そして、やつの足がゆっくりと上がっていった・・・・・
「あ・・あ・・・あ・・ああああああああああああああああ」
発狂した僕の声がエレベータホールに響き渡った。
”オロフさんだったもの”が、地面に貼りついていた。
物言わぬ屍となった彼はもはや見る影もなかった・・・
ニヤッ
「ひ・・・・」
・・・その瞬間やつはこちらを凝視してきた。
鉄仮面の奥でその表情は分からないはずなのに、何故か僕には奴が笑っていると分かってしまった・・・・
ズシーーーン・・・・ズシーーーン・・・・ズシーーン・・・・
「あ・・・あ・・・あ」
奴はゆっくりと再び近づいてくる。
・・・走ろうと思えば走れるはずなのになぜか奴はゆっくりと近づいてくる。
恐怖を僕に植え付けるように・・・
威容を僕に見せびらかせるように・・・
ポチポチポチポチポチ!!!
「・・・はやく・・・・早くきてくれええええええええええええ」
エレベータの呼び出しボタンを必死に連打する。
ズシーーン・・・ズシーーン・・・・ズシーーーン!
・・・もう、目と鼻の先だった。
万事休す。僕が死を覚悟した時だった。
チーーン!
ガコン!!
エレベータの開閉音がなった。
「・・・っ!」
ポチポチポチポチ!!!
転がる様に中に滑り込むと、すぐに僕は上昇ボタンを押す。
そして、扉が閉まる直前、奴と一瞬目線が合った・・・・
ガコン!!
ウィーーーーン・・・・・
エレベータは静かな駆動音を鳴り響かせて上昇していく・・・
「はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!はぁ!・・・・・・」
エレベータの中で崩れるように僕は息を吐き続ける。
心臓がバクバクと鳴り続けている・・・
自分が嘔吐したものや、潰れた血肉の匂いが充満する中、
僕の鼻腔にシトラスの香りがくすぐっていた・・・・・
第2章 完