暁のオークション㉖
「げ・・・うそだろ」
「やべぇな、あいつ・・・」
今の技を目撃していた周囲の囚人のひそひそ声が聞こえてくる。
彼らの気持ちもわかる。
僕も戦闘上位者の能力を生で見れたのは数えるほどしかない。
・・・今のは補助能力・身体硬化だ。
身体の一部、または全部を硬質化し強度を上げる能力。
魔法効果が上がるごとに、その強度が強くなっていく。
熟練の冒険者が使うなら、その肌は鋼鉄のように固くなり、
大冒険者が使うなら伝説級の金属にも姿を変え、身体そのものが究極の武器や鎧になると言われている。
「お見事・・・身体硬化のスキルもさることながら、」
「並外れた身体能力を持ち合わせていなければこの芸当はできない」
「どうやらカーラ王国軍の練度は高いようですね」
僕の横で見ていたアランさんがそんな感想を漏らした。
オロフさんはその言葉に「ふん」と鼻を鳴らして、アランさんの方に向き直る。
「・・・皮肉か?」
「大陸を股にかける”オーガ級冒険者”以上だったらこれくらいの事は誰でも出来る」
「吟遊詩人のあんたなら別に見慣れていないもんでもないだろう・・・」
「・・・だが、まあいい。先に出るぞ」
そう言うと、オロフさんは踵を返した。
まだ、残っている鉄格子の残骸を脚でかき分けながら、牢の外に出る。
そのまま脇目も振らず牢屋エリアの入口へ向かおうとするが、他の牢の囚人達が彼を呼び止めた。
「・・・・おっ、おい!俺達は無視かよ!?」
「異常事態だろう!?俺達も出してくれよ!」
「放置するのかよ、アンタ!」
「そこの吟遊詩人の兄ちゃん達は逃げられる状態なのに、俺達は逃げられないなんて不公平だろう!」
「そうだ!そうだ!このまま訳も分からず、災害に巻き込まれるのだけはごめんだ!」
ガンガンガン!と牢を叩く音と共にオロフさんへ嘆願の声が上がる。
彼は一旦足を止めると、冷めた目を囚人たちに向けた。
「先程まで俺の邪魔をしていた奴らが、今度は助けを求めるとは節操なしもいいところだな・・・」
「本当はお前達をこのまま置いていきたいところだが・・・状況が変わった」
「非常時の際は民を安全な場所に避難させる事も守備兵の任務になる」
「・・・入口の看守部屋に牢を開放するレバーがあるはずだ。そのまま待っていろ」
そう言って、オロフさんは入口にある看守部屋に向かう。
途中、今の言葉に逆上した一部の囚人達が文句を言ったりしたが、彼がギロリと睨むと黙り込んでしまった。
先程の彼の技を見て内心ビビってしまったのだろう。
まあ、それも当然かもしれないけど・・・
・・・それから程なくして、「ガチャン!」という音とともに周囲の鉄格子が一斉に開放された。
オロフさんが入口のレバーを操作したようだ。
続いて、彼の大声が聞こえてくる。
「お前達をこのまま外まで護送する。俺について来い!」
「遅れる奴は何があっても知らんぞ!!」
牢が開け放たれたと同時に、中にいた囚人達が我先にと躍り出てきた。
押し込められた窮屈な状態からの解放感もあったのだろう。
内に溜まった鬱憤を吐き出すように彼らは思い思いに言葉を口にした。
「はぁ、ようやく出れたな」
「ああ、もう窮屈で臭いし最悪だったよ・・・」
「・・・くそっ!あの兵士の野郎威張りやがって!」
「ああ!あいつに文句の一つでも言ってやらなきゃ気がすまねえよ」
「おい!今はそんな事はどうでもいいだろう!!さっさとここから逃げようぜ!」
「俺も賛成だ。事件か事故だか知らんが、巻き込まれるのはごめんだぞ」
「確かに・・・命あっての物種か・・・」
囚人たちは入口に向かってぞろぞろと足早に移動を始める。
収監されていた者は僕を含めて30人くらいはいるだろうか。
彼らの酔いも今はすっかり覚めたとみえる。
あれだけ飲んだくれて泥のように眠っていた者も、一目散に逃げようとしていた。
先程の建物全体を襲った揺れと、尋常でない衝撃音がそれだけの危機感を彼らに与えたということか。
もちろん僕も例外ではない。焦燥感が体内を駆け巡っている。
一刻も早く建物の外に出て、自分の身の安全を確保したかった。
早く外に出なきゃ・・・!
彼らに続いて僕も牢を出ようとした時、意外な言葉を掛けられる。
「行かないほうがいいですよ」
えっ・・・?
アランさんだった。
彼は壁に寄りかかったまま相変わらずその場に佇んでいた。
全く動こうとする気配がない。
「アランさん!?どういう事です?」
「ここにいては危険ですよ。早く逃げましょう!」
「・・・私は結構です。この場に残りますよ」
彼はゆっくりと首を振る。
その姿は焦燥感に駆られている僕とは対象的に落ち着き払っていた。
「・・・なぜです?アランさんご自身も危険と仰っていたじゃないですか?」
「だからこそです。今動くと危険ですよ」
「私の” 危険察知”の能力で何が起こったかある程度の事は感じられます」
「先程の揺れは明らかに人為的なものです。上方に強い力を感じます。恐らく襲撃犯がいるのでしょう」
「この場にいた方がまだ安全ですよ」
「・・・・・」
・・・・・襲撃犯。
この言葉に僕は戸惑いを隠せなかったが、そこまで驚きもなかった。
王宮で災害が起こってる事といい、あまりにもタイミングが良すぎる。
ある程度の予感はしていた・・・・・襲撃犯がいるのだと。
・・・問題はこれからどう行動するかだ。
このまま上層階に行けば襲撃犯がいる場所に自ら突っ込むことになる。
危険に自分から近づきに行くなんて馬鹿げたことだ。
そういう意味ではアランさんの言葉は正しいように思える。
・・・・だけど腑に落ちない点もあった。
今、僕等がいる場所は恐らく欲望の塔の中でも、下層に位置している。
オークション会場の反対側、入り組んだ迷宮の通路を下っていった先にこの牢獄のエリアが存在している。
グレースさん達に連行されて来た時、上層階からここに到達するまでずっと一本道だった。
敵がもしここに攻め寄せてくれば他に逃げ道はない。
僕はアランさんにそのまま疑問をぶつけてみた。
「・・・でもそれなら、なおさら皆で協力して脱出したほうが良くないですか?」
「逃げ場のないこの場所で待つよりも、オロフさん先導のもと建物の外に逃げる方が安全だと思うのですが」
この僕の言い分に対し、アランさんはあっさりと頷いた。
「・・・まあ、それも一理ありますね。私は止めませんよ。エノクさん自身の判断に従うべきでしょう」
「私は自分の経験から、こういう場合は動かない方が良いと判断したまでの事です」
「たとえ袋小路になるリスクを背負ってでも、未知の脅威に対しては近づくべきではない」
「この考え方があるからこそ、私は今まで生き残れてきたと思っています」
「・・・・・」
アランさんの言葉に僕の心が揺らぐ。
彼の言い分ももちろん理解出来る。
しかし、このまま嵐が過ぎ去るまで待つなんて僕には耐えられそうもなかった。
この場に留まるのは、座して死を待つことになりかねないからだ。
それに、オロフさんという強者が僕達を先導してくれることも心強かった。
彼くらいの実力者がいれば安心できるし、一緒に脱出する人間の数も多い。
・・・アランさんには申し訳ないけど、彼と二人でここに残るという事の方がよっぽど怖かった。
「・・・アランさんすみません」
「僕はアランさんみたいに考えることが出来ないようです」
「僕はオロフさん達と一緒に外に脱出したいと思います・・・」
「ふふ、いいんですよ」
彼は諭すように話を続けた。
「自分の運命は自分で判断し切り開くものです」
「行く決意をされたのなら、さっさと彼らについて行ったほうが良いでしょう」
「私に構うことはありません。お互い生きていたら、またお会いしましょう」
そう言って、彼はニコリと微笑んだ。
「・・・はい!」
「アランさんもお元気で!」
シルクハットに手を掛け頭を下げる。
そして、すぐにその場を駆け出した。
別れ際、寂寥感が僕を襲ったが必死に振り払う。
アランさんとの再会を僕は心から願った。
きっとまた会えるという希望を胸に秘め、
薄暗い闇が轟く回廊へと踏み出していった・・・・・
・
・
・
タッタッタッタッタ・・・・・
上方へと螺旋を描く回廊をひたすら走り続ける。
回廊にはいくつもの靴の反響音がこだましていた。
「はぁはぁ・・・・」
「くそっ・・・まだ、追いつかないか」
アランさんとのやり取りの間に先頭集団に置いていかれてしまったようだ。
彼らに追いつこうと僕は必死に足を動かしているが、未だ前方には人影が見えてこない。
回廊の上から聴こえる多くの靴音だけが僅かに先頭集団の存在を伝えている。
先程牢獄エリアを出る時、看守がいた部屋をチラリと覗いてみたが、誰もいる気配はなかった。
いったい看守の兵士はどこに行ったんだろう・・・・
そういう疑問が頭の中をよぎったが、すぐにある予想に辿り着く。
看守がどこに行ったのかなんて愚問だった。
思えば、オロフさんと囚人達が口論をした時から看守の兵士は姿を見せていなかった。
つまり、あの衝撃音が襲いかかってくる前から看守は異常事態を把握していたと考えるべきだろう。
彼もアランさんと同じ様に探知系スキルを持っていたのかもしれない。
そして、状況確認するために上層階へ上がり、そのまま戻ってこなかった・・・
もう、この状況だけでやばすぎる。
・・・未知の敵に対する恐怖が身体を強張らせる。
カツカツカツ・・・・・
上層に近づくにつれ、動かしている脚が次第に重くなる。
先程アランさんに別れを告げたばかりなのに、僕はもう戻りたくなっていた。
「なんて、臆病者なんだ・・・しっかりしろよ!!」
誰もいない回廊で、自分に活を入れるように声を出す。
いつの間にか回廊に響いていた靴音が自分だけになっていた。
上方に耳を済ませるが、靴音は聴こえてこなかった。
恐らく先頭集団はもう上層階へ着いたのだろう。
上を伺うと一際大きな光が回廊を照らしていた。
僕もそろそろ着きそうだ。
上層階へ出たら、僕はどう行動する!!?
恐らく会館の外への最短ルートはオークション会場の2階席へ上がって、
大広間の魔力浮動式エレベータを使うルートだ。
だけど・・・すぐにエレベータが使えなかったらどうする!?
エレベータを待つ人で混んでいるかもしれない。
そもそも壊れて使えないかもしれない。
襲撃犯が要人を狙って潜んでいるかもしれない。
「くそっ、どうすればいいんだよっ・・・!」
不安と、恐怖で頭がどうにかなりそうだ。
ブンブンブン!!
煩悩の様に湧き出る嫌な想像を僕は必死に振り払った。
・・・今はとにかくオロフさん達先頭集団に追いつくことが先決だろう!
彼らと行動を共にする為に僕は脱出という選択肢を取ったんだ。
脱出に関してはオロフさんに任せよう。
僕はただ、全力を出して逃げるのみだ・・・!
「はぁ・・・はぁ・・・着いた」
そして、僕も上層階にようやく辿り着いた。
一度立ち止まり、息を落ち着かせながら周囲を伺う。
辺りに人気はなかった。
ここはちょうどオークション会場のバックヤードに位置する場所だ。
迷路のように入り組んでいるが、オークション会場へは一番幅が広い中央の道を辿るだけなので分かりやすい。
「しかし、これは・・・ひどいな」
辺りに人気はなかったが、異常事態が起こったことは一目でわかる。
周囲には割れた皿、こぼれ落ちた料理、食台に掛けるテーブルクロス等が散乱していた。
異常事態を感じて給仕係達が逃げた跡だろう。
僕はそのまま中央の道を辿り、オークション会場へと急いだ。
流石にそろそろオロフさん達の姿も見える頃だろう。
「・・・・んっ?なんだ・・・・・」
僅かにだが、前方から何か声が聞こえてきた気がする・・・
「ウワァ・・・・」
「・・キャァ・・」
今のは悲鳴・・・!?
何が起こっているんだ!!?
さらに僕は歩を進める。
強い緊張感と恐怖が僕を襲うが、必死に前へと進んだ・・・
僕の視界にオークション会場へと繋がる出入口が見えてきた・・・
会場を照らすまばゆい光が通路に流れ込んできている・・・
「・・・うわぁあ!!助けてくれぇ・・・・」
「・・・・・キャァァー!!・・・・・・」
.....グチャ!.....
なんだ・・・いまのは・・・・
いったいなにが・・・・・・・
「・・・クソゥ!!この化け物野郎がぁぁあ!!くらえ!・・・」
「た・・・助けてくれーーーーーーーーーーー!!」
「い・・いやだ!!!死にたくないよーーー!!!!」
「きゃあああああああああああ!!!・・・・」
.....グチャッ!!グチャッ!!.....
会場の光で僕の視界が一杯になる。
そして、僕は”地獄”を目撃した。
恐らく生涯この光景を忘れることはないだろう・・・・・




