暁のオークション㉔
「・・・それは遥か昔、神々と大魔王の間で” 最終戦争”が行われた時のことです」
「大魔王が放った恐ろしい眷属の前に、世界は成すすべもなく荒廃し、多くの種族が絶滅していきました」
「神々ですらその力に抗えず逃げ出す中、”リーヴ”という若き人間の指導者が立ち上がり滅亡を回避しようと図ります」
「それが、神々の宮を模した方舟を作り、人々をこの世界から脱出させる計画でした・・・」
・・・これは僕が知っている神話と似ているな。
”リーヴ”という神が巨大な地下帝国を築き、一部の人々を大災害から匿って絶滅の危機を救ったという話だ。
彼は世界滅亡後の新たな人類の祖となり、今日では信仰の対象として大聖堂に祀られている。
しかし、方舟の話や世界からの脱出計画なんて言うのは初耳だけど。
「・・・人々は地下奥深くに、1つの国ほどにもなる” 巨大な方舟”を建造しました」
「しかし、大魔王の手先はこれを見逃しません!」
「”雲にも届く大きな巨人”が出現し、避難しようとしている人々を追い立て、方舟の外層まで到達したのです」
「巨人は方舟への入り口となっていた地上の塔までくると、その巨大な身体で塔ごと引っこ抜いてしまいました!」
「巨人は塔を逆さまに地上に置くと、中にいる人を塔ごと踏み潰そうとしたのです!」
「・・・しかし、間一髪転移魔法が発動し、塔はカーラの地へと飛ばされました・・・」
「・・・・・」
僕はアランさんの話を半ば呆然と聞いていた。
この欲望の塔が、かつて滅亡から逃れる人の為の方舟の一部だった・・・?
「・・・幸運なことに、その塔へ再び大魔王の魔の手が伸びることはありませんでした」
「最終戦争を通じ、先史時代の文明の痕跡はほとんど消え去ってしまいましたが、塔は最後まで生き残ることに成功したのです」
「その塔の最上階には、方舟へ繋がる機能しない転送陣が今も残されているそうです」
「それは、いつか約束の地へ戻されるのを待っているかのように、淡い光を放ち続けているのだとか・・・・」
「・・・・・」
本当におとぎ話だな・・・・
「どうです?これがエルフより伝え聞いた伝承ですよ」
「なんか話が大き過ぎて、現実感が沸かないですね・・・」
苦笑いしながら僕は感想を述べた。
「ふふふ・・・そうでしょう?」
「その言葉を聞けて私も話した甲斐がありましたよ」
「語り聞かせる側としては、聴衆の皆さんの呆け顔は物語に入れ込んで頂いた証ですからねぇ」
「吟遊詩人冥利に尽きるというものですよ!」
僕の呆け顔が受けたのか、アランさんは満面の笑みを浮かべてきた。
だが、放心状態にもなってしまう。
この塔が方舟の一部だったというのも信じがたいし、
山のような巨人が引っこ抜いて逆さまに置いたというのも想像しづらい。
高さで言えば100メートルを優に超えているだろうこの建物を軽々と持ち上げる巨人なんて言語に絶する巨大さだ。
年端の行かない子供に語り聞かせるならともかく、大の大人がそんな存在を信じるはずもない。
理由は簡単。リアリティが全く無いからだ。
もし、そんな存在が今の時代にいるのだとしたら、文明なんてあっという間に滅ぼされてしまう。
「・・・ははっ、僕が想像していたよりもとんでもない話でしたよ」
「いくらエルフの話とはいえ、これをすんなり受け入れるのには荒唐無稽過ぎますよね」
「アランさんが未だに信じられていないというのも納得しましたよ」
「まあ、物語としては面白いとは思いますが・・・」
彼に賛意を示すと同時に、僕は巨人について思索を巡らせた。
・・・神話や伝承には人智を超えた巨大な存在が数多く存在する。
この世界をぐるりと囲んでいると言われる世界蛇”ミドガルズオルム”。
世界の果ての下で口を開けて、こぼれ落ちた船を喰らうと言われる魚”レヴィアタン”。
いくつもの町・都市を抱えて移動したというゴーレム”モックルカールヴィ”。
大森林に生息し、小さな山程もある体躯で森の侵入者を排除する異形の怪物”フンババ”。
そして、最終戦争で、大魔王の眷属としてこの世界の文明を踏み潰したという巨人”ネフィリム”等、枚挙にいとまがない。
アランさんの話に出てくる巨人は、ネフィリムと類似性があるからその一族という可能性もある。
まあ、それはここで考えても意味ないし、横においておくとして・・・
・・・とにかく、世界各地にはこんな巨人・巨獣伝説がわんさかあるということだ。
僕が知っているのは一部に過ぎないけど、どれもこれも実在したら世界がひっくり返りそうなやばい奴らばかりだ。
・・・太古の昔、人々は世界の成り立ちや神秘的な現象を神や巨人を用いて記述しようとした。
その結果が神話であり、世界各地に残る巨人・巨獣伝説というわけだ。
物語としては面白いけど、所詮空想上の産物に過ぎない。
この塔の起源に関わる巨人についても同様のことが言える。
塔がひっくり返るとまではいわないが、倒壊するような現象が太古の昔に起こり、その理由付けに巨人が使われたというのが妥当な所だろう。
「そうですね・・・確かにエノクさんの言うように物語としては面白いですし、惹き込まれます」
「ただし、リアリティはない・・・私もエルフから最初聞いた時はそんな印象でしたよ」
「ある事を知るまではね・・・・」
「・・・・ある事?」
アランさんの含みをもたせる言い方に僕は首をかしげる。
「・・・実は、先程の巨人が塔を地面において踏みつけようとした原因でもあるのですが・・・」
「この塔を引っこ抜いた時に、中にいた戦士たちが巨人に抵抗してその手に激しい攻撃を加えたらしいのです」
「古の勇者達の苛烈な攻撃にさしもの巨人も手傷を負うことになり、その際に巨人の爪の一部を剥ぎ取ることに成功したとか」
「・・・そして、なんと!その爪はこの塔の最上階に今でも保管されているらしいのですよ・・・・・」
「えぇ!?そうなんですか・・・・?」
そんなものがあるなんて・・・・
「それって・・・本物なんですか?」
疑問が口をついて出てしまう。
アランさんはそれに対し、フフッと笑って答えてきた。
「ふふふ・・・それは私にもわかりませんが、ロマンがあると思いませんか?」
「おとぎ話と思われていたものが、実は本当の話なのかもしれない・・・そう思うだけで胸がときめくでしょう?」
「ええ、そりゃもちろん・・・この目で直接確かめたいくらいですよ」
「そうでしょう!?いやぁ話が通じるっていいなぁ!!」
アランさんが急にテンション高くなった。
だけど、彼の気持ちもよく分かる。
お目にかかれるのなら、僕だって見てみたい。
「なるほど・・・・」
「アランさんが突き止めてみたい事というのは、その爪の”真贋”というわけですね?」
確認の意味も込めてアランさんに聞いてみた。
「ええ!仰るとおりですよ」
「もし、それが本物だとすれば伝承の真実性がかなり高くなります」
「おとぎ話と思われていた伝承が、実は本当の話だった・・・なんてオチが付けばこれほど観客の興奮を誘うものはありません!」
「それに、考古学の真似事をしている私としては、自身の興味からも是非明らかにしたいと思っていたんですよ」
「・・・・残念ながら、妹にはこの情熱が分かってもらえなかったんですけどね・・・・ははは」
「うーん、なるほど。妹さんにもいつか分かって頂けるといいですねぇ・・・」
僕はなんとも言えない表情で、彼に同情の言葉を掛けた。
各地方の民俗に詳しい吟遊詩人は歴史家としての一面も併せ持つ。
片や、神話のアイテムを追い求め、その製法を過去に求める魔法技師。
立場は違えど、その求めているものは先史時代に遡っていることを考えれば彼の考えも理解できる。
そういえば、アランさんの妹さんって誰なんだろう・・・
アランさんのファミリーネームは”ホーカンソン”って言っていたけど・・・
ホーカンソン・・・?
・・・・まさか、グレースさん?
彼女の名前は確か、グレース・ホーカンソンって言っていたような・・・
「・・・あのぅ、アランさんの妹さんって―――」
僕がそう質問しようとした瞬間・・・
「ぐごがぁ!!!」
突如、夢から落ちたようないびき声が牢屋内に響き渡った。
僕が声の方に目を向けると、ベッドで寝ていたあの兵士がいた。
彼は「うーん」という呻き声とともに、目をゴシゴシと擦っている。
「・・・おや、起こしてしまいましたか」
「そのようですね・・・」
僕たちの話が盛り上がっていたという事もあるが
この狭い部屋と、牢屋という環境では声がよく響き渡ってしまう。
彼には少し悪いことをした。
「うん・・・・?」
その兵士の瞼が薄く開いた。
声を掛けようと、僕はベッドに近づいたのだけど、
次の瞬間・・・彼の思いもかけない素早い動作に驚いてしまう。
ガバッ!!!
「・・・!?ここはどこだ!!?」
「なんで・・・俺はここにいるんだ!!!?」