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暁のオークション㉓




グガ~~~・・・・グガ~・・・・





辺りに泥酔者達のイビキが響き渡る・・・


薄暗い通路には酒気の帯びた風がどこからともなく流れ出し、僕の鼻腔に嫌な臭いを残していく。


抱え込んでいた膝の中に顔をうずめ、少しでも新鮮な空気を吸おうとする。


正直、ここはあまり好ましいと思える環境ではなかった。





「まあ・・・牢屋だから当たり前といえば当たり前だよな・・・」





吐き気を催す臭気に耐えながら、ボソリと自虐的な言葉を吐き出した。


こうでもして気を紛らわさないと僕の方が戻しそうだった。





よくこの人達はこんな状況で寝てられるよな・・・





鉄格子越しに向かいの牢を伺うと、盛大なイビキをかいて雑魚寝している人達が何人もいた。


たまに寝返りを打った際、お互いの手や足の衝突で小さな呻き声が聞こえてくる。


先程までは酔っ払い達の雑談で周囲も賑やかだったが、今は皆スヤスヤと夢の中だ。


他の牢から視線を戻すと、僕を含めて3人がこの牢屋に押し込められていた。


1人はベッドを専有している男の人だ。


僕が牢に入った時には彼は熟睡していて、その服装はスーツではなく甲冑だった。


恐らく泥酔した兵士の一人なのだろう。


そしてもう1人も男の人なのだけど、彼はちょっと格好が変わっていた。


羽つきの三角帽子を被り、襟元が大胆に開いた色彩豊かなコートを着用している。


質素だが上品な色柄がヴィンテージ感を漂わせ、一言で表現すればとても”おしゃれ”な人だった。


そんな彼は壁際に寄りかかって、アグラをかいた状態で瞑想を続けていた。





「・・・・・」



「・・・・・」





僕達はお互い何を話すでもなく、ただひたすら時の経過に身を任せていた。


三角帽子の男の人は寝息を立てていないので、たぶん起きているのだと思う。


だからといってこんな状態で世間話を仕掛ける気にもならないし、彼から僕に何かを話してくることもなかった。





22:44





時刻はそろそろ夜の11時に差し掛かろうとしていた。


会場で最後に時間を確認したのが8時ちょっと前だった気がするから、あれから3時間が経過しようとしている。





「はぁ・・・結局空振りだったな・・・」





思わずため息が出てしまった。


結局、ネクタルの落札者に関しては何も分からなかった・・・


それに加え、他の神話のアイテムを拝むことも出来なかった・・・


何もせずあのまま会場にいた方がまだ有意義な時間を過ごせたことだろう。


・・・オークションはもう終わった頃だろうか?


時刻を考えればオークションが終わり、会場は社交の場として使われていることだろう。


客達はオークションをネタにして、話に華を咲かせているに違いない。





レイナには悪いことをしたな・・・


明日の朝戻ったら、彼女には謝らないとな・・・





不幸中の幸いで、すぐに解放してもらえることだけが救いだった。


宿屋に戻る際には美味しいものを一杯買って帰る必要があるだろう。


・・・レイナとの約束もある事だしね。


帰りが遅くなったことはそれで勘弁して貰うことにしよう。


そんな取り留めもない思考が僕の頭の中をグルグルと巡っていた。





「あなたは眠くならないんですか?」



「・・・えっ?」





突然掛けられた声で思考が強制的に中断された。


驚きとともに声の方向に振り返ると、微笑を浮かべてこちらを伺う三角帽子の男の人がいた。





「・・・失礼しました。いきなり声を掛けて驚かせてしまいましたかな?」





僕はようやく彼がこちらに話しかけてきた事を理解する。





「あ・・・いえ、すみません。丁度今考え事をしていたもので・・・」





あはは・・・と苦笑いをしながら僕は言葉を返した。


彼が声を掛けてきたのは意外だった。


僕が牢に入れられた時も、彼は瞑想を続けていて一言も僕と言葉を交わそうとしなかった。


ハッキリ言えば「俺に近づくな」オーラを出していたので、僕としても話しかけづらかった。


それがここに来て、急に向こうから声を掛けられれば驚くのも無理はなかった。


三角帽子の男の人はそんな僕の心情などお構いなしに話を続けてきた。





「やはりそうでしたか。貴方は見ているだけで面白い方ですね」



「真っ直ぐで、純粋で、とても感情が出やすく分かりやすい」



「興行師の端くれとしては、貴方ほど観客に相応しい方はいないと思いますよ」



「・・・・あ、あははは。そうですかね・・・?」





再度苦笑いをしながら僕は言葉を返した。


どう反応すればいいか困る内容だった。


褒められているんだから、貶されているんだかわからない・・・





「ところで今、興行師って仰られましたけど・・・大道芸でもされているのですか?」





今度は僕から彼に質問をする。





「おっと・・・・これは申し訳ありません」



「先程まで詩の中身を考えておりましたもので、挨拶が遅れましたな」



「私は吟遊詩人をしております”アラン・ホーカンソン”と申すものです」



「どうぞお見知りおきを・・・」





そういってペコリと彼は頭を下げた。





「・・・あ、どうもこれはご丁寧に」



「僕はエノク・フランベルジュと言います。魔法技師の見習いです」





僕もうやうやしく自己紹介をする。





「エノクさんと仰るのですね。どうぞよろしく」





彼はニコリと微笑むと三角帽子に手を当て軽く会釈をしてきた。


僕も彼にならい、シルクハットに手を当て挨拶をした。


顔を上げて彼を見据えた僕は、確認するかのように問いかける。





「・・・アランさんと呼べばいいですかね?」



「吟遊詩人をされているのですよね?どおりで個性的な衣装だなと思ってました・・・」





彼の衣装に僕はちらりと目を向けた。


赤い外套と、白を基調としたコートには金銀その他のカラフルな模様が全身に刺繍されている。


羽つき三角帽と相まって、とにかく彼は目立つ格好をしていた。


人混みの中で彼を見つけるのは容易いだろう。





「はっはっは!そう言っていただけると光栄です」



「これは私の舞台衣装でしてね。職業柄このような格好をしていないと仕事にならんのですよ」





僕の問いに対し、彼は高笑いをしながら答えてきた。


先程までの雰囲気が嘘のような饒舌さだ。


人懐っこい笑顔を見せる彼からは親しみやすさが滲み出ている。





「やはり。客寄せの為だったんですね・・・」





彼の言葉に僕は頷いた。


吟遊詩人は世界各地を渡り歩き、聴衆に対し物語を語り聞かせて路銀を稼いでいる。


聴衆を多く集める事を考えると、格好は目立つに越したことはないのだろう。





「それにしても、なぜこんなところに入れられていたのですか?」



「アランさんも、酔っ払って何か問題を起こした口ですか?」





続けて彼に質問をする。


若干不躾な質問かもしれないが、この人はたぶん笑って答えてくれるという確信があった。


そして、その予感はあっさり的中する。





「ははは!いやはやお恥ずかしい!!」



「美しいご婦人たちとの一晩の逢瀬を喜び、愛の詩を吟じておりましたところ」



「薔薇の蕾を摘み取る前に、不肖の妹に邪魔されてしまいましたね~~」



「こんなところに放り込まれてしまったという訳ですよ」



「全くいつまでも兄離れ出来ない妹で困ったものです。あははははっ!!!」



「は、はぁ・・・・?」





渋い表情をしながら、僕は曖昧に頷いた。


何がなんやら・・・アランさんの言っている意味がよくわからなかった。


どうやら、酔っ払ってここに入れられたという訳ではないようだ。


彼の口調は明瞭だし、顔も別に赤くはなっていない。





「そういうエノクさんはどうなのです?」



「他の方達の様に泥酔しているとは思えないのですが・・・?」



「・・・い、いえ!これでもさっきまでは結構酔っていたんですよ!今はだいぶ落ち着きましたが」



「・・・・ほう。そうだったのですか。若いというのはいいですなぁ~」





アランさんは僕の言葉に素直に相槌を打つ。


一方、僕の方は彼の急な逆質問に焦ってしまった。


あぶない、あぶない・・・


流石に経緯を素直に話すのは憚られるよな・・・


クラウディア団長がせっかくここまでお膳立てしてくれたんだ。


先程まで僕は泥酔していたということにしておかないとな・・・





「神話のアイテムを拝めた嬉しさで、つい飲み過ぎちゃったんですよ・・・ははっ」



「なるほど。魔法技師のあなたにとっては今宵のオークションの品はまさに垂涎もの・・・」



「心中お察ししますよ」





自虐的に笑った僕にアランさんは「うんうん」と頷いて同情してくれた。


いい人だなぁ・・・・


嘘をついてしまったことに、僅かに罪悪感を感じてしまう。





「アランさんも神話のアイテム目当てにオークションに参加されたんですか?」



「・・・・私ですか?」



「まあ、オークション品にも興味はないわけではないですが・・・」





アランさんは一呼吸置いて、続きを話し始める。





「私はこの商人ギルド連盟の会館自体に凄く興味がありましてねぇ」



「伝承で語られているような話が事実なのか、常々それを明らかにしたいと思ってたのですよ」



「残念ながら、未だ真実かどうか突き止められておりませんがね・・・」





アランさんはやれやれという感じで両手を上げて首を振った。


会館の伝承・・・


もしかして、あれのことかな?





「・・・それって、この会館が神の館(ヴァルハラ)を模して作られたという、あの伝説の事ですか?」



「おや、ご存知でしたか!その伝承に関係することですよ」



「エノクさんはこの塔が作られた経緯や、目的もご存知ですか?」



「・・・いえ、そこまで詳しくは知りません。そもそも、伝承でも大したことは語られていないですし・・・・」





僕が知っていることは、この建物がカーラの歴史より古くから存在しているということ。


そして、神々が住まうと言われている館を模しているということだけだ。


なぜそんな館を模したものが造られたのか。その理由や経緯は謎に包まれたままだ。





「ふむ、やはりここら辺りの人間族には伝説の一端しか伝わっていなかったようですね」



「私もこの話はあるエルフの女性から聞いた話なので、当然といえば当然かも知れませんが・・・」



「・・・エルフ!?アランさんはエルフに会ったことがあるのですか!!?」





衝撃の事実に思わず前のめりになってしまう。





「ええ、あります」



「こう見えても世界各地を巡っているものですから、珍しい種族の方ともお会いできる機会があるのですよ」



「それに、もともと私はシグルーン王国出身で、人と獣魔が共存する場所で暮らしておりましたからそういう情報も入りやすいのです」



「なるほど・・・そうだったのですね」





アランさんはシグルーン王国出身だったのか・・・


シグルーン王国は大陸西端に位置する国家で、世界最大の魔法大国だ。


人や獣人・亜人・魔族といった多種族が共存して暮らす人種の混成国家でもある。


僕らが知らないことを彼が知っていても頷ける話だった。





「まあ、そのエルフの話を私は未だに信じられていないのですけどね」



「・・・なんせ彼女は、この塔は昔”逆さまに建っていた”なんて言うものですから」



「えっ・・・?どういうことですか?」





逆さまに建っていた?


なんだそりゃ。


地震でも起きて塔がクルッとひっくり返りでもしたのだろうか?





「・・・そうですね。ちょっとおとぎ話のような、奇想天外な話になってしまうのですが・・・」





アランさんはそう前置きをすると、塔の伝承についてゆっくりと語り始めた。




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