暁のオークション㉒
「よぉし!いくわよぉーー」
コクッ
リリーが私の言葉に頷くと、それを合図に私は小さく振りかぶった。
「おりゃ」
ヒュン
”丸めた消しゴムのカス”を、彼女に投げつける。
ひょい!
しかし、私の投げた消しゴムのボールは彼女にあっさりと避けられてしまう。
私とリリーの距離は50cm程。
人間の大きさに換算すれば僅か5メートルの距離だ。
野球のピッチャーマウンドからホームベースまで18メートルあることを考えると、目と鼻の先の距離ということになる。
そんな近距離から投げたにもかかわらず、リリーはその場からほとんど身体を動かすことはなかった。
もちろん彼女は飛んでなどいない。
僅かに軌道から横に逸れるだけの最小限の動きでボールをかわしたのだ。
リリーの見切りの上手さに私は素直に感心してしまう。
ほう・・・やるじゃない。
尻もち付くくらい大げさに避けるものかと思ったけど、余裕でかわすとわね。
まあ・・・私も全力で投げたわけじゃないけど。
「やるじゃない!リリー」
「でも、今のは小手調べよ。次はちょっと本気だすからね?」
コクッ
私の言葉に頷くと、リリーは”クイクイッ”と手のひらを内側にあおった。
どうやら私を挑発しているようだ。
「かかってこいよ、カモーン!」とでも言っているのだろう。
こいつめぇ・・・見てなさいよ。
心のなかに小さな火が付いた私は、再度消しゴムのカスを拾ってボール状に丸めた。
そしてリリーの方に向き直ると、先程より大きく振りかぶる。
「おりゃぁ!」
ビュン!
ムキになって今度は割と本気で投げつけてみる。
ひょい
・・・だが、投げたボールはあっさりまた避けられてしまった。
しかも、やはりリリーの動きには一切無駄がない。
フフン!
彼女の口角がニヤリと上がる。
その態度に私の心はメラメラと燃え上がった。
ふふ、リリー・・・私を本気にさせてしまったわね・・・!
その余裕綽々の態度崩してやろうじゃないの!
彼女を「ギャフン」と言わせてやるべく、私は消しゴムのカスをいくつも”コネ”始めた。
リリーにボールを当てる作戦を考えながら、作ったボールを足元に用意していく。
なぜこんな状況になったのか?
それはリリーがその能力を発動した後の話になる。
彼女が青白い光の衣をその身にまとうと、ふわりと机に上に舞い降りてきた。
その状態で彼女は消しゴムのカスを指差した後、文字を書いて私に言ってきたのだ。
”それを・わたしに・あててみな。できる・もんならな”、・・・と。
そんな彼女の挑戦状に応えるべく、私は必死になってボールを作っているという訳だ。
全力で投げたとしても、1つだったら先程のように避けられてしまうかもしれない。
・・・だったら数で勝負だ。
波状攻撃で畳み掛けるように投げていけば、リリーもいずれ体勢を崩す時が来るだろう。
その時こそ、奴の最期よ・・・ふふふふ。
私の足元にはいつの間にか無数のゴムボールが山のように積まれていた。
勝利を確信して、私は心のなかでニヤリと笑う。
・・・準備は整った。
「さ~て準備は整ったわよ、リリー。今度こそ本気の本気!」
「覚悟はいい?」
挑戦状を叩き返す勢いで、彼女に向かって人差し指を突き立てて言ってやった。
クイクイッ!!
こいつぅ・・・先程よりも大袈裟にあおりやがって・・・
だったらやってやろうじゃないの・・・!
このレイナ様の放つ魔球の凄さ思い知るがいいわ!!
「おら!おら!おら!」
足元のボールを次から次へと掴み、マシンガンのように射出していく。
ひょい!ひょい!ひょい!
・・・だが、リリーはまたしてもボールを華麗にかわしていく。
その動きに一糸の乱れも感じられない。
それはまさに風に舞う木の葉のように・・・
ステップを軽やかに踏むリリーの姿はまるで踊っているようだった。
「まだまだぁ!!」
「おら!おら!おら!おら!おら!おら!」
ひょい!ひょい!ひょい!ひょい!ひょい!ひょい!
・・・・くっ!この・・・!!
なんで当たらないのよ!?
どれだけボールを投げ続けてもリリーにはカスりもしないし、体勢を崩す気配すら見えなかった。
「だったら・・・・これなら・・・どうだぁ!!」
私は複数の消しゴムボールを右手の指の隙間にはめていくと、これまで以上に思いっきり振りかぶった。
弓引く弦のように大きく身体をしならせると、振り下ろした足の先に全体重を移動させ、ボールを一斉に解き放った!!
「おりゃあああああああぁぁぁ!!!!!」
渾身の掛け声とともに、放たれたボール達はショットガンから打ち出された弾のようにリリーに襲いかかった!
1つのボールなら軌道が読まれるかもしれないが、複数同時なら軌道はバラバラだし予測もつきにくい。
加えて、この至近距離での投擲だ。
いくらなんでもあたるだろう・・・と私は思っていた。
・・・しかし、ここでリリーは予想もつかない動きをして私を愕然とさせる。
ひょいーーーん!!!
彼女は上体を大きく後ろにそらすと、羽をパタパタと震わせて逆ブリッジの体勢を取った。
そして、ホバークラフトの要領で身体を器用に浮揚させながら、襲いかかってきたボールを全て紙一重でかわしたのだ!
絶対に当たると思っていた私は流石にこれには驚きを隠せなかった。
「・・・う・・・嘘でしょう!?」
今の避けられるの・・・?
マ○リックスか、おのれは!
確かにボールの進行方向に対して表面積をなくせば、被弾率は減らせるかもしれない。
でも、予測困難な動きをする複数のボールを全て躱すなんて神業としか思えなかった・・・
私は茫然自失の状態でその場に立ち尽くしてしまう。
・・・テクテクテク
身体を起こしたリリーは何を思ったのか、鉛筆と紙を取ってきて私の前にやってきた。
そして、私の前に「わさーー!」と紙を大げさに広げた彼女は、何かの文字を書き始める。
カキカキカキ・・・・
え・・・なによ・・・?
リリーの突然の行動に困惑する私だったが、とりあえず彼女の書いた文字を読んでみた。
”ど・やぁ~~”
・・・・・
「いちいち、そんなの書かんでええわ!!」
リリーはこれでもかというくらい口角を上げて、勝ち誇った笑みを浮かべてきた。
さらには、吹けもしないのに、ピーピーと口笛を吹く真似をしてごきげんな様子をアピールしてくる。
「・・・・♪」
くぅ~・・・調子に乗りやがって・・・悔すぃ・・・
不敵な笑みの用法第3段階を相手に決められるとは、私の一生の不覚・・・
・・・・・
・・・・だけど。
私は今しがた神業を披露してくれたリリーの姿を眺める。
「・・・・?」
私の視線を受けてリリーは不思議そうな顔をするが、構える様子は見られない。
既に消しゴムボールの残弾は尽きているし、こちらの戦意が消失していることは彼女にも分かっているんだろう。
勝負は残念ながらこちらの負けだ。
だが、私には悔しさと同時に嬉しさもこみ上げてきていた。
悔しい・・・んだけど、これは凄いわ・・・
妖精の能力は運を上げる事だとは聞いていたけど、これはそんな生易しいものじゃない・・・
運は運でもこれは”運命を読む”というべき能力だろう。
・・・ハッキリ言ってこれは”未来予知”だ!
でないと、リリーの今の動きに説明がつかない。
・・・私と彼女の距離が人間の感覚で5メートルくらいしかない。
この距離で、ボールの軌道を見てから避けるなんて普通の人間には無理だ。
常人を超える動体視力を持っていなければそんな芸当はできない。
・・・先程の状況を私は思い返す。
リリーはこちらが投擲すると”全く同時”に避けるポイントへ動いていた。
こちらがボールをリリースした時点で、この子は”ボールがどこを過ぎるのか知っていた”ような振る舞いをしたのだ。
彼女には数瞬先の未来が見えていたとしか思えない・・・
まだ、能力の一端しか見ていないにも関わらず、その凄さに私は身震いしてしまう。
・・・これをもし覚えられたら、間違いなく今後の生存戦略における強力な武器になる・・・そう確信出来るほどだった。
「リリー、私の負けよ」
「凄いわね・・・感心しちゃったわよ、貴方の能力」
「良いもん見せてもらったわ。ありがとう!」
「・・・・!?」
私は素直に敗北宣言をすると、お礼を言うと同時に握手を求めた。
予想外の私の対応にリリーは面食らったような顔をする。
私が素直に敗北を認めて、お礼を言ったのが意外だったのかしら・・・・失礼なやつめ・・・
「ほら、お互いの健闘を称え合う為の握手よ!」
「いいゲームや、いい対戦をした後にはやるもんなのよ!」
「リリーも手を出しなさい!」
「・・・・・」
私が差し出した手をしばらく呆然とリリーは見ていた。
やがて観念してプイッと横を向くと、おずおずと手を差し出してきた。
・・・ツンデレか、おのれは。
私は再度それを自分からガシッと掴みに行く。
ギュ!
「ありがとーう!」
ブンブンブンブン!!!
友誼をしっかりと分かち合うべく、大きく何回も振る。
目を細めてやはりダルそうな顔をするリリー。
青白い衣を纏う彼女からは淡い光が放たれ、月明かりと共に部屋を幻想的に照らしていた。
・・・だが、私達の状況はすぐに一変する。
青とは真逆の光が部屋にもたらされたので、私は”その異変”にすぐに気づくことになる・・・
「な・・・なに、あれ・・・」
王宮の空を焦がす赤い光・・・
そして、オークションが行われている会館から、巨大な人影が出てくるのを私は目撃したのだ・・・・
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