暁のオークション㉑
「・・・まずは、君の身元の確認だ」
クラウディア団長がそう前置きをすると、いくつか質問を続けてきた。
「君の名前は?」
「・・・エノク・フランベルジュです」
「年はいくつだ?」
「16です」
「仕事はなにをしている?」
「魔法技師をしています」
聞かれた質問に簡潔に答えていく。
僕が発言すると、後ろに控えている書記官の人がさらさらと証言を綴っていった。
クラウディア団長の視線がミーミルの泉の方へチラリと向くが、水鏡は無色透明のままだ。
彼女の視線はすぐにまた僕に戻ってきた。
「・・・ふむ。魔法技師なのか、君は」
「エノクといったな。今の年齢だと、君はまだ師弟関係を結んでいるはずだ。どこの工房で従事しているんだ?」
「ガングマイスター工房です。僕の親方はブラッドフォード・ガングです」
「なに?・・・ブラッドフォード殿の弟子なのか、君は・・・」
僕の返答が意外だったのか、クラウディア団長はその目を大きく見開いた。
親方の名前は国内でも有名だから彼女も当然知っているはずだ。
ただ、今の反応の仕方は親方と直接面識がある様な印象を受けた。
王族や貴族とも交流がある親方だから、クラウディア団長とも接点が合っても不思議ではない。
ちょっと尋ねてみたいところだが、それが出来ないのが残念だ。
「なるほど・・・君の身元については分かった」
「では、次の質問に入ろう。ここからが本題だ」
「・・・はい」
彼女の視線の鋭さが増したので、僕の身にも緊張感が入る。
「君がこのオークションに参加した目的はなんだ?」
「・・・・・」
彼女がズバリ核心に迫る質問をしてきた。
僕はすぐに返答せず、一旦間を置いた。
しばし、答え方について戸惑ってしまう。
どう言えば良いのだろうか・・・
別にやましいことはないのだけど、一言で説明するとなると中々難しい。
単純に、神話のアイテムに興味があったから参加したというのもあるし、
神の酒とその落札者の情報について掴みに来たというのもある。
ここは両方述べるのが正解だろうか。
考えをまとめると、僕はゆっくりと言葉を発した。
「・・・目的は大きく分けて2つありました」
「1つ目は神話のアイテムの観覧の為です」
「魔法技師にとって神話のアイテムは特別なもの・・・」
「人生を掛けてまで創作の目標にするくらいの魔法アイテムです」
「それを目にする機会があるなら、どんな遠方な地からでも駆けつけて見たいと思うものです」
「自分の今後の創作の糧にするためにも、何としてもこのオークションには参加したいと思っておりました。・・・これが第1の理由です」
「・・・なるほど。それは最もな理由だな」
僕の言葉にクラウディア団長は頷く。
彼女としてもこれは予想される回答だったのだろう。
「では、もう一つの理由とは?」
素直に1つ目の理由に納得した彼女は、続きを促してきた。
「・・・はい。2つ目は個人的な理由になるのですが、ロットNo.3のネクタルの情報を得るためです・・・」
「ネクタルの特徴、構造、落札者やその金額等、ネクタルに関するあらゆる情報を集めようと思っておりました」
「財力があれば本当は落札して手に入れたいところですが、自分にはその力はありません・・・」
「しかし、僕は魔法技師です。ゆくゆくはそれを自力で創作できるのではないかという淡い期待がありました」
「ネクタルを直に触って調査する機会があれば、創作の大きなヒントになります」
「そのため、その望みを絶たないためにも何としても落札者の情報だけは得たいと思っておりました・・・」
「落札者がどこの誰かが分かれば、いずれ面会するチャンスができます」
「交渉次第ではネクタルに触れられる機会も得られるんじゃないかと思っていました・・・」
ピクッ!
僕の言葉にクラウディア団長が反応する。
「・・・まさかとは思うが、君が2階席に忍び込んだ理由はこれか?」
眉をひそめながら彼女は僕に問いただした。
「・・・はい。ネクタルの落札者を追いかけていたのが理由です」
「2階席がVIP待遇の方達しか入れないことは知っていましたが、ここで彼を逃したらネクタルに辿り着くのが困難になると思ったのです」
「ただの一般人で、お金もない僕には彼のことを知るすべはほとんどありません。あの時は無我夢中でした・・・」
「・・・王妹殿下や騎士団の方には本当に悪いことをしたと思っております。申し訳ありませんでした・・・・・」
そう言って、僕はクラウディア団長に深々と頭を下げた。
今述べたことは全て僕の本心だ。
その証拠にミーミルの泉は無色透明のままだった。
クラウディア団長はそんな僕をじっと見ていた。
「・・・・顔を上げなさい、エノク」
しばし間をおいた後、彼女の声で僕は顔を上げる。
「経緯はとりあえず分かった」
「水鏡は透明のままだし、君が本心で語っていることも私は理解したつもりだ」
クラウディア団長のその言葉で、僕は胸を撫で下ろす。
少しとは言え、彼女がこちらの事情を理解してくれたのは僕にとっても喜ばしいことだった。
「しかし、まだ理解できないことがある・・・君の動機だ」
「なぜネクタルをそこまで求める?伝説の魔法アイテムなら他にもいくらでもあるだろう?」
「そこまで執着する理由はなんだ?」
・・・やはりその質問が来たか。
少し晴れたと思った心に再び暗雲が立ち込み始める。
・・・正直、答えにくい質問だった。
動機を全て話すとなると、レイナのことを喋らざるを得なくなる。
なんとか、彼女のことはボカして話すしかない・・・
僕は言葉少なげに口を開く。
「・・・・・それは、僕の”友達”を助けるためだからです」
「ネクタルは僕の友達を助けるキーになるかもしれないアイテムなんです」
「だから求めました」
もちろんこれも僕の本心だった。
嘘など言っていない。
だが、水鏡は僕の中の隠したい何かを見逃してはくれなかった・・・
先程まで無色透明だった泉が濁り始め、血のような赤い池へと姿を変えていく。
ミーミルの泉は言葉の真偽ではなく、対象者の心のゆらぎから嘘を暴く魔道具だ。
この場合「友達を助けたい」という僕の言葉は”真”ではあるが、隠したい心の動揺があることに違いはなかった。
「・・・濁ったな」
クラウディア団長は呟くように僕に言った。
「エノク。残念だが、きちんとここは確認させて貰う必要があるようだ」
「・・・・・」
その言葉に僕は無言で視線を下げる。
「”友達を助けたいからネクタルを求めた”、この言葉は嘘か?」
「・・・・違います!それは本心です。嘘ではありません!」
僕はかぶりを振って、彼女の質問を否定した。
これだけは絶対に嘘ではないし、後ろめたいことはなにもない。
それは断言できる。
クラウディア団長はじっと僕を見据えた後、再度ミーミルの泉に視線を移した。
泉は僕の言葉に反応するかのように、また無色透明に戻っていく。
「・・・ふむ。動機については本当のようだな」
「とすると、君には隠したいことがあるという事だ」
「・・・その”友達”とは誰だ?」
「・・・・・」
クラウディア団長の詰問が僕の脳天に突き刺さる。
思考がぐるぐると巡るが、何も答えは導き出せない。
下手なことを言って、レイナの事がバレでもしたら彼女を危険に晒す可能性がある。
それだけは・・・・絶対に駄目だ!
「・・・・・言えません」
僕は短くそう返すしかなかった。
その言葉に反応するようにミーミルの泉は再び赤く濁っていく。
クラウディア団長の目つきも先程よりも険しくなった。
背後でサラサラとペンを走らせる筆記の音がやけに大きく感じてしまう。
彼女は僕の返答に「ふう」と一息つくと、諭すように語りかけてきた。
「エノク・・・先程も言ったが、嘘や隠し事は君の為にならないぞ」
「君の処遇についてはまだ決めていないが、もし裁判になった時、裁判官や陪審員の心象を悪くしてしまう」
「行動に不適切なところこそあったが、発言を聞く限り私は君が悪人ではないと確信している」
「”友を助けたい”というその動機は非常に純粋なものだ。変に隠し事をして心象を悪くするな」
「・・・改めてもう一度聞くぞ。その友達とはだれだ?」
クラウディア団長は再度僕に問いかけてきた。
ただ、彼女は僕に尋問をすると同時に、罪を軽くしようと便宜を図ってくれているようにも感じる。
クラウディア団長の正確な年齢は分からないけど、エレノア殿下と同じように20代前半といったところ。
そんなに僕と年が離れているわけでもないけど、今の彼女の言葉からは親心の様な人情が感じられた。
・・・だけど、それでも僕はこう言わざるを得なかった。
「・・・・ごめんなさい・・・言えません・・・」
消え入りそうな声で返答する。
彼女に拒絶の言葉を口にするのは心苦しかった。
「・・・どうしてもか?」
「・・・どうしてもです」
「・・・・ふぅ。そうか・・・」
僕の拒絶の意思が固いことを悟ると、クラウディア団長は一息ついて目を閉じた。
僕の処遇について考えているのだろうか・・・?
目を閉じた彼女の真意を伺うことは出来なかった。
「・・・・・」
「・・・・・」
沈黙の時間が取調室に流れる。
「・・・・ふっ・・・やはり・・・ブラッドフォード殿の弟子だな・・・」
しばしの間をおいた後、彼女は何かをぼそりと呟いた。
その声はあまりにも小さく僕は聞き取れなかったが、なぜか彼女は少し笑っているようにも見える。
彼女は目を開いて僕を見据えると、話を続けてきた。
「・・・君の意志が固いことは分かった」
「私も引き下がるわけにはいかないが、”先の事件”に君の友人が関係があるかどうかさえ知れれば問題ない」
「質問の仕方を変えることにしよう」
「・・・・・」
コクッ
僕は無言で頷く。
「君のその友人は王族・・・もしくは王宮の関係者か?」
「・・・いいえ」
僕は首を振って否定する。
「では、その友人はいずれかの領邦の貴族に従事し王宮に出入りする可能性はあるか?」
「・・・いいえ。それもありません」
「ふむ。では、その者は王家に対して反逆を企てたり、テロリズムを実行するような危険思想の持ち主だったりするか?」
「・・・ありえません!彼女はそんな事をする人じゃないですし、物理的にも実行することは不可能です!」
・・・ってしまった!
つい返答に熱くなって「彼女」という言葉を僕は口にしてしまう。
「ふっ、分かりやすいな君は・・・」
「だが、おかげで君の友人が”シロ”だということは確信できたよ」
そう言うと、クラウディア団長はちらりとミーミルの泉の方に目を向ける。
それに釣られ僕も泉を注視すると、一点の濁りもない無色透明な水になっていた・・・
「友人についての質問はここまでとしよう」
「は、はい・・・・」
は・・・恥ずかしい・・・・
穴があったら入りたかった・・・
「・・・さて、”先の事件”についても話しておこうか」
「君の嫌疑は既にほとんど晴れているが、念のために最後確認させてもらうことがある」
「・・・分かりました」
”先の事件”というのは先程話題に出た、王家に反逆を企てたり、テロリズムに関係したことだろう。
クラウディア団長は僕に一言断りを入れると、先の事件についての説明を始めた。
「・・・つい先刻のことだ」
「王宮の兵舎内で大規模な爆発が続けざまに発生した。棟がいくつも崩壊し、負傷者も数十人規模で出ている災害とも呼べるものだ」
やはり・・・そういう事が起こっていたのか・・・
彼女の言葉を聞いて、僕は得心する。
先程の揺れの正体はその爆発騒ぎによるものだったのだ。
「現在、カーラの騎士・兵の半数以上が動員されて、消火・救助活動の実施と王宮に厳戒態勢が敷かれている」
「爆発の原因については未だ分かっていない」
「魔力結晶体の暴走による事故の可能性もないわけではないが・・・」
「ここまで大規模かつ、複数の棟で爆発が起こっている事を考えると、人為的な事件である可能性が高い」
「・・・君はこの事件についてなにか心当たりはあるか?」
「・・・いいえ、詳しいことはなにも知りません」
「2階席にいた人達の噂話や、上方で揺れのようなものを感じたので何か起こっているとは感じていました」
僕は首を振りながらそう答えた。
「そうか・・・では、改めて確認する」
「君はこの爆発事件の犯行には関係ないし、その犯人についても全く知らない」
「この認識で間違いないな?」
「はい。間違いありません」
今度は頷きながら答える。
僕の回答にクラウディア団長も相槌を打った。
「・・・分かった。では、これが最後の質問だ」
「エノク・フランベルジュ!」
「君はカーラの臣民として、エレオノーラ王妹殿下に忠誠を誓えるか?」
クラウディア団長は両の目でしっかりと僕を見据えてくると、一際張った声で最後の問いかけをしてきた。
それに応えるように、僕は姿勢を正して、彼女に視線を合わした。
「・・・エレノア様はカーラの英雄であり、王国の誇りです!」
「僕の忠誠を王家と王妹殿下に捧げる事を誓います!!」
力強く彼女の問いに返答する。
嘘偽りなく、迷いのない、僕の心からの言葉だった。
ミーミルの泉は見るまでもなかった。
「・・・よろしい。これにて尋問は終了する」
クラウディア団長は僕の力強い返答に再度頷くと、尋問の終了を宣言した。
彼女のその言葉で僕はどっと力が抜ける。
終わった・・・・
とりあえず、僕の目的はクラウディア団長に正確に伝えることは出来たと思う。
まだ僕の身柄がどうなるかは分からないけど・・・少なくとも「国家反逆罪」なんて大それた容疑の誤解は解けたはずだ。
・・・後は彼女の裁定を待つだけだ。
「さて・・・君の処遇についてだが・・・・」
・・・きた。
僕の身体に一瞬緊張感が走る・・・が、それを告げようとしているクラウディア団長は僕の方を見ていなかった。
彼女は下を向いて手さげ袋からごそごそと何かを取り出していた。
「それを告げる前に一息つくことにしよう」
「君はここまで話詰めだったし、喉が渇いた事だろう?」
「は、はい?」
ゴトッ
僕の目の前にガラスのコップが置かれる。
クラウディア団長は手さげ袋からさらに瓶を取り出した。
テーブルの上にそれを置くと、蓋を開けてコップに注いでいく。
トクトクトク・・・・
赤い液体が目の前のコップに満たされていった。
訳が分からない・・・
いきなりどうしたんだ彼女は?
先程まで漂っていた緊張感が嘘のような光景だった。
一応これは休憩ということなんだろうか・・・?
「エノク。まずはそれを飲んで喉を潤せ」
「話はそれからにしよう」
「は、はい・・・」
彼女の意図はよくわからないが、喉が渇いていたのは事実だった。
僕は手錠が掛けられた両手でコップを覆うように持つと、中の液体を喉に流し込んでいった。
!!!?
「ゴホッ・・・ゴホッ・・」
・・・しかし、予想もしてなかった液体の正体に思わずむせてしまう。
「あ、あの・・・これって!」
「ブドウジュースだ」
いや、ワインでしょ、これ!?
しかも、かなりこれ度数がキツイ。
「・・・では、喉が潤ったところで君の処遇を告げよう」
「どうやら君は酔っているようだな・・・しかもかなり泥酔していると見える」
「・・・はっ、はぁ?」
いきなりとんでもない事を言われだしたので僕は混乱した。
だが、彼女はそんな僕のことをお構いなしに話を続けてくる。
「今宵はカーラ王国上げての祭典ゆえ、浮かれるものも多くてなぁ」
「何人もの客が酒によって暴れて、君のように連行されてきているのだ。・・・私達も正直困っている」
「・・・だが、せっかくの慶事なのに厳罰は似つかわしくない」
「そこで王妹殿下は”大赦”を出され、本日の祭典で酒に酔って暴れた者達の罪を許すというお達しが来ている」
「エレオノーラ王妹殿下に感謝することだな、エノク・フランベルジュ」
「・・・・・あ」
彼女の思わぬ言葉に僕はポカーンと口を開けてしまう。
そういうことか・・・!
「流石に暴れる者を会場に戻すわけにはいかないので、牢には勾留させてもらうが、酔いが覚めるであろう翌朝には君は解放だ」
「・・・以上。この決定に不満があるのなら、異議申し立てや弁明を受け付けるが、何かあるかエノク?」
「・・・・い・・いえ!ありません!!」
僕はぶんぶんと頭を振った。
・・・涙が出そうだった。
ただでは出られないと思っていたのに、こんな形にしてくれるなんて・・・・
「あ、あの!ありがとうございます。クラウディア団長!」
「この恩は忘れません!」
僕はクラウディア団長に深々と頭を下げた。
彼女には感謝してもしきれない。
「礼にはおよばない。私は手続きに従って処理しただけのことだ」
「これからは飲酒をほどほどにすることだな、エノク・フランベルジュ」
「泥酔して貴賓席に迷い込むなど、正直目も当てられない行為だぞ・・・」
彼女は何食わぬ顔でこちらに振り返ると、何の事だと言わんばかりに、しれっとそう答えてきた。
そして、今度は書記官の方に振り向くと小声で彼に話しかける。
「・・・・という筋書きだ、”キース”。後は任せたぞ」
「・・・了解です、団長。お任せを」
クラウディア団長の言葉に書記官の男の人はニヤリと笑った。
団長って言っているから彼も騎士団の一員なのかもしれない。
「グレースはいるか!!」
クラウディア団長が扉の外に向かって名前を叫ぶと、ガチャリと扉が開いた。
「はっ!お呼びでしょうか?隊長」
「うむ・・・・この酔っぱらいの護送を頼む」
そう言ってクラウディア団長は僕を指差す。
「はっ・・・?」
グレースさんのポカーンとした顔が印象的だった・・・・
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