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暁のオークション⑳




オークションが行われている壇上の両脇には、会場反対側へ繋がる出入口が設置されている。


準備室や倉庫に繋がっているその通路からは給仕係がひっきりなしに出入りを繰り返していた。


彼らは会場にいる数千人規模の客達の胃袋を満たすべく奮闘している最中だった。


そんなドタバタという足音が聞こえてくる空間の中を僕たちは歩を進めていく。





「もう少し早く歩けないのか貴様・・・」



「足がふらついていて、ちょっとこれ以上は無理そうです・・・すみません」





後ろに付いている近衛騎士のお小言に、引け目を感じながら謝罪の言葉を口にする。


すれ違う給仕係の奇異の目に晒されながら懸命に足を運んでいく。


やがて、幾度も枝分かれした回廊を下った先に大きな鉄格子の扉が姿を現した。





「第9近衛騎士団所属、”グレース・ホーカンソン”だ」



「隊長の命で、”この者”を取り調べ室まで連行中だ。ここを開けてくれ」





前を歩いていた近衛騎士が、鉄格子の前で見張りをする兵士に声を掛けた。





「お疲れさまであります!」



「そちらの子供がそうなのでありますか・・・?」



「泥酔して、暴れたようにはとても思えないのですが・・・・・」





兵士は敬礼をしながら、僕の姿を見て不思議そうに彼女に質問を返した。





「いや、こいつはちょっと他の奴らとは違う容疑だ」



「不法侵入、並びに、国家反逆罪の罪に問われている」





えっ・・・?国家反逆罪!?なんだ、それは・・・・・・


初めて聞く恐ろしい容疑に僕は唖然とする





「あ、あの!・・・国家反逆罪なんて何の話ですか!?」



「そんな国家に反逆するような真似なんて僕はしたことありません!」





慌てて僕は目の前の近衛騎士に弁解をした。


しかし、彼女はこちらを振り返ると、厳しい視線を向けて僕を一喝する。





「黙れ!貴様にこの場で発言を許した覚えはない!」



「口も縛られたくなかったから、静かにしていろ!」



「・・・・・っ、はい・・・」





彼女の有無を言わさぬ物言いに僕は、すごすごと引き下がる。


まさか、そんな大事になっているなんて夢にも思ってなかった。


僕が国家反逆・・・!?


なんでそんな事になったんだ!!?


訳がわからない・・・・・





「・・・という訳だ。すぐにここを通してくれ」



「・・・は、はっ!畏まりました!」





近衛騎士の言葉に兵士は再び敬礼を返すと、すぐに門を解錠した。


ギギギッ・・・


鉄の軋む重い音が通路に響き渡ると同時に、石造りの通路が目の前に姿を現した。





「ご苦労・・・入るぞ」





兵士に労いの言葉をかけると、”グレース”と名乗った近衛騎士は僕を引き連れてそのまま通路に入っていく。


彼女に引っ張られながら歩いていくと、やがて通路の両脇に鉄格子で区切られた牢屋が見えてきた。





「ぐがーーーぐがーーーー」



「ひっく・・・さけをおぉっと飲ませろーーーー!」



「おーい。ひゃやくここから出せよぉぉぉぉ!」





そのエリアは酒気の帯びた匂いで充満していた。


辺りから聞こえてくるのは豪快ないびきと呂律の回らないへべれけたちの絶叫。


思わずこのエリアに踏み込むことを躊躇してしまう僕に、グレースさんがこちらを振り向いて注意をしてきた。





「おい。どうした!」



「こんな所で立ち往生なんかするな、バカ!」





彼女が厳しい顔をしながら僕を睨みつけてきた。


手錠をグイッ!と引かれて先への歩行を促される。


そんな彼女は、クラウディア団長旗下の近衛騎士に例をもれず見目麗しい容貌をしていた。


ただでさえ、銀の甲冑と燃えるような赤髪で目立つのに、顔も異性を惹きつけるのに十分だときている。


酔っ払い達の絡み相手として、これ以上相応しい相手はいなかった。





「おーーーい、そこのキレイな姉ちゃん!!俺と一緒に寝ようや!!ひゃひゃ」



「そのきつい顔そそるなあ!俺のチ○ポが立っちまうぜえい!!ひひひひ」



「うぇぇーーい。酔い醒ましにお前の”ミルク”飲ませろよお!!」





男の僕でさえ眉をひそめたくなるような下卑た言葉がグレースさんに投げつけられた。


恐らくここで泥酔している人たちは、会場で騒いでここに連行されてきたのだろう。


彼らの着ている衣服は乱れてはいるが礼装だった。


客としてオークションに参加した者達で間違いない。


ただ、外見は立派だとしても、その言動からは無法者や荒くれ者といった印象しか受けない。





「ちっ・・・ゲスどもめ」





歯噛みをしながら、憎々しげに牢獄の住人たちをグレースさんは睨みつける。


しかし、彼女も酔っ払いの相手をしてもしょうがないことは分かっているのだろう。


彼らの言葉を無視して、ずんずんと僕を伴って進んでいく。


程なくして小窓付きの扉が正面に見えてきた。





ギィー・・・





「入れ」





グレースさんが扉を開けて、僕に中へ入るよう促す。


言われたとおりに中に進むと、中は石造りの小部屋で、机と椅子が2つ3つあるだけの簡素な部屋だった。


窓は扉の上部にしかついていなく、扉は外側からガギが掛かる仕様だった。


囚人が取り調べの際に逃げないようにするためだろう。





「そこの椅子に座れ」



「・・・分かりました」





グレースさんが指差した椅子に僕は言われるまま腰を掛ける。


手錠がされたままなので、どうも落ち着かない・・・


僕が着席すると、グレースさんは後に付いていた近衛騎士の方に振り返った。





「”アイナ”私はここでこいつを見張っている。隊長に取調室まで移送完了の報告をしておいてくれ」



「分かった。ここは頼んだぞ」





ガチャン!





アイナと呼ばれた近衛騎士はグレースさんの言葉に頷くと、そのまま部屋を出ていった。


部屋には僕とグレースさん二人だけが残される。


グレースさんは扉を背にするように僕に向き直って立つと、鋭い視線を向けて忠告してきた。





「分かっていると思うが、おかしな真似はするなよ?」



「逃げようとすれば容赦なくこの剣を抜いてお前を切ることになる。おとなしくしていることだ」



「・・・分かっています」





短く僕はそう答える。


もうこうなったら、後は成るようになるだけだ・・・


おとなしくしていよう・・・







「・・・・・」



「・・・・・」





それから、しばらく沈黙の時間が続く。


僕もグレースさんもあれから一言も言葉を発していない。


彼女は僕の挙動を睨みつけるように監視しているだけだ。


時折、扉の外から酔っぱらい達の騒ぎ声以外にはなにも聞こえてこなかった。


カインに殴られた頬と腹部がヒリヒリと痛む・・・


出血は止まったが、あれから特に手当もしていないし僕の顔は血糊でべったりだろう。


せめて顔を拭きたかったが、今の僕はそれをする自由すらない。


なぜこんな事になったんだろうと、後悔の念が僕の頭をよぎっていく。


落札者の男の人の正体を突き止めようとしたのが悪かったのか・・・?


カインの言葉を無視してオークション会場に入ったのが悪かったのか・・・?


法を犯して2階席に潜り込んだのが悪かったのか・・・?


カインにあの場は素直に謝って、慈悲を請うべきだったのか・・・?


いや、そもそもネクタルなんて大層なものを狙う事自体止めるべきだったのか・・・?


・・・今の僕にはなにが悪かったのか見当がつかない。


胸のうちに罪悪感と虚無感が飛来して、僕の思考をかき乱し続けていた。





コンコン





そんな虚無の渦から抜け出したのは扉のノック音がしてからだ。





「入るぞ」





ガチャ





短い言葉とともに現れたのは金髪の女騎士・クラウディア団長と、メガネを掛けた男の人だった。


男の人の方は甲冑は付けておらず、官僚が付ける宮廷服を着用していた。恐らく彼は書記官だろう。





「隊長、お疲れさまです!」





クラウディア団長が姿を表すと、先程までの無愛想が嘘のようにグレースさんは微笑みながら敬礼をした。





「うむ。対象に変わりはないか?」



「はっ!特に問題ありません」



「反抗する様子も見られませんでした」





グレースさんはクラウディア団長にそう報告する。





「そうか。役目ご苦労だった、グレース」



「これから取り調べを始める。要があったら呼ぶので、お前は外で待機していてくれ」



「はっ!かしこまりました!」





ガチャン!





扉の閉まる音とともにグレースさんは外に出ていった。


彼女が出ていくと、クラウディア団長は無言で僕の前の席に腰掛けた。


書記官の男の人は僕たちとは別のテーブルに行き、なにかの書類を広げている。





「さて・・・」





その言葉とともにクラウディア団長がじっと僕を見つめる。


こんな間近で彼女の顔を見るのは初めてだった。





うわぁ・・・改めて見ると綺麗な人だなぁ・・・





やっぱり彼女はとびきりの美人だ。


こんな状況であれなんだけど、心臓がドキドキしてしまう。





「始める前に自己紹介しておこう」



「私は”クラウディア・フィリア・マリュス・ヒルデグリム”」



「エレオノーラ王妹殿下の近衛騎士団の団長を務めている」



「これから君を尋問することになるわけだが・・・その前に準備がいる」





クラウディア団長はそう言うと、手に持っていた手さげ袋から”魔道具”を取り出した。


その魔道具は水鏡が入った薄い円筒形の容器で、透明の蓋がついていた。


中央には一箇所スライド式の小さな穴が開けられている。


これは”ミーミルの泉”と呼ばれる”嘘を暴く魔道具”だ。


知識の神・ミーミルの逸話にちなみ、


真実を得るために代償が必要なことからその名が付けられている。


・・・この場合の代償とは真実を暴く相手の”血”だ。





「人差し指を前に出せ」



「・・・はい」





言われたとおりに僕は人差し指を水鏡の上に差し出す。





「そのまま動くなよ」





クラウディア団長は懐から小さなナイフを取り出すと、僕の人差し指を軽く裂いた。


人差し指の先からつーと血が流れ出す・・・


そしてポタリと一滴、穴から水鏡の中に落ちていった。





ポチャン!





水鏡の中の水は僕の血で一瞬濁ったが、すぐにまた無色透明に戻っていく。





「・・・よし。これで準備は整った」





僕の血がミーミルの泉に混じり合った事を確認した彼女は、さらに話を続けてきた。





「始める前に説明をしておくぞ」



「これは嘘を暴く魔道具だ」



「尋問の中で君が嘘をついたり、なにかを隠すような発言をするとこの水鏡は赤く濁る」



「聞かれたことには正直に答える事だ」



「嘘や隠し事は君の為にならない。いいな?」



「はい・・・」





僕は頷きながら答えた。


・・・分かっている。


ミーミルの泉の精度はピカイチだ。


対象者の血から出る魔力を抽出し、僅かな心の乱れも機敏に感知する。


隠し事は無意味。聞かれたことに事に対し、素直に答える他ない。





「君には不法侵入以外にも、”ある容疑”の嫌疑がかけられている」



「君の発言はそこにいる書記官によりすべて記録され、この魔道具も裁判では有効な証拠となる」



「尋問では君からの質問は受け付けない」



「なにか弁明があるのなら尋問後に聞く。尋問中は聞かれたことだけに、単刀直入に素直に答えるように」



「以上。分かったか?」



「・・・分かりました」





僕は再度頷いた。





「では、尋問を始める」





クラウディア団長はそう言うと、手を前に組みながら僕をじっと見据えてきた。


ヴァイオレットカラーの瞳が僕を捉えて放さなかった・・・




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