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暁のオークション⑲




・・・それは漆黒の暗雲から、太陽の光が差したような印象だった。





――光芒(こうぼう)と共に出づるは、天馬(ペガサス)に騎乗せし戦乙女。


雷光が駆け巡るがごとく暗闇の中を疾走し、戦地に舞い降りる。


その凛々しさ・美しさは敵味方問わず全ての者を魅了し、勇者達は神の宮(ヴァルハラ)への昇天を自ら渇望した――





神話に出てくる誌の一節がふと僕の頭によぎる。


クラウディア団長は共の近衛騎士二人を従え、ガヤ付く観衆の中から颯爽と姿を表した。


鋭い目つきで僕たち二人をその目に捉えると、威風堂々とした行進で近づいてきた。


彼女の後ろで結わえられた長い金髪がさらさらと揺れ、バラの香りが鼻腔をくすぐる。


こんな状況で不謹慎かもしれないけど、そんな彼女の姿に僕はまたしても魅了されてしまった・・・


彼女がこの絶望的な状況に終止符を打つかもしれない救い主という期待もあるが、何よりも彼女のその立ち振舞い自体が優雅でありながら格好よかった。


カインも彼女の登場に驚いているようだ。


僕に私刑を掛けようとしていたその脚は途中でピタリと止まり、唖然とした表情で戦乙女達の行進を見守っている。


クラウディア団長は驚きで固まっている僕たちのすぐ側までやってくると、詰問するように声を掛けてきた。





「お前たちか!!!?この騒ぎの原因は?」





彼女は僕たち二人を交互に見やる。


その視線は倒れている僕へ行き、その次にカインへと移った。


カインの姿を認めた時、彼女の表情が曇る。


クラウディア団長は驚きの表情を浮かべてカインに近づくと、彼に強い口調で問いかけた。





「・・・あなたは!カイン公子!!?」



「こんな所で何をされているのです?」



「これはなんの騒ぎですか?」





彼女から向けられた厳しい視線と、覇気のこもった声の調子にあのカインも少したじろいだ様子を見せる。


その様はいたずらが見つかった子供でも見るかのようだった。


カインは苦笑いを浮かべた後、貴族らしく優雅な動作で彼女に一礼を返した。





「・・・こ・・・これは、お恥ずかしい所をお見せしてしまいました、”フィリア嬢”」



「気高さと美しさを併せ持っておられる今の貴方はまさに、” 楯の乙女(ヘルヴォル)”の再来」



「満月から放たれる光すら、貴方から放たれる輝くような美しさには及びません」



「今宵の貴方に、すっかり魅了されてしまった私をどうかお許しください」



「せっかくの社交の場。是非ともあなたをダンスにお誘いしたいのですが・・・」





カインは彼女の質問にもすぐに答えようとせず、美辞麗句を並べ立てた誘い文句を口にする。


日頃美女を口説き落としているカインらしい歯の浮くような台詞だった。


普段だったらこれで落ちない女性はいないのだろう。


・・・しかし、クラウディア団長は別だったようだ。





「お断りさせていただきます。カイン公子」



「それに今は公務中です」



「私のことは接辞名ノビリアリー・パーティクルの”フィリア”ではなく、クラウディアとお呼びください」





にべもなく、ピシャリと彼女はそう返した。





「そ・・・そうですか、それは残念です・・・」





はっきりとした拒絶の言葉にカインは少なからずショックを受けているようだ。


珍しい・・・あのカインが焦ってるよ。


クラウディア団長とカインはどうやらお互い顔見知りのようだが、親しい間柄と言う程でもないのだろう。


カインの方は彼女に気があるのかもしれないけど・・・


一方、クラウディア団長はそんなカインの様子を気に留めることもなく、追求の言葉を口にする。





「早くこの状況の説明をして頂きたい」



「・・・そこで倒れている少年は誰なのです?」



「一見すると、カイン殿が少年になんらかの制裁を加えているようにしか思えないのですが?」





クラウディア団長の疑惑の視線がカインに突き刺さった。


カインはきっと苦々しく思っているに違いない。


クラウディア団長のお付きの近衛騎士二人はもちろん、周囲に居る観客達の冷ややかな視線も一身に浴びている状況だ。


しかし、カインは一転してニコリと余裕の笑みを浮かべると、クラウディア団長の質問に爽やかな声で答えた。





「ふっ・・・そいつはただの犯罪者ですよ」





・・・と一言。侮蔑の言葉が僕の身体を貫く。





「犯罪者・・・ですか?どういうことです?」





クラウディア団長が問いを繰り返すと、カインは調子を取り戻したかのように軽やかに続きを述べた。





「”そこにいる愚か者”は、誠に恥ずかしながら我が領地の民の1人でしてね」



「日頃から不遜な態度が鼻につく奴でして、会場にいる方に無礼を働かないか危惧していたのですよ」



「私は善意の心から、彼に参加するべきではないと注意を促していたのですが、彼は無視してこのオークションに参加したあげく――」



「何を思ったか知りませんが・・・貴人しか入れるはずがないこの2階席に入り込んで、私を侮辱したのです!」



「今宵は、我がカーラの誇りであるエレオノーラ王妹殿下主催の祝宴会」



「彼がこれ以上の狼藉を働いて会が台無しになる前に、私が力づくで止めていたという訳です」





くっ・・・


・・・確かに僕は法を侵した。だけど・・・!





拳を握りしめ、声に出して抗議したい気持ちを必死に抑える。


今のカインのセリフには明らかに恣意的な誤謬(ごびゅう)が混じっていた。


確かに僕は許可証もないのに2階席に潜り込んだ。


カインに対して「バーカ」と愚弄するような言葉を口にした。


それは事実だ・・・


しかし、そもそもそのセリフを吐くにあたった経緯として、カインの理不尽な暴力と謂われのない脅迫が先にあったからだ。


加えて今の言い方だと、僕がまるで狂人であり、騒ぎを起こすからやむを得ず彼が止めたんだという風に捉えられてしまう。


カインはこの騒ぎの全責任を僕に被せ、さらに自らの行いを正当化までしようとしていた。


なんて、クソ野郎だよ・・・こいつ。


思いつく限りの罵詈雑言を100個ぶつけてやっても、まだ飽き足らない・・・


しかし、この場で僕が何を言っても無駄だろう。


どう取り繕ったって僕が不法侵入した事実に変わりはないのだから・・・





「おい!そこのお前!」





ビクッ!


突然、鋭い声が僕に向けられ身震いする。


思索を打ち切って顔を向けると、クラウディア団長と視線が合った。


ヴァイオレットカラーの双眼が僕の素性を看破しようと睨みを利かせていた。





「確認する」



「今のカイン公子の話は本当か?」



「君が許可なく、この場所に立ち入ったという事実に間違いはないか?」





彼女はズバリと質問を切り込んできた。





「は・・・はい。その通りです・・・」





僕は力のない声でそれを肯定した。


法を犯した罪悪感と王妹殿下への申し訳無さで胸が締め付けられる。


彼女は「そうか・・・」と短く呟くと、カインの方へ向き直り、軽く頭を下げた。





「カイン公子。会場警備へのご助力に感謝いたします」



「今は事態が事態ゆえ、警備が一部疎かになっていた箇所があったようです」



「これは私の不徳の致す所。どうかお許しを」



「そして改めて、不法侵入者の摘発に対しこの場でお礼申し上げる・・・」



「いえいえ・・・私は当然のことをしたまでですよ。お気になさらずに」





カインはニッコリと微笑みながら、クラウディア団長に返答する。


自分の意見が通って溜飲が下がったのか、その声色はとても満足げだった。


もっとも、それはすぐに崩れることになるのだけど・・・





「・・・しかし、いくら不審者を止める為とはいえ、この様な暴力行為は感心いたしませぬ」



「一部例外を除き、王国の法は私刑を固く禁じている事をカイン殿もご存知のはず」



「これ以上騒ぎを起こすことは我が近衛騎士団が許しません」



「そこの少年の身柄は我等が預かりますゆえ、カイン殿はこの場をお引取りください」



「そして、今後はこの様な軽率な行動を2度と起こされませんようにお願いいたします」



「よろしいですね?」





クラウディア団長の言葉がカインに突き刺さる。


それは淡々としながらも、有無を言わさない語り口だった。


しかも、カインを持ち上げたと思いきや今度は咎めるような格好だ。


奴にとってもこれは青天の霹靂だった事だろう。


カインの奴は笑顔こそまだ崩していないが、その内心を推し量るのは容易だ。


奴の眉間には深いシワが寄って、ギュッと握られた拳は小刻みに震えている。


今の言葉が余程悔しかったのか、その身体は怒りで打ち震えているのは明白だった。


その怒りは自分自身に向けられているものなのか、あるいは別の誰かに対してなのか・・・


・・・奴の性格を考えれば、それは自明の理だった。





「・・・・分かりました。後はお任せいたします、クラウディア嬢」





笑顔を引きつらせながら、カインは承諾の言葉を口にして頭を下げた。


その刹那・・・丁度床に倒れていた僕と奴の目線が合ってしまう。





ギロッ!!!





凍てつくような鋭い視線だった・・・


奴の両眼からは”殺気”が放たれていた・・・


しかし、それも一瞬の出来事だ。


頭を上げたカインの表情は僕に向けた視線が嘘であるかのように爽やかなものだった。





「では、ごきげんよう」





クラウディア団長に貴公子らしい優雅な笑みを送ると、カインはそのまま立ち去っていった。


クラウディア団長と二人の近衛騎士はそれを無言で見送った後、僕の方へと向き直る。





「お前達はこの者を地下の取調室に連行しておけ」



「”先程の事故”の件もある。王妹殿下に報告した後、私が直々に取り調べを行う」



「はっ!」





クラウディア団長の命令に近衛騎士二人が敬礼を返す。


命令を受けた彼女たちは即座に僕に駆け寄ると、僕の身体を強引に引っ張り上げた。





「立てっ!!」



「は・・・はいっ・・」





・・・カインから受けたダメージのせいで足に力が入らない。


近衛騎士の彼女たちに肩を貸してもらいながら僕はなんとか立ち上がる事ができた。





うぅ・・・情けない・・・


自分の力で立ち上がることも出来ないなんて・・・





しかし、現実は僕の心情を考慮などしてくれない。


自己嫌悪に陥って立っている僕に対し容赦なく手錠が掛けられた。





「歩け!!」





そして、そのまま近衛騎士から歩行を促される。


前後を彼女たちに挟み込まれた僕はゆっくりと前進を始めた。


ふらつく足でなんとか踏ん張りながら、僕はゆっくりと歩を進めていく。


背後から人々の軽蔑の視線と嘲弄する声を感じながら、僕は会場を後にした・・・・・







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