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暁のオークション⑰




通路奥から小隊長と思わしき人の声が聞こえてきた。


「交代の時間」って言ったのか彼は?


その言葉が聞こえてきた直後・・・





「よっしゃああああ!」



「マジですか!もういいんですか!?やったああ!」



「小隊長!恩に着るぜえええぇぇ!」





兵士達の歓声が通路に響いた。


意外な展開に僕は呆気にとられてしまう。





・・・なんだ、ただの事務連絡だったということか?


あの隊長から”ちょっと異質な雰囲気”を感じたから、なにか深刻な話でも始めるのかと思ってたよ・・・


ただの僕の思い過ごしだったという事か。


まあ、いい・・・


時間も限られていることだし、さっさと次の聞き込みに行くとしよう。





胸中に少しモヤモヤを残しながらも、僕は次の場所を求めて会場の中へ戻って行った。







会場に戻った僕は引き続き何人かの兵士に声を掛けてみる。


しかし、兵士の反応は鈍くどの人も世間話に乗ってこようとしない。


まったく無反応というわけではないんだけど、


こちらの問い合わせにも彼らはただ首を振るだけですぐに巡回任務に戻っていく。


任務中の決まりごとでもあるのかもしれない・・・


僕も先程の様な事になるのは嫌だったので、粘って聞き出すようなことはもうしていない。





はあ・・・困った。


こりゃ、完全にこっちは手詰まりだな。





この分だと他の兵士に聞いても同じ反応しか返ってこないだろうし、


たとえ世間話が出来たとしても落札者の情報をそもそも持っていない可能性が高い。


しかし、そうなると・・・





「やっぱり、騎士に聞きに行くしかないかぁ・・・」





僕はぼそりと言葉を吐き出した。


先程の件もあるから、”あの階段”近辺には近寄りがたい。


さっきは壇上の右方の階段に行ったから、行くんだったら今度は反対側にしよう。


僕の顔を覚えているとしても、僕に尋問を掛けてきた騎士くらいだと思うから反対側だったら大丈夫だろう。


僕はそう考えをまとめると、再度懐中時計を取り出して現在の時間を確認した。





19:48





・・・もう、迷っている時間はあまりない。


よしっ、行くぞ・・・・!





僕は意を決して、今度は壇上の左方の階段へと向かっていった。


会場の人混みを掻き分けて再び進んでいくと、程なくして騎士団が警備している階段が近づいてきた。





ごくっ・・・


緊張で手汗が出ている中、騎士団の顔を遠目に注意深く観察する。


・・・どうやら先程僕に尋問を掛けてきた騎士はここにはいないようだ。


とりあえず、第一関門は突破だ。


あとはどうやって世間話を仕掛けるかだけど・・・


そこで僕は改めて階段前を警備している騎士達の様子を伺った。





「・・・・・・」





会場の周囲の動きに目を光らせて、少しも気を緩めている気配がない。


忠実に任務に従事しているのが伺える。


こりゃ・・・世間話を仕掛けても門前払いされるの関の山だなぁ・・・


兵士達ですらまともに取り合ってくれなかったんだ。


軍務のエリートである騎士達が僕の世間話に付き合ってくれるとはとても思えない。


さすがに世間話を仕掛けるくらいのことだったら捕まることはないだろうと思うけど、何らかの尋問を受けてもおかしくない。





ここはやっぱり見送るべきなんじゃないか・・・?


はぁ・・・どうしよう・・・





ここに来て情けないことに二の足を踏んでしまった。


僕がそうやってしばらく悩んでいる間にも、多くの人間が2階席へと出入りしている。


基本的に2階席に向かう際には通行証の提示を求められているようだが、2階から降りてくる時はそのまま確認されず素通しで通されている様だ。


つまり・・・一度2階に上がる事さえ出来れば1階から出て行くのは容易だということか。


僕がそんな事を思いながら騎士達を眺めていると・・・





・・・ドォォ・・・ン





微かにだが、上の方からなにかを揺るがすような音が聞こえてきた。


・・・ん・・・なんだ?


なんか、揺れなかったか?





「おい・・・今なにか音しなかったか?」



「さぁ?気のせいじゃないか。俺はなにも感じなかったが・・・」



「そうか?俺の勘違いかな・・・爆発音みたいな音が聞こえてきたような気がするんだが・・・」



「いえ、確かに私も今揺れを感じたわよ・・・」





周囲の群衆達も今の音に反応している人が何人かいる。


どうやら僕の勘違いではないようだ。


僕と同じ様に揺れを感じた会場の群衆から静かなどよめきが起こる。


・・・しかし、それも一瞬のことだった。


その後上部を揺るがすような振動や音が確認されることはなかった。


会場は再び人々の談笑の声で満たされていった。





一体、今のはなんだったんだ・・・?





疑問に思いながら、僕は再び階段の方に目を向けると、そこでは意外なことが起きていた。





騎士団が2階席に引き上げている・・・?





彼らはお互いにヒソヒソとなにか話し合った後、全員2階に上がり、そのままいなくなってしまった。


今、階段前に騎士団の人間は誰もいないし、戻ってくる気配もない。





ええっ・・・!


どういうことだ?


なんでみんな急にいなくなっちゃたんだ!?





まったく、意味が分からなかった。


さっきの揺れがなにか関係しているのだろうか・・・?


もしかしたら、ただの交代という可能性もあるけど。





・・・・・





しかし、またとないチャンスが訪れたのかもしれない・・・


2階席にも騎士団はいるだろうが、VIP達は基本各々の護衛を連れているはずだ。


階段では身元をチェックされるだろうが、VIP席が近い所でわざわざそんな事はしないだろう。


そして、2階から1階へ降りる時は素通しだ。


つまり・・・今2階に潜り込めさえすればなんとかなる可能性は高い。





どうするっ・・・!?


行くべきか・・・行くかざるべきか・・・??


どっちだ・・・!!??





・・・ここに来てこんなチャンスが訪れるとは思わなかった。


世間話なんて回りくどいことしなくても、2階に辿り着けさえすればあの落札者に会えるだろう。


もしここでチャンスを見逃せば、信頼性が高い情報を得るために高額なお金が必要になってくる・・・


むこう何年も掛けないと手に入れることが出来ない情報を、今ちょっと勇気を出して進めば手に入れることが出来るかもしれない・・・!


ちょっと階段を上って2階の様子を見てくるだけ・・・


そう・・・ただ、それだけの事をしようとしているだけだ。





「行こう・・・!ここは行くべきだろう!!」





そう口に出すことによって自分を奮い立たせた。


心臓がバクバク鳴っている・・・


気分がハイになっていて、今まともな思考が出来ているとは思えない。


何故騎士がいなくなったのか?


本当に今2階席に行っても大丈夫なのか?


分からない事が多すぎるし危険なのは分かっている。


だけど、そう感じていたとしても僕の足は既に階段に向かっていた。


足は鉛のように重く感じているのに、気分がフワフワしていて現実感がない。





「・・・・・」





すぐに誰もいない階段前にたどり着く。


首を振って周囲を伺うが、やはり騎士らしき人は見当たらない。


僕は恐るおそる階段の最初の一歩に足をかけた。


2段目・・・3段目、4段目と階段を進んでいくと、階段を進む足取りも段々と慣れてくる。


そしてそこからは特に障害もなかった。


先程の気構えが拍子抜けするほど、あっさりと僕は2階に辿り着く





ははっ・・・何をそんなに恐れていたんだ僕は?


ただ、階段を上がるだけの事だったじゃんか・・・





しかし僕はこの時、明確にカーラの法を何か一つ破ってしまったということも自覚していた。


僕がやっていることって、間違いなく不法侵入なんだろうな・・・


こう見えても模範的に生きてきたつもりだったのに、人生で初めてハッキリと法を破った。


その良心の呵責が先程の恐れに繋がったのかもしれない。


だけど、ここまで来たらもう引き返すことは出来ない。


王妹殿下すみません・・・と心のなかで謝りながら僕は2階の会場を見渡した。





「ここが2階席か・・・流石に豪華だなぁ・・・」





目の前に広がる光景に思わず感想が口に出てしまう。


そこは舞踏会でも催せそうなきらびやかな大広間だった。


黄金に輝く巨大なシャンデリア。技巧の粋を尽くした大理石の柱に、見る者を圧倒する天井画。


大広間を囲う様にラウンドテーブルが配置され、カーラの国章である” 乙女(ヘルヴォル)の盾”が刺繍されたクロスが掛けられていた。


ラウンドテーブルではVIPと思わしき人々が談笑をして、その周辺では従者達が給仕に勤しみ、専属の護衛達が警備をしていた。


カーラの騎士の姿もここでは確認できる・・・・・が、その数が異様に少ない。


目を凝らせばチラホラ確認できる程度の人数しかこの会場にいない様だ。


大広間の両脇に目を向けると、要人専用の出入口へと通じる魔力浮動式のエレベーターが設置してある。


いなくなった騎士達は恐らくあそこから出ていったのだろう。





・・・要人たちの護衛にしては明らかに数が今足りてないよな。


やっぱり上の方で何かあったのかな?


・・・って、今そんな事考えている場合じゃないか。





僕はこの不可解な状況にしばし逡巡しながらも、思索を強制的に打ち切った。


・・・騎士達の事は確かに気になるところだけど、今の僕の優先事項は落札者を見つけることだ。


あの落札者を見つけて、情報を得てさっさとこの場から立ち去ろう。


考えるのはそれからで十分だ。


僕はそう結論づけると、VIP達の歓談で盛り上がっている会場の中へと歩き出した。


辺りを見渡しながら、”金ピカな装いをした人物”の姿を探していく。





「あれっ?あれはもしかして・・・」





広間の中を歩き出すと、僕はすぐにとある人物の姿に目が留まった。


例の落札者ではない。


大広間中央には帯の広いレットカーペットが敷かれているのだけど、それは奥の階段まで続いていた。


階段を上った先にはバルコニーが設けられており、そこには玉座にも似た豪華な席が置かれていた。


そして、そこに座していた人物は・・・





「エレノア様!?」



「あそこにいらっしゃったのか・・・」





王妹殿下だった。


殿下の左右には女性のお付きも控えている。


1人は僕も知っているクラウディア団長だ。


クラウディア団長が殿下の左に付き、配下の近衛騎士達もバルコニー周辺と階段前で目を光らせていた。


右に付いている人は僕は知らない。


見た感じエレノア殿下やクラウディア団長より年配の方のようだ。


あの人もたぶん殿下の重要なお付きの人なんだろう。


エレノア殿下が腰掛けるバルコニー席の前には多くの訪問客で長蛇の列ができていた。


そこはまるで謁見の間のような様相を呈している。


謁見の光景は見たことないけど・・・まあ、たぶんこんな感じなんだろうなというのは容易に想像がつく。





僕も、殿下に1回でいいからお目にかかりたいもんだな・・・





長蛇の列を眺めながら、今の自分には過ぎたる望みを夢想する。


王族や貴族でもなく、ただの平民で実績もない魔法技師なんか殿下は相手にしないだろう。


しかし、いちカーラの民として”英雄”と誉れ高い殿下と言葉を交わせたら、これ以上の誉れはない。


親方のように、王族や貴族とも親しく出来るほど名を馳せることが出来れば話は別だろうけどね・・・


だが、そうなるには僕はまだまだ若輩浅学。


魔法技師としても、そしてこれからは冒険者としても、僕は頑張って名を揚げていかなければならない。


レイナの為にも、そして、僕自身の為にも頑張らないとな!


・・・よおしっ!





謁見の風景を胸に納め、僕は探索活動を再開した。


敬愛するエレノア殿下を見れたおかげか、僕にえも言われぬ活力が湧いてくる。


歩を進める足にも力が入ってきた。


いかにも気位(きぐらい)が高そうな人達の会話の奔流の中を邁進していく。


・・・しかしそんな中、気になる噂話が耳に入ってきた。


僕はその歩みを一旦止めることになってしまう。





「・・・ねぇ、聞きまして。どうやら王宮の方で何かあったようですわよ」



「ああ・・・火事か爆発騒ぎが起こったという噂が入って来ているよ。ちょっと信じ難いが・・・」



「騎士達が急遽いなくなったのもそれが関係しているのでしょうか・・・?」



「まさか、”門閥復権派”の内乱とかじゃないよな・・・?」



「怖いですわよね・・・ただの事故だといいですけど・・・」





火事・・・爆発・・・王宮で!!?


倉庫に保管してある” 魔力結晶体(マジカル・コア)”の暴走でも起きたのかな?


ただの事故とかだったら、その線が一番有り得そうだけど・・・





突如飛来してきたその一報に僕は驚きを隠せないでいた。


どうすればいいかと、しばしその場に立ち止まって考える。





「・・・・・」





・・・やはり、上の方でなにかが起こったということはほぼ間違い。


まさか、内乱なんて事は流石にないと思いたいけど、あまり悠長に事を構えてられなさそうだ。


場合によってはオークションの見学も早めに切り上げて宿屋に戻るべきだろう。


早く目的を達成しないとな・・・


妙な焦燥感を覚えた僕は、急いで探索を再開しようと一歩を踏み出した。


しかし、その瞬間・・・・





ドン!!!





突然目の前を横切って来た背の高い人物に思い切りぶつかった!





「あっ・・・す、すみません・・・!!」





後ろに逸れながら、状況もよく分かっていないまま謝罪の言葉を口にする。





「・・・・・っ、どこ見てんだ!!貴様ぁ!」





正直、向こうが人目も憚らず直進してきたのが悪い気がするが、


ぶつかってきた相手は一方的に僕へ非難の言葉を浴びせて来た。





「えっ・・・!?」





聞き覚えのある声だった。


僕がその声にハッとして顔を見上げると、見覚えのあるシルエットが浮かび上がってきた。





「・・・お・・おまえ・・・!?」





顔を上げた僕と相手の視線が交錯する。


相手も僕の姿に驚いているようだ。


それもそのはず・・・


ぶつかった相手は金髪碧眼の偉丈夫。


”カイン”だった・・・




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