暁のオークション⑮
階段入り口を警備する騎士団の声だった。
・・・くそぅ・・・素通しは流石にしてくれないか・・・
さっきの落札者に随伴していた護衛達は顔パスで入っていった所を遠目で目撃していた。
だから、自分も行けるかも・・・と思っていたのだが、流石にその考えはあまかったようだ。
2階のVIP達の警護ということもあり、階段入り口付近では実に10人以上もの騎士が配置されている。
僕に威圧するような声を掛けてきたのは、階段正面を警備する騎士だった。
彼は疑いの眼差しを僕に向けてくると、さらに尋問を掛けてきた。
「お前・・・見慣れない奴だな。どこの所属だ?」
・・・くっ、仕方ない。
僕は彼の方へ向くと平静を装い返答する。
「あっ・・・どうも!お疲れさまです!」
「僕はエルグランデ伯爵領のカイン公子の従者の者なんですけど、伝わっていませんかね・・・?」
大ぼらを吹いた!
でも、あいつは僕の事を”下僕”とかほざいていた気がするから、あんまり嘘付いている気はしない・・・
「・・・・なにっ?」
僕の意外な返答を受けた騎士は僅かに驚きの表情を出すと、さらに問い詰めてきた。
「それならお前・・・貴賓席用の入場許可証は持っているな?それを提示しろ」
・・・くそっ・・・やっぱりそういうものがあるのか・・・
心のなかで舌打ちをしながら彼に返答する。
「・・・あ、はい。ちょっと待ってくださいね」
そして如何にも入場許可証を持っている様に見せかけて、カバンの中をゴソゴソと探った。
「あ、あれ、おかしいな・・・?」
「・・・どうした?」
低く唸るような声で彼は言葉を返す。
明らかに僕を信頼していない様子だ。
「す、すみません!なんか、どっかに置き忘れてしまったみたいです・・・!」
「なんだと?」
訝しがる視線が更に強くなる。
彼は続けて僕を問い詰めようとしてきた、が・・・
「ちょっと待ってろ。今か―――」
「―――あっ!そうだ!!さっきビュッフェテーブルに立ち寄ったんです!!もしかしたらあそこに置いて来たかもしれない!」
「僕、探してきます!!!」
彼がなにか言おうとする前に、僕はさも突然思い出したかのように声を張り上げた!
そしてすぐその場から離れると、会場の中心へと猛然と駆け出す!
「あっ!おい、貴様、待て・・・」
彼の声が後方から聞こえてきたが、ここでさすがに立ち止まるわけにはいかない。
僕は群衆の中になだれ込むと、そのまま会場の人混みの中に紛れた・・・
・
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・・・ほっ。どうやら追っては来ていないようだな・・・
数瞬後、僕は相変わらず人混みの中にいた。
階段からある程度の距離を稼ぐと、今度は周囲に合わせて目立たないよう歩いている。
チラッ
再度後ろへ軽く視線を流す。
「ガヤガヤ」と観客達が歓談に興じているのみで、騎士たちが探しに来ている様子はなかった。
よかった・・・とりあえずなんとか切り抜けることが出来たようだな。
でも、混み合っている群衆の中を往来したせいで身なりがすっかりぐちゃぐちゃだ。
一回化粧室に行って整えたいな・・・
周囲を見渡して化粧室を探しながら散策する。
しばらく歩いていると会場の端にそれらしき大きめの部屋が2つ見つかった。
男性用・女性用のそれぞれの部屋に多くの紳士・淑女が出入りしている。
あ、あった!
ふう・・・一息つけそうだ・・・
中に入ろうとした瞬間、2人組のワーウルフの亜人とすれ違いそうになったので彼らに道を譲る。
「おう、坊主すまんな!」
「いえいえ・・・」
ワーウルフの一人が流暢な人の言葉で感謝を口にする。
彼等が長い銀髪をたなびかせながら横を通り過ぎていく時、僕はとっさに先程のオークションを思い出した。
あれ・・・この人はもしかして・・・・
あの人じゃないか?
1503番の落札者と最後までネクタルを掛けて争っていたワーウルフの亜人だった。
特徴的な長い銀髪と鍛え上げられた身体・・・間違いない。
もうひとりの方も銀色の長髪だがこちらはヒョロっとした身体をしている。
彼らは化粧室から出ていくと、しばらくワーウルフの言語で何かを話しているようだった。
「<・・・ちっ!おい、なんであいつらがあんな所にいやがるんだ?>」
「<さあな?あいつらもオークションを見に来たんだろ・・・>」
「<”獲物”を落札できなかったんで、今気が立っているんだ・・・あいつらちょっと絞めてやる・・・>」
「<やめろ!こんな所で問題を起こすな!ネクタルも落札できなかったし、これ以上の長居は不要だ。国王陛下にも急いで報告せねばならん>」
「<・・くそっ!・・・・しかたねぇ・・・!>」
筋骨隆々のワーウルフが吐き捨てるようにそう言うと、彼らは会場入り口の方に向かっていった。
誰だったんだ彼らは・・・?
国王とかいう単語が出てきているところを考えると、彼らもどこかの国の要人ということなのだろうけど・・・
僕はそのまま物思いにふけようとするが、すぐに思い直す。
考えても仕方ないか・・・それに今彼らは関係ない。
もっと他に考えないといけないこともあるし、身だしなみも整えたい。
とにかく、一旦化粧室に入ろう・・・
そう結論を下した僕はそのまま化粧室の中に入っていった。
化粧室の中に入るとまず驚いたのが中が非常に綺麗だということだ。
大理石で作られた洗面台が数多く設置されていて、フローリングや洗面台の光沢がとても眩しかった。
用を足すところももちろんあるが、館内は清潔に保たれておりカビや悪臭がまるで感じられない。
洗浄の魔道機械が完璧に機能している証拠だろう。
さらに化粧室の奥の方を見ると客人用の更衣室が多数用意されていた。
中には木製の額縁が付けられた大きな姿見が設置されており、身だしなみを整えるスペースもある。
更衣室は一部使用中だが、そのほとんどは空いていた。
洗面台にも大きな鏡が設置されているけど、そこだと人通りが多くて落ち着けそうもないな・・・
丁度いい・・・僕も更衣室を借りるとしようか・・・
僕はそのまま奥の部屋に進み更衣室の中に入った。
すぐさまカーテンを閉めて、ふぅーーと息を吐く。
なんか、どっと疲れた・・・
それに今気づいたけど・・・手足がめっちゃブルブル震えてる・・・
ははっ・・・こんなことにも気づかないほど僕は切羽詰まっていたんだな・・・
心臓の動悸が止まらない・・・
先程までの行動を思い返した途端、急に怖くなってしまった。
なんて危ない橋を渡ろうとしてたんだ僕は・・・・
今思い返してもとんでもない無茶な行動をしてしまったと思う。
あの騎士が追いかけてこなかったから良かったものの、あそこで捕まっていたらアウトだった。
拷問を受けて、牢にぶち込まれていたかもしれない。
そんな危険を犯してまで、今、落札者の正体を確かめる必要本当にあるのか・・・?
しばし、そこで考え込んでしまう。
・・・・・
・・・僕も一応、アザゼルギルドの工房メンバーの一人だ。
冒険者達からの依頼を受けることもあるし、彼らと世間話程度だが話す機会もある。
もちろん熟練の冒険者のような本当のエキスパートとの交流は稀だけど、冒険者達を通じてある程度の情報は得られるだろう。
特に神話のアイテムの落札者の正体は誰もが知りたいと思うハズだ。
今、危険を冒さなくても街の人々や冒険者達との世間話を通じて、なんらかの情報が入ってくる可能性は高い。
・・・・・
しかし、少し考えて僕は頭を振る。
いや、やっぱりだめだな・・・
僕の経験上、噂話や世間話で得られた情報なんて7割が”デマ”だった。
3割は本当だとしても、それを判別するために結局別の情報が必要になってくる。
そんな不確かな情報に踊らされてアテもない冒険に出るなんて危険すぎる・・・
信用のおける冒険者に高額な情報料を支払って確実な情報を手に入れたほうがまだマシだろう。
しかしそうなったら、今度こそ10万クレジットじゃ済まない。
・・・20万、30万。いや、下手したら100万以上掛かるかもしれない。
いずれにしろ、その金額を貯めるまで膨大な時間を要するのは間違いない。
一体、何年掛かることやら・・・・
「はぁ・・・」
深いため息を付いてしまう。
どうすりゃいいんだ・・・僕は。
今、自分がどう行動するべきか、何を考えるべきなのか方針が定まらない。
「・・・・・」
目の前には大きな姿見。
そして、そこには暗い表情の顔をした僕が映っていた。
・・・・なんて顔をしてんだ僕は。
レイナがこの場にいたらきっと僕を叱ってくるな。
「ほら、男の子でしょ?しゃきっとしなさい!!」ってね・・・
その光景を思い浮かべて、わずかに頬が緩む。
気持ちが少し楽になったので、気分転換も込めて自分の身だしなみを整えていく。
さっ・・・さっ・・・
「よし。こんなもんか・・・」
乱れた髪を整え、フロックコートのシワを伸ばし、蝶ネクタイの位置をもとに戻す。
先程よりは大分気分が落ち着いた。
鏡の映った自分を見ながら、改めて今後の行動方針を考えることにする。
・・・とりあえず、当初の目的だったネクタルの確認は済んだ。
後は、落札者とコンタクトを取れるようにあの人がどこの誰なのかを知れれば十分だ。
VIP席がある2階に上がれるのならそれに越したことはないけど、現状ではそれはリスクがある。
くそっ・・・あの人の事を誰でもいいけど、知っている人いないのかなぁ~・・・
・・・そう、例えば会場を警備している騎士はどうだろう?
彼らは当然主催者側だ。
要人の警護のためにVIP達の情報を持っているだろう。
なんとか、彼等から聞き出すことは出来ないかなぁ・・・
世間話でもしながらしれっと聞いてみたりとかさ・・・うーん・・・
しばらくそんな感じで鏡の前でうんうんと唸る僕。
バンバン!!
・・・すると突然、外からカーテンをバンバンと叩かれた。
さらにドスの利いた濁った声が部屋の中に響く。
「はいはい、お兄ちゃん!いつまで部屋占領してんだ!」
「後ろつっかえてんだから、さっさと出てってくれよ!」
「・・・あっ、す、すみません!今、出ます!!」
しどろもどろになって、カーテンの外にいる人に返事をする。
どうやら苦情のようだ。意外に時間が経ってしまってたのだろう。
僕はシルクハットを深く被って、顔を隠しながらそそくさと更衣室の外に出た。
苦情を入れてきた人は「ちっ!」と舌打ちをしながら、手荷物を持ってすぐに更衣室の中に入る。
入れ違いに外に出た僕は更衣室の状況を確認すると全て使用中だった。
いつの間にか埋まってたんだな・・・
さっきまで更衣室はほとんど空いていたのに、いつの間にか満室になっていた。
想像以上に時間を費やしてたのかもしれない。
やばい・・・急がないと次のオークションが始まっちゃうな・・・
とにかく、一旦会場に戻ろうか・・・
「うううぇえ、ぎもぢわるい・・・・ねむい・・」
「おい!あんたしっかりしろ。飲みすぎだっつーの!」
声のした方向へ目線を向けると、洗面台に顔を突っ込んでいる人が何人かいた。
彼らが甲冑を着ているところを見ると、倒れているのは皆兵士達だろう。
勤務中に酒でも飲んだのだろうか?
複数の給仕係が横について兵士達を介抱していた。
周りの客たちは白い目を向けながら、避けるように通り過ぎている。
まあ、祝い事ではあるから羽目を外してしまったんだろうな・・・
ははっ・・・後で上官に叱られそうだけど。
そんな光景を少し微笑ましいと思いながら、僕は化粧室を後にした。
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