暁のオークション⑭
司会者の声がまるでエコーが掛かったかのように会場に響き渡る。
・・・直後、観客たちは万雷の拍手と喝采でそれに応えた。
ウワワワァァァァァァァッ!!!!!!
パチパチパチパチ!!!!!!!!
これまでよりさらに一段大きい歓声が会場を包みこむ。
大観衆の興奮の波が会場全体に伝播し、地鳴りのような喝采が壇上に向けられていた。
「1503番の方!!誠におめでとうございます!!!!!」
「これより授与式を行います!!壇上中央までお越し下さい!!!!!」
司会者もそれに負けじと大音声で司会を進行する。
1503番の男の人は軽く手を上げそれに応えると、迎えに来た護衛兵達と共に壇上に向けて歩き出した。
そんな彼の様子を僕は目で追いながら、心の中は驚愕と消沈の感情で溢れそうになっていた・・・
「・・・124億・・・」
ポツリと落札額を噛みしめるかのように呟く。
・・・正直、想像以上だった。
流石に最低落札価格で落札されるとは思ってはいなかったが、それでもせいぜい70~80億くらいには収まるんじゃないかと思っていた。
しかし、結果はご覧の通り。100億を優に超える数字で落札されてしまった。
はぁ・・・まさか100億いくなんてな・・・
レイナに知らせたらどんな反応するだろう・・・
・・・まあ、1億だろうが、10億だろうが、50億だろうが「手の出せない金額」であることに変わりはないのだが、
それでも3桁を超える金額というのはやはりインパクトが有る。
当初設定されていた最低落札価格の2.5倍もの金額で落札された事実は、僕を意気消沈させるには十分だった。
しかし、そんな僕の心情などまったく関係なく、落札者の男の人は悠々と壇上に向けて歩いている。
彼のきらびやかな衣装も相まって、その様は威風堂々たる行進だ。
彼に対し観衆も惜しみない賛辞と祝福を送る・・・
「素敵ィィーー抱かせてあげるから、私にもお酒分けてーーーー!!!!」
「おめでとう!羨ましいぞぉ~!!」
「成金風情が落札しやがって!!!くたばれええええ!!!!」
「調子こいてんじゃねーぞ!!この野郎!!!!」
「今後の夜道には気をつけろよぉ~!!」
ははっ・・・
だから怖いんだって・・・
落札者を素直に祝福しているものもいれば、嫉妬と敵意に満ちたヤジを飛ばしている者もいた。
観客達の反応が相変わらずだったので、僕は思わず苦笑してしまう。
少しだけど僕の心もそれで晴れた。
僕が壇上に視線を向けると1503番の男が丁度到着していた。
司会者が彼を宝箱の前まで迎え入れると、祝いの言葉を口にする。
「改めてご落札おめでとうございます!!」
「ふむ。当然のことだよ」
自然に彼は言葉をそう返す。
「落札をされた感想はいかがですかな?」
「神々もさぞ安堵されたであろう・・・」
「”それ”を所持するにふさわしい本当の主のもとに戻って良かったとな!」
ブウウウウゥゥゥゥ!!!!
今の彼の言葉を聴いていた群衆の一部からブーイングが上がった。
なにせ彼の言葉を違う角度で解釈すると、”自分こそが神々に選ばれた人間だ”と言っているようなものだ。
それに加え彼の装飾品が余りにも異質過ぎた。
頭に身につけた金の冠。
左右10本の指に余すところなく付けられた色とりどりの宝石の指輪。
両耳にはクリスタルのイヤリング。
そして、帯の様に広いプラチナのリンクチェーンネックレス。
身につけている装飾の全てが見る者の注意をこれでもかというくらい惹きつけている。
その異常とも言える富貴のアピールに、今の優越感丸出しの発言だ。
批判が出るのも当然だろう。
「まさに、神の酒を手にされるにふさわしい方のお言葉です!」
「我々商人ギルド連盟も貴方様のような方に落札頂きまして、誠に幸甚の至りでございます!」
そう言って司会者は慇懃に一礼をした。
司会者も当然こういう場は慣れているのだろう。
会場の反応も特に気にした様子はなく、落札者を持ち上げる言葉を口にする。
「・・・それでは手続きに入りますのでこちらにお越し下さいませ」
「うむ」
落札者の男の人はそのまま壇上横に設置されている署名台に誘導された。
しばしの間、そこで購入手続きが行われている。
ざわざわ・・・・
その間、落札者の男の人は衆目を一身に集めることになった。
「おい・・・あの成金野郎に見覚えあるか・・・?」
「いや、ねぇな・・・少なくともカーラの奴じゃねえと思うぜ・・・」
「あんな金ぴかな冠付けている趣味の悪い奴、ここらへんじゃ確かに見たことねぇ・・・顔つきや色も見慣れないしな」
「カーラの王族という線もひとまずないな。・・・王妹殿下がこの会を主催しているんだからよ」
「・・・”イドゥン連盟”のうちのどこかの富豪じゃないか?」
僕の周囲の人々は落札者の男の人に好意的ではないようだった。
彼らの言葉の端々に落札者への侮蔑の色を感じることができる。
そんな彼らの関心事はもちろん落札者の身の上の事だ。
・・・そして、それは僕も例外ではなかった。
あの人は一体、どこの、誰なんだ・・・
見慣れない風貌に、彫りが深い顔つき。浅黒い肌。
周囲の人間が言うように、カーラ王国の人間ではなさそうである。
・・・
それともまさか・・・魔族とか?
褐色の肌を持つ種族として、魔族を連想してしまうのは無理からぬ事だ。
この会場にも魔族がいることは既に確認済みだしな・・・
でも「魔族=褐色の肌を持つ」というのは、この国の人間の偏った認識によるものだ。
褐色の肌を持つ人間だって当然いるし、最北端の大森林付近の魔族はむしろ真っ白いらしい。
人間の国と交流がある魔族は比較的褐色の肌を持つものが多かったから、そういう認識になった。・・・それだけのことだ。
しかし、人間と魔族の交流はそもそもほとんどない。
あるとすれば大河を挟んだ北方の国々”ルベン”、”シメオン”、”レビ”の3カ国のみ。
これだと母数が余りにも少なすぎるし、人間と魔族の違いを外見だけで判断するのは危険なのだ。
それに、仮に彼が魔族だっとしても、得られる情報が限られて来るから彼の正体を知るには雲を掴むに等しい。
それこそ、また大金払って冒険者に依頼でもしない限り彼の正体は分からないだろうな・・・
彼を魔族だと思うのは一旦置いておくとしよう。
・・・・・
う~ん・・・しかしだからといってなぁ~
彼が人間だとしても、どこの国出身とかまではわからない。
僕が思うに彼は”イドゥン連盟”の人間ですらない気がする。
カーラ王国を含む8カ国で構成されるクレジット加盟国は人間の生活圏の中では最も大きい規模の内の一つだ。
しかし、別に人間が住んでいる場所はここだけではない。
冒険者の人達から小耳に挟んだ情報によると、はるか南方に住んでいる人達は浅黒い肌を持っている人種が多いとの事。
彼はその地方の人間なのかもしれない・・・
・・・・・
・・・だめだな。
今、僕の持っている知識じゃこれ以上はなんとも・・・・・・って、もう終わりそうだな。
落札者の男の人がちょうど書き物を終えたところで、僕は一旦思考を打ち切った。
手続きがどうやらもう終わったようだ。
契約書類を鑑定士が確認し終えると、司会者と落札者がその場で握手を交わした。
「おめでとうございます!!これで正式にネクタルはあなたの物になりました!!」
「・・・うむ。出来るだけ早く届けてくれたまえよ?」
司会者に念を押す形で彼は返答する。
彼としては当然高い金を払ったんだから、一刻も早く品物が届くことを願うだろう。
「もちろんでございますとも!!」
「我々商人ギルド連盟の威信に掛けて、貴方様に遅滞なくお届けすることをお約束いたします!!」
司会者は仰々しく一礼をしながら彼に言葉を返した。
これは司会者のリップサービスなどではなく、商人ギルド連盟としての総意だろう。
「結構だ。頼んだよ、キミ」
彼は司会者に指をさして、命令口調で依頼をした。
うわ、えらそうだなぁ・・・
そういう感想が思わず出てきてしまうほどの上から目線だった!
しかし、司会者はニコリと微笑み「はい」と答えると、会場の方へと振り向いた。
そして、最後の締めと言わんばかりに居並ぶ観衆に向けて声を発した。
「皆様!!改めて落札されました1503番の方に拍手をお願いいたします!!!」
ワーワー!!!
パチパチパチ!!!
壇上にいる司会者と落札者に対し、観衆は暖かい拍手でそれに応える。
僕も一応周りに合わせて彼らに拍手を送った。
一部落札者に対し敵意と嫉妬のヤジを飛ばす人々もいるが、基本的に会場にいる群衆はこの催事を楽しんでいるものがほとんどだ。
素直な喝采が向けられている。
一方、落札者の男の人は右手を上げてそれに応えると、彼の護衛と思われる者たちと一緒に2階席に上がる階段に向かっていった。
彼も当然VIPの一人だということだろう・・・
「・・・・・・あっ!やばい!!」
反射的に僕はその場で声を上げた!
僕は途中まで傍観者の一人だったのだが、ここに来て急に焦燥感に駆られてしまう。
周囲の人達が突然奇声を上げた僕に対し、訝しげな視線を送っているがそんな事を気にしている余裕はなかった。
彼を・・・見失ってしまう!!!
少しでも彼の情報を得なくちゃ・・・!!
僕は壇上の裾に設置された階段に向かって滑るように歩き出した!
彼を見失わないように背伸びをしながらなんとか前に進もうとする。
しかし、周辺には競りの参加者達で埋め尽くされている為、思うように前に進むことが出来ないでいた。
ああ、もうっ!・・・人が多いなぁ!
「―――さて、皆様。ここでまたオークションは休憩を挟みます」
「次のロットNo.4”賢者の石”の落札は20時開始を予定しております」
「おくつろぎの上お待ちくださいますようお願い申し上げます―――」
パチパチパチパチ!!!
司会者が深々と頭を下げて一礼をすると、観客達から労いの拍手が送られた。
それを合図に落札に参加していなかった観客達も席を立ち上がり行動を開始した。
「ガヤガヤガヤ!!」という喧騒と共に、激しい人流の波が会場全体に巻き起こる。
「・・・すっ・・・すみません!!そこ、通してください!!」
そんな中、必死に声を上げながら僕は突き進んでいった。
途中、何回も人にぶつかって突き飛ばされそうになったが、それでもめげずに人波を掻き分けて行く。
ようやく群衆を抜けて壇上の裾近くに到達した時、落札者の後ろ姿は既に見る影もなくなっていた。
はぁ・・・見失っちゃったか。
でも、あれだけ目立つ人だ。2階席に上がれば見つけ出すのは容易だろう。
問題なのは・・・・
楽観さと一抹の不安を抱えながら、僕が階段に近づいていった時・・・
鋭い視線と怒気を含んだ声が僕に投げかけられた!
「・・・おい。そこのお前・・・!止まれ!!」




