暁のオークション⑨
司会の声が会場全体に響いた。
その残響音がまだ場に残っているにもかかわらず、客席からそれをかき消す声がすぐに上がる。
「1億1000万!!」
右方にいる羽を生やした有翼人の男性が番号札を掲げて叫んだ。
会場は一瞬シーンと静まるが、それも一瞬の事だった。
「1億2000万!!」
「1億3000万・・・いや4000万だ!」
「1億5千!!」
「2億だ!!!!」
有翼人の男性の掛け声が合図となったのかオークション会場は騒然となった。
そこら中から、番号札を掲げ金額を張り叫ぶ声が聞こえてくる。
恐ろしいスピードで金額が吊り上がっていく。
既に、当初の最低落札価格の倍の金額になっているにもかかわらず、吊り上がるスピードが少しも弱まる気配を見せていない。
す、すごい・・・なんだこれは
本当にここは僕の知っているカーラ王国の中なのか・・・?
僕は非現実的な数字の数々に呆然と見ているしかなかった。
1千万クレジットという数字すら途方もない数字だというのに、秒単位でそれが加算されていく。
観客席からは数えきれないほどの声が壇上に向かって声が放たれている。
僕は呆けながら、群衆が入り乱れる壇上付近から少し後方の位置まで来ていた。
ここは彼らより一段高い場所だったので、僕の身長でも壇上の様子が見ることが出来た。
そのまま少しでも良い位置でアイテムが確認できる場所を探す。
程なく手近なビューポジションを見つけると、そこから台座付近を見渡した。
・・・台座の後ろには兵士と職員が静かに行方を見守っている。
そして、その前では司会者が縦横無尽の采配を振るっていた。
彼は恐ろしい程の速さと正確な判断でオーダーを捌いている。
その様子はまさに魔力で正誤の判断を行う自動人形の如く。
とても同じ人間業だとは思えない。
「はい!1452番の方 2億2千万!」
「続いて、764番2億4千万のご提示!」
「おおっと!!ここで一気に3億が出ました!56番の方のご提示です!!」
値段が急激に吊り上がるたびに会場も「おおっ」っと沸く。
まだ、上がり続けているな・・・もう3億か。
壇上の周りでは多くの群衆が自分の番号札を掲げて、これでもかというくらい大きな声を張り上げている。
ある程度落札価格の高騰は予想していたけど、まさかこれ程とは思わなかった。
幾らまで吊り上がるか僕にはもう見当もつかない。
魔法の薬が他のものに比べてまだ落札しやすい価格というのもあるかもしれないな。
・・・そう、確かロットナンバー2のアイテムは”アムブロシア”だったはず。
これは最低落札価格が10億クレジットで、魔法の薬の10倍にもなる。
それほどの金額となるとほとんどの人は傍観に徹するざるを得なくなる。
”つまり神話のアイテムを手に入れた”という名誉を欲する人は、
多少値段が高騰したとしてもここで手に入れようと意地になっているのかもしれない・・・
僕は喧騒渦巻く会場の中心を眺めながら、そんな風に大衆の心理を分析していた。
値段はそろそろ4億に届きそうだ。
「さあ!!ついに4億のご提示が出ました!」
「・・・他にご提示の方はいらっしゃいませんか!?」
・・・ここに来て急激に札を上げる人数が減った。
1人・・・また1人と競りから降りていく。
「札が上がりました!56番の方4億5千万のご提示です!!」
「・・・さあ、他にいらっしゃいませんか!?」
「今ここで求めなければ、恐らく二度と手にすることは出来ない神の品だ!!」
「競争者も大分少なくなってまいりました。手にするのはまさに今!!」
「今、上げれば落札のチャンスは非常に高いですぞ!!さあ、栄光を掴むのは誰だぁ!!?」
シーンと静まり返った会場に司会者の声が鳴り響く。
彼が煽るように言葉を発しても観客の反応はほとんどなくなっている。
そろそろ落札が近いのかもしれない。
僕は感覚的に終わりが近いことを悟った。
壇上付近では先ほどまで競りに参加していた人達の多くが消沈していた。
みんな苦虫を噛み潰した様な顔をしてるよ・・・
悔しいんだろうなぁ・・・
「・・・おっと、ここで札が上がりました!!1729番の方4億8千万のご提示です!」
「・・・・くっ!このっ・・・」
56番・・・ドワーフ族の男の人が歯ぎしりを見せながら憤慨している。
彼は先ほどから値段を急激に釣り上げている。
値段を4億から一気に4億5千万に引き上げたのも彼だ。
残念ながら、あと一歩という所で落札には至っていないようだけど・・・
「さあ、他にはいらっしゃいませんか!?」
「・・・・・」
一瞬、会場がシーンと静まり返る。
もはや、札を掲げる人もまったく見当たらなくなった。
あのドワーフの人が降りれば恐らく落札されるだろう。
「・・・なければ落札をさせて頂きますが、よろしいでしょうか?」
司会者がちらりと56番を伺う。
彼は顔を真っ赤にして、右手を震えさせながら再度札を掲げた。
「・・・くっ・・5億だっ!!!」
ドワーフ族の訛りの入った野太い声が会場に響き渡る。
それに呼応するかのように、周囲の観衆も「わーっ!」と歓声を発した。
ついに5億の大台に達したとあって会場の反応も凄かった。
司会者もラストスパートとばかりに声を張り上げる。
「おおっっとついに出ました5億だぁ!!」
「さあ!!いよいよ大詰めです!!」
「他に声がなければすぐにでも落札いたします。皆様よろしいですかな!!?」
司会者が客席を見渡しながらジャッジ・ハンマーを叩く素振りを見せる。
ここで声が上がらなければ直ぐにでも落札されそうだ。
・・・これはもうさすがに決まりそうかな。
ただでさえ、4億になった時点でほとんどの人が一気に降りている。
ここに来てさらに値段を釣り上げる人は流石にいないだろう。
・・・しかし直後、その僕の予想は静かな声によってあっさり覆された。
「・・・6億」
抑揚の全くない声だった。
会場はその静かな声に対して「おおっ・・・」というどよめきで応える。
1729番の札を掲げた人物は、赤髪でオールバックをした人間の紳士だった。
先ほどまで56番のドワーフと値段を競い合っていた彼だ。
彼は何事もないかのようにここに来て価格を1億吊り上げて会場を驚かせる。
「な・・なんということでしょう!!?ここに来て札がさらに上がりました!!」
「しかも値段は一気に6億!!!」
「誰がこの事態を予想できたでしょうか?」
「さあ、56番の方いかがなさいますか?さらにご提示されますか!!?」
予想外の事態に司会者も興奮気味に声を発した。
彼はもう一方の競争相手に確認を取った。
「うっ・・・!おのれ・・・」
彼は眉間の血管を浮き上がらせるほどに興奮をしていた。
少し離れたこの場所からでも彼が小刻みに震えていることがわかる。
彼はその震える手を再度上げようとする。
だが、再度それが上がることはなかった・・・
彼はそのまま力尽きたかのようにその場に崩れ落ちた。
ダ~~ン!!!
それが合図だったかのように司会者がジャッジハンマーを盛大に鳴り響かせた。
「決まりました!!」
「ロット№1、魔法の薬、6億クレジットで1729番の方に落札いたしました!!
「おめでとうございます!!皆様盛大な拍手を彼にお送りください!!!」
ワー!!!ワ~!!パチパチパチ!!!
ヒューヒュー!!
司会者が声を掛けると、会場には割れんばかりの拍手がこだました。
会場にいる数千人規模の観客が送る喝采はまるで、英雄が凱旋した時のそれだ。
天地を鳴動させ、雷鳴が轟き、神々でさえ祝福しているかのような賞賛が1729番の紳士に送られる。
しかし、その喝采の中心にいる彼は相変わらず泰然としたままだ。
一応右手を挙げて観客の喝采に応えているものの、その顔を全くの無表情だった。
「皆様、ありがとうございます!」
「・・・それでは落札者の方は檀上中央にお進みください!」
「これから授与式を行います!!」
司会者にそう促された例の紳士は、ゆっくりと檀上へ進んでいった。
甲冑を着た数人の騎士達が彼を牽引し檀上への道を開いている。
拍手が一通り鳴り終わった後、会場は彼の噂話で持ちきりになった。
素直に彼を祝福している者もいれば、それを受け入れられない者もちらほらいるようだ。
例のドワーフは崩れ落ちたまま、悔しさのあまり何度も床を殴りつけていた・・・
そして、檀上付近にいた競売の参加者達も素直に彼の落札を喜べないようだ。
怒りと困惑に満ちた鋭い視線を向けている人達が何人もいる。
「ちっ・・・すました顔しやがって、気に入らねえ・・・」
「何者だ・・・あいつ?おい、後で見ておけ・・・」
「ふん・・・所詮は成金野郎とかだろう。ただの見栄張り野郎だな・・」
「ふふっ、いい男・・・食べちゃいたいくらい・・・」
ガヤガヤと噂話が飛び交った。
いくつもの嫉妬と殺気を含んだ彼への品評だった!
うわぁ・・・こわっ!
僕は身震いを覚えながらその光景を目の当たりにする。
落札する方も大変だなぁこりゃ。
こんなの僕には絶対耐えられない。
お金もそうだけど、勇気がないととてもじゃないけど買えないな・・・
僕が嫉妬の嵐が吹き荒れている会場の一部で静かに行方を見守っている中、
檀上では既に授与式が始まっていた。
司会者と落札者である1729番の紳士が握手を交わした後、
購入にあたった契約書のサインと小切手による支払いの手続きが行われている。
檀上後方に控えていた魔術師はどうやら鑑定士も兼ねていたようだ。
契約書のサインと小切手の中身の精査を彼女が行っている。
確か、購入者は王家に対して数年間は利益の一部を還元する義務を背負うみたいな取り決めもあったっけ?
6憶クレジットが出品したギルドの手に入るとして、主催者側の王家も落札者から数年間お金を回収することが出来るということか。
うーん・・・事前告知があったとはいえ凄いシステムだな。
6憶プラスさらにお金を持っていかれるのかぁ・・・えげつないねぇ。
僕が雲の上の世界についてそんな風に思いを馳せている間に手続きが終わったようだ。
契約の手続きが終わり、司会者と落札者が再度握手を取り交わす。
「おめでとうございます!これで魔法の薬はあなたのものです!」
「・・・うむ」
抑揚をつけて大声でしゃべる司会者に対して、落札者は憮然とした態度のままだ。
司会者はその調子のまま再度声を掛けた。
「落札にあたり、喜びを皆様にお伝えすることは出来ますか?」
「する気はない。さっさと終わらせろ。時間の無駄だ・・」
「・・・は、はあ」
今のやり取りで客席の一部から失笑が上がる。
司会者としてはここで喜びの声を受けて、再度盛り上がりたかったのだろうけどその当てが外れた感じだ。
彼は今の返答に若干戸惑いながらも、観客の方に向き直るといつもの調子で再度言葉を発した。
「・・・えーっ、皆様大変お待たせいたしました!」
「これにて授与式を終了いたします!!」
「改めて落札された1729番の方に皆様、拍手をお送りください!!」
ワー!!!と再度大きな拍手が会場を包んだ。
それを受けながら、落札者の紳士が脇目も振らず退場していく。
壇上後方に控えていた職員と兵士も魔法の薬が入った宝箱を運びながら退出していった。
司会者だけはその場にまだ残っている。
「落札品はオークション後、我々商人ギルド連盟が責任をもって落札者の方にお届けいたします!」
彼はそう説明しながら折り目正しく一礼した。
そして、顔を上げてアナウンスを続ける。
「さて・・・皆様ここで一旦オークションは休憩を挟みます」
「次のロット№2”アムブロシア”の落札開始は30分後の19時からになります」
「会場には多くの珍味あふれる料理と飲み物の数々を取り揃えさせて頂いております!」
「どうかご賞味の上、ご歓談しておくつろぎくださいませ!!」
そう言って再度一礼をすると、彼も檀上から退場していった。
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司会者が退場した後、会場は再び喧噪の渦と化していった。
山のように用意された料理は即座に消費されていき、また給仕達がそれを補填していく。
目まぐるしい料理の回転を見せながら会場は良くも悪くも盛り上がりを見せていた。
料理を素直に楽しんでいる者、隣人と歓談をして楽しむ者、ゲームをして楽しむ者、
バカ騒ぎを起こして騎士団に連行されている者など、その活況は衰えることを知らない。
僕はそんな中、手近なビュッフェテーブルに近づいた。
皿を取って料理を何品か摘まんでいく。
うーん!おいしいなぁ。
レイナごめんよ・・・後でこの埋め合わせはするからね。
心の中でレイナに謝りながら、料理を咀嚼していく。
料理は豪華絢爛の一言で、やっぱり美味しい。
個人的には以前入ったレストラン”ヨツンヘイム”で食べた料理の方が美味しかった気がするけど、
まあ、それを今比べるのは野暮ってものか。
僕たち庶民が普段食べることが叶わない料理を味わえてるんだから、それだけでも嬉しい経験だ。
本当、親方には感謝しかない。
料理を食べながら会場を見回していると、ふと頭上に目に入ってきたものがあった。
あれは2階席か・・・
・・・もしかして、あそこがVIP席なのかな?
会場の半円形の外壁に沿うように2階席が設置されていた。
よく見回してみると檀上の両脇から2階席に上がる階段があるようだ。
騎士団が滅茶苦茶厳重な警備を行っている・・・たぶんVIP席で間違いないだろう。
・・・そうするとエレノア殿下を始め、貴族連中も2階で観覧しているということか。
また、さらによく見てみると会場の四隅には結界の紋章がいくつも施されていた。
あれは、会場にいる人間に対して能力の発動を束縛するための紋章だ。
この会場全体が超強力な能力禁止の結界で覆われている。
その効果を打ち消す魔道具でもない限り、誰もこの中では能力を使えない。
もちろんこれもVIPの安全の為にやっている事だろう。
そんな中僕は、ふとある事を思い出した。
・・・・うん?
なんか忘れているような気が・・・
あっ!しまった!カバン!
神話のアイテムに夢中でカバンを席に置いてきたことを今思い出した!
何やってんだ僕は。。。
僕は皿を置いてすぐさま元居た席に足早に戻っていく。
緩やかに段を増す客席を通りながら、僕は会場外周の入り口付近に戻ってきた。
「ああ・・・よかったぁ~~!・・・あったよ・・・」
僕はほっとため息をついた。
幸運な事にカバンはまだそこにあった。
大した金額が入っているわけじゃないけど、それでも僕にとっての全財産が入っている。
僕は幸運に感謝しながらカバンのある席に駆け寄っていった。
そして、僕が席に着こうとしたその瞬間・・・・・・思わぬ人物から声を掛けられた。
「ほっほっほっ・・・その目で直に神秘を見た感想はどうじゃったかな?」




