暁のオークション⑧
ワーアアアア!!ワーアアアア!!
パチパチパチ!!
司会の声に呼応するかのように会場に怒号が響き渡る。
そこには観客たちの期待と興奮が入り交じった数えきれない拍手と声援が飛び交っていた。
「皆様、それでは壇上左側にご注目下さい!!」
群衆の喧噪を割るような大声が響き渡る。
司会がその発声と同時に壇上左方にすっと手を差し向けた。
直後、左手の入口から宝箱が乗せられた台車が登場する。
連盟職員の2人の紳士が台車を牽引し、その周りには5人の兵士と、魔術師と思われるドレス姿の女性1人が随伴している。
皆の視線が集中する中、ゆっくりと威容を見せつけるようにそれは運ばれていった。
「おお・・・」っと低い声が会場にどよめく。
僕もその宝箱にすぐさま注意を向けた。
横にいる老人の存在は僕の中からすぐに消え去った。
・・・あの宝箱の中身がそうなのか!?
僕は少々の驚きと共にその箱を見つめる。
厳重な警備と共に現れたそれは僕の予想に反して小ぶりだった。
しかし、それが唯の宝箱ではない事はその姿から一目でわかる。
青白い光を放っている壁面は恐らくアダマンタイト製だろう。
その四隅は趣向が凝らされた見事な金細工が飾り付けられ、
箱全面に散りばめられた宝石が七色の輝きで僕たちを魅了している。
あんな豪華な外装の宝箱なんて見たことないな・・・
たぶん特注なんだろうけど・・・
僕は眼鏡を掛け直して、無意識のうちに立ち上がった。
そのまま前のめりになりながら、再度宝箱をじーっと凝視する。
・・・
ここからでも宝箱の周りに強い魔力の奔流が感じられる・・・
あの宝箱はまず普通の人間に壊せる代物じゃないな・・・
材質がアダマンタイトという事もあるけど、
あの宝箱に超硬度強化魔法が掛けられているようだ。
例え、いっぱしの冒険者が渾身の力を振り絞って剣を振り下ろしたとしても、外殻に傷一つ付けることさえできないだろう。
それに加え抗魔法もたぶん掛けられている。
それも、低レベルの魔法効果の能力など全てかき消してしまうほどの結界・・・
対物理、対魔法において、完璧ともいえる防御機構をあの宝箱は備えているようだ。
うーん。宝箱でさえこの気の配り様か。
凄いとしかいえないな・・・
半ば呆気にとられながら僕は宝箱を見つめていた。
流石、神話のアイテムが収められている箱だ。
アダマンタイトももちろん伝説のアイテムの一つに入る。
その堅牢さもさることながら、箱自体が宝みたいなもの。
これだけでも1000万以上の価値を持つだろう。
でも、神話のアイテムからしたらこれすらもおまけに過ぎないんだよな・・・
自分の中の価値観がこんがらがってしまいそうな感覚だ。
伝説の金属”アダマンタイト”でさえ、ただの前座。これから開封されるものが本当の宝なのだ。
・・・ごくっ
僕はゆっくりと唾を飲み込んだ。
心臓の鼓動がどんどんと高まっているのがわかる。
・・・あの箱の中に神話で語られたアイテムが収められている。
あの中にっ・・・!
宝箱を乗せた台車は壇上中央付近まで来るとその足を止めた。
牽引していた連盟職員二人が宝箱を前後から抱え上げ、慎重にそれを運んでいく。
彼らは壇上中央にある大理石の台座まで来ると、その上にゆっくりと宝箱を置いた。
設置が終わったその宝箱からは得も言われぬ波動が放たれている・・・
女の魔術師を隣に残し、職員二人と兵士は台座から少し後ろに下がった。
台座の手前で見ていた司会者は設置の完了を見て静かに頷く。
壇上周辺には身を乗り出して、少しでもその宝箱を近くで見ようとする観客たちの姿があった。
騎士団がずらりと並んでいるので、彼らは壇上に近づくことは出来ないが,
少しでも良い位置で見ようと観客同士で押し合いをしているのが見て取れる。
この段階に来て、座る事を我慢できなくなった観客たちが多数発生していた。
そこには人も獣人も、魔族も関係ない。
野次馬根性むき出しで彼らは壇上に詰めかけていっている。
既に会場のボルテージは最高潮に高まっていると言えそうだ。
まあ、それは僕も例外ではないんだけどさ・・・
「ああっ・・・もうっ!」
「ここからだとちょっと遠すぎるよっ!」
そう言った事が切っ掛けだった。僕はもう、居てもたってもいられなかった。
カバンを席に置いていることも忘れて、僕は壇上に向かって既に歩きだしていた。
ここからでも、壇上の様子は良く見える。
しかし、だからと言って僕の心情がそれで満足するかというと話は別だ。
珍しいものを間近で確認したいと思うのは人の性だ。
僕の場合は魔法技師としての性もある気がするけど・・・まあそんな事は今はどうだっていい。
神話のアイテムが拝めるんだ・・・!
こんなところで満足なんて出来るもんかっ!
・・・そんな強い情動が僕を壇上へと突き動かしていた。
「おい!あれがそうじゃないか!!?」
「くっそっ・・・ここからじゃ見えねぇ・・・」
「そこ通るぞあけろ!」
「ちょっと!押さないでよぉ!!!」
観衆のざわめきで会場は満たされていた。
司会の人は僕たちのそんな様子を見て満面の笑みを浮かべていた。
彼は観客の姿をゆっくりと見渡した後、両の手のひらを上に向けて仰ぐように天を見る。
そして、その態勢のまま声高らかに前口上を述べ立てた。
「皆様、ご注目ください!!!」
「壇上中央に置かれましたは、数えきれない程の憧憬と崇敬を一身に集めた神の奇跡!」
「幾たびの闘争と略奪を引き起こした栄光と権力の象徴」
「これから皆様はその伝説の一端を垣間見ることになるでしょう!!!」
その発声は観客の注意を惹くのに十分過ぎるものだった。
会場にいた人間はその動きをピタリと止め、台座の宝箱を注視している。
司会の人はその手を台座に置かれた宝箱へ差し向けると、これまで以上に大きな声を張り上げた。
「どうか喝采を持ってお迎えください!!!」
「ロット№1・・・”魔法の薬”の登場です!!!!」
・・・・
無言の静寂が会場をあっという間に支配した。
彼の声が響き渡ると、台座の横にいた女の魔術師が箱に向かって解呪の呪文を唱えた。
彼女は呟くように言霊を唱えた後、他の職員や兵士達と同じように後ろに下がる。
ギギギギ・・・・
直後、重々しい音があたりに響き渡る。
アダマンタイトで作られた極上の宝箱がその深淵を見せ始める・・・・
会場の何千という客の視線がその深淵の先を見据えている。
僕も下に降りていく途上で足を止め、その先を凝視していた。
宝箱の封印が徐々に解かれていく・・・
そして、僕は”それ”を見た。
ああ・・・・・そうなのか・・・
あれが・・・あれが・・・
伝説に謳われる、魔法の薬・・・
中からおびただしいほどの魔力の奔流が溢れだしている。
誰が見たとしてもその凄まじい威容に畏怖を感じざるを得ないだろう。
小さな小箱に入っている物は、見た目の形状だけで言ってしまえばポーションだった。
能力の効果を封じ込める魔法の小瓶に、持ち主の傷を癒す治療効果を付与された魔法の液体。
よくあるオーソドックスな魔法の薬。それがポーションだ。
しかし、今、大観衆の注目を集めているそれがただの魔法の薬でないことは誰の目にも明らかだ。
その小さな宝箱の中には真紅の縁で出来た魔法の小瓶が入っていた。
そして、その中には七色に輝く液体・・・
まるで小瓶の中に「虹」という幻想そのものが詰められたかのようだ。
人の「願望」「欲望」「羨望」「憧憬」・・・・そう言ったあらゆる願いをあれは叶えてくれる・・・
そんな錯覚さえ受けてしまう。
あまりにも綺麗で、あまりにも眩しく、あまりにも人の心を”それは”焦がす・・・
こんなもの見せられたら、誰だって是が非でもそれを欲しくなってしまう。
はぁ・・・これは、想像以上だな・・・
争いが起きるわけだよ・・・
僕は魔法の薬を凝視しながら、ごくりと唾を飲み込んだ。
あまりにも幻想的なその姿に目が離せなかった・・・
「おお、なんて凄まじい魔力の波動なんだ・・・」
「あ・・あれが・・神話に謳われるアイテムなのか・・・」
「おお、神よ・・・この奇跡の出会いに感謝いたします・・・」
「・・・・絶対モノにしてやる・・・!」
ついにその姿を見せた神話の奇跡。
観客はその姿に唖然とし、歓喜と驚愕の声が会場全体に広がっていく。
あまりに感激しすぎて、慟哭している人さえいるようだ。
そんな中、司会の人はエリクサーについての歴史を勇壮に語り始める。
「・・・ドワーフ族の伝承の一説にそれは語られています」
「女神エイルが古の名匠・ルーリーにその製法を授け、多くの人々の窮地を救ったと伝えられているモノです」
「その効果はまさに神の奇跡としか言いようがありません」
「バッドステータスを除くありとあらゆる病魔を取り除き、死の淵にある人間すら完全に蘇らせたと言われております」
「そして、使用した者は常人ではまず到達しえない多大な魔力を得られる事でも知られています」
おおっ!と会場から声が上がる。
彼らの多くは神話のアイテムについてある程度の知識はあるはずだけど、
改めてその効果の凄さに度肝を抜かされたのだろう。
司会はさらに続けた。その語尾は段々と強くなっていっている。
「ルーリーはたった一つの薬を100日と100晩掛けて創ったと伝えられています」
「ルーリーはその死の直前まで魔法の薬を作り続けましたが、後世に残ったモノは僅かばかりのものだけでした」
「残念ながら、その製法も未だに分かっておりません」
「まさに珍品中の珍品。数ある魔法の調合薬においてこれを上回る物はないでしょう!」
「皆様には今日この場で、この”奇跡の品”を落札出来るチャンスが与えられた訳でございます!!」
ワー!ワー!!!と会場が司会に合いの手を打つ。
再び会場は観客たちの怒号が飛び交うくらいに盛り上がっている。
もはや皆待ちきれない様子だ。
「さて、前口上もこれくらいでよろしいでしょう・・・」
「これよりロット№1”魔法の薬”のオークションを開始いたします!」
「本商品の入札単位は最低”1000万クレジット”からになります!」
「それを下回るご提示は無効になりますので、皆さまご承知おきのほど宜しくお願いいたします・・・」
そう言って司会の人は折り目正しく一礼をした。
彼は台座の横まで来ると、最後にこれまで以上に力強い発声と共にオークションの開始を宣言した。
「・・・それでは始めましょう!」
「まずは、1億クレジットから!!!」




