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暁のオークション⑦




すっ・・・





殿下の右手が静かに下ろされた。


彼女は、右奥の出口の方に向き直ると、そのままゆっくりと歩を進めた。





さっ・・・





その様子を見ていたクラウディア団長は周囲の乙女たちに手で合図を送った。


今しがたまで不動の態勢で警戒任務に当たっていた戦乙女たちはすぐさまその陣形を変える。


カチャカチャと甲冑の音を鳴らしながら、殿下の前後左右に疾風の速さで彼女たちは集結した。


そして、現れた時と同じように「サー・・・」とドレスの長裾を引き摺りながら戻る殿下に並走すると、そのまま右奥の間へと消えていく。


クラウディア団長だけは最後まで周囲の警戒に当たっていた。


彼女は殿下の退場を見届けると最後にチラッと観客の方を向いて一礼した。


そして、程なくして彼女も壇上から姿を消す。


彼女の合図から退場まで、時間にして1分も経っていない。


統率がとれた鮮やかな退場劇だった。





ガヤガヤガヤ・・・・





彼女たちが舞台から姿を消すと、周囲はほどなくしてざわつき始めた。


各々が拝礼の姿勢を解き席に戻っていく。


それと同時に、会場は喧騒の渦に再び包まれていった。


近衛騎士団によって塞き止められていた黙止の鬱憤を晴らすかのように周囲は噂話に興じ始める。


もちろん、その話題のほとんどがエレノア殿下と近衛騎士団に関するものだ。


エレノア殿下を初めて拝謁出来た喜びを表している者。


殿下の言葉に感銘を受けている者。


また、殿下や近衛騎士団の団長の美しさに興奮している者。


謎の団長の正体について話している者など・・・


皆興奮冷めやらぬ感じだ。





かく言う僕もエレノア殿下の言葉を受けて感銘を受けた人間の一人だ。


僕は元いた椅子に掛け直すと、殿下の先ほどの言葉を反芻した。


はぁ・・・と思わずため息を付いてしまう。


・・・彼女の描いた未来図は真なる友好と繁栄を願う壮大なものだった。


既知の神話のアイテムの多くは人間社会に保管されていると聞いている。


多くは人間の王家や一部のギルド、権力者たちが手中に収めていて、表に出回る事はほとんどない。


それに触れることが許されるのも彼らに関係している一部の研究者のみ。


エレノア殿下がさっき言ってたっけな・・・


神話のアイテムは小国の軍隊にも匹敵する価値を持つものだって。


確かにそれは本当の事だろう。


神話のアイテムを使えば古に謳われる”禁呪”でさえ使用することも可能だと言われている。


それはまさに戦略兵器とも言うべきもの。


これを放出するという事は自分の国の国力を落とすことに他ならない。


これまでの異種族間の抗争を乗り越え、新たなる友好と発展を示すために、カーラ王国は身を削ってそれを示そうとしている。


それはこれまでの歴史では考えられない新たなビジョンだった。


真に平和を望まなければ出てこない答えだろう。





うん・・・やっぱりエレノア殿下は凄いな・・・


殿下はやっぱりカーラの英雄なんだな・・・





彼女の事を知らなかったわけではないけど、直接彼女の言葉を聞くのと聞かないのでは訳が違う。


僕は彼女の放つ言葉にすっかり魅せられてしまっていた。


・・・僕は幼いころに両親を戦争で亡くしている。


その時は国内の内乱のせいだったけど・・・子供心ながらになんでお互い仲良くできないんだろうと思ってた。


異種族間どころか、同じ人間、しかも同じ国内の人間同士でさえ戦いで殺し合いをしてしまう。


所詮は一地方の領主の反乱だし、すぐに鎮圧されてしまうから大した戦争には発展しないけど、犠牲者はやはり出てしまう。


僕の両親は共にクレスの町の軍人だった。


カーラ王国の中央軍が反乱の鎮圧に出るときは各領邦からも軍隊を拠出する。


クレスの町はカーラ王都に地理的に近いこともあり、ほぼ毎回軍隊を拠出していた。


僕の両親も反乱軍の鎮圧部隊に随分駆り出されていたらしい。


親方と僕の父は親友だったらしく、「何かあった時には息子を頼む」と親方に頼んでいたという。


そして、僕が生まれて間もないころに大きな反乱があった。


カーラ王国東方のデアドラ領大貴族のクレンヴィル家が起こした戦争でこれまでにない大規模なものだった。


・・・僕の両親はその戦争で亡くなった。


後で親方からその事を聞かされた時、僕は何とも言えない気持ちになったことを覚えている。


その反乱の理由というのが余りにも馬鹿げていた。


クレンヴィル家が反乱を起こした理由というのが、”10万クレジットの課徴金”の支払いを拒んだからだという。


毎月の王家への献納金の支払いには監察官が派遣されて前月の収支の正当性が調べられるらしい。


その時はたまたま、単純なミスなのか故意なのか知らないけど、いささか過小に収支が申告されていたという。


監察官は手続きにしたがい当然のようにその差額に対する課徴金の支払いを命じたが、クレンヴィル家はこれを拒否。


クレンヴィル家は申告した数値は正当なものだと主張して王家に課徴金の支払いの取り消しを求めたが、王家もこれをはねつけた。


それはまるで鬱憤が溜まった火薬庫に火が投げ入れられたようなものだ。





・・・そして戦争が始まった。多くの人が死んだ。





僅か10万クレジットの支払いを渋って始まった戦争だった・・・


今思えばクレンヴィル家は王家に対する不満が既に爆発していたのだろう。


それは最後の一押しと言える出来事だったのかもしれない。


だけど、これを聞かされたときは開戦の理由のくだらなさに自分の耳を疑った。


お互いが少し譲歩すれば避けられた戦争だっただろう。


貴族側にしてみれば国政に参加できない不満を解消する為。


王家側からすれば自分たちの権力の絶対性を保つ為。


彼らのくだらないエゴを満たすために起こされた戦争だった。


まったく、無益で度し難い・・・そんな感想しか思い浮かんでこない。


子供の頃に既に抱いていたこの感想は今になっても変わっていない。


あの当時、王妹殿下の様に真に平和を考えられる人がいたら、僕の両親は死んでいなかったのにと切に思う。


多少、譲歩することになったとしても酷く争うくらいなら、譲ってしまった方が良い。


その人にとって真に重要でないものであるのなら、譲歩して和を保つ方が結果的には良くなる。


それが僕が幼いころの経験を通して得た教訓だ。


実際、その後に引き起こされる惨事を考えたら、どちらかが折れたほうが絶対に国の為になったはずだ。


あの戦争で付けられた傷痕は今なお癒えていない。


僕の様に戦災孤児になって、貧困に喘いでいる人は今でも数多く存在する。


僕はまだ親方がいたし、全然マシな方だけど・・・・





・・・これは神話のアイテムにも同じことが言えるんじゃないかと僕は思っている。


神話のアイテムは富と力と名誉の象徴だ。


それを所持するために、過去に多くの争奪戦が繰り広げられて来たと聞く。


栄光の象徴であると同時に惨禍の象徴とも言えるものだ。


それは結局のところ、神話のアイテムが一部の権力者にしか所持が許されなかった歴史があるからに他ならない。


合法的な手段で渇望するものを得る手段がない時・・・人はそれを力で奪おうとする。


だったらエレノア殿下の様に一般にそれを解放したほうが余程丸く収まるだろう。


例え国の軍事力が少し落ちようとも、市場に流せば経済は活性化し、研究の機会も増える。


人間と異種族が相互共栄の道を歩み始めている今なら、これはまたとない友好を深める機会にもなるだろう。


・・・そしてなにより、神話のアイテムを保持し続ける事による無用な妬みや敵意を集めずに済む。


改めて考えると、このオークションがどれだけカーラ王国に利点をもたらすのか想像もつかない。


神話のアイテムの売却という形を取れば、お金という”実”を取ることも出来るし、まさに一石二鳥どころ三鳥くらいの有効な手だ。


だけどこれを思いついて実行に移せる人がどれだけこの世界にいるだろうか?


ほとんどの為政者が神話のアイテムの保持にこだわり、目先の利益と名誉を優先するだろう。


殿下が本当に平和を望まなければ出てこない答えだ。


彼女の慧眼と器の広さは驚くばかりだ。


僕はカーラの若き英雄に思いを馳せながら、1人感激していた。


カーラ王国の臣民の一人として彼女が王国にいると言うだけで誇らしい気分だ。





「ふん・・・くだらんな。所詮は小娘じゃな・・・」





えっ・・・?





その時・・・隣からぼそりと声が聞こえて来た。


僕の座っている同じテーブル席からだ。


思わず僕は声のした方向に振り向いた。





・・・そこには年老いた白髪の男性が壇上を見据えていた。


僕と同じテーブル席にいる人は彼だけだから間違いない。


だれだろう・・・?


テールコートに白い蝶ネクタイを着用した老人だった。


その頭はほぼ禿げ上がっている。


申し訳程度に側面と後頭部にちりぢりになった白髪がある程度だ。


さらには赤茶けた肌色に痩せこけた頬。


皺とシミだらけのその顔は一見すると死人の様にも見えてしまう。


だけど、ギラギラと壇上を見つめるその眼光は非常に鋭かった。


彼が確かに生きている人間なんだとすぐに気付くことが出来る。





なんだ、この人・・・?


生気がまるでない・・・・


なにか変な雰囲気というか嫌な臭いが漂っている。


言葉で表わすのは中々難しいんだけどさ・・・・


それにさっきの言葉・・・





彼の正体と彼の発した言葉の意味をしばし考えてしまう・・・


彼の存在は余りにも突然で、僕は驚きを隠せなかった。


しかし、次の瞬間・・・僕の思考は突然の大音声によりかき消されてしまった。





「以上!!これにてエレオノーラ王妹殿下との謁見を終了いたします!!」



「今宵のオークションは王妹殿下の観覧の下に行われる大変名誉あるものになります!!!」



「皆様、奮っての参加をよろしくお願いいたします!」





いつの間にか司会が再度舞台に姿を現わしていた。





「さて・・・皆様いよいよお待ちかねの時がやって参りました・・・」



「これより、ロット№1”魔法の薬”のオークションを開始いたします!!」




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