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暁のオークション⑥




彼女の合図とともに、戦乙女達の槍が勢いよく地面に突き立てられた!


会場全体へ甲高い金属の共鳴音がこだまする!!






キ~~~~~ン!!!!






「うわ!」



「きゃっ!!」



「ぐあっ!!」





強烈な音波が幾重もの波動となって聴衆の鼓膜を揺るがした!





「うわ!頭割れそう・・・」





僕は呻くように悲鳴を上げた。


僕も観衆もそのあまりの凄まじさに思わず耳を塞いでしまう。


あれだけ騒めいていた会場がこの音波の波でかき消されてしまったかのように静まり返っていく。


音波の波が彼女たちの意思を会場全体に伝えているかのようだ。





そう・・・”黙れ!”・・・と。





有無を言わさず黙止を強制させられてしまう。


僕は文句の一つも放ちたかったが、耳鳴りがしてそれどころじゃなかった。


鼓膜の鳴動を必死になって抑えるだけで精いっぱいだ。


しかし、それもつかの間・・・


会場に響き渡ったエコー音が、波打ち際の後の波のように引いていく。





収まったのかな・・・?





先ほどまで脳を揺るがしていた耳鳴りは今は収まっている。


僕は、両耳を抑えていた手をそっと離すと、壇上をゆっくりと見渡した。


強烈な音波を響かせた張本人たちはいたく平然としていた・・・


剣を振りかぶって合図をした隊長と思われる彼女や音波を響かせた戦乙女たちは微動だにしていない。


間近で共鳴音を聞いていたエレノア殿下でさえ眉1つ動かさず佇んでいた。


場が収まるのを見て取ると、剣を振り下ろした彼女は観客の前にさらに一歩進み出て膝を屈した。


そして、僕たち大観衆に顔を向けると静かに言葉を発してきた。





「・・・皆様、ただ今の所業大変失礼いたしました」



「しかし、皆様方は今”王妹殿下”の御前にございます」



「どうかご静粛に拝聴くださいますよう・・・」





彼女は一礼した後すっと立ち上がり、数瞬の間観客を無言で威圧した。


言葉こそ丁寧だったが、その態度には何者も口をつぐむ覇気が宿っている。


強い意志が宿ったそのヴァイオレットカラーの瞳が万人に向けて淡い輝きを放っていた。


思わず吸い込まれてしまいそうな瞳だった・・・





クラウディア・・・





そうだ。


確か彼女の名前はクラウディアとかレイナが言ってたっけ?


王妹殿下の近衛騎士の団長だという話だ。


エレノア殿下に専属の近衛騎士が付いているのは知っていたけど、彼女の名前を聞いのはその時が初めてだったりする。


一部の冒険者には彼女の名前は知られているようだけど、知名度はあまりないんじゃないかな?


そもそも近衛騎士団は王族の身辺警護を是としているはずだ。


エレノア殿下が民衆の前に姿を現すことがない以上、近衛である彼女たちの姿を見ることも稀だろう。





・・・





だけど・・・彼女の初見のインパクトは凄まじかったな・・・・


うん・・・まあ、その・・なんだ。


余りに綺麗な人だったから目を奪われたというかなんというか。


僕は彼女の姿に驚いて、不覚にもしばらく硬直してしまった。


レイナ曰く、あの時の僕は”銅像の様に固まって顔が噴火していた”らしい。


あの後、家に帰ってレイナから散々ネタにされてしまったんだよな・・・





『ほう・・・(ニヤリ)』



『多感なお年頃のエノク君は、あの様な女性がお好みでございますか?』



『どれどれ、お姉さんが恋の手ほどきをしてあげようじゃないの!』





とかね・・・


僕はその時の事を思い出して苦笑する。


噂の彼女に注意を向けると、クラウディア団長は大衆を一瞥した後静かに後ろに戻っていった。


彼女が元の場所まで戻ってエレノア殿下の背後に控えると、


瞑想をしていた殿下がゆっくりと目を開いた。


彼女は僅かに顔を横に背けた状態で、抑揚をつけずに言葉を発する。





「ご苦労でしたクラウディア」



「はっ!」





クラウディア団長は、機敏な動きで膝をつき頭を垂れた。


後ろで結えられた彼女の金髪がはらりとその背に舞い落ちる。


しかし、それもつかの間・・・


彼女は立ち上がると、周囲の戦乙女達と共に再び警戒任務に当たり始めた。





かっこいいな・・・





そんな感想がぱっと頭に思い浮かんできた。


彼女のキビキビとした動きから、エレノア殿下に対する強い忠誠と尊敬を感じることが出来る。


その動きは一つ一つが洗練されていてまるで無駄がない。


それでいながら凛々しさと優雅さがある。


騎士道なんて微塵も分からない僕だけど、それでも彼女の事はカッコいいと思ってしまった。


先ほどの行いにしてもそうだ。


余りにも五月蠅かったので彼女たちの行いを非難しそうになったが、よく考えたらそれは当たり前の行動だった。


彼女たちの立場からすればエレノア殿下が無下にされることは許されないはずだ。


そもそも王族への不敬は最悪死罪になる可能性すらある。


壇上にいる近衛騎士はもちろんの事、この会場にはカーラ王国の騎士団が無数に詰めかけている。


やろうと思えば、身体に訴える実力行使もできたはずだが彼女はそれをやらなかった。


大観衆を目の前にしながら臆病にならず、かといって暴虐にもならず。


音波を轟かせるだけで、観客を鎮めるという目標を達成した彼女はさっとその場から引き下がった。


その鮮やかな身の処し方はさすが王妹殿下の近衛騎士だと感心してしまう。





「さて・・・続きを述べるとしましょうか・・・」





エレノア殿下はそんな彼女を見やった後、再び正面を見据えた。





「皆にはこの催事を開くに至ったいきさつをお話ししましょう・・・」





それはまるで、今しがたの出来事など何もなかったかのような態度だった。


エレノア殿下は観衆を咎めることもなく、かといって近衛のした事に触れることもない。


ただ、淡々と物語を聞かせる語り部の様に話し始めた。


エレノア殿下の透き通った明瞭な声が会場全体に静かに響き渡る。





「・・・近年、我が国と”イドゥン連盟”、およびその”近隣諸国”との関係性は一段と増しております」



「異文化との交流による経済の活性化、魔法科学の隆興、そしてテクノロジーの進歩・・・」



「・・・関係性の深化によっていくつもの恩恵が”カーラ王国”とその盟邦にもたらされています」



「今日の社会の発展は緊密な連携無くして成り立つものではなく、同時に友好無くしてこれを維持することは出来ません」





・・・なんか若干遠回しな言い方をしているけど、


『我が国とイドゥン連盟』とは”人間社会”を指している。そして『近隣諸国』や『異文化』とは”異種族”を指しているのだろう。


単純に異種族との関係と言えば済むものを、それを避けた言い回しを殿下はしていた。


今日この会場には人間以外の多くの異種族が詰めかけているから、彼らに配慮した言い方をしているのだろう。


ちなみに、”イドゥン連盟”というのはクレジット加盟国の正式名称の事である。


カーラ王国を含めた8カ国で構成された人間社会で、成立自体は割と近年に出来た同盟だ。


加盟国は通商保護に、平時における軍隊の相互不可侵、外敵の侵略に対する共闘義務を負う。


ただし、お互いの国の内政には基本不干渉であり、政治的には各々独立している存在だ。


そもそも、政治的というより金融的な繋がりから出来た同盟だった。


信用力が高かったクレジット通貨をお互いが使い、お互いが似せて好き勝手に発行していたら、価値が暴落しそうになった。


これではいかんという事で、各国の商人ギルドが話し合って商人ギルド連盟が出来たのが100年ほど前。


そしたらいつの間にか緩い連合が出来上がっていたというのが事の発端らしい。


それまではお互いの国はいがみ合っていて、戦争など日常茶飯事の状態だったというから、ある意味通貨が結び付けた同盟だった。


”イドゥン連盟”なんて最近名付けられた政治的な名前より、クレジット連盟と言われた方がよっぽど性に合っているだろう。





「歴史を紐解けば、過去には凄惨な戦争を繰り返してきた時期もありました」



「神話の時代から続く相克の因果に縛られ、無為な争いをしてきた事も事実です」



「しかし、現在において”我々”はそれを乗り越えつつあります」



「我々は真なる関係を築き上げ、共栄の道を邁進しています」



「そして、それは今後も変わる事はないでしょう・・・」





そう言って、エレノア殿下は「ふう・・・」と声にならない一息を付いた後、顔を上げ会場全体を静かに見まわした。


彼女の僅かな笑みを讃えながらも、凛と覇気が籠った目線が会場の各々へ向けて放たれた。


そこには人間以外の多くの異種族の姿があった。


ワーウルフ、ドワーフ、リザードマン、ハーフリング、ハーピー、そして恐らく人間に交じって魔族まで・・・


会場はクラウディア団長の”威嚇”がよっぽど効いたのか今は静まり返っている。


僕も会場の人々も彼女の次の言葉に耳を傾けていた。





「今日、この場には我がカーラの民と多くの友人達が集っています・・・これは誠に喜ばしい事です」



「近年の我らの関係性の深さと友好を示していると言って他なりません」



「この友好を祝し、そして不動のものとする為、何かの祭典を開きたいと私は前々から思っていました」



「そんなおり、”マイアー殿”からある提案を受けたのです」



「”神の起こした奇跡”を共有してはいかがか?と・・・」





ざわざわ・・・





今の言葉に会場の一部がざわつく。


しかし、クラウディア団長が後ろで静かに威圧するとすぐに場は収まった。


”神の起こした奇跡”というのはもちろん神話のアイテムの事だろう。


どうやらこのオークションが開かれるきっかけは、あの商人ギルド連盟総帥の言葉のようだ。


エレノア殿下は、さらに言葉を続ける。





「・・・皆も承知の通り、我々の魔法科学の常識では計り知れないアイテムがこの世には存在しています」



「それらは皆とてつもない魔力と神秘を内に秘め、それを手にしたものに人知を超えた力をもたらすと伝えられています」



「しかし未だその全貌を解き明かすには程遠いと言わざるを得ません」



「”真に神の起こした奇跡と称される遺物”に対しては我々はそれを解明することも、複製することも、ましてや使用する事すらも未だ出来ていないのです」



「もし、これを完全に解明することが出来れば、我々は”新たな世界”を目にする事も可能となるでしょう・・・」





神話のアイテムはいずれも人知を超えた強力な力を内包していることに疑いようはない。


しかし、余りにも膨大な魔力と複雑な機構をその中に内包している為、その効果すら未だ判明していないものもあると聞く。


世界中の魔術師や魔法技師が躍起になってその全貌を明かそうとしているが、全く突破口を掴めていないのが現状だ。


・・・エレノア殿下の言っている”新たな世界”という言い回しはちょっと引っ掛かるけど、多分これは技術的な臨界点の突破を言っているのだろう。


神話の魔法アイテムを完全に解明することが出来れば、魔法科学は新たなステージに立つことは確実視されている。





「一方、我々は歴史的な相克を乗り越えつつありますが、ここに来て新たな脅威も浮かび上がりつつあります」



「大陸外周の未知の領域から、これまででは考えられない強力なモンスターが出現し、我々の国土を侵し始めているのです」



「彼らの爪牙の鋭さや身体の大きさ、力や魔力、レベルなどこれまでの平均的なモンスターより数段強いものが数多く報告されるようになっています」



「未だ熟練の冒険者で御せる程度ではありますが、今後もそうであるとは限りません」



「我々は一丸となってこの困難に対処していく必要があります・・・」





エレノア殿下はそこで一旦言葉を切ると、きっと顔をさらに上に向けた。


ここに来て彼女の言葉に力強さが入り始めていた。


彼女の清澄に富んだ声が一段と会場に響き渡る。





「今日、商人ギルドと冒険者ギルドの協力もあり、神の遺物がこれだけ一堂に介すことになりました」



「我がカーラ王家からも”カーラの秘宝”である遺物をこのオークションに出品しています」



「”神の遺物”はそれ1つで小国の軍隊にも匹敵すると言われるほどの価値を持つものです」



「我がカーラはあえてそれを、・・・条件付きではありますが、今回手放そうとしております」



「この意味を皆にはよく考えて欲しいのです・・・!」



「一部の限られたものにしか所持が許されなかった”神の遺物”の門戸の開放・・・」



「それはひとえに我々の経済の活発化と、さらなる魔法科学の探求・・・すなわち、相互共栄の発展を望むからこそだという事を・・・!」





会場全体に向けてエレノア殿下の強い眼差しが放たれていた。


その瞳からは何者も侵しがたい彼女の強い意志を感じ取る事が出来る。





「今日のオークションは我々が新たなる一歩を踏み出したことを意味します」



「それは我々の真なる友好と繁栄。そして、新たな脅威に対しての結束を誓うものです」



「その為には自らの血を流すことを厭わずに、真なる平和への道を示すことが重要だという事をどうか忘れないように・・・」





エレノア殿下はそう言うと顔を下げて再び目を閉じた。


そして、彼女は再び白グローブがはめられた右手を上げ、最後に次のように締めくくった。





「・・・・私からは以上です」



「我が国とあなた方の国に神の祝福があらんことを・・・」




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