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暁のオークション④




カツカツカツ・・・





革靴が奏でる固い音を響かせながら階段を下りていく。


らせん状に渦巻く回廊は、奈落へ至ると錯覚するほどに広大で底が深く、まだ終点が見えそうにない。


ふと、水晶の壁に目を向けるとキラキラと輝きを放つ魔光石がいくつも目に留まる。


それらは会場へと急ぐ僕の目を眩ますかのように光の帯を形成し、冥府へと誘う鬼火(ウィルオウィスプ)のようにも見える。


しばらくそのまま無心で降りていくと、地の底から何かの唸り声が聴こえてきた。


ともすれば地獄の住人たちの咆哮にも聴こえるそれは、降りれば降りるほどその声量が大きくなっていく。


やがてそれが地響きのような喧騒に変わる頃、ようやく回廊の終点が見えた。


前方からは一際輝きを放つ光と共に、数えきれないほどの人々の声と熱気が流れ込んで来ている。


ここからでも会場にいる人間の興奮の波が伝わってくる。


時折見せる喝采の嵐が建物全体を鳴動させているかのような感覚さえ覚える。


僕は入口の手前で一息ついた後、喧騒渦巻く光の奔流の中にそのまま飛び込んでいった――――







「――――さて、皆様私の様な年寄りの挨拶にはそろそろ飽きた頃かと思います」



「皆様が望んでいるのはこの国で最も高貴な方より拝謁を賜る事・・・」



「そして、神々が残した芸術品をその手にすること・・・」



「そうでしょう!?」





壇上に立って演説している男性が大仰に声を発した。


それに呼応するかのように周囲の群衆はワーワー!!と叫び声を上げる。


演説している男性は横幅が常人の倍はあろうかというくらい恰幅が豊かだった。


黄金色の衣と色とりどりの宝石でその身を着飾る姿は、見ているだけで目がチカチカするほどだ。


僕が会場に着いたときには彼の演説が始まっていた。


恐らく彼が開会の挨拶役なのだろう。


商人ギルド連盟か王国の関係者なのかもしれない。


しかし、それにしても・・・





「こりゃ、凄いな・・・」





僕は熱気のすさまじさに思わず言葉を漏らした。


事前に分かっていた事とはいえ、会場には数千人規模の人間が詰めかけていた。


人々が歓声を上げるだけで地鳴りの様な衝撃が会場に響き渡る。


僕は会場に入ってすぐに手近なテーブルを見つけると、空いている席にそのまま着席した。


カバンを床に置き、一息ついた後辺りを見回してみる。


会場は壇上を中心に半円形の形状をしており、天井が何十メートルも高さがある広大な空間だった。


周囲には大理石で作られた巨大な神々の像が飾られており、この場に荘厳な雰囲気を醸し出していた。


オークション会場とは反対側の空間はどうやら倉庫や準備室になっているようだ。


反対側へ通じる通路から給仕係がひっきりなしに出入りし、


会場のあちこちに設けられたビュッフェ・テーブルに料理を並べていっている。


一体どれだけの量の料理があるのか想像もつかない。


贅沢をこれでもかというくらいにふんだんに盛られた料理の数々に僕は圧倒されてしまった。


似たような経験は最近したんだけどな・・・





今度は周囲の人々に目を向けて見る。


多くの人々が着席すらせずに、壇上近くの場所に陣取っていた。


たぶん、全体の3分の1くらいの人はあそこにいるんじゃないかな。


彼らは演説者の言葉に仰々しいくらい過剰のリアクションを起こしている。


その光景はまさにバカ騒ぎと言っても過言ではなかった。


別に、彼らの席がないわけではない。


僕の今いる場所は会場の外周に近い場所だけど、この近辺は空席が目立っている。


あんな押し合いになりそうなくらいに密集してでも神話のアイテムを間近で見たいという事なのだろう。


その気持ちは僕にもよく分かる。





もうちょっと空いている時に来ていれば、僕も近くに行ったんだけどな。


こういう時にもうちょっと身長があればねぇ・・・





今更行っても人混みに紛れるだけで、満足に壇上も見れそうにない。


ないものねだりをしてもしょうがないんだけど、


それでもこういう時はもっと身長があればよかったのになと思ってしまう。


先ほどの見世物小屋の見物の時の様に強引に割り込もうかと思ったけど、


壇上の周囲には低い柵が設けられていて、その前には騎士団がずらりと並んでいた。


アリの子一匹立ち入れまいとする厳戒態勢を敷いている。


あれじゃ割り込んで最前列まで行くなんてことは不可能だろう。


幸いなことに、会場は壇上を中心に外周に行けば行くほど緩やかに段が高くなっており、ここからでも壇上の光景を良く見ることができた。





「それではこれにて私の開会の挨拶とさせて頂きます」



「皆様是非当オークションを心ゆくまでお楽しみください!」





そう言って壇上の男は、たるんだ腹を弾ませるほどに深々と一礼をした。


会場は再び怒号の様な喝采が巻き起こる。


彼は大観衆の拍手に右手を上げてそれに応えると、そのまま右奥の間へと消えていった。





”当”オークションか・・・


つまり彼がこのオークションの主催者の一人だという事だ。


そうなると、恐らく彼が商人ギルド連盟の長なのだろう。


あんな人だったんだ・・・





商人ギルド連盟は、商人ギルドの代表であるという性質もあるが、それ以上に重要な役割を担っている。


それがカーラ王国はもちろん、周辺7カ国から委託を受けた基軸通貨”クレジット”の発行とその運営業務だ。


”クレジット加盟国”の金融の中心であり、クレジット通貨の発行、他通貨との為替取引、物価調整等を行っている。


つまり、こと財務においてはクレジット加盟国において最重要の役割を担い、その権限はカーラ王国の財務省より上だ。


金融においては各王国から独立性を認められており、商人による一つの社会を築いていると言っても過言ではない。


それは封建社会を形成しているこのカーラ王国でも例外ではない。


例え王族や貴族といえども、金融においては商人ギルド連盟の意に反することは出来ない。


借金を踏み倒そうものなら、恐ろしい制裁が彼らから課されるからだ。


以前、カーラ王国のある貴族が連盟に加盟している商人ギルドの借金を踏み倒そうとしたことがある。


その貴族は軍事力を背景に商人ギルドへ借金の証書の破棄を迫ったが、ギルドはこれを拒否。


怒ったその貴族は商人ギルドを攻め立て、ギルド会館を破壊するという暴挙に及んだ。


貴族領から逃げのびた商人ギルドの職員はすぐさま連盟に報告。


その事を聞きつけるやいなや連盟は所属している全商人ギルドへ経済封鎖の通達をした。


さらには多額の報奨金を掛けて提携している冒険者ギルドへ依頼し、熟練の冒険者集団を傭兵としてその貴族領に差し向けた。


それに驚いたのは貴族の方だった。


貴族領への物流は完全にストップし、百戦錬磨の傭兵部隊が薄紙を引きちぎるが如く自軍を粉砕していく。


慌てて貴族は連盟に和解を申し入れたが、その代償は余りにも大きかった。


破壊したギルドの賠償はもちろん、借金の遅延損害金の追加、傭兵部隊の依頼金の補償、契約不履行による違約金の支払いなど。


文字通り住んでいる館の草の根までむしり取られた貴族はそれに耐えきれずに自害。


お家取り潰しの上、残された家族も奴隷として売られるという悲惨な末路を辿った。


まあこれは貴族の自業自得だし、僕が生まれる何十年も前の話なんだけど、それでもこの話を聞いたときは背筋が凍ったよ・・・


この事件が起こって以来商人ギルド連盟との契約は絶対に破る事が叶わない血の契約と世間では捉えられている。


つまりあの人はある意味王族や貴族に並ぶほどの権力者だという事だ。


いや影響力を考えれば、小さな領邦の貴族より遥かに上だろう。





「以上、当商人ギルド連盟総帥”アウグスト・マイアー”による開会のお言葉でした!」



「今宵のオークションはマイアー総帥に多大な尽力を頂いて開催されたものです」



「今後も是非当商人ギルド連盟をよろしくお願い申し上げます!」





連盟の長と入れ替わるように壇上に現れた司会が雑音を押しのけるように大音声を響かせた。


彼も”当”商人ギルド連盟なんて言っているから、連盟の職員かなんかなのだろう。


それにしてもよくここまでバカでかい声を出せるものだと感心する。


見世物小屋の団長もそうだけど、司会役の人は大声を出せないと務まらないというのがよく分かる。


そもそも、こんな大観衆がいるなかでよく物怖じせずにあんな堂々とした振る舞いが出来るもんだ。


僕には絶対無理だな・・・





「さて、ご来場の紳士淑女の皆様方お待たせいたしました・・・・」





そう言って司会は言葉を区切って、勿体を付けた。





「・・・今宵はこの国で最も高貴な方をお招きしております」



「今回のオークションを開催するにあたり、多大な協賛を頂いているお方です」



「これより皆様はそのお方から拝謁の栄を浴することになります」



「皆様ご起立の上拝礼下さい!!」





彼の力強い発声と同時に会場は雪崩が起きたようにうなりを上げた。


椅子を引きずる音が辺り一面にこだまする。


会場にいる人間の”大多数”が起立をした上で片膝をつき、頭を垂れた。


カーラ王国の臣民たる僕ももちろんそれに倣って拝礼をする。


やり方を知っていてもこれを実践したのは今回が初めて。





緊張するな・・・


王家の人ってどんな人なんだろう・・・





うなりを上げた後、一転して厳とした静寂が場を支配した。


心臓がドキドキしている・・・


もちろん王族の顔を見るのも今日が初めてだ。


壇上を見ることが叶わないせいか、今この時ばかりは異様に聴覚に力が入っている。





・・・





・・・やがて、片膝を付いた足が若干の痺れを僕に伝えてきた頃、


壇上にゆっくりと歩み出る足音が聴こえて来た。





カツ、カツ、カツ・・・




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