暁のオークション②
『王冠を付けた獅子の家紋』
僕はまさかの展開に、開いた口が塞がらなかった。
それは、クレスの町の領民にとっては何よりも敬うべきものであり、決して侵してはならない紋章。
あの家紋を付けた馬車で登場できる人物といったら、心当たりは2人しかいない・・・
馬車は先ほどまでの勢いを急激に弱めると、会館前のVIP専用口の前で停止する。
馬車に随伴していた者もほとんどはそのままついていったのだが、一人例外がいた。
帯剣した従者の一人が先ほどの光景を目撃していたのか、僕にキツイ視線を向けてくる。
彼は騎乗していた馬から降りると、ずかずかと僕に詰め寄ってきた!
「貴様ぁ!!何故我が主君の通行を妨げた?」
「えっ・・!?ちょ・・ちょっと待っ・・・」
ぐいっ!!
彼は鬼の様な形相をして怒号を放つと、僕の胸倉を掴んで勢いよく引きずり上げる!
彼は僕より頭一つ分ほど背が高くて、力も強かった。
僕はつま先立ちになりながら、若干宙づりのような形にされてしまう。
「あぐぐぐ・・」
くっ・・苦しい・・
いきなり何するんだ・・・こいつ!!
彼はさらにどすの効いた声で僕に問いただしてくる。
「・・・貴様ぁ・・・まさか我が主君の命を狙おうとでもしたか?」
「・・・ち・・ちがいます・・・」
僕は必死になって声を絞りだす。
彼が何で怒っているのか本気で分からない。
貴族の馬車の前に出かかりそうになったとはいえ、別にその通行を止めたわけでもない。
大体こちらは避けるので精いっぱいだったんだ。
彼も僕が後ろにのけ反って尻もちついているところを見ているはずだ。
正直、難癖つけられているにも程がある。
「・・・何事だ?」
どこか気分を害して不貞腐れているような声が聞こえて来た。
声が聞こえて来たと同時に目の前の男は僕からパッと手を離す。
彼はすぐさま声が聞こえて来た方向に向かって直立不動の体制を取り、敬礼をした。
この声は・・・・!
「・・・はっ!これは公子!わざわざの足のお運び恐縮です!」
「実は馬車に近づこうとした怪しい人物を捕えましたので、取り調べをしようとしたところであります!」
「なに・・・?」
そう言って怪訝な顔して近づいてきた人物は僕がよく知っている奴だった・・・
金髪のさらさらヘアーに甘いマスク。
恵まれた身長から紡ぎだされる優雅な仕草に女性の誰もが彼の虜になる。
貴族の息子で幼い頃から英才教育を施され、類まれな剣術と魔術の才能を示す神童。
将来の領主であり、生まれながらにして人の上に立つことを約束された天上人。
・・・彼は僕が持っていないものをすべて持っている男だった。
男なら誰もが目を奪われる美女を横にはべらせながら彼は僕を見下ろしてきた。
そのまま無言で視線を交わす。
「・・・・!」
「・・・・・」
数秒間の沈黙が場を支配する。
周囲の人々はこちらへチラリと視線をやるが、素知らぬ顔で並んだままだ。
それも当然。貴族のいさこざに関わろうとする奴なんていやしない。
そんな重たい沈黙の中、口を開けたのは”彼”の方からだった。
「・・・うん?」
「・・・はっはっはっは!どこかで見た顔かと思ったら”チビ男”じゃないか?」
「なんでお前みたいな奴がこんなところにいるんだ?」
・・・カイン。
嫌な奴に会っちゃったなぁ、まったく・・・
・・・
仕方ない・・・”超”嫌だけど一応挨拶だけはするか。
僕は帽子を取って、低く頭を垂れた。
不満たらたらな顔だけは晒さないように気をつける。
「カイン公子ご機嫌麗しゅう・・・」
何がご機嫌麗しいのか知れないけど、まあこれも社交辞令だ。
例えどんなにムカツク相手だろうが、向こうはクレスの町の領主のご子息。
挨拶をしないわけにはいかなかった。
僕としてはさっきの事で滅茶苦茶頭に来ていたんだけど、彼は天上人にも等しい”貴族”だ
彼に失礼なことは出来ない。もちろん、彼に毒舌を吐くなんてことは言語道断だ。
だから、僕としては彼に非常に親切に挨拶したつもりだった。
しかし、彼はそんな僕の態度にさえ”いつものように”癇に障ったようだ。
吐き捨てるように言葉を返してくる。
「・・・麗しいと思うか?」
「せっかくの社交パーティで気分が盛り上がっていたのに、お前を見て最悪になったよ。どうしてくれる?」
ははっ・・・奇遇だな。
こっちもだよ・・・どうしてくれんだよ。
珍しく彼と意見が合ってしまった。
「・・・公子。こいつ・・・いえ、”この方”とはお知り合いだったのでしょうか?」
僕を締め上げた従者が恐る恐るカインに尋ねた。
僕とカインが知り合いの様に話をしたので、彼の知人に失礼したのかと縮こまったのだろう。
案の定な従者の振る舞いに僕は内心笑ってしまった。
親分も親分なら、子分も子分だな・・・
カインはそんな従者の言葉に鼻を鳴らすと、僕を蔑む態度で言い放ってきた。
「知り合い?・・・ふん。そんなんではない」
「ただの下僕さ。見ての通り何の取り得もないクズだけどな」
「そ・・そうでありましたか・・・」
従者はどう反応していいのか困っているようだ。
・・・いつ僕がお前の下僕になったんだよ?
相変わらず頭おかしいな、このお坊ちゃまは。
「それで、この者の処分はいかがいたしましょうか・・・?」
従者は再度恐々としながらカインに尋ねた。
「ふん・・・どうせ小人一匹襲撃してきても踏み潰すだけさ」
「まさかこんなチビに俺がやられるハズないだろう?」
「ええ・・・まあ、それはそうですが」
「だったら良いだろう。愚民の罪を許してやるのも為政者の度量というものさ」
「・・・おお、公子さすがでございますな」
ぐっ・・・!
僕は言いたいことがあったが我慢した。
罪?僕が何をしたっていうんだ!!くそっ・・・
「ねぇカイン様~早くいきましょうよー・・・」
「私、会館の中早く見てみたーい」
お付きの美女が猫なで声でカインにすり寄った。
「・・・たくっ仕方ない奴め」
その言葉にカインも美女の腰に手を当て、彼女に甘く囁いた。
しかし直後、彼は僕の方に振り返ると豹変した態度で罵声を浴びせてきた。
「おい!そこのチビ!!」
「今回の事は見逃してやるから、10分以内にここから消え失せろ!」
「いいな!10分だぞ!!」
「・・・・・」
彼はそう捨て台詞を吐いた後、美女を抱きかかえたままクルリと入口の方に向き直った。
「待たせたな。では、いくとしようか」
「はい、カインさま♪」
媚びつくような女性の声と共に彼らは入口へと向かっていく。
途中従者がチラリとこちらを振り返って睨んできたが、彼もそのまま入り口の中に消えていった。
周囲の大衆は既にこちらへは無関心だった。
これから始まるオークションの話題で辺りは持ちきりだった。
・・・僕は呆然とその場で立ち尽くす。
・・・
しばらく僕はその場で待っていたが彼らが戻ってくる気配はなかった。
・・・よし、大丈夫そうだな。
さて、並ぶか。
僕は頭を切り替えると、急いで列の最後尾に並ぶ。
奴の言った事など知ったことじゃない。
こっちは王家と商人ギルド連盟の招待状で招かれているんだから、聞いてやる必要すらない。
僕は手元の時計を確認した。
17:51
既にオークションまで残り10分を切っているが、開始時間直ぐに競りが始まるわけではないだろう。
それにもう開演間近という事もあり人の流れも大分落ち着いたようだ。
先ほどより列の長さも短くなっている。
これだったらそんなに掛からず中に入れるだろう。
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僕の予想は的中し、それから10分もかからずに入館チェックの前に辿り着いた。
髪を中央でくっきりと分けた折り目正しい紳士の一人が僕に声を掛けてくる。
「ようこそいらっしゃいました。招待状を拝見いたします」




