コケッ!?
「コケー!・・・・コココ・・・」
伝説の”それ”は早朝によく聞くようなさえずりを響かせた。
周囲の人達はその鳴き声に呆気にとられながら言葉を交わす。
「・・・あれが伝説の魔物か?」
「・・・鶏にしか見えないが」
「どういうことだ・・・?」
所々で疑問の声が上げる。
・・・伝説の”それ”は一言で言えば”鶏”だった。
図体は普通の個体よりは大きく、赤い羽毛を持ち金色の鶏冠を持っているところは珍しいといえば珍しい。
しかし、その形といい、首を傾ける仕草といい、鳴き声といい、鶏以外の何者にも見えなかった。
僕が見た魔物図鑑では鳥系のモンスターも載っていたが、あんないかにも「鶏」という様な形をした魔物は見たことがない。
う~ん・・・分からないな。
そもそも魔物なのかな?
ただの鶏にしか見えないけど・・・
僕は推測するのを諦めて、劇団の団長の方を振り向いた。
彼の様子を覗うとその口元は相変わらず緩んでいた。
観客の反応にその身を任せており、場の空気が彼に説明を求めるのを待っているかの様に佇んでいる。
どうやらすぐに説明を始めるつもりはないらしい。
彼にとってはこの”鶏”は目玉中の目玉。簡単に正体を教えるわけには行かないという事か。
一方、観客の方もそんな彼の様子を覗っていたが、彼が泰然自若な態度で説明をすぐに始める様子を見せないと分かると、また好き勝手に噂を立て始めた。
「・・・もしかして、ドラゴンの子供とかじゃないか?」
「バカ言え、ドラゴンが『コケコッコー!』とか鳴くかよ」
「じゃあ・・・バジリスクとか?」
「俺たち全員石化するじゃねえか、ボケ!」
「はははは!」
観客は面白半分に魔物を類推しているようだ。
彼らにとってはそんな時間も楽しいのだろう。会場は正体不明な”鶏”に対して俄かに色めき立っている。
しかし、次の瞬間・・・・・その喧騒は群衆の一部において凍り付いた。
「・・・・おのれ、人間風情が・・・・我らの守り神を侮辱するか・・・・・!」
ぞわっ・・・・!
僕の中に身も毛もよだつ悪寒が走った・・・
な・・・なんだ?今の声・・・
周囲のどこからか、抑圧された殺気を感じる。
それは静かな怒りを伴った声だった・・・
低く唸るような声色で、声量も小さかった為どこから聞こえて来たのかは分からない。
だけど、群衆の隅に紛れて恐ろしい殺気がまき散らされているのが分かる。
「おい・・・!やめろ・・・ほら、いくぞ・・・」
「ちっ・・・・」
今度はハッキリ声が聞こえて来た。
僕は声が聞こえて来た方向に振り返ると、銀色の長髪をたなびかせた2人組の背の高い男達の後ろ姿が見えた。
彼らは広場を足早に出ていくと、そのままいずこかに消える。
顔を見ることは出来なかったが、日の光を浴びて輝く銀色の髪が妙に印象的だった。
何だったんだ彼らは?
只者じゃないのは確かなようだけど・・・
異国の人かな?カーラ王国であんな外見の人は見たことがない。それとも異種族か・・・
言動から察するにその可能性は十分ある。
それに今はオークションの開催時期だから他国からも異種族が多く訪れている。
ワーウルフやドワーフ、リザードマン等といった面々はカーラ王国にも良く訪れる種族だし、
それ以外の種族も絶対数は少ないが見かけることがある。
彼らが異種族だとしてもなんら不思議ではないだろう。
しかし、そうだとしてもあんな殺気をまき散らすようなことはこれまでなかった。
なんだったんだ?いったい・・・
・・・
少し気にはなったが、考えても答えが出なかったので僕は再び会場の中央に目を向けた。
会場ではいよいよ噂話に飽きた観客の不満が高まっていた。
「答え」を求める声で会場は最高潮に盛り上がっている。
「早く教えろこの野郎!!」
「もったいつけんなーーーボケ!」
「早くおしえてよぉー!」
うわぁ・・・集中砲火も良いところだなこりゃ・・・
会場は罵声やヤジが飛び交うまでになっていた。
この段階になって劇団の団長はようやく動く気になったようだ。
檻が乗せられた台座の前に彼はゆっくりと進み出る。
しかし、その姿勢は相変わらず余裕綽々である。
彼にとってこの展開は織り込み済みだと言わんばかりの態度だ。
・・・よくまぁあそこまで動じないもんだな。
僕は彼のように振舞う事はとても出来ない。
彼の舞台度胸というか、大衆を前にしてもいささかも動じない豪胆さは素直に凄いと思う・・・
僕が彼の態度に少なからず感銘を覚えていると団長は台座の前にピタリと静止した。
ところが、そこまで来ると彼の動作は急に変化する。
先ほどまでの緩やかな動作とは一転、彼はその両手を素早くばっと!広げた。
その静から動への急激な変化。
それだけでも会場の観客を驚かせるに十分だったが、
彼はさらに割れんばかりの大声を観客に轟かせ、会場の空気を一変させた。
「みなさま!!!大変お待たせいたしました!!」
「みなさまの声確かに承りました!!!」
「そこまで言われましたら、この不肖”グレンデル”。皆様に申し上げないわけにはまいりませぬ!!!!」
場は一瞬にして彼の声量に飲み込まれ、群衆のざわめきが消失した。
余りの声の大きさに僕は面食らってしまう。
なんという声の大きさだよ・・・能力でも使ってんじゃないか?
彼はそんな僕たちの反応は気にも留めず、そのまま話を続けてきた。
「では、お答えいたしましょう!!」
「この一見ただのニワトリにも見えるこの鳥ですが・・・」
そう言って彼は一旦言葉を止め、右手を檻の方へ掲げた。
手を差仕向けられた鳥は首を傾げてどこ吹く風のような佇まいである。
一方、観客はついに明かされる鳥の正体を固唾を呑んで見守っていた。
そんな中彼はついにその鳥の名前を口にする。
「・・・なんと!これこそあの伝説の霊鳥・・・・”グリンカムビ”なのです!!!」
・・・
・・・・・なんだそれ?わからない。
僕は自分の中の記憶を掘り起こしたが、その名前に心当たりがなかった。
観客もついにその鳥の名前が明かされたのにもかかわらず、イマイチ反応が鈍い。
顔を見合わせて首を振っている人が多くいる。
観客の中にいた司祭様などは「・・おおっ」といった感じで驚いているから、まったく無反応という訳ではない。
だけど、ここまで団長が引っ張ってきた割には群衆の反応はあまりにも寂しいものだった。
自分の声が辺りに空しく響き渡ると、そこで彼は初めて焦りを見せた。
「・・あ、あれ?皆様ご存知なかったですかな?」
「・・・・・」
観客はフルフルと首を振った。
「・・・・・分かりました。今、説明いたしましょう」
さすがの彼もこの観客の反応は予想外だったようだ。
彼の思い描いていたストーリーではここでたぶん、ワー!!!と最高に盛り上がっていたのだろう。
彼は気まずい雰囲気を、咳ばらいを一つ挟んで誤魔化しながら説明を始めた。
「ウホン!!!」
「えーーっこの”グリンカムビ”は神話で謳われている霊鳥なのです」
「大いなる大樹に止まると言われている鳥でしてね。勇者を導く者として知られているものです」
「神話によると、かつて世界が終焉を迎える時いくつもの種族や英雄たちに警鐘を鳴らし、その窮地を救ったと言います」
「その為、未だに神聖視している種族も多く、崇拝の対象となっている霊験あらたかな鶏なのです!」
「・・・お判りいただけましたか?」
「コケー!!!」
・・・・パチ・・パチ・・・パチ
散発的に拍手が起こった。
せっかく鶏がいいタイミングで合いの手を入れたのに、観客の大半は未だ要領を得ていないようだ。
それも当然か。突然神話の話をされても普通はピンと来ない。
上流階級の人は教養で神話を知っている人は多いだろうが、それでもこの話は無反応だ。
恐らく神話のサイドストーリー的な何かなのだろう。
僕も先日神話の本を読み漁っていたけど、その時にはこんな話は紹介されていなかった。
神学に詳しい人間だったら知っているのだろうが、一般の人達にはほとんど知られていない話なのだろう。
それにしても、この空気重いな・・・
・・・やがて動きを見せない劇団と団長に、イラついた観客からきつい言葉が投げかけられた。
「そいつがその・・”グリンカムビ”?、だって言うんだったら、なんかやってみせろ!」
「そうだそうだ!」
「証拠を見せろ!証拠を!」
「ただの鶏じゃないところを見せて見ろ!」
会場の所々で鶏の正体を怪しむ声が上がる。
見世物がもう終わったと思ったのか、観客の中には既に帰り始めている者もいる。
その人たちの顔は得てして不満顔だ。
最後の最後で拍子抜けさせられたと思ったのだろう。
まあ、仕方ないよな・・・
この魔法科学全盛の時代に神話やおとぎ話を持ってこられても信じる人はあまりいない。
まだ、魔法科学が未発達の異種族なら迷信も信じるかもしれないが、
人間社会の様に高度に発達した文明にそれを信じさせるのは難しいだろう。
団長もそんな観客の反応にどうすればいいか対応に苦慮しているようだ。
彼は檻から離れて劇団員を呼び集めると何かを相談し始めた。
どうやら次の対応策を練っているようだ。
「コケー!!!コココ・・・・」
一方、会場の中央に取り残された鳥は劇団の中でただ一人気を吐いていた。
その鳴き声を檻の中から響かせながらゆっくりとした動作で周回を始める。
鶏は時折首を捻りながら、観客へ視線を向けていた。
少し動いては止まって見渡し、少し動いては止まって見渡すという動作を繰り返している。
スタスタ・・・ピタ
「・・・・」
スタスタ・・・ピタ
そう、それはまるで観客1人ひとりを観察して吟味しているかのようにも見える。
・・・いや、ただ僕がそう見えただけなのかもしれないけど。
変な動き方をする鶏なのは間違いないと思う。
やがて僕等がいる方向に彼が目を向けた瞬間・・・状況が急変した。
「コケッ!?」
「コケー!!!!!!」
「コケーコケー!コココ!!」