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深淵に至る箱




「・・・なんだありゃ?」



「箱?」



「あれって宝箱か・・・?」



「どういうことだ?」



「・・・宝箱のモンスターだとするとミミックとかじゃないか?」





周囲の人達は訝し気に声を上げる。


彼らは目の前に出された不可思議な魔物をなんとか解明しようとあれやこれやと憶測を立てている。


宝箱の形をしたモンスターと言えば真っ先に思いつくのがミミックだ。


彼らはダンジョンの中で生息する箱型のモンスターで、普段はダンジョン内をうろついている小動物を捕獲して生きている。


ダンジョンの中のトラップモンスターとして有名だが、僕も実物を見たことはないからこれがそうだとは断言できない。


一方、劇団の団長はそんな群衆の反応に満足そうに微笑みながら顎を撫でていた。





「ほっほっほっほ・・・皆様中々によい反応をされておりますなぁ」



「それでは答え合わせと行きましょうか・・・」



「おい、あれを持ってこい!」





近くの団員にそう告げた後、団長は檻の正面に移動した。


程なくして、団員が先端に肉が取り付けられた長い棒を持ってくる。


団長はそれを受け取ると、再度群衆の方に振り返って言葉を発した。





「皆様の中にはもう分かっている方もいらっしゃいますが、これは”ミミック”と言われる魔物です」



「ただし・・・恐らく皆様が知っている”ただのミミック”ではありません・・・」





彼はそう言うと、持っている棒の先端を箱の方に近づけていった。


もし、箱が”ミミック”なら近づいた瞬間ガブリと行くはずだけど・・・





ツン・・・





しかし、棒の先端は何の抵抗もなく箱に触れてしまう。


箱はうんともすんとも言わなかった。


その光景に会場は再度ざわつく。





「おお・・反応しない」



「なんでだ・・・?」



「噂に聞いているミミックの性格と違うぞ?」



「凄い大人しい子なのかしら・・・?」





・・・どういう事だ?


肉食獣であるミミックがあんな獲物を目の前にして何の反応も起こさないとは考えにくい。


ミミックにも様々な亜種が存在しているらしいけど、どれも肉食である事は共通している。


それらの”常識”から考えてもこの光景はにわかには信じがたかった。





団長はしばらく箱の前に肉をかざしていたが、箱はまったく無反応のままだった。


彼は棒をひっこめた後、こちらに振り返った。





「お分かり頂けたでしょうか?」



「普通のミミックだったら、この棒付き肉にかぶり付くはずですがこいつはしません」



「こいつは見てのとおり特別製なんです。・・・では、今度はこいつを投げてみましょう」





そう言って団長が懐から取り出したのは赤い液体が入った魔法の小瓶、『ポーション』だった。


ポーション?そんな無機物をあいつらが喰らう訳ないと思うけど・・・





「わたくしはちょっと”危ないので”檻から離れさせていただきます」



「あ、もちろん皆様はそのままで大丈夫ですので・・・」





団長はそういうと、檻から少し距離を取った。


それに応じて周囲にいた劇団員も檻から離れる。


周りの観客はその光景を固唾をのんで見守っていた。


テント周辺には数百人単位の人間がいるというのに会場はシーンと静まり返っている。


一体何が起こるのだろうかと、誰もが檻から目を離さずにはいられないようだ。


団長は檻から5メートルは離れただろうか。


そこまで来て檻の方に向き直ると、ポーションを箱に向かって放り投げた。





ヒュッ・・・





ポーションは緩やかな放物線を描きながら檻に近づいていく。


檻の隙間を通って、箱に接触しようとした次の瞬間・・・・・・”それ”は開いた。





ビュウウウウオオオオオオ・・・





荒れ狂う風が吹きつけると共に、箱の上に突如として怪物の口が現れた。





・・・!





・・・そう、それは口としか形容が出来なかった。


それには牙が生えている訳でもない。唇がある訳でもない。怪物の顔が付いている訳でもない。


楕円に湾曲した空間が箱の上に突如として発生し、眩いばかりの白い輝きを放っていた。


周囲から隔絶された”それ”は、なぜか見るもの全てを深淵へと誘う”口”にしか見えなかった。


その証拠に・・・






「ぐあああああおおおおお!!!!」






身も心も凍てつきそうな怪物の咆哮が辺りに響き渡る!!!





うわぁ!!!なんだありゃ!!?





僕は余りにも予想外の展開に度肝を抜かされてしまった。






「キャー!!!!」



「うおおおわ!!?」



「なんだなんだなんだ!!!」





周囲は先ほどまでの静寂とは一転して、阿鼻叫喚の嵐となった。


その口は周囲の全てを吸い込もうとしていた。


檻からここまでは10メートル以上は離れているというのに、それでも檻へと引き寄せられる力を感じることが出来る。


口はあっという間にポーションを飲み込むと、その他に吸い込むものがないのを悟ったのかその口腔を閉じた。





パタン!





直後、箱が勢いよく閉じ、暴風が吹き止む。





「・・・」





・・終わったのか?






辺りを見回すと周囲にうごめくものはなかった。


・・・時間にしてほんの数秒の邂逅。


今までの様相が嘘の様に辺りは静寂に包まれている。


かろうじてその惨状を伝えているのは暴風に煽られた木の葉が舞い落ちているところだけだ。


檻から少し離れた場所には身を伏せていた団長の姿がある。


彼はゆっくりと立ち上がると埃を振り払いながら、何事もなかったかのような態度で観客に言葉を発した。





「これが”アビスミミック”と言われる魔物です」



「巨大なダンジョンの深淵にしか存在しないと言われる怪物でしてね」



「魔力を持つものに対してのみこいつらは反応するのです」



「その生態についてはほとんど分かっておりません。こいつらに吸い込まれたらどうなるかもね・・・」



「なんせ調べようとした輩も全員吸い込まれてしまいますので・・・・」





その言葉を発すると団長はニヤリと笑った。


彼からしたら観客の反応はしてやったりなのだろう。





「いかがですかな、皆様?」



「もし、今のショーが気に入って頂けたのなら喝采を頂ければ誠に幸いでございます」





そう言った団長はシルクハットを取って、慇懃に頭を垂れた。





「・・・・」





一瞬の静寂があたりに漂う。





パチ・・・


パチパチ・・・





しかし、それもつかの間。


一人が拍手を送ると、その波は怒涛の如く周りに広がっていった。





パチパチパチパチ!!


パチパチパチパチパチパチパチ!!!!!ワーーーーーー!!!!





「うおぉーすごかったぞー!!」



「びっくりしたけど凄かったわぁ!!」



「素晴らしいショーだった!!」





パチパチパチ!!


観客は彼に対して惜しみない拍手と賛辞を贈った。


僕もそれは同じだ。


驚きはしたが、彼のショーは見事という他ない。


僕たちの想像以上の演出を彼はしてくれたのだ。


この喝采も当然だろう。


喝采を受けた団長は帽子を振って観客のエールに応えている。


ひとしきり賛辞を受け取った彼は、群衆が鎮まるタイミングを見て話を続けてきた。





「ありがとうございます」



「まずは皆様にご満足頂けたようで何よりでございます」



「次の出し物も皆様を驚嘆させること間違いないでしょう」



「引き続きご期待くださいませ・・・」





彼はそう言って再度一礼をする。


そんな彼に対し群衆は万雷の拍手で応えた。


僕も周りにつられ拍手を送っているが、僕の視線は自然と箱へと移っていった。





・・・





あれほどの騒動を巻き起こした張本人は今は何事もなく檻の中に佇んでいる。





解析してみたい・・・





僕の中に飽くなき欲求が舞い降りていた。


ミミックは冒険者を死へと陥れる数々の能力を保持しているため、ダンジョンでは最も避けられる存在だ。


得てしてトラップモンスターと思われがちだが、その実レアアイテムを有する宝の番人でもある。


ミミックは他の生物にはない特異な性質を所持している。


それが錬成(アルケミー)と言われるタレントスキルだ。


ミミックはその生涯において捕食対象から奪った様々なアイテムを隠し持っている。


そして、集めたアイテムは従来の状態より純度が高くなっていることがほとんどだという。


例えばポーションだったらエキストラポーションに昇華させるといった具合にだ。


・・・そんなミミックたちの中でもあれは巨大な遺跡の深奥にしか存在しない代物。


僕の知っているイメージとはかけ離れたミミック。まさにレア中のレアのミミックだ。


宝を手に入れることが出来なくても、どういう錬成をするのか解析したいと思うのが魔法技師の性だった。





僕がそんな事を考えている間に、箱が入った檻はテントに仕舞われてしまった。


彼らはすぐに次の出し物用の檻を出してきている。





「ああ、終わっちゃったか・・・」




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