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馬車の旅




パッカパッカパッカ・・・





リズムを刻んだ軽快な馬の足音が辺りに響き渡る。


それに伴って、あたりの景色も穏やかに流れていき、一陣の風が私の頬を撫でていく。


半開きになっている窓から外を眺めると、見渡す限りの田園風景に、小川のせせらぎと小鳥のさえずりが聴こえてくる。


遠くには緑豊かな山々と川。渓谷が延々とその姿を連ねており、青と緑のコントラストが見事に調和していた。


時々いくつかの集落が点在する以外には人の住処らしいものも見受けられない。


西洋で見られるフィヨルドの風景がこれに該当するかしらね?


正直私は今感動している。


この大自然の風景を穏やかな気持ちで眺めることが出来ている私はきっとこの上なく幸せなのだろう。


エノクの家の中から見える景色も素晴らしいが、馬車から見えるこの風景もまた格別だった。


現代日本に住んでいたらこの感動はとてもじゃないけど味わえなかったんじゃないかな。





私は馬車の窓際に腰掛けて足をブラブラさせながら移りゆく風景を楽しんでいた。


外に出るときはいつもエノクの防護カバンの中に身を潜めているんだけど今はその必要はない。


ていうかそれだとせっかくの景勝を満足に見ることが出来なくて勿体ない。


どうせ今馬車の箱の中にいる人間は私とエノクの二人だけだ。


周りに遠慮する必要もないし、危険性もない。


私は久しぶりに感じる自由と解放感を存分に味わっていた。





思えばこうやって生身を晒して外の世界を見るのは随分久しぶりのような気がする・・・


あのネコに追いかけられて以来じゃないの?





私は窓の外の眺望に見惚れながら、これまでの事を思い返していた。


突然の死と異世界への転生。強欲な兄弟との出会い。脱出と逃走劇。そして、エノクとの出会い・・・


この世界に来てからまだ1ヶ月しか経っていないとは信じられない。


もう転生したのが随分昔のように感じられた。


しかし、改めて思い返してみると自分の持っているこの世界の認識が驚くほど狭いことが分かる。


エノクの家の窓から見える景色とカバンから見える町の風景が私の認識している世界のほぼ全てだった。


転生前とは違い今の私は小人であり、満足に外を出歩く自由もない。


外界は危険に満ちていて一歩外を出ればあらゆる脅威が襲い掛かる死の世界。


世界は危険なもの、恐ろしいもの。


そうやって外の世界への興味を諦めさせていた部分が少なからずあったのかもしれない。


ところが、今私の目の前に広がっている光景はどうだ。


そんなことも忘れさせられるほど、雄大な大自然が私の網膜に眩しい光を照り付けてくる。





この感覚はなんか久しぶりね・・・


世界はこんなに綺麗で広かったのね・・・





自分の中にある飽くなき探求心がふつふつと蘇ってくる。


そんな私の様子を見てエノクが微笑みながら声を掛けてきた。





「レイナ、そんなに見ていて飽きないかい?」





私は彼の方に顔を向けて言葉を返した。





「全然飽きないわね。今の私にとってはこういうの貴重だもの」



「それに前の世界でもこういう風景を目にすることはほとんどなかったのよ」



「そうだったんだ・・・」





エノクは若干考える素振りを見せながら頷き、言葉を続けてきた。





「レイナのいた世界はこういう風景は珍しかったの?」



「珍しいっちゃ珍しいけど、私が住んでいた場所がとりわけ都会だったからというのが大きいわね」



「こういう緑豊かな風景自体なかなかお目にかかれないのよ」





東京でも植林された木などはあったし緑に触れる機会は多いけど


流石に山々を間近で見るとなると都心から大きく離れないと拝むことは出来ない。


天気が良い日だと遠くに富士山が見えたりするけど、まあそれは例外と言っていいだろう。





「都会って・・・ちょっと大げさに言っているのかい?」



「町からちょっと離れればどこでもこういう風景は見られるもんだと思うけど」





エノクがちょっと驚いた顔をしながら私に問いかけてきた。


彼にとっては現代日本の風景など想像することは出来ないのだろう。


しかも東京なんて規格外に大きい都市なんてものはなおさらだ。


私は一応彼に説明をした。





「大げさじゃないんだけどね・・・それくらい大きい都市だったのよ」



「単純な面積で言ったらクレスの町の100倍くらいでかいわよ」



「はぁ・・・冗談だよね?さすがに・・・」



「それが冗談じゃないのよ。端から端まで行こうとしたら徒歩だと丸1日掛かるって言えば想像つくかしら?」



「・・・す、凄いねそれは」





エノクは信じられない様な顔をして私を見ていた。


まあ、無理もないか・・・


クレスの町だって決して小さな町という訳ではない。


都市の中心部には各地からの行商人や冒険者、さらに町の住人などが集って大いに賑わいを見せている商業都市だ。


エノクから以前小耳に挟んだんだけど、クレスの町はカーラ王国でも有数の巨大都市であり、人口は10万人を超えているという。


彼からしたら、そんな町のさらに100倍でかい都市があるなんていわれても中々信じることが出来ないのだろう。


エノクは苦笑いをしながら言葉を返して来る。





「いやぁ・・・なんかレイナの言葉に度肝を抜かされちゃったよ」



「これから行く”王都カーラ”もとても大きい都市なんだけど、レイナが以前住んでいた都市には負けるね」



「そう考えるとちょっと残念だな・・・」



「んっ・・・なんでよ?」





何が残念なんだろう・・・何も残念がる必要はないと思うんですけど。


私が疑問に思っていると、彼はさっきまでとは変わり晴れやかな顔をして言ってきた。





「ははっ、レイナを驚かすことが出来なくて残念って事だよ」



「王都を初めてみる人は大抵はその威容に驚くからね」



「レイナもきっと驚くと思って黙ってたんだ」





エノクはそう言って無邪気な笑顔を私に向けてきた。


どうやら彼は私をビックリさせたかったようだ。


今の彼からは年相応の雰囲気を持った少年という印象を受ける。


工房の親方から貰ったという衣服にその身を着飾ったとしても、やっぱりこう見るとまだ幼さが残っている。


黙っていれば知的な紳士にも見えるんだけど、まあこういう彼も悪くはない。


彼の無邪気な笑顔に私も自然と顔がほころぶ。





「ふふっ・・・それは残念でした」



「でも、私はもう十分この自然に驚いてんだから安心してよ」



「そうかい?長旅だから飽きてくる頃かと思って心配しちゃったよ」



「大丈夫よ。十分楽しんでいるんだから、気にしないで」



「うん。それなら良かった」





エノクはそう言った後、手元にある本の読書を再開した。


・・・クレスの町を朝方に出発してそろそろ夕方に差し掛かろうとしている。


馬車に揺られている間彼は手元にある本の読書、私は景色の鑑賞を主に行っていた。


そして、時たまこうやって僅かばかりの会話も交わす。


特に内容のある面白い会話をしているわけではないし、


会話よりも沈黙の時間の方が長いのだけど、それでも私はこの時間が好きだった。


私は再び窓の外に視線を向ける。





馬車の周囲には馬の足音と車輪の音が響き、窓の隙間からは風の音がこだまする。


馬車が向かう先に視線を移してみるとそこには延々と石畳の舗装された大通りが続いていた。


その幅10メートルにも及ぶ長い長い街道である。


私はしばらく街道の先を何を思うのでもなく眺めていた。





・・・あれ・・湖かしら?





しばらくすると街道に並行するような形で辺り一面を覆う湖があった。


しかし、湖にしては水が一定方向に向かって力強く流れている。





えっ・・・もしかして川かしら?





そう、それはとてつもなく大きな川だった。


しかしあまりにも大きい。対岸の陸地が見えてこない。


まさに大河と呼ぶにふさわしい大きさだ。


大きな川が街道と並行するように流れているのだ。





「あっ、どうやらもうすぐ着きそうだよ」





エノクが本をしまって窓を覗き込んできた。


どうやら王都がもう近いらしい。


私は周囲を見回してみたがそれらしいものは見えなかった。





「本当?まだなにも見えてこないけど・・・・」




「あの丘を越えれば見えるはずだよ」





エノクはそう言って街道の先にある小高い丘を指差した。


馬車はゆっくりと丘の上を昇っていく。


そして、頂上を昇り終えた時、あたり一面に開けた大地が広がっていた。





「うわぁ・・・」





私は感嘆の声を上げた。


空けた大地に大河から水が流れ込み、これまた大きな支流の川を作っていた。


支流の上には大きな石の橋が掛けられており、大地の向こう側へと街道を渡している。


そして、そのすぐ向こう側。


つまり大河が枝分かれしている大地の先には・・・・あたり一面の石の壁。


それもとてつもない高さの塀が何層にも渡り見るものすべてを威圧している。


それこそ城壁の高さは低いものだと10メートル・・・高いものだと20メートルはあるかもしれない。


しかも、それが肉眼でその終点を目視することが不可能なくらい横への広がりを見せていた。


それこそ、地平線のかなたまでこの城壁が続いているんじゃないかと思うくらいだ。


えっ・・・まさか、これが・・・





「もしかして、あれが王都?」



「そう。あれが王都カーラだね」



「おおっ!」





私はそのあまりの威容に思わず唸ってしまった。




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