おかえりなさぃいい・・!!?
目の前のフォログラムを前に思考が凍り付きそうになる。
つまりこれはそういうことなのでしょうね・・・
プルダウンメニューで自分で死ぬ年齢を設定しろっていうことなんだろう。
寿命を任意で設定できるって話だから、こんな形にしたんだろうけど・・・
私はしばし無言でリストをスクロールさせながらこの巻物について思いを巡らす。
80から110までの数字が私の目の前でくるくる回っていた。
いや・・・やっぱり、ないわこれ。
神とやらは頭がずれているとしか思えないわね。
こんなスマホ感覚で自分の死期を設定するなんて普通の人間の感覚で出来るわけない。
人の寿命を何だと思っているのかしら?
神にとっては人間の生死なんてシステマティックに処理する程度ものでしかないということか。
それともそうせざるを得ない理由でもあるのかしら?
でも、”あいつ”の言動を見ている限りその可能性は低いわね。
単純に人間を家畜や奴隷としか思ってないんじゃないの・・・?
・・・
それからも色々な考えが頭に思い浮かぶもののどれも神をディスるものばかりだった。
このシステムを使って何か生産的な答えが出てくるものかと期待したのだけど、何も浮かんでこない。
これ以上考えても無駄だろう。
やめやめ!
「ふぅ・・・」
私は思考に区切りをつけた後、”キャンセルボタン”を押し巻物を床に置いた。
それと同時に目の前のフォログラムは消え去り、いつもの無機質な紙の媒体に戻る。
私はそれを確認した後、その場から立ち上がり限界まで伸びをした。
「うーん・・・・・・よしっ!!」
さて、気を取り直して、イメトレでもしますかね。
”いつもの日課”は終わったけど、最近はまた一つやる事が増えた。
具体的には”アナライズ”のイメージトレーニングだ。
私はMP<10>に到達してないからまだこれを使う事は出来ないけど
次のレベルアップで上手くいけばこのスキルを習得できるはずだ。
その為にはイメージを完ぺきに近づけなければならない。
私はエノクに教わったことを思い出しながらイメージを固めていく。
自分の中から魔力を放出。
放出した魔力を対象のそばまで飛ばしその周囲に絡みつかせる。
そして、徐々に対象の中に魔力を潜り込ませて、中身を掘り起こしていく・・・
う~ん・・・難しいわね。
口で言うのは簡単だけど、それを実践するとなると話は別だ。
今でこそ自分の中のMPをある程度把握できるようになったけど、こんなの魔法を使う上では基本中の基本らしい。
しかし、それでも私は会得するのに数週間の時間を要している。
それも毎日何時間もイメトレをしてやっとのことだ。
これも結局長い時間を掛けて反復練習していくしか道はなさそうね・・・
でも、これを覚えたら間違いなく様々な面で役に立つ。
戦闘だけでなく、実生活においても情報や物の価値の判断が人並み以上にできるようになるだろう。
私は転生した際のペナルティとして異世界の知識をほとんど持っていない。
エノクに休みの日や空いた時間を利用して色々教えてもらっているが、それも言葉だけでは限界がある。
そんな知識面での私の弱点をこの能力は補ってくれるはずだ。
習得は大変だろうけど頑張ろう!
・・・カツンカツンカツン
私がそう決意を新たにしていると、遠くから足音が聞こえて来る。
あれ・・・誰だろう?
エノクの足音の様にも聞こえるけど、靴の音がいつもと違い固い性質の物だった。
彼は出かけるとき動きやすい運動靴を履く。
足音はいつもはこう・・・パタパタという感じなんだけど。
音はそのままこの家に近づいて来て、玄関前で止まった後鍵を開けて中に入ってきた。
ガチャ!
「ただいま!」
あれ、やっぱりエノクじゃん?
別人かと思ったわよ・・・まあ、別人ならそれはそれで怖いんだけどさ。
彼は固い音を鳴らせながら自分の部屋まで入ってくる。
私は彼にいつものように出迎えのあいさつをしようと、入り口の方を向いた。
「おかえりなさぃいい・・!!?」
私は彼の姿を見た途端、思わず裏返った声を出してしまった。
いやだってさ・・・・
「た・・・ただいま・・」
彼は私が見るなり、頭に手をやって顔を紅潮させる。
そして、はにかんだ笑顔を見せながら私に声を掛けてきた。
「ど・・・どうかな、似合うかい?」
・・・驚いた理由は彼の雰囲気がこれまでと一変していたからだ。
まず、彼が来ていた服がいつも来ていた作業着とは全く異なっていた。
上半身は白いシャツを内に着こみ、前袖が短い黒のフロックコートを羽織っている。
また、首元には蝶ネクタイを身に着け、下半身は白いズボンに丈が長い黒ブーツを履いていた。
さらに頭髪は七三分けで整えられており、その手にはシルクハットを持っている。
・・・そんな彼を見た私の最初の感想はこうだ。
だ・・・だれやねん!!!?
思わず関西弁になってしまうほど私は狼狽えてしまう。
正直、服装でここまで印象が変わるとは驚いた・・・!
今のエノクは誰が見ても上流階級の紳士のような佇まいをしている。
私の中の彼は【工作が得意で知識豊富な男の子】というイメージが強い。
工作するときは工具を操りながら黙々と作業をする職人であり、会話をするときははにかんだ笑顔を見せながら魔法の知識を披露する少年。
それが私がこれまで培った彼のイメージだった。
ところが今の彼は柔和な笑みの中に機略縦横の策を巡らせる貴公子という印象を受ける。
垢ぬけた大人の雰囲気をその身にまとい、インテリジェンスに満ちたエノクがそこにはいた。
か・・・かっこいい・・・
まあ、よく見ると服のサイズはダボダボだし、着こなしているというには程遠いんだけど
私を感動させるにはそれでも十分だった。
そんな彼のドレスアップされた姿を見て、口からもこぼれるように感想が出る。
「・・・いやぁ、よく似あっているわね」
「正直、あまりにも雰囲気が違うからびっくりしちゃったわよ・・・」
彼の問いに私はしみじみとそう答えた。
私の返事が気に入ったのか彼は、嬉しそうに言葉を返してくる。
「本当かい!?」
「うん。ホントホント。馬子にも衣装という感じ」
「ははっ、ありがとう!誉め言葉として受け取っておくよ」
私の照れ隠しも彼は華麗にスルーしてきた。
彼のスルー力を甘く見てはいけない。
話題に突っ込んでくるときはナイフの様に鋭く切り込んでくるのに
自分が突っ込みを入れられるとひら〇マントのごとく華麗にスルーするのだ。
それにしても急にどうしたのかしら・・・?
「朝とは雰囲気がまるで別人じゃない。どうしたのよその服?」
疑問が口から突いて出た。
彼は私の問いに照れ臭そうに答えた。
「実はね・・・親方から貰っちゃったんだ」
「親方って、あの工房の?」
「うん。いよいよオークションの日が近いからね。餞別だ!って言ってくれたんだよ」
「へぇ~・・・随分気前いい人ね」
私の親方の反応が気に入ったのか、エノクは嬉しそうに語気を強めて答えてきた。
「うん!親方はとても懐が広い人なんだ」
「それでいて面倒見もよくて、僕が凄いお世話になっている人なんだよ」
「また、魔法技師としても凄い人でね。持っている魔法技術と知識は国内でも1・2を争うほどさ」
「僕の目標にしている人だね」
エノクは声を弾ませながら工房の親方の事を口にする。
それだけで彼の尊敬の度合いが見て取れた。
その親方がくれたという衣服に私は再度目を向ける。
「でも、その服装という事は例のオークションは堅苦しそうね・・・」
オークションだからと言って正装する必要はないと思うけど、エノクが来ている服は完璧な礼服だった。
恐らく主催者側の要求だろう。
「ははっ・・まあそうだね。今回の主催はなんて言ったって王家と商人ギルド連盟だからね」
「会場は当然VIPご用達の意匠や料理で彩られるだろうし、そこに入るにもそれ相応の風格が求められる」
「来賓者もきっと凄い人たちが来るはずだよ。それも少し楽しみではあるんだけどね」
「なるほどね」
私は彼の言葉に頷いた。
王家が入ってくるのなら、変な格好はそりゃ出来ないわよね・・・
この世界はどうだか知らないけど、不敬罪で死刑になる国だってあるんだし
ドレスコードがフォーマルになるのは当然か。
「オークションは確か明後日だったわよね?」
「そう明後日の18時からだね」
「僕たちも明日の朝には出発して王都の宿に泊まる予定なんだ。流石に日帰りはきついからね」
「レイナも今のうちに準備をしておいてね」
そう言ってエノクは私に明日の予定を告げてきた。
そう・・・今日は7月5日。
そして、オークションが開催される日は7月7日。
オークションがある日をいよいよ明後日に迎えている。
エノクが前々から参加したがっていた神話の魔法アイテムのオークションだ。
そして、私達が探し求めているものが出品される日でもある。
エノク曰く神話の魔法アイテムがこれだけ一堂に会することは初めての事だという。
私はそれを聞いてなんとなく胸騒ぎがしてならなかった。
平穏無事で終わるといいんだけどね・・・
私は胸に流れた一筋の焦燥を振り払い、オークションへ思いを馳せた。