アナライズ
暦は7月に入った。
窓から見える景色にも青葉のみずみずしい緑が目立つようになってきた。
太陽の光量は一段と増し、温気がじんわりと肌に絡みつく。
カーラ王国は温帯の地域に属しているため、1年の四季がはっきりと分かれている。
7月からおよそ10月までは一年で最も暑い時期だ。
僕の住んでいる場所はクレスの町の中心街からおよそ1時間。
ブロンズ通りの端であり、町の郊外に位置している。
ここから工房までは歩いて1時間、往復で2時間かかるから交通の便はハッキリ言って悪い。
だけど、それでも僕はこの場所が好きだった。
正直治安はあまり良くないし、何をするにも不便な場所だけど、窓から見えるこの景色は最高の一言だ。
自然が活気づくこの時期は特にそれを感じる。
休日の日にぽかぽかの陽気なもとで、大自然が感じられる景色の中読書をするのは至福の一時と言ってもいい。
これまでの僕だったら今日のような日は田園地帯まで足を運び、木陰で読書をしていた事だろう。
しかしここ最近の休日の過ごし方はこれまでと少々異なっている。
僕の目の前にいる妖精のような可愛らしい女の子にこの世界の知識や能力について伝授を行う事が多くなった。
そして、今日は彼女がセカンダリースキルを覚えたいという願いもあり、僕の能力を見せる約束をしていた。
今、僕の目の前の作業台には赤い液体が入った魔法の小瓶があり、その横にはレイナがじっとこちらを伺っている。
僕は能力を使う前にレイナに確認の言葉を掛けた。
「じゃあ、いくよレイナ?」
「オッケー。お願い」
彼女の視線が僕の手元と目の前の魔法の小瓶を往復する。
僕は彼女の言葉を聞くと同時に目の前の小瓶に向けて能力を発動した。
「アナライズ!」
言葉を発すると同時に僕の内から放たれた魔力の奔流が小瓶の中に入り込む。
そして、中の構造を解析していく。
カチカチカチ・・・・・
「・・・・」
「・・・・」
僕とレイナは無言でその光景を見守っていた。
僕はチラリと彼女の様子を伺う。
・・・
レイナの表情は真剣そのものだった。
僕の一挙手一投足を見逃すまいという気迫を彼女から感じる。
フォン……
それから間もなくして、構造解析の結果が僕の網膜に表示された。
----------------------------------------------
アナライズ結果【10】
----------------------------------------------
名称:ポーション
種類:魔法アイテム
価値:低い
創作難度:最低
効果:対象のHPを回復させる。
説明:回復用アイテム。
----------------------------------------------
「ふぅ・・・」
どうやら解析が終わったようだ。
いつも当たり前にやっていることではあるんだけど人に見られると変に緊張するな・・・
僕は生まれながらにこの【アナライズ】の能力を持っている。
つまりプライマリースキルの能力だ。
アナライズの最低MPコストは【10】
たった今使用した能力もMP”10”を使って発動したものだ。
今日はこれで3回この能力を発動させている。
僕は手元を凝視していたレイナに声を掛けた。
「レイナどうだい?」
「う~ん・・・」
彼女は首を捻りながら唸っていた。
イマイチまだイメージが付かない様子だ。
難しい顔をしながらレイナが答える。
「ごめん・・・やっぱり分からなかったわ」
「なんというか・・・とっても地味な魔法なのね・・・」
「じ・・・地味かい?」
まあ、確かに魔法が発動するエフェクトもないし、効果も自分にしか見えないし、イメージしにくいとは思うんだけど・・・
地味って言われるとなんか心にグサッと来る。
プライマリースキルはある意味使い手のアイデンティティにも繋がる。
プライマリースキルを地味と言われると、僕自身が地味と言われているような気がしてならない。
彼女はそんなつもりで言った訳ではないんだろうけど・・・それでもなんか落ち込んでしまう。
僕は彼女の言葉に若干肩を落とした。
レイナはそんな僕の様子に気が付いたのか慌てて僕にフォローを入れてきた。
「あっ!ご・・ごめんね。別にエノクが地味とかそういうわけじゃないのよ!?」
「ただ、効果が見えにくい能力だなと思っただけだからね?変な誤解しないでよ?」
「ははっ・・・大丈夫。気にしてないよ」
ごめんなさい。本当はめっちゃ気にしてます。
でも、彼女が必死になってフォローを入れてきてくれたのは素直に嬉しかった。
気を取り直した僕はレイナに魔力の発動についてのイメージを話す。
「えっと・・・イメージとしては魔力を対象の内に潜り込ませる感覚かな?」
「そして、潜り込ませた後は中のものをこう徐々に掘り起こしていくという感じ」
「分かるかい?」
「う~ん・・・」
レイナはなおも唸っていた。
まあ、難しいのも当然だろう。
僕は生まれた時から当たり前のように使えるけど、これを第3者が使用するとなると話は別だ。
概念やイメージを言語化して相手に伝えるのは想像以上に難しい。
どうしても感覚的な方法での説明をせざる得ないし、それを受けて自分のものにする方はさらに大変だ。
セカンダリースキルが経験則でのみでしか解明されていないのもそこに理由がある。
よほどの天才でもない限り一発で完全にイメージできるなんてことはそうそうない。
こればっかりは何度も使用しているところを見て徐々にイメージを固めていく他ないのだ。
まあ、その能力を見た時によほど衝撃的な出来事でもあれば話は別だろうけど・・・
僕がそうやって思慮を巡らせているとレイナから質問が来た。
「ねえ、エノクはその能力を使用したら対象の”構造”が分かるんでしょ?」
「どういう風に見えているの?」
「えーっとね…それも対象によって表示される情報が変わるし、注ぎ込む魔力によっても変わっていくんだ」
僕はそうやって前置きをした後、見ている構造についてさらに説明を加える。
「今僕がこのアイテムで見えている構造は、全部で6項目だ」
「このアイテムの名称、種類、価値、創作難度、それに効果と説明だね」
「今はMP【10】で発動させているんだけど、価値や創作難度については高い・低いという感覚的なものでしか表示されていない」
「それに効果と説明についても簡単な表示しかされていなくて、このアイテムがどれくらい回復させてくれるか見えていないんだ」
僕はレイナに説明をすると同時に今見えているものを紙に記載して彼女に渡した。
「おおっ、なるほど!分かりやすい」
「これが今エノクが見えているものか~・・・」
「そう、それがMP【10】で発動したときに見えたものだね」
彼女から感嘆の声が上がる。どうやら手ごたえがあったようだ。
僕はさらに詳細な説明する為にもう一度能力を発動した。
ただし、今度はMP10ではなく【20】で発動する。
フォン……
----------------------------------------------
アナライズ結果【20】
----------------------------------------------
名称:ポーション
種類:魔法アイテム
価値:8000~12000(クレジット)
創作難度:1
効果:対象のHPを50~80回復させる。
説明:冒険者の基本となる回復用アイテム。
----------------------------------------------
僕は再度表示された結果を記載してレイナに渡した。
結果を見たレイナから今度は訝し気な声が上がる。
「あれ・・・?」
「気付いたかい?」
「ええ・・・情報が変わっているわね。さっきより詳しく記載されているわ」
「うん。今度はMP【20】で解析したからだね。注ぐMPによって情報が変わっていくんだよ」
「注ぐMPの量が増えれば増えるほど、見られる項目も増えるし、項目一つ一つに対しても深く掘り下げて解析していくという訳さ」
「なるほどね・・・」
レイナが頷きながら答えた。
どうやら”モノ”に対する結果についてはある程度イメージしてくれたようである。
【アナライズ】は対象の構造解析をしてくれる能力だ。
僕はレベルが低いからまだそこまで使いこなせていないけど、魔法技師や鑑定士にとっては非常に有益な能力だ。
自分で言うのもなんだけど、これをプライマリースキルとして持つことは天賦の才を持つに等しい。
例えば、アイテムの基本的な効用を確認するだけだったらそこまでMPを使わなくても出来ることだ。
セカンダリースキルだとしてもそれは十分に可能だろう。
しかし、それはせいぜい表面的なステータスを表示するというところまで。
そのアイテムがどういう成分やどういった素子で出来ているのか。
それを解明するとなるとセカンダリースキルだと早々に限界が訪れてしまう。
また、アイテムにしても神話や伝説級のアイテムを解析するとなると話は別になってくる。
一般的に高度なアイテムであればあるほど、その内に秘める魔力も多くなる。
相手が人であるのならばINTがその指標になる。
そして、大きな魔力を内に秘める人やモノほどその解析も困難になっていく。
それらを解析するにはプライマリースキルが必須になってくるという訳だ。
僕がそうやって考えをまとめている間、レイナは渡した2枚の紙を何度も見返していた。
なにがどう変わったのかその変化を必死に読み取ろうとしている。
凄い集中力だ・・・
いつもの彼女はちょっとお調子者で明朗快活な女性という印象があるが、
今の彼女からはそれとは違い、なんというか気迫というか形容しがたい凄みを感じられる。
僕は彼女が満足するまでそのまましばらく待つことにした。
やがて、彼女は納得が言ったのか僕に声を掛けてくる。
「アイテムの解析については何となくイメージついたわ」
「これって”人”に対して使うとどうなの?」
・・・レイナが核心に迫る質問をしてきた。