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謎の正体




「・・・どう?いい景色でしょ、ふふっ・・」





にんまりとした笑顔を見せながらオーゼットさんが僕に話しかけてきた。


僕の目の前には大きなラウンドテーブルがあり、彼女はその向こう側にいる。


テーブルの中央は一段高くなっていて料理が回せるように回転式になっており、塩や胡椒が入ったミルが置かれていた。


そして、僕の目の前のテーブルには数種類のナイフにフォーク、それにワイン用のグラスが置かれている。


天井には金細工が施された装飾にシャンデリアが設置され、壁にはいくつもの絵画が掛けられていた。


今いる場所は防音の仕切りがされている個室で外からの声がほとんど聞こえてこない。


また、個室には一つ一つ鍵付きのドアが付いており、客人のプライベートな空間を演出している。


店員が来るのもオーダーを取りに来るときと料理を運びに来るときだけ。


それ以外で用があるときは手元にある、魔法の呼び鈴で呼ぶことになっている。


ここは5階建ての赤煉瓦造りの建物の最上階にあり、小高い丘の上にある。


窓から外を覗くとクレスの町が一望できる場所にあった。


この近辺は高級住宅街がある場所でもあり、名の知れた商人や冒険者、領主であるエルグランデ伯が居住する屋敷もある。


このレストラン”ヨツンヘイム”はクレスの町VIP御用達の高級料理店だ。


味の良さももちろんの事、その格式の高さが好評でしばしば重要な商談や接客に利用されると聞く。


料理も最低1万クレジットからという破格の高さである。


正直一般人の僕には無縁の場所であるのだけど・・・





「私はまだ、そこまで多くここを訪れた訳ではないんだけどね」



「でも、ここのレストランは一発で気に入っちゃったわ・・・」



「ここから見渡せる街並みは最高だと思わない?」



「人や建物が驚くほど小さいの・・・・・」





そう言って彼女は窓から見渡せる風景を指さした。


そこには数多くの建物があり、豆粒のような人々の往来が見て取れる。





「ふふっ・・・・こういう景色を見ているとね・・・」



「私、思うままに”壊したく”なっちゃう時があるのよ・・・」





彼女はうっとりとした目で街並みを見渡していた。


その琥珀色の瞳が怪しい揺らめきを放っている。





「はぁ・・・そういうもんですか」





僕は気のない返事を彼女に返した。


彼女のセリフの意味がイマイチ良く分からなかったからだ。


見晴らしが良いのは確かだけど、それで壊したくなるって・・・


どうやら彼女は生粋のSのようだ。


僕は思わずそんな彼女の様子を伺ってしまう。


・・・


今日の彼女は昨日来ていた黒いローブにフードという身なりではない。


丈の短めな膝が隠れる程度の淡い水色のコット(チュニック)を着ている。


さらさらと水が流れるような波立つ生地はおそらく綿製なのだろう。


さらに、その上には花柄模様の刺繍がされたシュルコ(陣羽織)を羽織っており、胸元には宝石が飾られていた。


昨日はローブの陰にあってよく見えなかったが、彼女は膝下まで網目が施されたヒールサンダルを履いているようで、彼女の脚線が強調されるようなデザインだった。


今日の彼女はその鮮やかな青い髪もよく見えるし、整った顔立ちと表情もはっきりと判別できる。


昨日とはまるで別人のような印象だ。


衣装といい佇まいといい”セレブ”という言葉が似合う大人の色気に満ちた女性だった。





「なんか気のない返事ね・・・坊や」



「それに何、その服装は・・・もうちょっとマシな衣装で来れなかったのかしら?」



「せっかく人がデートに誘っているんだから、もっとオシャレして楽しまなきゃ人生損よ?・・・ふふっ」



「いや、これはなんか・・・すみません・・・」





そう言って彼女のセリフに僕はしどろもどろになりながら答えた。


僕の方は相変わらず作業着で来てます。すみません・・・


でも、これは仕方ないと思うんだけど・・・


こっちは仕事の合間を縫って彼女に会っているんだ。


こんなところに来るつもりもなかったし、ここに連れてこられるとも思わなかった。


そう、僕は彼女が宿泊している宿屋を尋ねたら、いきなりここに連れて来られた。


彼女曰く、”内緒の話をするに打って付けの場所がある”というんで半ば強引にだ。


もちろんこんな展開なんか僕は予想していない。


要件を済ませたらさっさと帰るつもりだったんだから、正装で来なかったとしても大目に見てほしい。





「ここの料理は絶品なのよ、坊やに是非味わって欲しくて誘ってみたの」



「こういうのはお嫌いかしら?」



「いえ、全然そんなことないです。ありがとうございます」



「ふふっ、そっ。それなら良かったわ」





・・・ここに着いたばかりの先ほどのシーンを思い出す。


ここに着くなり彼女は金貨5枚を受付の女性に渡して事も無げにこう言った。


「これで許す限り最も豪華な料理を持ってきて頂戴」と。


正直僕はその時面くらったんだけど、受付の女性も当たり前のように「かしこまりました」と言ってその依頼を受けたのだ。


額にしておよそ5万クレジット。ポンと何事もなかったかのように僕の給料2.5ヶ月分の大金が受け渡された。


・・・なんというか、一般人とはもう感覚が違うという感じだ。


金持ちは味や好みに煩いという印象があるからレストランへのオーダーも変化球に富んだものばかりなのかもしれない。


受付の女性にしてみたら、こういうのは日常茶飯事なのだろう。


僕はそのやり取りを見ながらそんな風に感じた。


しばらく、僕がそうやって回想に耽っていると「コンコン」というドアのノック音が聞こえてきた。





「どうぞ、開いているわよ」





オーゼットさんが訪問者に中に入ることを促した。





「失礼いたします」





直後、シェフと思わしき人が料理の入っているワゴンと一緒に入ってきた。


シェフの人は50代に入った初老の紳士という感じで、その風貌にもどこか貫禄がある。


彼はオーゼットさんを見るなり、恭しく一礼をした後話掛けてきた。





「これはこれはオーゼット様。いつも当レストランをご利用いただき誠にありがとうございます」



「本日のメニューも当店自慢の一品を取り揃えさせていただきましたので、是非ご賞味くださいませ」





オーゼットさんはシェフの方を向くとどこか親し気に彼に返答した。





「料理長も元気そうね。あの話考えてくれた?」





あの話?なんのことだ?





「いえ、あの話は誠に光栄なのですが、私もこのレストランを持っている身でございまして」



「さすがに受けるという訳には・・・」





はははという感じで苦笑いを料理長は返した。





「あら?せっかく私の専属の料理人にしてあげると言っているのに、勿体ないことするわね・・・」



「給料以外でも”美味しい思い”をさせて上げるって言ったじゃない」



「こんなチャンスそんなに何度もある訳じゃないのよ?」





オーゼットさんはそう言って、不思議そうな顔をしている。


僕はそんなやり取りを見て若干呆気に取られてしまった。


いやいや、そこ疑問に思うところですかね。


どう考えても料理長がそんな話受けるとは思えないけど・・・





「ははは、私が引退した時まだチャンスがあるのでしたら、その時は是非お声をお掛け下さいませ」





そう言ってまた恭しく一礼を料理長はしてきた。


料理長もさすがにプロだった。


オーゼットさんの無茶ぶりも軽くいなしている。


うーん・・・これが大人の余裕というやつかな。


断ったとしてもその態度に全然嫌味が感じられなかった。





「そう・・・まあ、それなら考えといてもいいわよ」





オーゼットさんも料理長にそれ以上追求することはなかった。


特段彼女も残念そうには見えない。


まあ、彼女もお遊びでやっていた部分もあるのかもしれない。


本気で彼を誘っているとは思えないし、料理長もそんな彼女の言葉を真に受けているとも思えなかった。


ある意味上流階級の社交辞令の一環なのかもしれないな・・・


僕にはまったく分からないけど。





料理長はオーゼットさんに再度お礼を言った後、後から入ってきたスタッフと共に円卓に料理を並べていった。


それは山海珍味で彩られた、香りも見た目も見事なもので、僕がこれまで見たことがない豪華なものだった。





「それではごゆっくりとおくつろぎくださいませ」





料理長は最後にそう言葉を残してこの場を去って行った。


後に残っているのは僕とオーゼットさん、そして、目の前に山の様に盛られた豪華な料理の数々だ。


この場に10人いて食べきれるかどうかの量だぞこれ・・・


僕は目の前の状況に尻込みをしていたのだけど、彼女は涼しい顔で言葉を続けてくる。





「さて、それでは頂きましょうか」



「ええ・・」





彼女は当たり前のようにこの現状を捉えているが、僕にとってはこれをどう処理するかで頭が一杯だった。


どうすればこれを無駄なく処理できるか・・・


人を呼んで胃袋の量を増やすか、あるいは料理を能力によって物理的に減らすとか、意味のない思考が延々と紡ぎだされてくる。


しかし、結局どれも意味を成すプランではなかった。





ええい、こうなったら、ままよ!





男は度胸、女は愛嬌という言葉を昨日レイナに教わった。


だったら・・・やってやろうじゃないか・・・!


僕は目の前の料理に果敢に挑戦をしていった。


料理自体は想像を絶するほどに美味しく、僕は味わうたびに歓喜の舌鼓を打つのだった。





・・・





「ふぅ・・・・」





一刻が経ち僕はギブアップした。


但し、お腹は腹八分目というところ。


満腹ではないけど、目の前の大量の料理を見ているだけで、食べることを僕は拒否した。


自分でも情けないと思っているが後悔はしていない。


どうやっても無理な壁というものが世の中には存在する。


というか彼女も一つ一つの料理に口をつける程度でほとんど食べていない。


味見して満足している感じ。


彼女が「もういい?」と尋ねて来たので僕がそれに頷くと、呼び鈴を鳴らしてさっさと料理を下げさせてしまった。


あの大量の料理はなんだったのか・・・


勿体ないという感覚が僕は先行したのだけど、それは金持ちにとって意味のないことなのかもしれない。





「さてと・・・」





そう言うなり彼女は僕のほうに向きなおった。





「前菜はこれくらいでいいでしょう」



「そろそろメインディッシュを頂こうかしらね・・・」



「・・・・」





彼女は腕を前に組み、片手を顎に当てて僕を見定めるような目つきで問いかけてきた。


その目は彼女の挙動に合わせて細められている。


獲物を見定めるような目つき・・・


彼女からまた得もいわれぬ威圧感が放たれていた。





来たか・・・・





彼女の言っている意味はもちろん分かっている。


元々僕たちはそのためにここに来たのだ。


落ち着け・・・


ここで平常心を保てなければ昨日のレイナとの練習が無駄になる。


彼女から聞いた作戦を実行するには極力平常心で臨まないといけない。


僕がそうやって意識を整えていると、彼女が話を続けてきた。





「ふふっ結構楽しみにしていたのよ、坊やの回答」



「まさか無策で来たという訳ではないでしょう?」



「・・・・」



「今から坊やがどういった答えを出すのか楽しみで仕方がないわ」





彼女はそう言って、不敵な笑顔を僕に向けてきた。


しばし、僕は沈黙を守りながら思案をした。


頭の中で昨日描いたシミュレーションを思い起こす。


彼女に最初に話すこと。


それは・・・





「オーゼットさん・・・答えを言う前に”相談”したいことがあります」





彼女は僕から予想外の言葉が出てきてきょとんとした顔になる。





「あら、いきなり何かしら?」





彼女は訝し気な視線を向けつつも、一応こちらの話を聞いてくれるようだ。


よしっ!これで第一関門はクリアだ。


ここでそもそも彼女が話を聞く素振りが無かったら、さっさと答えを言って、素直に情報と9万クレジットを受け取るしかなくなる。


そういった意味で、ここでの彼女の反応は重要だったが、事前の”前菜”が功を奏したのか彼女はご機嫌だった。


僕は話を続けた。





「はい・・・昨日答えを必死になって考えたんですが、実はまだ確信を持てるものを見つけられないでいます・・・」



「相談というのはこの事なんです」



「・・・・・・ふぅん。続けなさい」





彼女は僕の言葉を聞いた途端”相談”に興味を無くしたようだ。


僕が今から言う事を察したのかもしれない。





「はい。懇願するようで申し訳ないんですが、後3万クレジット追加でお支払いする事でなんとか情報は頂けないでしょうか?」



「もちろん、先日の依頼分の返金は必要ありませんので・・・・」





僕は必死な姿で彼女に懇願をした。


こちらとしてはもし、相手がこれで受けてくれたとしても、最低限必要な情報を受け取れるので傷は少なくて済む。


しかし、彼女は僕の言葉を聞くと同時に億劫な顔をして返答してきた。


その顔はまさに”がっかり”といった感じが相応しい表情だ。





「はぁ・・・何を言ってくるのかと思いきや、ちょっと失望したわよ坊や」



「今回の”趣旨”を理解できていないようだから言っておくけどね。これは”ゲーム”なのよ?」



「ゲームですか・・・?」





僕はさも初めて聞いたような顔をして、彼女の言葉に反応した。





「そう、ゲームよ」



「絶対に辿り着けそうもない正解にどうやって坊やが答えるか・・・そこが見物なんじゃない」



「だからこそ、もし答えられた時には本物の情報とそれに見合う報酬が用意されているのよ?」



「そんな小手先の3万クレジットなんてお呼びじゃないの。理解できて?」



「なるほど・・・」





僕は彼女の言葉に深く頷いた。


彼女はさらに言葉を続けてくる。





「だから、情報と報酬を受け取るのは坊やが答えを当てた時だけというのは”絶対条件”よ」



「ここを変えるつもりは全くないし、交渉に乗る気もないわ」





そう言って、バッサリと彼女は僕の相談事を切り捨てた。


彼女は半ば僕に興味を無くした様だ。


言葉にもどこか投げやりなところが感じられる。


ゲームの勝敗が既についてつまらないと思っているんだろう。


だが、ここで諦めるわけには行かない。


僕は振り絞るような声で彼女に話しかけた。





「それなら、代わりにお願いなのですが・・・・」





そう言って前置きをした後僕は話を続けた。


彼女は無言で僕の様子を見つめたままだ。


その表情は先ほどと変わり無表情になっている。





「もし、僕が当てることが出来たなら報酬を変えることは出来ないでしょうか・・・?」



「9万クレジットの返金は必要ありません。それより全然”安いもの”で構いませんので冒険に役立つ道具を頂きたいんです」



「僕としては情報があろうがなかろうが、いずれ旅立とうと思っています」



「その時にもし役立つものを頂けるのであれば、僕としてはそれで十分なんです」





目の前の彼女は僕の言葉を表情を変えずに聞いていたが、


しばし考えた後無気力な感じで言葉を返して来た。





「ふん・・・まあ、それくらいなら、乗ってもいいわ」



「まあ、いずれにしろ坊やが”当てることが出来たら”の話だけどね」



「ありがとうございます」





僕はそう言って深々と頭を下げた。





「さあ、もう”相談事”はいいでしょう?答えを言いなさい」



「もう勝負はついたと思っているけど、一応ゲームだものね」



「坊やがどういう結論を出したのかは聞いてあげるわよ」





彼女が僕に答えを言うのを急かして来た。


もう勝負もついたし、さっさとこの会合を打ち切りたいと思っているんだろう。


ただ、彼女自身がゲームと言った都合上、こちらの答えはちゃんと聞いてくれるようだ。


意外に彼女はフェアな人間なのかもしれない。


もちろん、それは彼女が自分で課したルールに置いてだけど。





「分かりました・・・それなら今から答えを言いますね・・・」



「オーゼットさんあなたの”正体”ですが・・・・・・・」



「・・・・」





相手が僕の答えを待っている。


彼女の視線が僕に注がれているのを感じた。


なんだかんだ言って僕がどういう答えを出したのかは気になるのだろう。


僕はテーブルに肘を置き、そこに頭を伏せた状態で一旦沈黙する。





「・・・・」





そして、次の瞬間顔を上げて僕は”答え”を言った。


それは先ほどまでの弱々しい声ではない。


自信たっぷりに堂々と。彼女によく聴こえるように発したのだ。





「”オズの魔法使い”ですね?」





ニッ





不敵な笑みと共に、その場に僕の言葉が響き渡った。




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