近衛騎士との遭遇
エノクの声にもどこか緊張感がみられる。
私達は”悪魔”の口にも見えるその門の中に入っていった・・・
ギィーーー・・・・
重い扉の音と共にエノクと私はギルドの中に入った。
・・・
「うわぁ・・・」
「すごい・・・・」
思わず二人してため息が出てしまった。
そこで見た光景は私達をあっと言わせるに余りあるものだった。
まず、目の中に入ってきたのは圧倒的なスケールで描き出されている天井画だ。
首を垂直に上に向けて10m以上はあるだろう天井一面にダイナミックにそれが描かれている。
それは神話の世界を描いていると一目で分かる見事なフレスコ画だった。
天地創造から始まり、神々の誕生と悪魔の誕生、闇に覆われた大地に様々な種族が生まれ、そして互いに争っている光景が描かれている。
また、天井画以外の内装も圧巻の一言である。
天井の横に付いているステンドガラスにも神話と思わしき登場人物が描かれており、外からの透過光が入る際に幻想的な雰囲気を醸し出している。
天井を支えている柱は古代ギリシャ・ローマを思わせるような直線的なデザインが施されており、その天頂部分には天使の大理石像が惜しげもなく散りばめられていた。
まさに威風堂々、豪華絢爛、荘厳華麗、光炎万丈といった褒め言葉が似合う雄大な空間がそこには広がっていた。
どうやらこの世界にもダヴィンチやミケランジェロの如き芸術の天才がいるようだ。
正直これは言葉も出ないわね・・・
私が先ほどまで感じていたギルドへの不気味さや薄気味悪さは何処かへ消し飛んでしまった。
代わりに今感じているのは”畏怖”や”畏敬”といった感情だ。
まだ、入って間もないのにもかかわらず人の価値観を根底から変えてしまう様な”魔力”がこの空間には備わっていた。
しばらくその光景に私たちが見とれていると、数名の人間がこちらに歩いてくるのが分かった。
どうやら先に用が済んだギルドの訪問客のようだ。
歩いてくるのは全員女性の様である。
彼女たちは一目でわかるような非常に特徴的な姿をしていた。
赤と金を基調とした色鮮やかな衣服にその身を包み、銀の胸当てと小手、それにグリーブを装備している。
さらに特徴的なのは腰に帯刀している剣だ。
鞘に収まっているので刀身は確認できないが、それだけでも十分に高価なものだと分かる。
剣の柄には淡い水色の輝きを放つ水晶が埋め込まれ、鞘は金色に輝く豪華な装飾が施されていた。
例え群衆の中に埋もれたとしても彼女たちを見つけるのは容易いだろう。
それくらい彼女たちは目立つ格好をしていた。
そんな彼女たちが入り口の方に近づいて来る。
ここにいると通り道を塞ぐ形になってしまうだろう。
それに気づいたエノクは慌てて彼女らに道を譲った。
「失礼」
先頭に立って歩いている女性がエノクに一言声を掛けてきた。
そのまま彼女たちは横を通り過ぎていく。
うわぁ・・・美人・・・
それは同性の私から見てもため息が出るほどの美しい女性だった。
女性達はいずれも美人だったが、先頭に立って歩いていた女性の美しさは群を抜いていた。
ヴァイオレットの瞳と透き通るような白い肌。
歩くたびに後ろで結わえられた金髪がサラサラと揺られ、すらりと伸びた背に掛かっている。
華美な衣装に身を包んでいながらも、威風堂々とした振る舞いにどこか凛々しささえ感じてくる。
歩くだけで絵になりそうな人だった。
・・・
直後、彼女たちはフローラルな薔薇の香りを残して、そのままギルドから去っていった。
「・・・・」
いやぁ、ああいう人種が世の中にはいるもんなのね~
神様は不公平だわ。
「・・・・」
・・・あ、そうだった。不公平だった。
それは、私が一番良く知っているし。
「・・・・・」
それにしても彼女たちは誰だったのかしら・・・
格好からして一般庶民でないことだけは確実よね?
どこかの良家のお嬢様かしらね?
その割には武装していたけど。
「・・・・・」
・・・さっきからエノクが全く喋らなくて、動きもしないんだけど・・・
どうしたちゃったのよ彼は?
心配になったので私はエノクの様子をカバンから覗いてみた。
ぼーーーっ・・・・・
彼は顔が赤くなったまま固まっていた。
魅了されている!?
なんで!?
「ちょっ・・・ちょっと起きてよ・・・」
私はバッグ越しにエノクを揺らしながら、小声で話しかけた。
「・・・あ、ご、ごめん!」
ようやく反応してくれた。
「・・・・大丈夫?」
「・・・うん。ごめん平気・・・」
エノクも小声で返してくれた。どうやら正気に戻ったようだ。
あまり大きな声で話すと、周囲に私がバッグにいることを気付かれてしまう。
色々突っ込みたいところはあるけど、今は自重しよう・・・
エノクは先ほど女性たちが来た方向、つまり、ギルドの受付の方に向かって歩き出した。
・・・
中を進んでいくと周囲からガヤガヤと声が聞こえてくる。
ギルドの中を見渡すとかなりの人がいるようだった。
おそらく、彼らはみな冒険者だろう。
服装がそれを物語っている。
長袖のシャツと厚い生地のズボンを履き、マントを羽織っているという井出達の人が多い。
また、頭や体、足には身を守る防具を付けている人も多く、機動性を重視しつつも、急所となる場所の防御面も考慮した装備をしている。
聞いている典型的な冒険者のスタイルだ。
まあ、中にはフルプレートで身を包んだり、大きな荷物を抱え込んだ荷物持ちの人もいたが、長旅にはそういう人も必須なのだろう。
詳しいことまではわからないけどね・・・
ただ、身なりは似通っていても、その行動はてんでばらばらだ。
掲示されているものを確認している者、同じグループ同士で雑談している者、テーブルの上で分け前を分配している者達など、
それぞれが思い思いにこの場で時間を過ごしているようだ。
なんていうか建物はとても立派でも、中にいる人間はいかにも冒険者という感じだった。
彼らのなかにはガラの悪そうな奴が何人もいる。
正直言って、この場にとても似つかわしいとは思えない。
これだけ見事な芸術が目の前にあるというのに、彼らは至って無関心だ。
何回もギルドに出入りしているからもう慣れちゃっているとか?
それとも、もともともそんな感性を持ち合わせていないのかな?
結局興味があるのはお金だけとか・・・
この建物を作った人は厳粛で秩序ある空間をイメージしてこの建物を建てたはずだ。
例え慣れちゃったとしても、この建物に敬意を持っていたらこんな騒々しい真似はしてないと思うんだよね。
ある意味冒険者の本質の一部を知れた気がするわ・・・気を付けよう。
それにしてもなにをそんなに騒いでいるのかしら?
ここに入ったばかりの時は流石にここまで五月蠅くなかったと思うんだけど?
彼らはなにかの噂で盛り上がっているようだ。
一体何を話しているんだろう・・・
私は彼らの話に耳を傾けてみた。
「・・・おい。今の女達見たか?」
「ああ・・・すげえいい女達だったな」
「ああ…あの子たちも冒険者なのかな~、次あの子が来たら俺アプローチしちゃうかも・・・」
「バッカ!お前たち知らねえのか?あれは王妹殿下の近衛騎士達だ」
「騎士団長のクラウディア団長もさっき来ていただろう?」
「お前たちが7回生まれ変わっても届かないくらい高嶺の花だよ」
クラウディア・・・?
あのめっちゃ美人さんの事かしら?
「近衛騎士がなんでこのギルドに来ているんだ?」
「王都には王国直営の”マルバスギルド”があったはずだろう?もし依頼するなら、そっちに行かねえか?」
「さあな・・・・・なんか理由があるんだろうよ」
なるほど・・・近衛騎士か・・・
だから、あんな格好していたのね
私がそうして周囲のうわさに耳を傾けていると、ある時点でエノクがピタッと止まった。
どうやら受付の前に着いたらしい。
受付の人はエノクが前に来るなり、非常にゆっくりと重々しい声で彼に話しかけてきた。
それは、とても威厳があり、静かな威圧感を伴った声だった・・・
「いらっしゃいませ・・・ご用件はなんでしょうか・・・?」