しけた依頼
ロニーさんは依頼の5枚の張り紙を並べると腕組みしながらヘルマンさんを見据える。
その目はギロリと彼の動向を観察していて、まるで獲物を狙う肉食動物の様に鋭かった。
ヘルマンさんはそんな無言の威圧をものともせずに、ニヤリと笑うといつもの軽い感じで答える。
「おう!サンキュウ!」
「さっすが用意が良いね~♪」
ピュー!と口笛を吹きながら、ヘルマンさんはカウンターの上に並べられた依頼書に目を通していく。
後ろに控えていたビクターさんもすっと彼の横に並び依頼書を確認する。
その動きは長年連れ添った相棒と言うだけあって息ぴったりだった。
「・・・ここは、あの二人に任せとこうか」
「・・・そうだな、あのマスターはヘルマンの知己だし、俺達が出張る必要もないだろう」
ヴァネッサとランベールがそう言って後ろから静かに彼らの動向を見守る。
ミランダは気になるようで、横から張り紙を覗き込んでいた。
・・・なるほど。やっぱり、パーティの方針はあの二人が優先して決めているのね。
まあ、パーティが設立された経緯を考えれば納得だけどさ。
しばらく、ヘルマンさんがルンルンとした表情で依頼用紙を見ていくが、段々と彼の表情が曇っていく。
「・・・どうしたんだろう?ヘルマンさん」
その様子を見てポツリとエノクが呟く声が聞こえてくる。
ヘルマンさんは頬をかきながら、苦虫を噛み潰したような顔をした。
彼は依頼書を指で弾きながらロニーさんを見据える。
「おい、ロニー・・・なんだこりゃ?」
「ちょっとしけてねぇか?これが本当にあんたのオススメなんかよ?」
ヘルマンさんがそう不満を口にすると、ロニーさんは腕を組みながら静かに答えてきた。
「・・・お望み通り、どれも報酬100万クレジット以上になりそうな高額報酬の依頼だ。何が不満だ?」
ジロリと品定めするかのようにヘルマンさんを見つめるロニーさん。
ヘルマンさんは面倒くさそうに頭を掻きながら、「じゃあ、言わせてもらうがなぁ・・・」と枕詞を入れながら続ける。
「まず、この『”氷晶ベリー”の採取』の依頼についてだ」
「氷晶ベリー10粒の採取まで1粒20万。それ以降1粒に付き10万クレジットの報酬を出すと言うが・・・どうみても労力と報酬の割が合わない」
「氷晶ベリーは年に100粒くらいしか産出しない、"レアハーブ"だ」
「雪山のシュネーガード山脈全域をくまなく探して、ようやく10粒見つけられたら良いレベルだろ」
「山脈全域の探索だけで3か月以上は余裕で掛かるし、その間もちろん魔物との戦闘もあるだろう」
「・・・登山に魔物との戦闘の準備、食料や野営の資金だけで1日だけで数万は確実に溶けていく」
「仮に3万クレジット毎日掛かるとして、90日探索したらその時点で270万クレジットだ」
「大赤字で、話になんねぇよ」
「・・・依頼主の名前を見るに、ギルドや商会ではなく、これは個人依頼主だろう?」
「物の相場が分かっていないバカか、冒険者がアホだと思って吹っかけて来ている無礼者だな」
「あんたから、そいつによく言い聞かせておけ!こんなくだらん依頼出すなってな・・・」
ヘルマンさんの物言いに、ロニーさんは肩をすくめながら反応する。
「・・・ふむ。そうか、それは悪かったな」
「だったら、他はどうだ?気に入ったのはなかったのか?」
「・・・他も似たようなもんだよ」
ヘルマンさんは続けて次の依頼書を指差し、トントンとカウンターを叩きながら続けた。
「次はこれだ。山脈北東部にあるホルンベルゲン高原を住処としている”フロストホーンウルフ”の狩りの依頼・・・」
「報酬はフロストホーンウルフ10匹まで1匹の毛皮に付き10万クレジット。それ以降は5万クレジット支払うというものだ」
「・・・まあ、依頼自体はよくある狩りの依頼だが、対象の魔物が悪い」
「このウルフは毛皮も角も高値で取引されているせいか、近年乱獲が進んで確かもう希少種になっていたはずだろう?」
「個体数が少ないからまず狩れる絶対量が少ない・・・つまり、報酬の上限もたかがしれている」
「それに近年は狩人から逃れるために奴らは住処を移動してホルンベルゲン高原で見かけなくなったという話も聞いている」
「奴らを探索するために雪山をくまなく探索することになるとしたら、さっきの依頼と同じ様に膨大な労力と時間と金が掛かっちまう」
「以前だったらこの条件でも悪くなかったが、状況が変わった今となっちゃ死に体の依頼と言わざるを得ねぇ・・・」
ピン!
バサッ・・・
ヘルマンさんは依頼書をカウンターの外に弾いて依頼書は床に落としてしまう。
それを無言で見つめるロニーさん。
息つく間もなくヘルマンさんはさらに隣にある依頼書を指差して話を続けた。
「そして、今度はこれ」
「山脈の最深部の谷”ルミナス・シュネー峡”で採れる『極光石』の採掘で、報酬は100gに付き1億クレジットだ」
「僅か1gでも100万クレジット・・・まあ、これの報酬面に関しては悪くねぇよ。むしろかなり良いと言ってもいいだろう」
「発掘出来たら大儲け間違いないし、当たれば確かにでかい・・・だが、あまりにもレア過ぎる鉱物なのが問題だ」
「・・・アンタも知っての通り、極光石はオーロラの光とその魔力を凍結させ、長い年月掛けて造られる自然の魔力結晶だ」
「オーロラが地上に降り注ぎやすい特殊な気象・魔力環境で、かつ万年雪が積もった極寒の地でしか醸成されない」
「しかも数百年から数千年という途方もない年月をかけて造られる、まさに自然の芸術品と呼ぶに相応しい鉱物・・・」
「ミスリルはおろか、アダマンタイトすら上回る希少性だ」
「・・・ハッキリ言って採れる見込みはほとんどねぇし、時間を無駄にする可能性の方が圧倒的に高い」
「俺はロマンは好きだが、決して夢追い人ではないのでねぇ・・・」
「もっと現実的な依頼をくれねぇか?」
ピン!
バサッ・・・
ヘルマンさんは再び依頼書を指ではじき落とす。
さらに彼は続ける。
「・・・次は、山脈の高原を住処としている雪の民”フィン族”との交易護衛の依頼だ」
「報酬条件は3か月の荷駄隊の護衛の完遂で、450万クレジット」
「加えて、宿・食事代は別途支給。また、回復アイテムや登山に必要な装備類の代金も向こう持ち」
「・・・まあ、少々護衛の期間が長いのに報酬が若干低めな事を除けば、旅費や消耗品の費用は依頼主持ちなのは悪くない」
「他にまともな依頼がないなら、この内容だったら選択肢に上がってくるが・・・」
ペラッ
ヘルマンさんはそう言って依頼書を掲げてロニーさんに見せると、依頼主の名前が書かれた欄をトントンと指さしながら言った。
「・・・問題なのはこの依頼主”クロイゼン商会”だ」
「こいつは新興の成り上がりの商人で、ゴートランドの商人ギルドにもまだ加盟していなかったはずだ」
「ギルドに加盟すれば、信頼が上がり、ギルドの販路を使用できて税関も有利になり、キャラバンの護衛もギルドが引き受けてくれたりとメリットがある」
「だが一方、高額な上納金を課され、価格・品質・取引先を厳しく管理され、新規開拓も出来にくく、新参者が利益を上げにくい構造になっている」
「・・・まあ、商人ギルドの良し悪しについてはこの際置いておくとしてだ」
「俺からすれば、商人ギルドに加盟していない商人からの依頼は”地雷”でしかない」
「奴らには縛るものがなにもないからな・・・倫理観もクソもあったもんじゃねぇ」
「”護衛の一環”と称して、余計な依頼や、無理難題を突き付けてくるのが関の山だぜ」
「・・・まあ、これに関しては冒険者によって考え方は違うがね。だが、俺はパスさせてもらう」
ピン!
バサッ・・・
「・・・そして、最後にこれ」
「ホルンフェル・地下深部坑道”未知の魔鉱石層”の発見調査」
「調査基本報酬は50万クレジットだが、新たな鉱脈を見つけたら300万クレジットの追加報酬が支払われるというものだ」
「これも結局、鉱脈が見つかるかは一か八かで報酬が安定しないというのが懸念点の一つ・・・」
「新鉱脈なんて見つからない可能性のほうが圧倒的に高いから、実際は50万クレジットしか見込めないだろう」
「では、簡単に取組むことが出来る依頼かと言われればもちろんそんな訳でもない」
「ホルンフェルの地下坑道は全長数十kmにも達し、網の目のように広がっていて、深部に行くだけで丸2日は掛かるだろう」
「往復4日、調査と野営を3日入れるとして、最低1週間は坑道の中で拘束される計算だ」
「加えて、深部坑道では崩落の可能性が常につきまとい、”ドラウグル”や”鉱夫霊”などのゾンビやゴースト系の魔物も出没する」
「そいつらの備えとかを考えたら、どう考えても50万クレジットの基本報酬だけじゃ割に合わねえよ!」
「完全にゴミ依頼だ」
「・・・・・」
ピン!
バサッ・・・
そうして、ヘルマンさんは全ての依頼書を床に落としてしまった。
彼はカウンターに肘を乗せ、グイッ!と身体を前に押し出すとロニーさんを鋭い視線で見据える。
「・・・つー訳よ。理解してくれたかい」
「あんたが何でこんなしけた依頼ばっか紹介してきたか知らねけーどよ」
「俺はもう”ガキ”じゃねえ。お互い実りのある取引をしようや」
「・・・・・」




