それぞれの旅立ち⑥
エレオノーラ様の絶対に帰ってこいという厳命を受けて私は殿下の離宮を離れた。
私が旅立つことは殿下とエミリア以外には話していない。
私の今の姿を知っているのも、殿下に取次をしていた護衛の騎士団員くらいのものだ。
私が旅立った事が王宮の者達に知られる時には、既に私は遠い地で戦死したことになっているだろう。
最低限の冒険用の荷物とアイテムを入れた布袋を背中にぶら下げ、私は王宮の門へとゆっくりと足を運ぶ。
今の私には地位も身分も名誉もない。
冒険へ旅立つにあたり、持っていけるものは手持ちの僅かなアイテムと資金だけ。
貴族と言っても家の金を自由に使えるわけでもない。
さらにエレオノーラ殿下の騎士団の団長をしていたとはいえ、懐事情は寂しかった。
殿下の個人資金で運営されていた騎士団の資金を賄うために私自身の給金はほとんど得ていなかった。
その為、今の手持ちで持っている路銀も旅を続けるには余りにも心許ない額しかなかった。
旅をしながら私自身も生活の為に冒険者として依頼を請ける必要があるだろう。
今の私はまさに、剣一本で生計を立てようとしている、世間知らずな貴族の家出娘だ。
これから先、さぞ多くの困難が私に待ち受けているのは目に見えている。
・・・だが、今の私にはこの青空のように澄み渡った気持ちで満ち溢れていた。
何にも縛られることなく、ただ自分の目的のために行動できる環境というのは最高の贅沢なのだろう。
晴れやかな顔で周囲のものの様子を伺いながら私は王宮の街路を歩いていく。
あと少しで王宮の門へと到着する時に私の目に思わぬ人物の姿が入ってきた。
「アイナ・・・・」
先ほど私に皮肉たっぷりに挑発して出ていったアイナが王宮の門の前で待っていた。
彼女は私の姿を認めるとニコリと微笑む。
「・・・どうやら今日は人を見送る日のようですね」
「一日に2度も見送る事になるとは中々出来ない体験でしょう」
「・・・・・」
私は眉をひそめながら彼女を見据えると、不貞腐れ気味に彼女に話しかけた。
「・・・アイナ。最初から私がここに来ることが分かっていたな・・・?」
「お前の思い通りに動いていたと考えるとなんか凄い癪に障るぞ・・・」
「・・・ふふっ」
アイナが私の軽口に微笑んだ後、嬉しそうに言葉を続けてきた。
「隊長に発破を掛けたのはその通りですが、本当にいらっしゃるかどうかは私の賭けでした」
「しかし、分が悪い賭けではありません」
「隊長の王妹殿下への忠誠は絶対に本物だと思っておりましたから・・・」
アイナはそう言うと、目を閉じてカーテシーで丁寧にお辞儀をしてきた。
「隊長に発奮を促すためとは言え、先ほどの数々の侮辱・・・」
「どうか、お許しを・・・」
今度は皮肉などではなく本当に謝罪をしているようだ。
私は静かに彼女を見据えた後言葉を返す。
「アイナ・・・私はお前はいかなる事にも感情を乱さない氷の女かと思っていた・・・」
「だが、どうやらそれは私の大きな勘違いだったようだな・・・」
「まさかお前があそこまで感情を内に秘めて、それを爆発させてくるとはな・・・」
「お前の誰に対しても物怖じしない態度と、容赦のない弁舌のおかげで私も目が覚めたよ・・・」
「しかしだな・・・エレオノーラ様を侮辱するような発言だけは我慢ならん」
「ここで一発殴らせろ・・・それで先程のことは勘弁してやる」
今度は私が皮肉を交えながらアイナに話す。
すると、彼女は少し表情を強張らせた後、私に頭を下げながら返事をしてきた。
「隊長・・・実は先程私も嘘をつきました」
「隊長への恨みがこれっぽっちもないと言いましたが、あれは嘘です」
「私もグレースも日頃隊長が無茶な任務を振ってくるおかげで大分鬱憤が溜まっておりました」
「隊長が旅立つ前に日頃の恨みを晴らしたいと思いますので、私も一発殴らせてください」
「それで、貸し借りなしにしましょう」
「・・・・・」
アイナと私はしばし、お互いを見つめる。
そして、どちらからともなく吹き出した。
「ふっ・・・いいだろう。では、これでお互い恨みっこなしだぞ?」
「・・・ええ!!」
ドガッ!バゴッ!
そして、私達はお互いの顔面を一発ずつ、思いっきり殴ったのだった!
衝撃で私達は後ろに無様に尻もちを付いてしまう。
その格好がおかしくて私はヒリヒリと痛む頬を抑えながら思わず笑ってしまう。
「・・・はははっ!」
「これでは”優雅に上品に”が聞いて呆れるな?」
「ふふっ・・・確かに・・・」
アイナも私に殴られた頬を抑えながら苦笑いを返す。
私とアイナは起き上がると、身繕いを整えて改めて対峙する。
既に私達の中に蟠りはなかった。
私は彼女の肩に手を置き、真剣な表情で彼女を見据える。
「私が留守の間、殿下の事は頼んだぞ・・・?」
「・・・はっ!お任せください!!」
私の言葉に応えるように、アイナが背筋をビシッと伸ばし敬礼をしてきた。
私もそんな彼女に敬礼で返す。
しばらく、お互い不動の姿勢で別れの挨拶を済ます。
そして、私は手を下ろすとそのまま踵を返したのだ。
「隊長!!ご武運を!!!」
アイナの声が背後に聞こえてくる。
彼女の声に右手を上げながら応えると、私は王宮の正門を後にした。
胸に去来するのはエレオノーラ様との思い出と、大変だったがやりがいのあった騎士団での任務の日々だった・・・
「それにしてもアイナめ・・・最後まで言いたい放題言ってくれたものだな・・・」
「確かに大変な任務を与えたことはあるが、そこまで鬱憤が溜まっていたなんて大げさだろうに・・・」
第9近衛騎士団の団員は紛れもなく私の仲間であり、命を掛けて戦った戦友達だ。
私が下した命令も彼女たちはその趣旨を理解し、困難な任務にもよく応えてくれていた。
志を同じくした言わば一心同体の存在。
そんな彼女たち第9近衛騎士団を私は心から誇りに思う・・・
「エレオノーラ様の為にも・・・待っている仲間たちのためにも私は必ず生きて帰る!」
「・・・そして、”知恵の実”も取り戻す!!」
そう誓って、私は大いなる冒険へと踏み出したのだった・・・
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「・・・・あははは!!ついに私は見つけたのだ!」
「あの伝説はやはり本当だったのだ!!」
「やったぞ・・・!ついにやった!これは世紀の大発見だぞ!!」
「これで私も歴史に名を残すことが出来たな!」
土埃が舞う薄暗い暗闇が支配する空間で、私の顔が魔力灯に照らされていた。
八重歯がキラリと光りながら、大口を開けて笑う自らの高笑いが周囲に響き渡っている。
地面を見渡してみれば、青白い光がぼんやりと浮かび上がる魔法陣の明滅が存在をわずかに主張していた。
その存在感の薄さに反して、この魔法陣は我々の常識を根本から覆すこと請け合いの世紀の遺物だった。
神話・・・すなわちおとぎ話で言われていたことが事実だという可能性が飛躍的に高まった。
物語の語り部として、これ以上ない発見と言っていいだろう。
私の話を聞いて、目を輝かせる子どもたちの姿が目に浮かぶかのようだ・・・!!
「これより詠われし物語は遥か悠久の昔の話・・・」
「しかし、それはおとぎ話でも、ファンタジーでもございません・・・」
「古の勇者と人間から神へとなった偉大なるリーヴ神の真実の物語・・・!!」
「ご通行中のそこの紳士・淑女の皆様方、真実なる古の語り部”アラン・ホーカンソン”が語る一大叙事詩を聞きたければその歩みを止めよ!」
「精霊と神々が見守る、今この時、この瞬間に立ち会うべし・・・!!」
「・・・・くぅ~!!!」
「この台詞を堂々と言えるなんて最高すぎる・・・!!」
世紀の大発見をしたことによって私の興奮は天井知らずに高まっていた。
私は普段そこまで興奮を露わにすることはないのだが、古の真実の扉が開かれた瞬間だけは話が別だ。
今すぐにでもこの話を世界中の人々に語り聞かせたくて仕方がなかった・・・!
「こうしちゃおれん!!・・・すぐに行かなければ!!」
「っと・・・その前にこの魔法陣を模写しておかなければな!!」
私は手持ちのカバンからエッセイ用のペンと紙を取り出し、この情景を紙に残すことにした。
「・・・・♪♪」
鼻歌を歌いながら、しばしデッサンに夢中になってしまう。
しかし、その間に周囲の状況に異変が起こった。
私の”危険察知スキル”が反応したのだ!!
「・・・・なに!!?」
「さっきまで何もなかったのに・・・!」
私は顔を上げて周囲を見渡し、危険の正体を探る。
・・・すると、程なくしてその正体が暗闇の向こうから”姿”を表したのだ!
ざっ!
「ようやく見つけたぞぉ・・・・!」
「お・・・おまえは!!まさか・・・!」
暗闇から現れた相手は魔物ではなく人間だった・・・
それも騎士の格好をした、私のよく知る相手だった・・・!
「・・・こんな”大穴”の地の底にいるなんてな。随分探したよ”兄貴”・・・」
「だけど、ようやくこれで私の任務も終わりそうだよ・・・」
「・・・グ・・・”グレース”ちゃん!!?」
目の前に現れた相手が私はしばし信じられなかった・・・!
現れた相手というのがなんと血を分けた自分の妹だったのだから!!
まさか、こんな日に、こんな場所で巡り合うなんて、何と言う偶然・・・!
何と言う僥倖だろうか・・・!
私はあまりの偶然に思わず妹の手を握り、喜びの声を上げてしまう!!
「これは、なんという奇跡だろうか!妹よ!!」
「今、この時、この偶然に立ち会えるとは!!!」
「どうやら私達は運命の女神達に微笑まれているようだぞ!!」
「・・・・えっ?」
妹がキョトンした目で私を見る。
そんな彼女に私は堪らなくなり、語りだしたのだ!
「私はついに世紀の発見をしたのだよ!!」
「妹よ、見ろ!この”半分”の魔法陣の紋様を!!!」
「これはな!あの欲望の塔の最上階で見つけた紋様と左右対称なのだよ!!!」
「2つの紋様で1つの円をなす魔法陣・・・先史文明の巨大建築物の迷宮でよく見られる特徴だ!」
「つまりだな!あのエルフが語ってくれた話が真実だということを示していることに他ならないのだ!」
「分かるか妹よ!!?この発見の凄さが!!」
「・・・・・」
妹は唖然とした表情で私を見つめ、その手をぶるぶると震わせていた。
どうやら、喜びに打ち震えているようだ。
そうだろう!そうだろう!
これで”ホーカンソン”の名は不滅になったのだ!!
我が父、我が祖先の名声が後世に永遠に語り継がれることを思えば、
歓喜の雄叫びが身体の奥底から湧き上がってくるというものだ!
「・・・そう、”塔の伝説”は本当だったのだよ!」
「まだ引き続き調査は必要だろうが、もうほぼ間違いないと言っていいだろう!!」
「・・・この”先”にあるのだよ!!!リーヴ神のはこぶ―――」
「――――兄貴!!!」
私が魔法陣の凄さを説明している途中で妹が声を上げてきた!
その声の大きさに私も思わず説明を止め、妹に顔を向ける。
訝しげな表情で妹の顔を伺うと、彼女は下を向きながら相変わらず身体を震わせていた。
「兄貴・・・私が何でこんなところまで来たか分かるか・・・?」
「私はな・・・この数ヶ月必死だったんだ!」
「・・・必死に兄貴を探していたんだ!!自分の”使命”を果たすためにな・・・!!」
「この気持ち兄貴にわかるか・・・!!?」
「・・・グレース・・・・そうか、お前もか・・・」
彼女も自分の使命を果たそうと必死だったのだ・・・
私は吟遊詩人で、彼女は王国の騎士。
それぞれ職業も立場も違うが、”ホーカンソン”の威名を後世に残す”使命”を果たそうとしているのだ。
我が妹ながらあっぱれだ・・・そんな彼女のことを私は誇りに思う。
私は彼女の肩に手をおいて静かに語りかけたのだ!
「妹よ・・・お前のその崇高な志を私は誇りに思う・・・!」
「だが、安心しろ!今日私の宿願の一つは叶った!」
「お前の使命を果たすため、これからは私も少しは手伝えるだろう!!」
「手伝えることがあるなら何なりとこの兄に言いたまえ!!」
「・・・本当か、兄貴?」
私の言葉に妹が両の拳にぐっと力を込めた!
どうやらガッツポーズをしているようだ。
私の協力の申し出がさぞ嬉しいのだろう。
妹がワナワナと身体を震わせながら、言葉を続けてくる。
「・・・私の任務は”ある無法者”を捕まえてくることなんだ・・・!」
「是非、協力してくれないかな・・・?」
「そうすると、大分私も助かるんだよね・・・」
「・・・ふっ、もちろん!お安い御用だ!妹よ!!」
妹の鬼気迫る頼み方は少し気になるところだが、可愛い妹の頼みだ。
偉大なるホーカンの息子として・・・そして、兄として当然グレースの期待に応えねばなるまい!
私はコクリと深く頷くと、妹に厳かに問い返したのだ。
「・・・それで?その無法者とは一体誰なのだ、妹よ?」
すちゃ・・・!
私の言葉にぴくっと反応したかと思えば、次になぜか妹は腰につけていた剣を抜いてきた!
そして、顔を上げるときっ!と私を睨みつけながら言ってきたのだ!
「きさまだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
妹が襲いかかってきた!!!
第3章 完




