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それぞれの旅立ち⑤




バコン!!





「くっ!何が”王妃殿下”だ!!」



「言ってくれるな!!アイナ・・・・!!」





アイナが去った後の誰もいない執務室に私の怒号が響き渡る。





「私が新国王に嫁ぐ事に安寧を感じているだと!?」



「ふざけるな!!」



「挙句の果てに私を”弱者”と言い放ちやがって!!」



「私も馬鹿にされたものだな!!!!」





バコン!!





近くの壁を殴り八つ当たりをしてしまう。


アイナの言葉がいつまで経っても私の心から離れることがなかった。


腹立たしい・・・


ああ、本当に腹立たしい!!


アイナに剣を抜くことが出来なかった私が腹立たしい。


弱者と侮られたのが腹立たしい!!


しかし、何より・・・腹立たしいのは、王妹殿下に命を掛ける気がないと断じられて、私がそれを否定出来なかったことだ!!





「・・・まったくあいつは!!」



「珍しく胸の内を暴露したと思ったら、私にこんなに発奮を促してくるとは思わなかったぞ!!」



「おかげで効果てきめんだ!良かったな!」



「貴様の思惑通り、私の心は怒りに震えているぞ!!」



「・・・自分自身の不甲斐なさにな・・・」





私はそう呟きながら、振りかざした拳を力なく下ろす・・・


そう・・・結局誰に対して怒っているのかと問われれば、それはアイナに対してではなかった。


王妹殿下に忠誠を貫くことが出来なかった自分自身に対してだ。


本当に王妹殿下に胸を張って忠誠を貫いていることが出来ていれば、私はアイナの言葉にこんなに怒りを感じることはないだろう。


自分自身が避けていた感情をアイナに指摘されて私もようやく自覚したのだ。


ここ最近感じていた自分自身の閉塞感と、停滞感。そして、無気力感と言った負の感情。


それは間違いなく私が無意識の内に感じていたエレオノーラ様に対しての負い目だろう。


私の”騎士の誓い”は言うまでもなく、エレオノーラ様に忠義を捧げることだ。


騎士としてエレオノーラ様に永遠の忠誠を誓ったというのに、


私は家のためだとかカーラの為だとか言い訳を作ってその”誓い”を反故にしていたのだ。


それをアイナが見逃さず、私の不忠を指摘してきたという訳だ。


ある意味アイナだからこそこんな痛烈な皮肉を交えて私を諌める事ができたのだろう





「ふっ・・・だが、発奮を促すのならもう少し柔らかく言ったらどうなのだ?」



「あやうく本気で貴様と切り合いそうになったぞ・・・・」





そう独り言を言いながら私は苦笑いをしてしまう。


いや・・・アイナが穏やかな言葉で私を焚き付けたとしても、私は恐らく目を覚まさなかっただろうな・・・


奴が殿下の批判すら恐れずに直言で物を申してきたから、私はハッキリと自らの不忠に向き合わざるを得なかったのだ。


人間、時にはレンガで殴られるような劇薬が必要な時もあるものだ。


私にとって幸運だったのはアイナという誰に対しても恐れずに物を言える部下がいた事だ。





「・・・おかげで目が覚めたよ」





私は自分の手をギュッと握り、力を込める。


これまでの閉塞感が嘘のように力が漲ってきていた。


心の奥底から、活力がみなぎり始めていた。


私が真に望むもの・・・それは王妃になることなんかではないとハッキリ分かったからだ。


自分の家を安泰にすることでもない・・・


腐り始めたカーラ王国を守るためでもない・・・


カーラとエレオノーラ様どちらを取る?と言われれば私は躊躇うこと無くエレオノーラ様を選ぶ。


その事にようやく私は気づいたのだ・・・


だが、その選択をするということは、私は今の自分の地位を全て投げ出すことを意味する・・・


カーラの王妃になるという未来。マリュス公爵家の安泰。貴族令嬢としての私の立場。


すなわち・・・”クラウディア・フィリア・マリュス・ヒルデグリム”という女が手にしている地位や財産・名誉、全てを放棄しなければ私の真の望みは叶わないだろう・・・





「私も覚悟を決めねばなるまいな・・・」





私はそう言って奮い立つと、執務室に隣接する寝室に赴いた。


そして、化粧台の前に立って自分の姿を眺める。


鏡に映るのは長い髪をポニーテールでまとめた私の姿。


私はきっ!と自分自身を睨むと、おもむろに腰に携えた剣を抜剣した!


そして、それを自分の頭の後ろに持っていく・・・


ミスリルの光沢が首元にギラリと反射する中、私は左手で束ねた髪を持ち上げた。


・・・そして、そのまま私はそれを断ち切ったのだ!!





バサッ!!







ガチャ!





「殿下・・・失礼します!」





取次を受けた私は殿下の執務室に通された。


そして、殿下の前まで勢いよく進み出るとその前で頭を垂れる。


殿下の側にはエミリアが控えていたが、彼女は私の姿を見て驚愕した様だ。


私の姿を見て目を丸くしている。


そして、それはエレオノーラ様も同じだった。





「ク、クラウディア!!?・・・その格好は一体何なのです?」



「それに、その髪は・・・!?」





殿下はそう言って私の変貌に驚いた様子を示す。


それも当然だろう・・・


今の私はいつもの騎士の甲冑姿ではなかった。


青のロングコートの下には鎖帷子を着込み、下半身にはスパッツを履いてプロテクターを装着している。


そして、旅人のマントを羽織り、腰に一本ミスリルソードを帯剣しているだけの軽装だった。


今の私はまさに冒険者というに相応しい服装をしており、長かったポニーテルもバッサリと切り落としショートカットになっている。


以前の私を知っている者からすれば、まるで別人かと勘違いする出で立ちだろう。


私はゆっくりと顔を上げて、エレオノーラ様を見据えると静かに言葉を発した・・・





「エレオノーラ様。しばしのお別れを告げにまいりました・・・」





私の言葉にエレオノーラ様が息を呑む。


そんな彼女に私は厳かに言葉を続けた。





「・・・エレオノーラ様。私は決意いたしました」



「殿下にご恩返しをする為、私は”カーラの秘宝”を取り返す旅に出ます」



「そして、取り戻すまで私は殿下の前に戻ることはありません」



「身勝手な事を言う、私をお許しください・・・」



「・・・なっ!!?」





エレオノーラ様が目を見開く。





「・・・クラウディア。貴方自分が何を言っているのか分かっているのですか・・・?」



「貴方は新国王の后となる身分なのですよ・・・?」



「兄上やアーダルベルト・・・それにマリュス公がそんな事許すはずないでしょう!?」





殿下がそう言って私を諌めてきた。


しかし、私はそれに構わずすっと立ち上がると殿下の前に進み出る。


そして、手元から一房の”綺麗に束ねた金髪”を殿下のデスクの上にそっと置いたのだ。


私はエレオノーラ様を強い眼差しで見据えながら言葉を返す。





「今日この時点において貴族だった”クラウディア”は死にました」



「ここに今いるのは殿下に忠誠を誓うただ一人の女騎士”フィリア”です」



「これは私の”遺髪”です」



「国王陛下や父上には、クラウディアが神遺物奪還の任務中に”戦死”したとお伝え下さい」



「そして、その任務は私の独断専行でやったことであり、殿下は何も知らなかったと仰ってください」



「全てを私が勝手にやった事にすれば殿下に危害が及ぶこともないはずですから」



「・・・・・」





エレオノーラ様は信じられない表情で私を見つめていた。


唖然としながら殿下は私に返事をしてくる。





「本気なの・・・フィリア?」



「私は貴方に騎士団長の辞任を突きつけたのよ!何で私の為にそこまでするの!?」



「貴方・・・全てを失うことになるわよ?」



「王妃の身分はおろか、貴方が今まで築き上げてきた地位や名声も捨てることになるのよ!?」





憤りの感情を示す殿下に私は静かに首を振りながら答える。





「いいえ・・・全てを失う訳ではありません」



「エレオノーラ様への忠節と友情は残ります」



「王妃や貴族の身分も・・・騎士団長の地位も・・・我が家の安泰も私の生きる道ではなかったのです」



「殿下・・・私に”フィリア”の接辞名を授けて頂いた年の事を覚えておいででしょうか?」



「私と殿下がまだ8つの時で、私が殿下に侍女としてお仕えしていた時のことです・・・」



「・・・・・」





エレオノーラ様の私を見つめる瞳が揺れる。


・・・当然殿下は覚えているに決まっている。


接辞名ノビリアリー・パーティクル”とは王族や貴族に与えられ、尊き者である事を証明する称号の様なものだ。


自分より格上の人物から拝命する名であり、王族はリーヴ神の代理として大神官から与えられ、貴族は自分が仕える王族から与えられる。


そして、私の”フィリア”という名を与えてくれたのがエレオノーラ様だった・・・


過去へと思いを馳せながら、殿下に話を続ける。





「・・・あの頃の私は、周囲が辟易する程のお転婆娘でした」



「貴族の令嬢としての作法も礼儀も弁えていない粗略で無知な娘であり、王族である殿下にさえ高飛車な態度を取る始末」



「殿下はそんな私を『友達』と言ってくれて、古代の言語で”友情”を意味するフィリアの名も授けてくれました」



「しかし、私は当時何の感慨も沸きませんでした」



「身の回りに何人もいる貴族の侍女の1人にただ気まぐれで付けた名だろうと思い、全くありがたみも感じていなかったのです」



「それどころか名門貴族たるマリュス公爵家の令嬢に、王位継承権が低い傍流の王女が偉そうに名を与えてくるなんておこがましいとさえ思っておりました」



「そんな時です・・・あの事件が起こったのは・・・」





・・・・そう、それは丁度15年前のこと。


国内が荒れに荒れたあの忌まわしき内乱が起こった年だった・・・





「私がデアドラ公爵領で余暇を過ごしていた時、まさに”クレンヴィル家の反乱”が起こったのです」



「あの時私は母に連れられ、カーラ各地の貴族の令嬢達が集まるお茶会に参加しておりました」



「クレンヴィル家があのタイミングで反乱を起こしたのも私達を人質とする為でした」



「私と母・・・その他大勢の貴族の娘達が奴らに捕らえられました・・・」



「奴らは私達を脅迫の道具として利用し、見せしめに何人もの貴族の娘を手に掛けました・・・」



「そして・・・私の母も・・・・」





私は回想を語りながら静かに首をふる。


殿下とエミリアは私の述懐を静かに聞いていた。





「私ももちろん死を覚悟しました・・・」



「いつ殺されるかわからない恐怖に震え、咽び泣き、牢の中で絶望の毎日を送っておりました・・・」



「しかし、そんな私に救いの手が差し伸べられました」



「当時から既に大冒険者として知られていた”ジェラルド・グラム”殿が、私を救出しにきたのです」



「私は当初、彼を父上が私の救出の為に雇った傭兵かと思ったのですが、それは勘違いでした」



「父は王宮に籠もりきりで反乱軍への対応で手一杯であり、私が人質として捕らえられていることも知らなかったと言います」



「後にジェラルド殿に話を伺って、私はようやく彼の雇い主が”エレオノーラ殿下”だという事に気づいたのです・・・」



「傭兵代の捻出ですっかりと家財道具がなくなった部屋で殿下は私を迎えてこう言いました」



「『友を救うのは当然でしょ?』・・・・と」



「私は生涯この言葉を忘れません・・・」



「・・・・・」





そして、再び殿下を真っ直ぐに見据えて私は話を続ける。





「私は愚かな人物ですが、本当に一番大事なものをすんでのところで失わずに済みました」



「・・・今度は私が殿下にこの言葉を言う番です」



「”友の危機を救うのは当然のこと”です」



「私の命は貴方のために使う・・・これが私が立てた”騎士の誓い”です」



「殿下が下さった”フィリア”の名に恥じぬよう・・・」



「私は騎士として、貴方の友として人生を全うしたいのです・・・・殿下!!」



「・・・フィリア・・・」





エレオノーラ様は私の言葉を聞き終わると、目元を手で覆った。


しばらくの沈黙の後、殿下の嗚咽の声が静かに執務室に響き渡る。


・・・今声を掛けるのは無粋というものだろう。


私は殿下から目線を外すと、エミリアの方に顔を向ける。





「・・・・・」



「・・・・・」





エミリアは私に視線を合わせ、ただ1回コクッと頷いてきた。


お互い言葉を交わすことはなかったが、私達にとってはそれで十分だ。


私は殿下に一礼した後、そのまま踵を返す。


執務室の扉に手を掛け部屋を出ようとした時、後ろから殿下の声が聞こえてきた。





「・・・・フィリア!!!」



「・・・・・」





殿下の呼び止める声に私はピタリと止まる。





「・・・旅立つ前にこれだけは言っておきます!」



「勝手に死ぬことは許しません!必ず生きて帰りなさい!!」



「騎士として仕えるのなら最後まで私を支え続けなさい!!」



「私を友というのなら、友が悲しむような事はしないと誓いなさい!!」



「・・・・いいわね!!」





その言葉に私は振り返ると、殿下を見据えてニコリと微笑みながらエレオノーラ様に言葉を返す。





「・・・愚問です。殿下」



「殿下の花嫁姿を見るまで、私は死んでも死にきれません」



「ご安心ください。必ず生きて帰り、カーラの秘宝を殿下の手に戻してみせます」



「・・・では!」





バタン!!






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