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それぞれの旅立ち④





ガタッ!





アイナの挑発とも取れる言動に私は我慢ができなくなり、席から立ち上がった。





「言いたいことがあるならハッキリ言え!」



「私は騎士団長は辞めることになるが、騎士の誇りを捨てた覚えはない!」



「それとも私をぶん殴りたくて挑発しているだけなら、お前の喧嘩を買ってやるぞ!」



「今までの恨みつらみがさぞかし溜まっている事だろうからな!!」





ドン!!





机の上に拳を打ち付けて、アイナを睨む。


アイナは相変わらず無表情で感情を乱さず冷静だった。


いきり立つ私とは対象的に彼女は静かに言葉を続けてきた。





「いいえ、喧嘩を売るつもりなど毛頭ありません」



「隊長になにか恨みがあってこんな事を申しているわけではないからです」



「日頃隊長がよく仰る、”優雅に上品に”のモットーはどこに消え失せたのです?」



「今の貴方からは優雅さは欠片もないですし、余裕の無さから上品さも失われております」



「それで王妹殿下の騎士団長が務まるのですか?」



「あなたの騎士の本懐を遂げられるのですか?」



「・・・・・」





彼女の言葉に思わず私は口をつぐんでしまう。


アイナの的を得た正論に、私は振り下ろした拳を再び上げる事ができなかった・・・


アイナの言う通りだ・・・


それにたとえ喧嘩を買ってアイナと殴り合いをしたとしも、私は恐らく返り討ちにあっていただろう。


アイナは私よりレベルが高いし、私は彼女に模擬戦でも勝ったことがなかった。


やりどころのない怒りが私の身体をワナワナと震わす。


私が静かになったところで、アイナは一礼して静かに話を続けてきた。





「・・・では、この際お言葉に甘えて言いたいことを言わせて頂きましょう」



「勘違いされているかもしれませんので、初めに言っておきますが、私は隊長への恨みなどこれっぽっちもありません」



「あるとすれば私が隊長へ抱いていた期待を裏切られた失望感でしょう・・・」



「・・・私は隊長は曲者ぞろいの貴族の中でも立派な方だと思っておりました・・・」



「王妹殿下に絶対の忠誠を誓い、命を賭して主君をお守りする・・・そんな騎士の鑑だと尊敬しておりました」



「しかし、ここ最近の隊長の行動を見て私はその考えを改めざるを得なくなりました」



「私が隊長を見誤っていたと思うと残念で仕方ないのです」



「・・・・・」





アイナが真っ直ぐに私を見据えて述べてくる言葉は、彼女の本心だと分かった。


そして、彼女が本当に残念がっているということも私は理解したのだ。


それはこの目を見れば分かる・・・


私はそれを見て怒り昂っていた感情が急速に沈静化していくのを感じた。


私が退任するのをこれ幸いとして、今までの不満を吐き出している訳では無い・・・


だからこそ私は彼女が感じている「無念」さの正体を知りたいという興味が勝ったのだ。





「アイナ・・・教えてくれ・・・」



「私の何がお前をそんなに失望させたのだ?」





私の質問にアイナはすぐには応えず私をじっと見つめてきた。


しばし、お互い視線を交わしながら、そのまま沈黙の状態が続く。


アイナは一旦「ふうっ・・・」と息をつくと静かに言葉を続けてきた。





「隊長・・・貴方が立てた”騎士の誓い”は一体何だったのですか?」



「私には分からなくなったのです・・・隊長が命を掛けているものが!」



「私は常々王妹殿下と隊長の関係性は美しく尊いものだと感じておりました・・・」



「幼馴染で、良き理解者であり、お互いを思い合っている理想的な主従の間柄に憧れておりました」



「隊長はどのような事が起きても殿下の危機を救うために行動なさり、殿下の為に最善を尽くすと確信しておりました」



「そして、そんな隊長の下で働けることを私は誇りに思っておりました」



「私が理想とする主従の間柄を実現している貴方がたのお手伝いが出来るのであれば、私は例え死しても後悔はありません」



「騎士の本懐は愛するもの、そして、自分が美しいと思うものを守り抜くことだからです」



「誠に勝手ながら、私にとっての”理想”とは貴方がたの事だったのです・・・」



「アイナ・・・・・」





私はアイナの言葉を黙って受け止めるしかなかった・・・


彼女の声は僅かにだが震えていた・・・


ここまでアイナが私に対して尊敬の心を抱いているとは露にも思わなかった・・・


私が第9近衛騎士団の団長に就任した経緯を考えれば、彼女に疎まれていてもおかしくないからだ。


私は貴族で彼女は平民。


私は”貴族のコネ”で団長に任命されたのは誰の目にも明らかだった。


私が第9近衛騎士団長に任命されたのは1年前の事。

                                

私は今でこそレベルが30を越えておりオーガ級冒険者の実力を持っているが、


就任当初はレベルは20そこらでようやくいっぱしの剣士の実力に届くかどうかのレベルだった。


とてもではないが、騎士団長として任命される実力ではなかった。


一方、アイナの方は当時から騎士団の中でも実力は抜きん出て高く、騎士団長候補の一人に彼女は推薦されていた。


そんな彼女を押し退けて就任したことを考えれば疎まれて当然の事だと思っていたのだ。


アイナの述懐を聞いて私は初めて彼女の思いを知ることになった・・・


そして、私に絶大な期待と信頼を寄せていたからこそ、私の堕落を彼女は許せなかったのだろう・・・


彼女は鋭い視線で私を見据えてくると、その内の溜まっていた不満をついにぶちまけてきたのだ!





「・・・隊長もよくご存知のように、王妹殿下は今苦しい立場におられます・・・」



「先日の王都襲撃事件以降、政敵に追い詰められ確実にお立場が悪くなるのは目に見えております」



「それなのに貴方はこんな所で日がな一日一体何をされているのですか!?」



「神遺物を取り返し、一刻も早く殿下の名誉を回復しようとなされないのですか!!?」



「・・・それとも王太子との結婚が決まり、貴方もご実家も安泰になったので、もはや殿下のことは眼中にないのでしょうか?」



「・・・なんだと・・・!」





「殿下のことは眼中にない」の一言に私の中に再び怒りの炎が燃え盛る。


きっ!とアイナを睨みつけるが、それで怯む彼女ではない。


私に構わずさらに続けてくる。





「貴方の”騎士の誓い”は絶対に王妹殿下に捧げるものだと確信しておりました・・・」



「しかし、どうやらそれは私の勘違いだったようですね・・・」



「結局、貴方は自分の身が可愛いく、本当は殿下のために命を掛ける気などさらさらないのでしょう」



「貴方に取って一番大事なものは、自らの安泰であり、家であり、それらを捨て去る勇気もない・・・」



「偽りの忠誠を主君に捧げて、自己満足に浸っている紛い物の騎士であると言わざるを得ません」



「そんな貴方を信頼し、偽りの友達ごっこを続けている殿下の見識の無さを私は憐れまずにはおりません!」



「・・・貴様ぁあああ!!!」





バン!!!!!





私は今度こそアイナの発言に我慢ならなかった!!


机を思いっきり叩いて、立ち上がると彼女の前に躍り出た!!


そして、腰に携えた剣に手を添えながら怒号を上げた!





「それ以上の侮辱は許さん!!!」



「切るぞっ!!!」



「私だけに飽き足らず、エレオノーラ様もその汚い口で罵るか!!」





私はアイナへ殺気を放ちながら、いつでも抜剣できる態勢で彼女を睨みつけたのだ!


彼女もそれに応じるかのように腰を低く構え、抜剣の構えを取る。





「・・・・・」



「・・・・・」





しばし、その態勢でお互い膠着状態が続く。


私が鬼気迫る形相でアイナを凝視しているのとは対象的に、アイナは相変わらず涼しい顔をしていた。


私が動かないことを悟ると彼女は微笑を湛えながら、静かに私を挑発してきた・・・





「ふふ・・・来ないのですか?」



「いつでも掛かってきてください。でなければ私の薄汚い口は止まりませんよ?」



「貴方に首を落とされる覚悟があるのならの話ですが」



「・・・・くっ・・・!!!」





だが・・・私は抜けなかった・・・


抜こうとしても私の中の理性がそれを止めていたのだ・・・


抜けばアイナにやられるのは分かっていた・・・


悔しいが・・・・私は彼女より”弱い”のだ・・・


私は歯ぎしりしながら手を震わせていた。


すると次の瞬間・・・アイナは意外な行動を見せてきた。





「大変申し訳ありません・・・ご無礼をお許しください」



「”クラウディア王妃殿下”・・・」



「・・・なっ!?」





私は思わず驚きの声を上げた。


彼女を抜剣の構えを解くと、私にカーテシーでお辞儀をしながら謝罪してきたのだ・・・!


予想だにしない彼女の行動に私は目を見開く。


私が呆然としている中で彼女は言葉を続けてきた。





「弱きを守ることこそ騎士の美徳とするもの・・・」



「弱者を挑発していたぶろうとするなど騎士としてお恥ずかしい限りでございます」



「ましてや新国王の后となられる尊きお方にこのような不敬は許されるものではありません」



「どうか、かつて同じ騎士だったものとしてご温情を賜れますと幸いです」



「・・・なお、第9近衛騎士団に関しては心配ご無用でございます」



「新任の団長はエミリアが。副団長は私が務める予定です」



「王妃殿下におかれましては今後第9近衛騎士団を憂うこと無く、新国王陛下の国政のサポートに専念頂けるかと思います」



「・・・王妃殿下のご活躍を陰ながら祈っております」



「それでは私は仕事がございますので・・・!」





そう言った後、アイナはビシッと背筋を伸ばし、私を見据え敬礼してきた。


そして踵を返し、執務室を後にしたのだ。





ガチャ・・・バタン!





「・・・・・」




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