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それぞれの旅立ち③




「ふぅ・・・」





エノクが去った後の寂寥感が漂う部屋の中で私は物思いにふけっていた。


もはや私が執務として行うことなど皆無で引き継ぎ事項もない。


騎士団の運営は既にエミリアに渡っており、私は半ば置物としてこの執務室で退任の日を待つだけになっていた。


私が退任するまで残り10日。


最後まで団長としての役目を貫いてエレオノーラ様に奉公しようとするものの、虚無感が私の中に渦巻いて離れなかった・・・


既に私の退任は騎士団全員に告知がなされているのだが、それ以降団員の私への接し方が少し変わった。


引き続き私をこれまで通り団長として扱ってくれる者がほとんであるが、どこか私への接し方が余所余所しくなった気がする・・・


私が来年早々に王太子に嫁ぐ事を直接話した事はないが、彼女達は当然知っているだろう。


王宮のそこかしこでこの噂はもう持ち切りだ。知らないほうがおかしい。


私は来年から”王妃殿下”と呼ばれることになるだろう・・・


騎士団長としてエレオノーラ様を守るために武の道を歩もうとしていたこの私が、こんな洒落た称号を賜ることになるとは思いもよらなかった・・・





「はぁ・・・・」





さっきからため息が止まらなかった・・・


エノクとの別れを済ませてからずっとこんな感じだ。


・・・私は何を焦っているのだろうか?


先日エミリアが言った言葉が私の胸の中にもやもやを残していた。


確かに奴の言う通り、新国王の王妃として王宮で暮らすなんて貴族にとっては無上の喜びだろう。


父上の言う通りマリュス公爵家の安泰を考えればこれ以上良いことはない・・・


アーダルベルトが気にいらない奴である事は変わらないが、奴は世間一般的には美男子の部類に入るのだろう。


それに奴はああ見えて個人の剣の実力は相当なものだ。


王族は軍隊の指揮官にも任命されるから日々の鍛錬の為に武術の指南役が常時側にいる。


彼も相当の修練を積んでいて、その実力は私とほとんど変わらないと言って良い。


そういう意味で言えば、家柄も強さの面においても私と奴は釣り合っていると言えるのかもしれない・・・





「だが・・・私が望んだことではない・・・」





家柄が貧しくても立派な奴はいる。


容姿がぱっとしなくとも高潔で勇気を持っている奴がいる。


Lvが低くても大望を内に秘め世界に名を轟かせようとする者がいる。


例えばエノクがそうだ。


アーダルベルトと比べてエノクは身長が低いし、取り分け美男子というわけでもない。


家柄も一般的な平民の出であり、特段Lvも高くない。


だが、私はアーダルベルトに比べてエノクの方に何倍も男としての魅力を感じていた。


彼のひたむきな努力と夢を追う姿勢。


そして、命を掛けることを厭わずに真っ直ぐに目的に向かって歩もうとする彼の勇気に敬意を表せざるを得なかった・・・


その内に眠る叡智と彼なら閉塞した状況を何とかしてくれるだろうという安心感があった。


僅か16歳の少年でまだあどけなさが残っている容貌なのに、私はエノクにこの上なく惹かれていたのだ・・・


未知なる世界に勇気を持って羽ばたこうとしている彼に比べて、私がやろうとしていることは一体何なのだ・・・


私はこのまま本当に王妃になるべきなのか・・・


しかし、カーラのため・・・そして、我が家の事を考えたらやはり王妃になるのが一番いいのだろう。


エレオノーラ様からは離れることになるが、王妃として殿下を支えることはもちろんこれからだってできるだろう。


それでいいんじゃないのか・・・・





「・・・分からない・・・」



「はぁ・・・・・」





思考の堂々巡りが幾度も私を惑わす。


机の上に置いた手をぎゅっと握り、ため息を繰り返す。


・・・それからしばらく経った時だった。





コンコン!





「入れ・・・」





ガチャ!





「隊長もどりました」



「アイナか・・・」





執務室の扉をノックし、入ってきたのはアイナだった。


どうやらエノクの見送りを済ませて戻ってきたようだ。





「ご苦労・・・エノクは無事に旅立ったのか?」



「はい」





アイナが敬礼して端的に答える。


既に彼女は”いつもどおり”無表情になっていた。


彼女が第1小隊に復帰してからアイナは再び無感情で過ごすことが多くなった。


エノクを護衛する前の彼女の状態に戻ったと言って良い。


いや、少し違うか・・・


基本無表情なのは変わらないのだが・・・彼女が時折私に視線を向けるようになったのだ。


氷のような凍てつく視線を瞳に宿しながら・・・


こんな事は以前にもなかったはずだ・・・


しかし、先程までエノクがこの部屋に訪れていた時は傍目から見て分かるほど嬉々とした表情をしていた。


それこそ横にいた私が驚いてしまうほどだった。





「・・・エノクが来訪していた時は、お前から喜びの感情が溢れていたというのにな・・・」



「・・・先程までと表情が随分と違うではないか?」





なぜこんな質問をしてしまったのか、自分でもわからない・・・


堂々巡りに陥っていた思考から離れたかったのか・・・


あるいはエノクと私に対する接し方にあまりにも差があって癇に障ってしまったのか・・・


アイナは以前から感情を極力表に出すことはしておらず、任務上それが当たり前だった。


私も特に気に留める事はこれまでなかったのだが、ここに来て私はついに我慢ならず彼女に直接質問をしてしまったのだ。


すると、アイナは私の質問にしばし無表情で佇むと、静かに言葉を返してきた。





「・・・エノクさんへ感情が出てしまうのは当然の事です。”クラウディアさん”」



「敬愛する王妹殿下の騎士団への誘いすら断り、安寧の立場を捨ててでも自らの信念を貫こうとする彼の決断は誰にでも出来ることではありません」



「その様な”勇者”に対し自分が少しでも貢献できたと思えたのならば、それは騎士の本懐を遂げる事と同義です」



「喜びの感情が顔に出てしまうのも仕方のない事でしょう」



「・・・一方、もはや騎士としてのあり方も捨てた騎士団長に対しては、蔑視の感情が表情に出てしまうのも仕方ない事です」



「なに・・・!?」





私は一瞬耳を疑ってしまう。


信じられない言葉をアイナは発してきた。


アイナが私を隊長と呼ばず、”クラウディアさん”と呼んできたこともそうだが、皮肉を言ってきたのも珍しい・・・いや、初めてと言って良いだろう。


思わず私は彼女に聞き返してしまう。





「どういう意味だ・・・!」



「私が騎士としてのあり方を捨てただと!!?」





沸き起こる怒りを必死に抑えるべく両の拳をギュッと握り、歯を噛み締めながら彼女に問いただす。


アイナの言葉は到底私には受け入れられなかった。


確かに私は騎士団長を辞めるし、騎士団も離れることにはなる。


しかし、一介の騎士としての立場は私は依然として保持している。


騎士としてのあり方を捨てた覚えなんてないし、それを言われるのも心外だった。





「・・・ほう。意外でした」



「愚弄されて怒る感情がまだあったのですね」



「もはや騎士としての矜持すらとうに放棄していたと思っておりましたから・・・」



「・・・・アイナぁ!!!」




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