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栗色の髪の少年




・・・


そこはとても気持ちのよい場所だった。


例えるのならお母さんのお腹の中にいる時の無条件に安心感がある気持ちよさだ。


意識がはっきりあるわけではない。


だけど今私は満たされている。


身体がとてもひんやりしていて気持ちがいい。


このままずっと・・・こうしていたい・・・


それは私が久しく手にしてなかった安らぎだった。


エデンの園があるのならまさにここがそうだろう。


悠久の時をここで過ごしてもいいとさえ思った。





ぐぅ~~~~・・・・





ぐーー?


何の音かな?ジャンケン?





ぎゅるうるるるるうるう・・・・


変な音・・・・でも私は満たされているから別に関係ないや・・・





「ふっふっふ・・・それはどうかな?」





だ・・・誰?


どこからか変な声が聞こえてきた。





突然私の目の前にぼんっ!という音と共に白い煙の中から男が現れた。


その男は薄水色のガウンを着て、紋様が付いた赤いマントを羽織い、額には宝石が散りばめられた王冠を付けている。


そして周りには天女の羽衣の様なものがフワフワ浮いていた。顔だけはぼやけてよく見えなかったが・・・





あれ・・・この人なんか凄い見覚えがある・・・・





「ふっ・・・それはお前が腹を空かせている音だ」



「ほれ、このリンゴをやろう・・・うまいぞ」



「いりません」





私は即答した。





「なんでだ!?」



「いや、だって・・・なんか胡散臭いから・・・」



「胡散臭いとはなんだ!わたしはとっても偉いんだぞ!!」



「そうなんだ・・・じーーーっ・・・」



「なんだそのじーーーーという目は・・・!?さては貴様私を信用しとらんな!?」



「うん・・・なんか私の中の何かがあなたは信用できないって言っている。大体お腹空いてないし。だから帰ってね」





ぐぎぎぎ・・・という感じで目の前の男が怒りを露わにしている。


なぜかそれを見て私は清清した気分になった。


ふん。いい気味よ。





「あああああーーーー・・・・!!」





その時突然目の前の男が驚きの声を上げ、虚空へ向けて指をさした。


なにか信じられないようなものを見た顔をして私の後ろを見ている・・・・


え・・・なに・・なに?


何を見たのよ・・・?


そしてあろうことか私はそれを見ようと、後ろを振り向いてしまった!





「はーーーはっはっはっは!馬鹿めえええ!すきありいぃぃぃぃぃぃ!!!!」





高笑いが聞こえたと同時に私の口の中に何かが突っ込まれた!!


がふっ!?


私の口の中にしゃりっ!という何かをかじった感触と共に甘い味覚が広がった。


なな・・・なにがおこったの?





「はい。お前アウトぉ~~~~!!!今知恵のみ食べたーーーー」



「楽園の追放と異世界への転生決定しましたぁ~~~!!!」





目の前の男が手でバッテン印を作っている。


バカじゃないの・・・


って・・・・





だ・・・だまされたあああああああああああああああああああぁぁぁぁあ!!!!!!!!


なんか、デジャブ!?





「フゥーーーーハッハッハハハ!!!さらばだ遠坂玲奈よ!!」





パチン!という手を鳴らす音と共に私は白い光に包まれていった!


男は後ろに反り返って高笑いを決め込んでいる。






てめええええええぇぇぇぇぇ覚えてろよぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・











バサッ!






その瞬間ハッと目が覚めて私は飛び起きた!


悪夢を見た気がする・・・


しかも相当頭にくる夢を・・・


夢の中の誰かを心底ぶっ飛ばしたいと思った。





なんて夢を見たのよわたしは・・・





頭痛がして、耳鳴りもしている。


起きたばっかりという事もあるが体調は最悪だった。


・・・


私は気を取り直すと、辺りを見回してみた。


どうやらここは室内であるようだ。


奥には暖炉があり、その近くには食器が入った棚がある。


ダイニングルームだろうか?


違う部屋を見てみると、図面台があって、そこにはなにかの設計図が置かれていた。


様々な計測器具や、工具なども散乱している。


見慣れない機械のようなものもあった。


そんなものが散乱している中で、ベッドだけが慎ましやかにちょこんと置かれている。


どうやらあっちが寝室のようだ。


玄関の方を見るとある人が、桶に水を汲んでいる最中だった。


こちらの様子に気付いたのだろう。


振り向いて来たその人と私は目が合った。





「・・・あっ・・目さめたんだ!」





眼鏡をかけた巨人の男の子が私を見ていた。


齢は15~16といったところ。私より多分若い。


男の子は栗色の髪をしていて、緑のシャツに袖が折り返された厚めのジャケットとパンツを履いていた。


ジャケットにはハンマーのようなマークがついたワッペンが刺繍されている。


なにかの意匠だろうか?来ている衣服は何かの作業着にも見える。


男の子が眼鏡をしているせいもあるのかもしれないが、この風貌も相まってとっても賢そうな子だった。


それでいて、柔和な笑みで嫌な感じを全く受けない。


純真無垢という言葉がとっても似合いそうな男の子だった。





「あ・・・ぁ・・・だ・・・え」





あなた誰?、と私は言おうとしたが喉がかすれて声が出せなかった。


そういえば私倒れたんだった・・・





「あ・・・ごめん!無理に声出さなくていいよ。まずはこれ飲んで」





はいっという感じで私の目の前に、男の子からしたらかなり小さめのコップが置かれた。


彼にとっては人差し指だけで取っ手を持てるほどだ。


私にとってはそれでも大きいコップだが持てないほどではない。


中にはなみなみとした水が注がれていた。





「たぶん、脱水症状に掛かっているだろうから、すぐそれを飲んで」





私は男の子のその言葉を反芻した。


自分の体に意識を向けるとそこではじめて手足が痙攣して止まらない状態であることに気付いた。


体温も平常よりかなり高い。


どうやらこの男の子が言っていることは本当のようだ。


私には明らかに脱水症状の兆候があった。


以前、夏の暑い日に陸上部の活動で脱水症状を起こした子を知っているから、そうだと認識できる。


すぐに水分補給をしないとまずいことになる。


だが・・・





そう考えた私は男の子と目の前に置かれたコップを見比べた。


男の子は変わらず柔和な笑みを浮かべたままだ。





「・・・・」





果たして信用していいものだろうか・・・


これまでの経験が私を素直にそのコップを受け取ることを拒否していた。


しかし、頭では拒否していても心までは嘘はつけない。


このまま行ったら間違いなく死ぬだろうし、今の私は喉の渇きをいやす欲望に耐えられなかった。


コップを触ってみる。


コップ越しでも冷えた水であることが伝わってくる・・・





冷えて気持ちいい・・・





それが伝わってきた瞬間、それまでの考えがすべて吹っ飛びそうになった・・・


まるで砂漠で彷徨っていた私の目の前にオアシスが現れたような感覚だ。


喉の渇きで死にそうになっている旅人がオアシスを見つけたら水を飲むことを止められるだろうか・・・


不可能だろう。


例え、泉の水が濁っていようが、そこにどんな危険があろうが、旅人はその水を飲むだろう。


今の私はまさにそんな状態だった。


私はコップの水をまずは一口飲んでみた。





ゴクっ・・・・





!!!!!!





ゴキュゴキュゴキュゴキュゴキュゴキュ・・・・





私は飲むことを止めることが出来なかった。


体温が高くなった私の体に冷えた水が流れ込んでくる。


渇ききった大地に恵みの水が降り注いでいた。


何百年も雨が降り注がなかった大地に豊穣の女神が雨を降らせた。


私はあまりの水のおいしさに涙が出そうになった・・・





「・・あ、あんまり急いで飲んじゃだめだよ。ゆっくりで大丈夫。お代わりはあるからさ」





男の子が私の様子を見てそう言ってくる。


だが、それは無理な注文だ。


今の私にはこの水を飲み干すことしか考えられなかった・・・







あれだけ大きいコップの水はすぐになくなった。


私はなにも考えず、水がなくなったコップを見ている。


おもちゃを取り上げられて諦観に入った子供のようだった。





「・・・・お水のお代わりいる?」





男の子がそう言ってきたので、私は無言でコクリと頷いた。





「うん!分かったちょっと待ってて」





男の子は嬉しそうに言うと、コップを持って台所の方まで行った。





助かった・・・・


私が感じたことはまずそれだった。


先ほどまでの不調が嘘のようだ。


まだ、ちょっとダルさは残っているものの、渇きは大分薄れている。


そのかわり、冷たい水を一気飲みしたせいで、頭がキーンとなっているが・・・まあ、これはそのうち引くだろう。


私は今の状況がどうなっているか考えた。





あの男の子は何者なんだろう?


たぶんネコに追いかけられてきた私を助けてくれたのはあの男の子だと思う。


あの時は家に逃げ込むだけで精一杯だったから家主の顔を見たわけではない。


だけど、状況からいって家主はあの子で間違いないだろう。





私は男の子のほうを見た。


男の子は年齢を考えたら若干小柄な背丈をしていた。


もちろん、今の私より全然大きいが、仮に元のサイズに戻ったら私の方が背が高いだろう。


身長で言ったら160cmちょっとってところかな?


男の子はなにかの装置のようなものから水を取り出し、コップに水を注いでいる。


相変わらず何故か嬉しそうな顔をしていた。


人助けができたことが嬉しいのだろうか?


それとも妖精みたいな姿の私を見れて、別の意味で嬉しいのだろうか・・・あの兄弟のように・・・


はあ・・・ダメダメ


あんな経験をしたせいか、どうも考えがネガティブな方向に行ってしまっているわね・・・


普通に考えたら、あの子は私を助けようとしてくれている。


それは善意のものであって、なにか損得勘定があって私を助けようとしたわけではないと思う。


その証拠に私は今やわらかいクッションの上に置かれていた。


あの子が私を介抱してこの上に置いてくれたのだろう。


近くには水桶があって濡れたタオルがあった。


先日まで卸し立てだった私の服はボロボロのままだったが、私の顔や手足はとてもひんやりしていて気持ちが良かった。


多分あの子がそこのタオルで私を拭いてくれたってことかな・・・?


さすがに服までは取らなかったみたいだけどね・・・フフ


その光景を想像して思わず私は笑みがこぼれた。


あの少年は信用できそうな気がする。


少なくとも初対面の印象の良さはあの兄弟の比ではない。


なにより、あの少年の無垢な笑顔は無条件で私を信用させた。





男の子が再度水を持って私の前に来た。





「はい。ここに置くね?」





私の目の前に優しくコップが置かれる。





「ありがとう」





私はそれに対して、お礼を言った。





「いえいえ、どういたしまして」





少年はまた嬉しそうに言う。


それを見て私も思わず笑みがこぼれた。


この少年はとても人懐っこい性格をしているようだ。


しかし同時に私にはある疑問が生まれた。





そういえばこの子は私がしゃべるところを見ても驚かなかったわね・・・?


私のこの世界の数少ない認識によると妖精は喋らなかったんじゃないの?


どういうことかしら?





疑問はあったが、さしたる問題ではなかったので考えることをやめ、私はコップを手に取ると再度水を飲み始めた。


ほんとうにおいしい水だ。ここまでおいしい水を飲めたのは生まれて初めてかもしれない。


自分の体ばかりか心までもが洗われる気分だった。


水を飲み干した私は思わず目を閉じて、その爽快な気分に浸った。





「よかった・・・元気になったようだね」





目の前の男の子は私の様子を見てほっとした様だ。心から私の無事を喜んでくれている。


なんかこっちまで嬉しくなっちゃうわね。





「ありがとう。あなたのおかげで本当に助かりました。感謝します」





私はそう言って、慇懃に頭を下げた。





「よ・・・よしてよ。人として当然のことしただけだからさ」





男の子はそういって両手でこちらの動作を制しながら、ほのかに顔を赤くした。


なんか可愛いわね・・・





「僕はエノク。エノク・フランベルジュ。魔法技師見習いをしているんだ。よろしくね」





そう言ってエノクと名乗った男の子は私の目の前に手を差し出してきた。


さすがに握れないので人差し指だけに私は握手する。


そういえば、この世界に来てからこうやって名前を名乗られたのは初めてかもしれないわね・・・


あの強欲な兄弟は結局私を金儲けの道具としか見てなかったから、私の素性などどうでもよかったのだろう。


私もあの兄弟の事なんか知ったこっちゃなかったからあえて聞くことはなかったんだけどね。


名前を直接聞いたのも、自分が名乗るのもこれが初めてだった。


そして私は異世界に来てから初めての自己紹介をした。





「私はレイナ。遠坂玲奈よ。よろしく」




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