それぞれの旅立ち①
「・・・そうか、ついに旅立つのか君は・・・」
「はい・・・お世話になりました・・・クラウディア団長」
周囲が静寂で包まれている騎士団の執務室でエノクとクラウディアさんの声が響き渡る。
今日の二人の間にはしんみりした哀愁の雰囲気が流れていた。
それもそのはず、今日は”9/20”の旅立ちの日。
第9近衛騎士団へ別れの挨拶の為に私達は訪れている。
執務室の中央に置かれたデスクに肘を置き、神妙な表情で腰掛けているクラウディアさん。
そして、その横には先日までエノクを護衛してくれていたアイナさんが微笑を湛えながら控えていた。
クラウディアさんとアイナさん・・・第9近衛騎士団で特にお世話になった二人だ。
旅立ちの前に是非挨拶をしたいと騎士団詰所に申し出たところ、彼女たち二人がエノクの面会に応じてくれたのだ。
深々と頭を下げたエノクに対し、クラウディアさんがどこか物憂げな表情でエノクに尋ねてくる。
「冒険に出るというのはもちろん聞いていた事ではあるが、それはまだまだ先の事だと思っていた・・・」
「こんなにも早く旅立ちを決めてしまうとはな・・・ちょっと驚いたよ・・・」
「・・・少し聞きたいのだが、ブラッドフォード殿はお前を止めなかったのか?」
「彼はお前に魔法技師として相当な期待を寄せていたはずだろう?」
クラウディアさんの質問にエノクは顔を上げると、ニコリと微笑んで答える。
「・・・いえ、親方は僕を止めることはしませんでした」
「それどころか、”全てを掛けて冒険者になってこい!!”と言って、僕の背中を後押ししてくれたんです・・・!」
「ははっ・・・まあその代わり、アザゼルギルドと親方の工房は辞めさせられましたけどね・・・・」
エノクは苦笑いをしながら親方との過去話をクラウディアさんに打ち明ける。
そんなエノクと親方のやり取りにクラウディアさんも思わず頬を緩めた。
「・・・ふっ・・・それはブラッドフォード殿らしいな・・・」
「しかし、せっかくその若さでギルドメンバーに選ばれていたのに辞めさせれてしまったのか・・・」
「ギルドも工房もお前にとって掛け替えのない場所だったはずだ・・・」
「・・・未練や後悔はないのか?」
クラウディアさんがそう続けてくると、エノクは首を振る。
「・・・いいえ、ありません!」
「僕は世界の全ての人々の役に立てる魔法技師になりたいのです!」
「そのために僕は強くなり、神話のアイテムを創作する・・・・」
「・・・これは僕の人生を捧げるに足る目標です」
「このまま冒険に出ずにあの場所に留まっていたら、それこそ僕は後悔するでしょう」
「・・・・!」
エノクの真っ直ぐな答えにクラウディアさんが大きく目を見開く。
彼の言葉にしばし唖然とした表情を見せた後、彼女はぼそりと呟いた。
「・・・そうか、凄いな君は・・・」
「・・・私は空っぽになってしまったと言うのに・・・・」
「・・・えっ?」
彼女が呟いた意外な台詞にエノクは思わず首を捻る。
なんか今、凄い意味深な言葉を彼女が呟いた気がするのだけど・・・意味がよく分からなかった。
クラウディアさん、何かあったのかしらね・・・?
どうも今日の彼女はノリが悪いと言うか、反応が悪い・・・
先日同行した時に見たような覇気がまるで感じられなかった。
エノクもその違和感は感じている事だろう。
彼が眉をひそめて佇んでいると、クラウディアさんは右手を上げて誤魔化すように笑った。
「ははは・・・何でもない。気にしないでくれ」
「・・・それより、一緒に冒険する仲間も決まっているのだろう?」
「少し聞かせてくれないか?」
「・・・あ、はい!もちろんです!!」
エノクは笑顔で頷くと、嬉しそうに神殺しの剣のパーティに参加するまでの経緯を話し始めた。
アイナさんとの訓練が終わって、どのように熟練の冒険者のパーティにアプローチし・・・そして彼の仲間たちと出会ったかを。
エノクの話をクラウディアさんとアイナさんは興味深そうに聞いていた。
そして、一通り話し終わった後、アイナさんが嬉しそうに感想を言ってくる。
「・・・流石ですね。熟練の冒険者のパーティに参加を申し込んで、受け入れられるとは・・・!」
「・・・まあ、エノクさんの潜在能力と将来性を考えれば、参加できて当然だと思いますが」
アイナさんは口元を緩ませながらそう言ってきた。
その顔はいかにも誇らしげであり、世にも珍しいアイナさんの”どや顔”を私達は見れたのだった。
まあ・・・彼女からしたら自分の教え子が熟練の冒険者に認められたのだ。
その喜びもひとしおだろう。
それはクラウディアさんも同じようで、アイナさんの言葉に相槌を打ちながら同意してきた。
「・・・ああ、アイナの言う通りだ」
「お前だったらきっと名のある冒険者のパーティに参加できると私も思っていたよ」
「エレオノーラ様も私もお前を本当に騎士団に迎え入れたかったのだからな・・・」
「これでもしつまらない冒険者のパーティに参加していたら、私がお前を叱り飛ばしていたところだぞ?」
そう言ってクラウディア団長はニヤリと微笑みながらエノクを見据えた。
クラウディアさんの軽口に、苦笑いをしながらエノクは謝罪の言葉を口にする。
「あははっ・・・叱られずに済んで良かったですよ」
「騎士団の誘いにお応えできなかったのは、申し訳なかったです・・・」
「・・・だけど、自分の人生の目標を捨てることは出来ません。ご理解頂けますと幸いです・・・・」
そう言うとエノクは再び深々とクラウディアさんに頭を下げた。
クラウディアさんは柔和な笑みを浮かべながら言葉を返してくる。
「ふっ・・・気にするな」
「残念ではない・・・と言えば嘘になるが、お前の目標もよく理解出来る」
「それに、お前が冒険者として大成する事は私や騎士団にとっても喜ばしいことだ」
「お前とは牢獄の中で初めてお互いを知ったわけだが、今となってはあの不思議な縁に私は感謝しているのだ」
「エノク・・・お前と友人になれて私は本当に良かったと思っている」
「お前と誼を結べたからこそ、私は持ち去られた神遺物の手がかりを得られたし、私や騎士団の命があるのだ」
「・・・改めてこの場で礼を言わせてくれ」
そう言って、クラウディアさんがカーテシーをしながら頭を下げて来た。
はぁ・・・クラウディアさん律儀ねぇ・・・
彼女の品位ある淑女らしい振る舞いに私は思わず感心してしまう。
一方、エノクの方は彼女の感謝の言葉にどう反応して良いのかオロオロしてしまう。
「・・・そ、そんな!頭を上げてください!」
「僕がしたことなんてクラウディア団長がしてくれた事に比べれば大したことではありません!」
「オークション会場での罪を不問にしてくれたことや、僕の身柄を引き受けて騎士団の宿舎を用意して頂いたこと」
「アイナさんを護衛に付けてくれたことや、訓練を施せるように融通してくれたこと」
「さらに仮とはいえ、僕を騎士団の所属にしてくれて、書記官の地位まで頂き、王立図書館で本を借りられるようにしてくれました・・・!」
「クラウディア団長には感謝してもしきれません・・・!!」
「本当にありがとうございました・・・・!!!」
そして、クラウディアさんに応じるようにエノクもボウ・アンド・スクレープ をしながら頭を下げる。
お互い頭を下げて礼を述べ合う格好になったのがおかしかったのか、どちらからともなく吹き出してしまう。
顔を上げた二人は苦笑しながらお互いを見据えた。
「ふっ・・・私達はお互い借りがあるということだな」
「今後お互いが困った時は助け合うということで、一つ手を打とうではないか?」
「エノク・・・君が立派な冒険者になった暁には是非私達にその力を貸して欲しい」
「・・・はい!もちろんです!」
「必ず皆さんのお力になることを誓います!!」
クラウディアさんの要望にエノクは二つ返事で承諾の言葉を返す。
そんなエノクにクラウディアさんはニコリと微笑むと続けてきた。
「・・・ありがとう、エノク」
「・・・代わりと言っては何だが、騎士団の宿舎の部屋はそのまま残しておくつもりだ」
「もし、カーラ王都に戻ることがあれば、引き続き部屋を使ってくれて構わない」
「それに第9近衛騎士団の軍属の身分も残しておく」
「王立図書館や転送魔法陣は利用できるに越したことはないだろう?」
そう問いかけてくる彼女にエノクは複雑な表情を浮かべる。
「・・・それは・・・そうしてもらえるのは大変嬉しいのですが、本当によろしいのですか?」
「騎士団への誘いを断り、あまつさえ冒険者としてカーラを出ていく僕にその様なご厚意は身に余るかと思います・・・」
「親方がそうしたように、宿舎の部屋や軍属身分の返上はもちろん、王宮や王都に立ち入ることも出来なくなるんじゃないかと僕は覚悟してました・・・・」
すると、そのエノクの述懐を聞いて、クラウディアさんが楽しげに声を上げて笑った。
「あははは!」
「お前は私を何だと思っているんだ?流石に出入り禁止はないだろう!」
「・・・それに、私はブラッドフォード殿とは考えが違う」
「彼は不退転の覚悟をお前に迫っただろうが、私は人というのは挫折をするものだと知っている」
「そして、挫折をした時逃げられる場所はあった方が良いという考えだ」
「・・・私は優秀な人材を逃がすのは惜しくてね。諦めもとても悪い」
「お前が冒険者としての道を諦めたら、いつでも騎士団に迎い入れる事が出来るように、あの部屋や軍属の身分はそのままにしておいた方が良いと判断した」
「ふふっ・・・私はずるい奴だろう?」
「うっ・・・」
クラウディアさんがニヤリと笑うと、エノクは二の句が継げなくなる。
うわぁ・・・クラウディアさんちゃっかりしているというか、抜け目ないわねぇ・・・
どうやら、単なる厚意で貸す訳では無いらしい。
ただより高いものはないとはまさにこの事だろう・・・
ある意味、彼女の台詞は親方より覚悟を迫っていると捉えられなくもない・・・
冒険者を諦めたら、今度こそ夢を諦めて騎士団の一員になってもらうぞ!という暗黙のメッセージを向けられている気がしてならない・・・
エノクもそれは感じたのだろう。
「・・・ご、ご厚意はありがたいですが、僕は諦めることはありません!」
「大冒険者になるまで、僕は絶対に勧誘を受けることはありませんから!!」
彼は拳をぎゅっと握ると、クラウディアさんに強い口調で返事をした。
するとクラウディアさんは苦笑しながら、手を上げてエノクを制す。
「ふっ・・・半分冗談だ。気にするな」
半分は本気だったんかい!