小さくも大きな決意
エノクの言葉に私はすぐに返答することが出来なかった・・・
彼の言葉の意味はもちろん分かっているが、私がすぐに噛み砕くことが出来なかったからだ。
私にとって自宅や防護カバンの外の世界は「死」に直結することだからだ。
私は彼の言葉に恐る恐る返答する。
(そりゃ、防護カバンの中でずっと引き籠もったままで良い訳ないじゃない・・・)
(私だってもし出られるならそうしたいわよ・・・)
(・・・だけど仕方ないでしょ?)
(死ぬくらいなら、引き籠もって生活するしかないじゃない・・・)
そう言って諦観の念を出しながらエノクに返答する。
私だってそりゃ外の世界を自由に動き回れるなら動き回ってみたい。
以前から言っているように私はアウトドア派だし、趣味は風に当たりながらランニングすることだ。
「身の安全」が保証されるなら、今すぐにでも動き回りたいくらいだ。
だが、それは出来ない相談だろう・・・
私が今外の世界に生身の身体を晒したら、私は人々の何の変哲もない動作やその衝撃で死んじゃう可能性がある。
人がちょっと肩がぶつかった程度の衝撃で私には致命傷に至る可能性だってある。
散歩中に犬がじゃれて来たと思ったら、パクッ!とそのまま食べられちゃう可能性だってあるし、
鳥がすぅー・・・と降下してきたかと思えば、私の身体を鷲掴みにしてそのまま持ち去り、小鳥たちの餌にしてしまう可能性すらあるのだ。
生身を外に晒すというのはそれだけ自然界の脅威に自らを曝け出すということだ。
人間達の様に話が通じる相手ならともかく、動物や魔物は私をただの”餌”としか認識しないだろう。
それだけではない・・・
私は言葉が通じるはずの人間達に対しても自分を曝け出すのが恐しく感じてしまっている。
私はエノク以外の人間達に対して自分という存在を認識させるのが怖い・・・
この世界に転生してあの巨人の兄弟にトラウマを植え付けられてしまったというのもあるが、
例えあの兄弟に出会わなかったとしても私はどこかしらで自分の”矮小”さと”非力”さに否が応でも気づかされたことだろう。
人間達が少し癇癪を起こしてぶっ叩けば、私は叩き潰されてしまう。
足元への注意を少し怠り、「あ!ごめん」って言われて間違って足を乗せられてしまったら、私は踏み潰されてしまう。
無邪気な子どもが「妖精捕まえた~」と言って私を捕まえ、握り加減を間違えてしまったら、私は握り潰されてしまう。
生殺与奪権が人間達の思いのままであり、私には抵抗する力が皆無なのだ。
私はビクビクしながら人間達の顔色を伺い、適度に距離を取りながら生活をする必要が出てくるのだ。
はぁ・・・こんな状態だと他の人と普通のコミュニケーションを取るのも難しいわよねぇ・・・
そう言って私は心のなかで深いため息をついていると、エノクが手近な休憩スペースの椅子に腰掛けた。
周囲に人がいない事を確認したエノクは、防護カバン越しに私に話しかけてくる。
「・・・ねぇ、レイナ・・・直接話さない?」
「・・・・・」
エノクの言葉にしばし間をおいた後、私はトン!と防護カバンを叩いた。
そして、カバンの蓋を開いて、顔をぴょこっと出すと私は遠慮がちにエノクと視線を合わせる。
彼はニコリと微笑んで、防護カバンを膝においた後、静かに私に話しかけてきた。
「・・・レイナ。やっぱりまだ外は怖いのかい?」
「・・・・!」
その言葉に私はドキッ!としてしまう。
・・・彼にはどうやら全てお見通しのようだった。
・・・まあ、エノクには別に隠しているわけじゃないし、分かって当然だろう・・・
彼には例の兄弟のことも話しているし、私が人間不信に陥っていることも話している。
当然、私がエノク以外の人間と交わろうとすることに恐怖を感じていることも彼は知っている・・・
だから、私は素直に今の心情を吐露することに決めた。
「・・・うん。怖い・・・」
「エノク以外の人間と話すのが怖いし、私の存在を知られるのが、堪らなく恐ろしい・・・」
「人間を信じようとしても・・・信じきれない私がいる・・・」
「正直言って冒険に出るのが怖い・・・こんなに臆病になるなんて、自分自身が情けないったらありゃしないわよ・・・」
「・・・・・」
エノクは神妙な顔をして私の吐露を聞いてくれていた。
よく考えたら、こんな弱音を吐いているのを彼に見せるのは初めてと言って良いかもしれない・・・
・・・弱音を吐いてしまった理由は明白だ。
私はついにエノク以外の人間を”信じないといけない時”が来たということだ。
神殺しの剣のメンバーと冒険することになった以上、彼らと顔を合わすことは必定だ。
第9近衛騎士団のメンバーと一時的に行動を共にしていた時と違い、神殺しの剣のパーティとは寝食を共にする仲になるのだ。
私の存在は隠そうとしても隠しきれるものではないだろう。
エノクは私の述懐を聞いた後、再びニコリを微笑んだ後、私を諭すように言葉を掛けてくる。
「レイナ・・・気休めかもしれないけど、聞いて欲しい・・・」
「マナルガムはそれ自体の防御力も優れているんだけど、それに加えて魔法効果を付与しやすいという特徴もあるんだ」
「加工したマナルガムのアーマードレスにルーンを施せば、一時的にとはいえ”魔法障壁”を展開することも可能だ」
「そうすれば、防護カバンの中にいる時のような防御力も期待できるし、間違って被弾する心配も減る」
「だから、これまでより格段に安全に外へ動けるようになると思うんだ」
「・・・なるほど・・・」
エノクの言葉に相槌を打ちながら私は考える。
確かにそれなら、これまでより飛躍的に安全度は向上するだろう。
私が自分で外を歩き回ることも可能かもしれない・・・
「・・・もちろん、完全に安心という訳じゃない」
「だけど、いざとなったら僕がレイナを守るし、神殺しの剣の皆だってレイナを仲間の1人として守ってくれるよ」
「自分たちより遥かに格下で弱い僕も彼らはパーティに快く受け入れてくれた」
「そういう意味で言えば、彼らは間違いなく信頼できるし、恐れる必要はないと思うんだ」
「僕はレイナのことを旅立ちの日に彼らに紹介したいと思っている・・・構わないかい?」
「・・・・・」
彼の言葉を受けて私は静かに瞑想をする。
・・・私の答えは実はもう決まっていた。
この問いかけに「NO」と返すことは私には出来ない・・・
エノクは冒険者になるにあたり腹をくくったのだ。
私の無茶振りに対し、自らが苦難な境遇に置かれることになったとしても、彼は熟練の冒険者と共に歩むという決断を下したのだ。
そして、何度罵倒され、踏み倒されても、彼は熟練の冒険者のパーティに参加を申し入れ、見事目的を達成したのだ。
彼に腹をくくるように促しておきながら、私はしないなんて事は出来ない・・・
今度は私が勇気を出して、腹をくくる番だろう。
・・・それに、神殺しの剣のパーティが信頼できるというエノクの言葉ももっともだった。
彼らはエノクのレベルが低いからと言って、それで軽んじることはしなかった。
ヘルマンさんはエノクと対等に交渉に応じてくれて、こちらの意を最大限に汲んでくれた。
そして、彼のパーティメンバーもエノクの強さ以外の能力を認め、参加を好意的に捉えてくれた。
”弱い男は嫌い”と述べたミランダでさえ、エノクがパーティに参加することを拒絶しなかったし、料理は気に入ったと言ったのだ。
彼らは自分たちより強いものが山ほどいることを認め、彼ら自身を”ヤドリギ”に例えている。
そんな彼らだからこそ自分たちの強さに驕ることなくエノクの有用性を認められて、諸手を上げて迎い入れてくれたのだろう。
私もエノクと同じく彼らを好ましく感じている。
冒険を共にするパーティなら彼らしかいないだろう。
・・・あとは、私が彼らを信じればいいだけのことだ。
「・・・よしっ!!」
私はそう言って自分を奮い立たせるかのように声を上げると、パン!っと両手で頬を叩いて気合を入れた。
エノクはその様子を見て一瞬驚いた表情をするが、すぐに微笑みながら私を見つめてきた。
彼もそれで私が決意を固めたことに気づいたのだろう。
ウジウジ悩むなんて私らしくなかった!
神殺しの剣のメンバーが信じられると思ったからこそ私達は切り札を出したのだ。
既に彼らは信頼できると私の中でも決着が付いている。
中途半端が一番良くない。
計画が決まれば、あとは大胆に積極的に、そして、不敵に行動するのが私のポリシーだ。
「うん・・・エノク。紹介をお願いするわ!」
私がそう言ってエノクを見据えると、彼は頷きながら了承してきたのだった・・・
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