旅立ちに向けて・・・
(3日後 マルバスギルド1階)
「・・・よしっ!念の為この魔道具も買っておこうかな!」
「レイナこれも購入リストに入れておいてね!」
エノクがそう言いながら、買い物カゴの中に手のひらサイズくらいの円形状の黒い魔道具を入れる。
その商品札には蟻地獄と書かれており、これはトラップ系の魔道具である。
価格は1万5千クレジットと少々値があるが、素早い動きをする獣系の魔物の捕獲に有効な魔道具なのだという。
冒険者の愛用の狩猟の魔道具の一つだ。
私はトン!と防護カバンを叩いて了解の合図を送ると、現在の予算と照らし合わせながら、購入予定品をメモ欄に書き加えていく。
そして、蟻地獄を買い物かごに入れた後、エノクは鼻歌を歌いながら、楽しそうに魔道具の選定を続ける。
冒険をしている時より、その準備をしている時の方が楽しいとどこかの誰かが言っていた気がするが、今のエノクの状態はまさにそれだろう。
今のエノクの瞳はキラキラと輝いており、冒険に対する期待感で彼のテンションがここ数日ずっと高かった。
ヘルマンさん達のパーティとは4日後の9/20にカーラ王都の港で待ち合わせをしている。
彼らと分かれた後、私達は早速カーラ王都の中を巡る事になった。
もちろん冒険の準備のためだ。
一昨日は、冒険の資金を調達するため、家にある不用品(専門書や魔道具、日用雑貨等)の売却をした。
日用で使う魔道具と魔法の専門書が結構良い値段で売れたので8万クレジット程を調達。
これで準備資金としては30万クレジットを確保できた。
そして、昨日はカーラ王都ブロンズ通りの商店街で鍋やフライパン、包丁やナイフ等の冒険用の調理器具を購入。
さらには、弱い氷魔法が常時発動する冷却魔道具や食料保管用の真空パック、携帯用の水供給魔道具を購入した。
他にも、調味料用に香辛料や塩なども一応用意している。
これでひとまず”料理当番”というエノクの役目は最低限果たせることが出来るだろう。
もっとも、冒険中は常時食材や、調味料が手に入る訳では無い。
エノクがいくら料理が得意だからと言っても冒険の中での料理というのはもちろん未経験だ。
商店街に行けばいつでも新鮮な食材や調味料が手に入った時と違い冒険中は”現地調達”が基本だ。
時には魔物を解体して肉を手に入れないといけないだろうし、現地に自生している植物を調理しなければいけない。
つまりサバイバル知識と技術が必要になる。
そのため、本屋で新たに「冒険者の料理レシピ」「魔物解体指南書」という題名の本も購入している。
これらを合計すると昨日の費用は締めて16万8千クレジットになった。
これで残りの準備金は13万2千クレジットだ。
5万クレジットは手持ち資金として残しておきたいから、事実上、あと使える金額は8万クレジット程になる。
私は残りの金額を確かめながら、購入リストに入っている買い物かごの中身を確認した。
・蟻地獄 15,000 CR ←獣捕獲用の罠や護身用として
・ファイアウォール 12,000 CR ←防御や逃走時の煙幕として
・マジックロープ 25,000 CR ←伸縮自在のロープ
・フェアリーライト 8.000 CR ←ダンジョン用の灯り。魔素による充電が可能。
・強化ピッケル 10.000 CR ←採掘用つるはし
・・・とりあえず、今の購入リストはこんなところだ。
どれも冒険するうえでは重宝する品物だろう。
「うーん・・・あと、なに買うべきかなぁ・・・」
防護カバンの中で唸る私。
・・・正直、買いたいものはいくらでもある。
高級なポーションや、アンチドーテ。
防護用の魔道具ももっと欲しいし、呪い避け用のタリスマンもいくつか種類が欲しいところだ。
そして、個人的にもっと欲しいものが罠系の魔道具だった。
罠系のアイテムを扱うためには高度な技術とタイミングが必要だが、ピンポイントで発動することが出来れば格上の相手も仕留めることが出来る。
冒険中何があるか分からないし、起死回生のアイテムは大いに越したことはないだろう。
だけど・・・先立つものがねぇ・・・
こればっかりは仕方ないのだけど・・・
購入リストの金額を合計すると既に7万クレジットになっていた。
あと、使えるとしたら1万クレジットしかない。
エレノア王女に貰った300万クレジットがもう底を尽きようとしていた。
貰った時はアラブの石油王になったかのような大金持ちになった気分を味わえてたのが懐かしいわ・・・
300万クレジットの使用用途の大部分はアイナさんが選んでくれた武具の費用だが、これはもちろん必要経費だ。
そして、上記の購入リストのアイテムも冒険のいずれかの場面で使用する機会がありそうなものばかりだ。
いくら神殺しの剣のパーティがエノクを守ってくれるとはいえ、エノク自身も身を守る術は持っておいた方がいい。
エアロフィストだけでは心もとないから、3つくらいは奥の手を持っておきたいところだ。
蟻地獄とファイアウォール、そして、最終手段としての崩壊銃。
・・・とりあえず、これだけあれば例えエノクがダンジョンに取り残されたとしても少しはもつかしらね・・・
エノクが魔法技師時代に使っていた魔道具の創作キットはもちろん持っていくつもりだ。
必要に応じて簡単なポーションやアンチドーテはこれで創作することが出来る。
それに回復はヴァネッサさんに頼れば良いと思うから、取り急ぎポーションやアンチドーテを購入する必要はないだろう。
怖いのは冒険中に掛かりそうな様々な負の状態異常だろうか。
駆け出しの冒険者が真っ先に命を落とす定番が実はこれだ。
幸いなことにエノクは”スヴェルの楯”を所持しているから、これも取り急ぎの対策は必要ない。
「やっぱりもう一つくらい罠系の魔道具買ってもいいかもしれないわねぇ・・・」
・・・そんな風に、私が思索にふけっていると、いつの間にかエノクが”素材売場”に足を踏み入れていた。
そして、彼はキョロキョロと辺りを見回すと、目当ての物を見つけたようだ。
「・・・あ!あったあった」
「しかも結構安い!」
エノクがそう言って嬉しそうな声を上げた。
彼が手に取ったのは、”球体の金属の塊”だった。
野球ボールよりちょっと大きいくらいの透明な器の中に銀色の液体金属の様な物が詰まっている。
エノクが手に取ると、彼の魔力に反応するかのように淡い光を放つ不思議な金属だった。
1つ容器に入っている金属に付き3万クレジットのお値段が付いている。
高いわねぇ・・・何かの加工用の金属なのかな?
(・・・エノク、それって何?)
(何かの金属のようだけど、それ買うつもりなの?)
疑問に思った私が尋ねるとエノクが答えてきた。
(・・・あ、これかい?)
(これは”マナルガム”といって、魔素の含有比率によって形状や強度を自在に変える金属なんだ)
(非常に加工しやすい金属でね。軽量でありながら非常に丈夫なんだよ)
(レイナの防具用に是非購入したいと思っていたんだ!)
彼がそんな感じで、さらっと私の防具用だと言及してきたので、思わずキョトンとしてしまう。
(ふぇ・・・?私の防具用?)
(・・・なんで急に?)
今まで全然そんな話は出てこなかったから、少し驚いてしまう。
彼は私の言葉に頷くと、静かに言葉を続けてくる。
(・・・うん、そうだよ。レイナの防具用)
(僕は前々から思っていたんだ・・・)
(レイナが外の世界を出来るだけ自由に動き回れようにしたいってね・・・)
(・・・聞きたいんだけど、レイナは冒険中もずっと防護カバンの中で引き籠もったままで良いのかい?)