神殺しの剣⑥
そんなミランダにヘルマンさんは渋い表情をした後、エノクにボソッと耳打ちしてきた。
「・・・まあ、ちょっと気難しいところもある奴だが、悪いやつじゃないんだ・・・」
「・・・お前ら年齢も近いんだし、仲良くしてやってくれ・・・」
「・・・あはは・・・はい・・・やってみます・・・」
ヘルマンさんの言葉に苦笑いをしながらエノクが頷く。
そんなエノクとヘルマンさんの意味深なやり取りを見てミランダがジトーッとした視線を送ってきていた。
その表情を見れば「なにこの人達・・・なんで、会ったばっかりなのに、そんな仲良くなっているの・・・?」とでも言いたげだ。
実際、この二人の間には既に十年来の付き合いがあるかのような雰囲気があった。
お互い気が合うと直感で分かっているのかもしれない。
そして、ヘルマンさんは一度咳払いをした後、例の優男を指差した。
「・・・・さて、次はうちのパーティの頼れる知恵袋”ビクター”だ」
「”支援”と”回復”を担当してもらっている」
紹介を受けたビクターさんはちらりとエノクを伺うと、言葉少なげに話しかけてきた。
「・・・”ビクター・カーサス”だ」
「俺もそこの嬢ちゃんと同じで、馴れ馴れしいのは好きじゃない・・・」
「・・・だが、プロとして依頼にはキッチリ応えるつもりだ」
「・・・お前がパーティに同行することによって、俺達の戦闘時における戦術や編成も変わってくるだろう」
「リスクヘッジのために様々な方策を打つ必要があるだろうし、お前の戦闘適性も見極める必要がある」
「お前の今のレベルでは前衛で戦うことは無理だろうから、魔物との戦闘では支援か回復に専念する事になるだろうがな・・・」
「・・・つまり、俺と一緒の”ポジション”というわけだ。お前には俺の手足として働いてもらうことになるだろう」
「報酬が出ない分お前にはきっちり働いて貰うし、奴隷の様にこき使ってやる・・・」
「役立たずと判断したら、躊躇なく置いていくからな。覚悟しておけ・・・」
「・・・以上だ」
「・・・はい!よろしくお願いいたします。ビクターさん!」
ビクターさんの厳しい視線を受け止めエノクは相槌を返しながら嬉しそうにそう答えた。
すると、ビクターさんは少し眉を潜めた後、仏頂面なまま窓の外に視線を逸らしてしまった。
恐らくエノクの嬉々とした反応が意外だったのだろう。
彼としては少し脅すつもりで吐いた言葉だろうが、こちらとしてはむしろ望むところだった。
パーティの参謀的な存在である彼の元でタッグを組んでやるのなら、様々な技術や知識を取得できる。
ふふ・・・よろしくね。ビクターさん。
私はニヤリと笑いながら、彼を見つめるのだった・・・
「・・・さて、最後は俺だな!」
「この神殺しの剣のパーティのリーダー”ヘルマン・ヴェランデル”。ポジションは前衛だ」
「生まれは”ザインシャンド連邦”の”ハイナ州”で、好きな食べ物はたっぷりと香辛料を掛けて焼いたクレタ産牛のステーキだ」
「趣味は酒を飲むこと!そして、冒険の先で訪れるパブで見つけた活かした姉ちゃんを引っ掛けて口説くのが俺の生きがいよ!」
「冒険中新しい街に着いたら、俺はしばらく”忙しくなる”から、そこんところよろしくな!」
ヘルマンさんのその意味深な言葉にエノクはポカーンと口を開けてしまう。
彼の仲間(主に女性陣)からも冷めた視線が返ってきていた。
「うわ、最低・・・」「しね・・・」とヴァネッサさんやミランダからボソリと辛辣な言葉が聞こえてきた。
男性陣の方もやれやれと首を振って、両手を上げていた。
どうやらヘルマンさんは結構な女遊び好きの冒険者のようだ。
彼の仲間も十分それは分かっているのだろう。
彼ら全員からどこか諦観の念が伝わってくる。
「あはは・・・分かりました」
「新しい街に着いたら、出来るだけヘルマンさんのお邪魔にならないようにいたしますよ」
「・・・ところで、この”神殺しの剣”の由来って何なのでしょうか?」
パーティの雰囲気を察したエノクが、愛想笑いをしながら話題を強引に変えた。
すると、待ってましたとばかりにヘルマンさんが得意げな表情でエノクに返事をしてくる。
「・・・おっ!よく聞いてくれた!」
「そのパーティ名には俺達の哲学があるのさ!」
「光の神”バルドル”を殺した剣の事はお前も知っているよな?」
「・・・はい。”ヤドリギ”の事ですよね?このパーティの名称にもなっている・・・」
ヘルマンさんの問いにエノクがそう答える。
ヤドリギの別名は”ミストルテイン”という。
神話において光の神バルドルを殺したという逸話を持つ植物だ。
ヘルマンさんはエノクの返事に相槌を打つと話を続ける。
「・・・・そうだ。”ヤドリギ”っつ―のは弱い植物でな・・・」
「自分で自生することは出来なく、他の木に寄生しながらでないと生きられない植物だ」
「神話ではその非力さを侮られて、バルドルの”不殺の誓い”の選定対象から漏れたという話があるほどにな」
「・・・だが、その弱さこそが光の神を倒すことになる最大の武器になったというのは神話を見れば一目瞭然だ」
「この世で最も弱い存在が、至上の強さを持つ神すらも穿つ武器になりうるという良い例だな」
「・・・・・」
他の木に寄生しないと生きられないか・・・
私もエノクがいないと、たぶん生きていなかったと思うし・・・
なんか”ヤドリギ”って、そう考えると私みたいね・・・
私が感慨深げにそう聞いていると、ヘルマンさんがさらに続けてくる。
「・・・まさに、これが俺達のパーティの在りかたさ!」
「俺はようやく熟練の冒険者と呼ばれるようになったが、上を見れば俺より強い魔物や冒険者が山程いる」
「・・・だが、こちらが弱いと思わせることが出来れば、相手の油断を誘わせることが出来る」
「そして、油断した相手を仕留めるのは非常に簡単なことだ」
「強敵と対峙することになったとしても、俺達はヤドリギの様にしたたかに立ち回り、相手が”神”だろうが”悪魔”だろうが仕留めに行く!」
「・・・それが、俺達パーティの信念さ!!」
その言葉にエノクは思わず息を呑む。
ヘルマンさんとその仲間達の表情には自信が満ち溢れていた。
彼ら全員が『神殺しの剣』の名に誇りを感じていることがこちらにもハッキリと伝わってくる。
ヘルマンさんは最後にニカッと笑った後、改めてエノクを見据えてきた。
「エノク・・・神殺しの剣にようこそ!!」
「ヤドリギの一木として、お前の参加を俺達は心から歓迎しよう!!」
そして、彼のパーティメンバーから、パチパチと拍手が起こる。
エノクは口元を抑えて、その瞳を僅かに潤せると、静かに頭を下げて言った。
「みなさん・・・よろしくお願いいたします」
・
・
・
・
・




